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彼女は勇者に向いてない!!  作者: white
旅立ち~エルリエール王国編
12/33

エピローグ

完……とか言っといて、エピローグです。

 それは、初めてみる景色。

 心を奪われるというのは、きっとこういうことを言うのだろう。

 リチャードは、ただ目の前の風景を見つめ、立ち尽くしている。


 頬を撫でる風は、優しい初夏の匂いがする。朝露に濡れた若草の匂いだ。

 まだ辺りは薄暗く、雲一つない藍色の夜空には星が瞬いている。

 ようやく白み始めた空に映った山の稜線は、遥か遠くに見える。

 広い、見渡す限りの草原。何リーグ先まで見渡せるだろうか。

 そのところどころに低い木が群生している。その部分だけが小さな丘のように見える。


 彼らのこれからたどる道筋の、その長い長い旅路の、その最初の一歩は最大級の幸運に恵まれた。

 この時期でも雪の残る山脈の(いただき)でもなく、身を焦がす灼熱の砂漠でもない。

 どこまでも穏やかで、どこまでも静かで。

 まだ明け切らない空の『紺』と、朝日を浴びる草原の『碧』が支配する世界。


 固く胸に刻んだ使命感も……。

 その双肩にかかる重責も……。

 その他諸々の俗世的な感情も……。

 すべて洗い流してしまう様な、そんな風景。


 しばし夢見心地のまま呆けていた少年も、ようやく覚醒したようだ。

 弾かれたように周囲を見渡す。

 やがて彼は、その視界の片隅に、目標の人物を見つける。


 艶やかな長い黒髪に、今は瞼に覆われている栗色の瞳。

 雪のように白い肌と、桜色の薄い唇。

 年不相応に凹凸の乏しい体。

 少年よりも、頭二つは小さい小柄な体躯の少女。


 名をクロエ・スルール――

 ――現在確認されている、唯一の“勇者の血族”だ。


 ほんの一瞬。

 ただ一つの瞬き程の時間、目映い光の奔流に晒されただけで気を失うような、とても気弱な女の子。


「これのどこが“勇”者なんだか……」

 起こさないように小さく発したその皮肉と、それに似合わない優しげな微笑み。


 整ってはいるが表情の薄い顔と、鋭く、ややキツイ眼元は、「怒ってるの?」とよく聞かれるが、本人にそんなつもりは全くない。むしろ、彼は怒ることが殆ど無い。

 輝くような、鮮やかな金の髪と、青い瞳。

 すらりとした、無駄な肉のない引き締まった体。


 名をリチャード・ケント――

 ――“勇者より弱い”勇者の護衛役。




(日没――。違うな。日の出か……。てことは西側に飛ばされたのか。不味いな)


 太陽は東から上って西に沈む。

 古くから農耕文化が根付いていた土地では、天文分野の研究も為されていた。そしてそれは、エルリエール王国も例外ではない。

 多くの民衆が、大地が丸いことを知っているし、世界の中心が自分たちでないことも知っている。

 特に、街を離れ、各地を旅する冒険者や行商人といった職業の人間にとっては、星の位置や太陽の動きを見て、自分の位置を把握する技能は必須だった。


(問題は、北か南か……)

 南なら、まだ良い。

 多少無理をすれば、一年程で王都エルリアの門をくぐれるだろう。

 ゆっくりでも、三年以内には、確実に帰還できる。


 問題は北だった場合だ。

 北ゴルトリン大陸、その東部一帯を支配しているラダメリア共和国と、エルリエール王国はサンテラ島の領有問題を巡って揉めている。

 現在、両国間の海路は著しい規制下に置かれており、一般人の渡航は厳しく制限されている。


 平和的解決に至れば問題はないが、こと土地の問題に関しては簡単に済ませられるものでは無い。

 国王以下、文官たちの努力に期待する他はないが、しばらくは時間がかかることは間違いはないだろう。


(まぁ、それも含めて、正午まで待ってから考えれば良いか……)

 それよりも……。




 ツンツン


「うゅ~」


 パタパタ


 ツンツンツン


「うぅ~~~ゅ~~~~」


 パタパタパタ


 ツンツンツンツン


「うううぅぅぅぅぅぅ~~~~~~~~~」


 ブンッブンッ




 ツンツン……………ヅン!!!!!!


「~~~~ほぅえぁッ!!!!――はぶしっ!!」


 クロエはガバッと飛び起き……ようとして、背負った荷物の重さに敗け、地面に濃厚なキスをする羽目になった。


「ふぐぅ~。なんかつい最近似たようなことがあった気がする~」

「気のせいだろ」


 涙目の幼い見た目をした少女と、ニヤニヤと人の悪そうな顔で笑う青年。

 第三者から見れば、危険な誤解を生みかねない状況であるが、幸か不幸か、この場に彼ら以外の人はいない。


「まぁ、なんにせよ、だ。簡単に起きてくれて助かった。とっとと移動するぞ。やることは多いんだ」




 目下、彼らがなすべきことは、水場の確保と現在位置の確認。

 位置の確認のためには、正午の日の高さから北か南かを判断しなければならないため、あと五~七時間は保留。

 ということで、ある程度綺麗な水源を探すために行動を起こそう、という提案である。


「リチャード……。ここ何処?」

「知らん」

「そんなぁ……」


 まったく生産性のない、余りにもあんまりな答えに、クロエはただ力なく項垂れるしかなかった。


「――少なくとも王都より西……。いや、誤魔化すのは止めようか。ゴルトリン大陸だと思う。どっち(・・・)かはまだ判断がつかないけどね」


 王都で儀式を行ったのが正午近く。体感でほぼ一瞬――リチャードが立ったまま意識を失い、ほぼ一日が経過してもそのままの姿勢を崩すことなく、次の日の夜明け前に目を覚ましたのでなければ、だが――の間に、夜明けがやってきたということは、一般常識から言って、王都より西側にやってきたことになる。

 それも、おそらく世界を四半周はしたと考えるべきだろう。

 以上の事から、リチャードはゴルトリン両大陸のどこか、と結論付けた。




「海を越えちゃったわけだ、私たち。船にも乗ったこと無いのにね……」


 ずいぶんと危機感のない感想を口にするクロエだが、それも当然。彼女も、リチャードと同様、義父から訓練と称して、過度のサバイバル講習を受けたり、冒険者として、国内を旅することもあったのだ。もちろん、勇者の訓練として。

 自分たちの周囲に命の危険があるかどうかぐらいは、二人とも察することはできる。


「そうだな。けど、船旅はあんまり良いものじゃないぞ?」

「………………ん?」

「……?」


 クロエはリチャードを見上げて首を傾げており、リチャードはそんなクロエの様子を不思議に思った。


「え?リチャードは船に乗ったことあるの?なんで!?いつ!?」

 顔を赤く染めてにじり寄ってくる少女。


「前に護衛依頼が入って、東方商船に乗っけられたことがあるんだ。あの時は時化(しけ)に遭ってヤバかった。船酔いは酷いわ、それでも働かされるわで、本気で死ぬかと思ったよ……」

「それは……羨ましくない――けど、羨ましい!!」


 どっちだよ?とは聞かない。

 頻繁に死地に襲われる我が身を省みて、リチャードは若干悲しくなった。


「まぁ、取り敢えず……。あそこまで行ってみるか」

 そう言って彼が指差した先には、一筋の水の流れがあった。

「……え?あれ、結構遠くない?」


 言うは易し。

 彼が差したその先は、遥か地平線の縁取りの近く、何リーグも先にあるようにすら見える。


「安定した水の確保は基本だ。頑張れば今日明日中には着ける」

 リチャードは、そう言って歩き出す。


「――ちょっ!待ってよぅ~」

 置いて行かれそうになって、若干半べそになったクロエは、慌てて彼の後を追いかける。




 勇者と、その従者の、家に帰る旅が今始まる。

第二章の一話にするかどうか迷ったんですけどね……。

『旅立ち』だから、『旅立った後』は違うんじゃないか……とか。

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