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遺産相続で妹と縁を切った話  作者: 佐藤柊


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10/10

行動開始

 陽一は腹を立てていた。


 自分の事しか考えられず、他力本願でわがままやおねだりは当たり前。そのくせ自分の要求が通らないと文句や愚痴を吐き、他人のせいにする。大病を患った今も、母 芳恵は以前と変わらず自分本位のままであった。いや、より酷い人格変貌と言わざるを得ない。陽一は母に言いようのない怒りを感じていた。


「『金が目的か!?』って、信じらんねぇ…もう情けなくて…ほんとに、お前にもここまで支えてもらって、退院してさ、ここまで元気になったのに…俺達がやってきたことって何だったんだって…」


 陽一は持って行き場のない気持ちを妻の由希に吐露していた。由希も15年近く同居をしていた嫁として、芳恵の人格は嫌という程熟知していたので夫の気持ちは理解できるが、病気のことを考えると複雑な思いにかられていた。

 陽一の性格は感情に怒りが芽生えると抑えが効かなくなる。怒りの火に油を注ぐことにならないよう注意して言葉を選ぶ必要があった。


「うん、わかるけど、わかる、わかるよ。お金の問題じゃなくてお母さんを思う気持ちでこれまでずっと世話してきたんだもんね。それを "お金が目当て" と言われたらショック大きいよね、うん。でもさ、言っちゃ悪いけど、お母さんって昔からそういう人だったじゃん?今始まったことじゃないのよ。それで何回もあなただってその度ケンカしてきたじゃない。性格なんだから今更同仕様もないのよ」


 そうだ。そうなのだ。母親の性格は嫌なくらい分かってる。人に何かを依頼しても、お金の支払いになると渋るのは確かに今に始まったことではない。


”いかにしてタダでやってもらうか”


そう考えるのが母親だ。


「てもさ、入院前は違ったよな」

「うん。そうだよね。あの頃のお母さんなら、私も ”やっていける” と思ったもん」


二人は、母が穏やかな性格になっていた入院前までの頃と、自己中心的だった同居していた頃を振り返り、気持ちが暗くなっていった。


「俺、しばらくお袋のところ行くのやめるわ」

「うん。これからは私一人でいくから」

「お前も行くな。いいな?」


 由希が気持ちを切り替えようとした矢先、強い口調で言い放った陽一に由希は戸惑った。


「え?いやいや…病気なんだもの、そんなこと言ってるわけにいかないじゃない!」

「いいから行くな!今、お袋は自分が何を言っても世話してもらえる気でいる。俺達だってコロナ禍で仕事も生活もキツイのに頑張って世話してきたんだ。何にも理解しようとしないで、その上、孫の将来よりまず自分っていうのが信じらんねぇ。ただ、しばらくだ。お袋の病状が変わったりしたら、勿論、また面倒見るつもりだよ。それにコロナ禍で傾いた店の状態も立て直さなきゃ皆共倒れだ。これを機に仕事に集中させてもらおう。お袋には元気なうちはヘルパーを頼って生活してもらう。そう恵に電話で話すよ」


マズイ…由希はそう思った。陽一の感情はショックから怒りに変わり、突き放しに移行した。これを否定するとヒートアップして手が付けられなくなる。陽一は一度言い出すと聞かない。既に気持ちを固めている陽一に、由希は間違っている気がして怖かった。



「はい、もしもし。兄ちゃん?」

「うん、ちょっといいか?」


 翌日、陽一が電話をかけると、恵は直ぐに電話に出た。


「うん、今いいよ。お母さんのこと?何した?」

「うん…お袋とちょっと、ケンカしてさ」

「ケンカ?何で?お金?とか、わがまま?」

「金だな」

「お金!?な、な、何?何で?」


 陽一は事の次第を包み隠さず恵に話した。そして、何よりも母に『金が目的か?!』と言われたことがいかにショックだったかを熱く語った。相づちを打ちながら聞いていた恵も自身の事を話始めた。。


「お母さんのそういう所だよね、頭にくるの。たかり癖っていうか、いつもそうやって私にもお金出させようとするの、昔から」


恵は陽一の機嫌を察し、同調してみせた。


「お母さんが退院してから一度様子見に帰った時もさ、わがまま酷かった!「ジャムパンが食べたい」って言うから買ってきたのに、「これじゃない」「あれじゃない」ってジャムパンだけで5、6ッコ買わせられたのよ! "食べたい物買って来てあげる" って言うと高価なものばかり要求するし。それに服だって買わせられて私の服まで置いていけって言われた!」


「あぁ、服の事はお袋、『恵に服捨てられて着るもの無い』って言ってたぞ。何で勝手に捨てるんだよ」

「だってさ、帰ってくると思わなかったからさー、エヘ。でも捨てたのは古いヨレヨレのやつとかだよ!」


 恵は笑ってごまかしたが、母があのまま死ぬと思っていたことを露呈した。そのこともまた、母が一日でも長く生きられるよう願っていたのは自分だけだったのだと感じさせ、その自分を裏切った母が許せなかった。


「お袋、退院してから痛みも治まっていろいろ食べれるようになっただろ?顔色も良くなって少し太ってきたし、生活はヘルパー手配してるし訪問看護も入ってる。だから…しばらく時間が欲しいと思ってる。俺も…」

「わかった、いいよ。兄ちゃんも仕事大変だろうからさ、仕事に集中してもらっていいよ。お母さんはヘルパー来てるし大丈夫じゃない?私もさ、毎日お母さんと電話で話してるから何かあったら兄ちゃんに連絡するし、それに12月にね、あ、もう来月か…また実家に帰るつもりだから、その時お母さんの様子教えるからさ」


 恵は自分の感情を汲み取りそう答えてくれた。妹の理解が得られたと、張っていた肩の力が幾分柔らいだ気がした。陽一は恵の言葉を信じ、安堵した。


 その後、ヘルパーと訪問看護の看護師から一回ずつ陽一の携帯に電話の着信があったが、陽一は出なかった。由希にも着信があったが、陽一は由希に電話に出ないよう指示した。次の連絡先は恵になっている。恵から事情を話されるだろう。


 包括支援センターは、ヘルパーでも病院への付き添いが可能なはずなのに、


"身内が仕事を都合付けて付き添うように"


と言う。


都合を付ける=仕事を休め


ということだ。

 

 コロナ禍で国や県から営業時間や席数を制限され、ひっ迫していく営業状態のなか、夫婦二人で店を切り盛りしている自分達にとって、それはあり得ないと思うほど厳しいことだった。


 陽一は、親子トラブルで今は自分達を当てにできないと恵から話をされれば、ヘルパーが生活支援内で通院の付き添いもしてくれるだろうと思っていた。これでやっと仕事を立ち直らせることに集中できる。何より、子供の学費を稼がねばならない。

 

 だが、由希は眉間にシワを寄せ顔を曇らせている。


「命にかかわる病気なのに、そんなこと言ってられないじゃない」


いくらそう言っても、陽一は一度言い出したら頑として動かない。あんまり食い下がると、陽一は怒りに支配され手をつけられなくなってしまう。由希は途中で責任放棄する気がして居畳まれず、もどかしさと不安でしょうがなかった。それでも、陽一の幼少期を思うとあまり強く言えなかった。


 それから一ヶ月がたった頃、恵から陽一にLINEがきた。陽一は直ぐに確認した。


『お母さんの電子タバコ、兄ちゃん勝手に持って行ったでしょ?あれは私がお母さんに買ってあげたものです!私の夫に使わせるから返して!』


 突然のメッセージに、陽一は驚きと同時に腹が立った。母は元々ヘビースモーカーである。病気が判明してから医者から禁煙を言い渡されたが、母はタバコがそばにあると吸ってしまいかねないと思い、陽一が押収しておいた。それは以前、恵にも話していたはずだ。それなのに、何だこの言い草は。まるで自分が使用目的で母から奪って来たようじゃないか。


「あったまくる!チキショー!何だこの言い方は!」


 陽一は怒りのまま恵にメッセージを送った。それはまるで、介護を他人事のように軽んじ、『お母さん死んだらお金入るんだからそれまでのバイトだと思えばいいじゃん』と語っていた恵へ今までの鬱憤を晴らすかのような怒りのこもった長文であった。そして最後はこう締めくくった。


『電子タバコを預かってることは知らせてあるはずです。これまでどれだけお袋を介護するのが大変だったか貴方に分かりますか?仕事もできず精神的に追い詰められてた私によくそんなことが言えますね。こちらに帰って来てたんですよね。返しますから取りに来てください。来なければ宅急便で送ります』


 数日後、陽一は恵へもう一度LINEでメッセージを入れた。


『実家に帰って来てますよね?連絡がないのは何故ですか?』


しかし既読にはならなかった。



 これが、恵がわざと陽一に喧嘩をふっかけたのだという事に気付くのは、ずっと先のことである。

 













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