散歩と遠出
その日から、自分にできることを探し始めた。
建前は『散歩』。
最初はハズも一緒に歩いた。
でも、だんだんと一人でも村を歩けるようになった。
毎日あいさつを交わすうち、村の人々とも親交が深まっていく。
村の営みを眺める。
村の人から話を聞く。
少しお手伝いをさせてもらう。
そうしていくうちに、この村を形づくるものが見えてきた。
「ただいま」
「ソン、おかえり」
ランマお婆さんの家でお茶をいただいていた時だった。
ランマお婆さんの息子さんらしき人が帰ってきた。
「お邪魔しています」
「あぁ、イフ」
一瞬驚いた顔をしたけれど、すぐに優しい眼差しであいさつをしてくれた。
「……久しぶり」
きっと、私の事情をすべて聞いているのだろう。
「お久しぶりです」
「どうだい? 街はどうだった?」
ランマお婆さんは心配そうに尋ねる。
「あぁ……街の被害はそれほどではなかった。だが、王都の方が酷いみたいで、街から人手が駆り出されていたよ」
「そうかい……」
「あの……何かあったんですか?」
二人は顔を見合わせ、話すべきか迷っているようだった。
私の体調を気遣ってくれているのだろう。
「私、そろそろお力になれることがあれば、お手伝いしたいと思っていて……」
「……先日、少し地面が揺れただろう。王都の方が揺れがひどかったようなんだ」
――地震。
「それで、王都の復興のために周辺の街へ無料の送迎馬車を出して、高い賃金で人手を集めているようなんだが、仕事の内容は瓦礫の片付けや何やでな。怪我をして戻ってくる奴も多い。それで、私が呼ばれて行ってきたんだが……」
「……だが?」
「今度は街の人手が足りないようだ。若くて動ける者は高い賃金を目当てに王都へ行ってしまって、日中は老人か子どもか、怪我人や病人しかいない。残った者もいるが、そいつらだけで老人や病人の世話をするのは無理だ。過労で倒れるのも時間の問題だろう」
「……そんな……」
「夜は王都で稼いできた奴らが酒場で羽振りよくドンチャン騒ぎだ。昼とは別の街かと思ったよ」
ランマお婆さんは顔をしかめる。
「そりゃ、ひどいねぇ……」
「あぁ……できるだけのことはしてきたが……また二日後には街へ向かおうと思う」
「うん……そうだね。そうしな」
「あの、私も一緒に行けませんか?」
「え?」
私の申し出に二人は揃って驚く。
「私にお手伝いできることはありませんか?」
「……街までは、馬に乗っても一時間近くかかる。馬車なら片道で二時間以上だよ」
「最近は散歩で何時間も外出しています。時々ですが、村のお仕事も手伝わせてもらっていました」
「……でも、ねぇ……」
二人は困ったように顔を見合わせる。
「ハズには私からちゃんと相談します」
「……ハズが良いって言うなら、人手があるのは助かるが……いいのかい?」
「はい」
その夜、私はハズに、ソンさんから聞いた話と、自分が手伝いをしたいことを伝えた。
ハズは最初、反対した。
「まだ、街は遠すぎる」
「でも、何かヒントがある気がしているの」
「……ヒント?」
「この村の問題を解決するヒントが……」
正直、自分でも何があるのかは分かっていなかった。
でも、村の問題は村だけでは解決できない。
なんとなく、元市役所職員としての勘が、街の視察は必要だと告げていた。
ハズは少し黙り、それから答えた。
「じゃあ、俺も行く」
「え?」
「街の問題じゃなく、村の問題だと思っているんだろう?」
「……えぇ」
「それなら、俺も行く」
少し拍子抜けする。
もっと反対されると思っていた。
「……行っていいの?」
「体調が戻ってきていることは、俺が一番知ってる。それに、俺が行けば、もし疲れてしまっても問題ない」
「……ありがとう。ダメって言われると思ってた」
「……昔のイフだったらな。でも……君は反対しても聞かないんじゃないか?」
見抜かれたようで恥ずかしくなる。
そして、イフさんの話がハズの口から出たことに驚く。
ハズの口からイフさんの話を聞いたのは、最初に私が尋ねた時以来だった。
「ハズは、優しいね」
「……」
ハズは顔を背ける。
「明日、ソンさんのところで話してくる。それから、また話そう」
「……はい」
ハズが背中を向けたのは照れ隠し。
それが分かるくらいには、私もハズのことを知ることができてきた。
翌日、ハズはソンさんのところで話をしてきた。
家へ帰ってくると、すぐに荷造りを始める。
「明日の朝八時に出発する」
「……はい!」
私も荷造りを始める。
鞄を手に取って、服を畳みながら手を止める。
「あの……必要なものは……?」
「あぁ……宿を一泊取っているから、着替えと……」
そこまで言って、ハズははたと気づいたように気まずそうな顔をした。
「俺と同じ部屋になると思う……」
「同じ……」
「……夫婦……ってことになってるから……」
「……そうですよね……」
沈黙が流れる。
私は、ハズばかりに気を遣わせてはいけないと意を決する。
「あの、ハズが嫌でなければ、私は大丈夫です」
「俺も……大丈夫だ」
「……夫婦ですから」
笑って見せる。
「あぁ」
ハズも優しく笑ってくれた。
翌日、荷物を抱えて馬車乗り場へ向かう。
馬車乗り場では、ソンさんが御者と話していた。
「おはようございます。今日はよろしくお願いします」
「あぁ、よろしく。でも、無理はしないように」
「はい。ありがとうございます」
馬車に揺られて二時間弱。
村を出てすぐは舗装されていない山道で、揺れることもあった。
しかし一本道なのだろう。
一筋の轍ができていて、その上を走るため、思ったより快適だった。
いよいよ街へ近づくと、周囲は山というより田畑に囲まれていた。
ぽつり、ぽつりと家が建ち、だんだんと人通りが見えてくる。
堀や塀があるわけではなく、いつの間にか畑よりも建物が多くなり、街に到着したようだった。
馬車を降りて街を見渡すと、聞いていたほど問題を抱えた街には見えなかった。
穏やかな時間が流れ、子どもの笑い声が聞こえる。
活気という言葉は似合わないが、それぞれの日常が流れていた。
「こっちだよ」
ソンさんに案内され、後についていく。
ある一軒の民家の前で立ち止まった。




