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彼女は勇者に向いてない!!  作者: white
旅立ち~エルリエール王国編
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第八話 旅立ち

サブタイトルの通り、旅立ちます。

 気絶したクロエを背負い、家に帰ってからの出来事は割愛しようと思う。


 クロエがリチャードの仕打ちに拗ね、リチャードが文句を言いながらも宥める。

 そこに母マリアが大人気なく絡み、父アルベールが娘の様子に不機嫌になる。


 いつものことだ。

 そして最後には笑いあう。いつものように。


 その日の夕食は、いつもよりほんの少しだけ豪勢だった。

 クロエの十六才の誕生日祝いだ。


 葡萄酒(ワイン)も少しだけ飲んだ。

 そのおかげで、また一悶着起こったが、それもまた別のお話。




 それから一週間はそれなりに忙しかった。


 チャールズ翁に呼ばれて城に行き、装備や糧食の確認を行い、自前の武器を研ぎに出し、新しい鎧の採寸と慣らしをした。


 家族の反応は変わらない。

 クロエも次第に落ち着いて行ったようだ。


 リチャードからしてみれば、拍子抜けも甚だしかった。

 勇者云々の話を聞いた時から、そして、従者になるための訓練を始めてから彼が想定していたのは、『何処其処に行って魔王を倒して来い』的な物だった。

 それが、蓋を開けてみれば、端的に行ってしまえば『諸国漫遊の果てに頑張って戻ってきてね』という話だったのだ。


 危険はある。

 それは理解しているが、それは今までの冒険者家業とさほど変わらない範囲だ。


 父やあの軽薄な剣の師は、このことを知っていて黙っていた。

 それについて問いただすようなことはしなかった。“伝説の魔王を倒す”心算で重ねた訓練は、彼らの実力を引き上げる役割を、確実に果たしていたからだ。

 父はともかく、あの男がどこまで考えていたかは分からないが、それでも二人への感謝が上回った形だ。




 救世歴二三七九年、三の月、第三週。

 春から夏へと移ろうとしている季節。

 雲が薄くかかっているせいか、日差しは幾分柔らかく感じる。


 この日、リチャードとクロエの二人は、エルリア城『謁見の間』に呼び出されていた。

 名目は、国立冒険者組合(ギルド)組合員証(ギルドマーク)授与。

 近衛隊士以外の人間が武装したまま城内に入るには、対外的な言い訳を作る必要があったのだ。


 二人は、普段使う裏口ではなく、今日は城の正門から入っていく。


 剣に例えられる、左右に並んだ二本の白い高塔。

 右側の塔は、内政の中枢として多くの官吏が日々政務に励んでいる。

 左側の塔は、王族の生活空間として使われる。一~三階部分は近衛隊士の詰所として、一〇階より先は今は使用されていないが、ゆくゆくは王の後宮として使われる予定である。以前二人がエミリオ達と話をしたのも、こちらの塔の四階にある王の私室だ。


 今日用があるのは、二本の塔の間。三階建ての四角い建物である。

 両端を左右の塔と接するように建てられたそこは、云わば王城の外交の象徴。

 一階は迎賓室や国賓の宿泊施設。二階は謁見の間とその待機室。三階は舞踏会の開けるホール。

 一般人には全くもって縁のない施設である。


 大きな扉の前に立つ衛士に名前を告げると、扉を開いて入れてくれる。

 厚さ一パームはありそうな、分厚い木製の扉だ。


 中に入ると、正面に階段がある。

 真っ直ぐ上がると謁見の間。待機室は、左右に進んだ先にある。


「……あれ、誰?」

 階段の手前。その左右には、等身大に作られた二体の石像がある。

 左は剣を、右は本を右手で掲げ、どちらも鎧を身に着けている。


 クロエはリチャードにその石像を指さして訊ねた。


 一方のリチャードは溜息をつき、本当にお前は物を知らないな……と呟いて、説明する。


「――左は先々代国王『聖王』レオポルド二世。三〇年前の東方諸国間戦争において、戦地の教会組織を保護した功績を讃えて、教皇から聖王と名乗ることを許された、当時唯一の王だった。――右は先代国王『賢王』ガイセリック一世。同じく東方諸国間戦争において、父の名代として講和会議を取り仕切った際の手際を讃えて、各国の王から二つ名を贈られた王だ。彼の持っているのは、王国法典。この国の法律書だ。――どちらも偉大な王だ。エルリア城に居城を移したのも、先々代国王だよ」

 クロエは、ふぅ~ん、と頷いていた。




 二人は階段を上がり、右側の通路の待機室に入っていく。

 しばらく待機室で待っていると、係りの女官に呼ばれる。順番が来たようだ。




 横・三パーチ×縦・九パーチ。

 縦に長いその部屋は、四面を石壁に囲まれているにも拘らず、柔らかな光に満ちている。

 この建物の屋根は、石の骨組みにガラス板が嵌められており、昼間は光が差し込んでいる。その光が間接的に入ってくるように、この部屋の天井には隙間が空けられている。

 一切、柱や出っ張りが無いのは、警戒のため。


 部屋の一番奥。一段高くなったところに、金に縁どられた紅い玉座がある。

 そこに座っているのはもちろん、現エルリエール王国国王リチャード三世である。

 玉座の後ろ、右にチャールズ翁、左にレジアスが控える。

 エミリオは装飾の少ない青い礼装、チャールズ翁は白いローブ姿、レジアスは萌黄色の略式軍服という、いつか見たような服装だ。


 クロエとリチャードは、少し離れた床に跪き頭を垂れている。

 二人とも、暗い灰色の上衣に薄い黄色の下衣。森の中を歩くことも考えて、長袖長ズボンにしてある。

 撥水性の高い川熊の革を使った、膝下まであるブーツと指ぬきの手袋。


 身に着ける金属防具は『カウツ鋼』の胸当てと鉢金のみ。

 カウツ鋼は、大陸東方のカウツ大公国が生み出した合金で、鋼鉄に匹敵する高度を持ちながら驚くほど軽いと言われている金属だ。

 性能に比例して、その金属で作られた武器防具は値段が高く、中堅冒険者以上でないと手が出ない。


 クロエの物は、四角形の鋼板が胸元から鳩尾と背中を覆うように、前後から体を挟み込む形で、両肩と両脇で革紐を使って固定している。

 リチャードの方は、三角形の鋼板が、同じように前後から挟み込む形で、左肩と両脇で固定している。利き腕の可動範囲を広くとるために、冒険者が良くする加工の一つだ。


 武器は謁見の間に持ち込めないので、他の荷物と一緒に、先に地下に運んである。




「……そのような装備で良かったのか?」

 不意にエミリオが声を上げる。

 王国の財力を考えれば、もっと、遥かに高級・高品質の物を用意できたのだ。

 それを断ったのは、他ならぬリチャードの方だった。


「構いません。あまりに高価な物は要らぬ目を引くでしょう。この程度ならば、見た目以上に腕の立つ(・・・・・・・・・・)若者、で済むはずです。それも分からない者は、どんな装備でも絡んでくるでしょうから、いずれにしろ同じことです」


 エミリオは、そうか、と一つ頷いて、チャールズ翁に目くばせをする。

組合員証(ギルドマーク)をここに」

 チャールズ翁がそう呼ぶと、奥の袖から一人のやや年配の女官が金縁の盆を持って現れた。

 盆の上には縦に長い菱形の布が二枚、置かれている。


 白地に黒糸の縁取り。表面中央には、冒険者組合の略章である、上下互い違いに組まれた赤と青の三角形――通称『六芒星』。裏面には、エルリエール王国の紋章、『杖を(くわ)えた獅子』が刺繡されている。


「リチャード・ケント、並びに、クロエ・スルールを、王国立冒険者組合に所属することを認める」

「承認を許可する」


 宰相であるチャールズ翁のした宣言を、国王が追認する。

 これで大抵のことは片付く。今回も同様だ。


「これで二人は王国付きの冒険者だな。とは言っても、大した特典も付けられないのは心苦しいが……」


 王国付き冒険者と言っても、普通の冒険者と、何かが変わるわけではない。

 ほんの心付け(チップ)ばかりの俸給と、王国に保障された身分が手に入るだけで、冒険者自身に何か特別な特典があるわけではない。


 では、何が違うのかと言えば、メリットは依頼する側にある。


 国から確かな身分と実力を保証された相手に依頼をした方が、当然危険は低くなる。――裏切りや実力不足など、多くの場合、危険は依頼人の命に直結している。

 その分、依頼料は割高になっているので、依頼者の身分もそれに準じたものになる。

 国立組合の依頼料に手が届かない者は、民間の組合を頼るのだ。


 王国立組合の構成員のほとんどは、引退した軍人か、軍に入る前の武官の子息である。

 その始まりは『王国軍の予備役』のような余剰戦力を遊ばせておかないように、というものだったらしい。


「教会組織には、お爺様とお父上様の功績もあり、この国は高く評価されておりましょう。これ(・・)が有るだけでも、今後教会を頼った時に夕食のパンが一つ増えるというものです」

 リチャードはそう言って、受け取った組合員証を指先で遊ばせる。


「少しでも助けになるならそれで良い」

 エミリオがそう返すと、同じ名を持つ少年二人は、視線を合わせ声を出さずに笑った。


「さて、そろそろ時間か……。地下(した)に参ろう」




 一行は地下深くに続く階段を下りていく。

 ジメッとして。ヒンヤリとして。

 人が二人肩を並べるのがやっと、という細い螺旋階段を延々下りていく。

 先頭を歩くレジアスの持つ松明だけが、唯一辺りを照らす明かりだ。


 体感でいえば、一〇階分は下りただろうか。

 一行の目の前に扉が現れた。


「レジアスと陛下はここまでじゃ」

 チャールズ翁は松明を受け取りながらそう言った。


「……兄さん、クロエさん。どうか御無事で。必ず帰ってきてください。宴の準備をして待っています」

「しっかりな。またお前らと稽古がしたい。無事に帰ってこいよ」

 お留守番(ここまで)の二人はすっかり素に戻った口調になって、四人は互いに握手を交わし別れを惜しんだ。


 リチャード、クロエ、チャールズ翁の三人は、扉の向こうに入っていく。




 扉の先にある小さな部屋は、儀式場の前室。

 その部屋には、二人の武器一式と、旅の道具――背嚢×二、保存食×三日分、飲料水×三日分、フード付きの外套(黒)が置かれている。


「これは、僅かばかりの餞別じゃ」

 そう言って差し出されたのは小さな皮袋だった。


「少ないは少ないが、エルリア銀貨で五万エルト分。金貨でなくて良かったかね?」

「はい。金貨は嵩こそ減りますが、それ自体は使いにくいものですから。資金なら適当に依頼(・・)でもこなせば良いですし」


 五万エルトもあれば、王都でもそれなりの宿に一か月は泊まれる。


「食料も水もこの程度でいいのかね?」

「これ以上は持てませんし……。出た場所が森か草原なら、一日と待たず水源に有りつけるでしょうから、あまり心配はしていません。山の上とかだと、少し困ったことにもなるかもしれませんが……あぁ~、そういった訓練もしてきていますから」


 過去、ピクニックと称して装備なしで近くの山の山頂に置き去りにされたことを思い出し、若干鬱になったリチャード。

 それに続いて頷くクロエ。


 若干声の調子が下がり気味なリチャードに苦笑を返すと、チャールズ翁は装備を付けるように促す。


 リチャードの装備は、左腰に剣を一振り。前合わせの外套を羽織り、背に背嚢。蓋付きの矢筒の革紐を腰のベルトに通し、尻に固定する。短弓は左手に持ったまま。


 クロエの装備は、左腰に細剣を一振り。腰には細身の短剣を一振り。外套を羽織り、背に背嚢。

 身長が低いせいか、リチャードよりも大荷物に見えるが、実際はむしろクロエの方が荷物は少ない。




 二人の準備が終わったことを確認すると、チャールズ翁は、一振りの剣を取り出した。


 全体の長さはおよそ二キュビット半。一般的な長剣と同じ長さだ。

 光が弱いため色味までは分からないが、鞘先、鍔元、柄頭など所々に金装飾を施され、松明の光を眩しく反射している。


「宝剣・精霊殺し(エレメンタルキラー)。この部屋より先は、この剣を持つものと従者しか入れん。二人の健闘と幸運を祈っておる」


「行ってきます」

「…………ます」




 扉の先は、紫色の靄が低く立ち込めていた。

 膝下程の高さまでで漂っているそれは、雰囲気から『悪意の情報を持ったマナ』であると確信できた。


 本来は、マナに色がつくことも、それを視認することも出来ない。

 仮にそんなことが起こりうるとしたら、この世界のマナ溜まりの何処よりも高い濃度と密度でマナが集まっていると考えられる。


 ただそこに立っているだけで気分が悪くなるような、そんな感覚が二人を包む。


「……行くぞ」

「……うん」


 二人の目線の先。

 十歩ほど先に、腰の高さほどの、石の台座が鎮座している。


 その石の前まで来ると、その上面には細長い穴が開いていることが分かった。

 ここに剣を差し込め、ということだろう。


 リチャードがクロエを促すと、精霊殺しを鞘から抜き、その抜身の剣を逆手に構える。

 剣先を穴に合わせようとしているが、手が震えてしまって合わない。


「……リチャード。手伝って」


 かろうじて聞き取れるような、とても小さな声だったが、確かにそれは少年の耳に届いた。

 リチャードは、クロエの隣に立ち、少女の小さな手を両手で包み込み、その震える手を支えた。


 剣の先は、石に穿たれた穴に静かに吸い込まれていく。


 剣の根元まで吸い込まれたその時。


 強烈な光が石と剣の隙間から放たれた。


 暗さに慣れていた二人は、あまりの眩しさに目を瞑ってしまった。


 そして、彼らが次に目を開いたとき、その光景は全く違うものに変わっていたのだった。

第一部 完

 でございます


第二部でも、引き続き『彼女は勇者に向いてない』をよろしくお願いします

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