提案と常識
すぐにサイードさんは女性を連れて戻ってきた。
サイードさんが連れてきた女性は、サイードさんと同年代か、少し上の年齢の女性だった。弱々しい印象のサイードさんと比べると、筋肉質で背が高く頼もしい印象を受ける。
少し、前世の自分と似ている気がして親近感が湧いた。
「あら、すごくいい匂い」
「〝ぐらたん〟って言うそうよ」
「食べていいの?」
「ええ、ぜひ。とても美味しいの」
女性の視線がこちらを捉えた。
「あら、こちらが?」
女性はサイードさんから先にこちらのことを聞いていた様子だった。
「えぇ。ソンさんのところのイフさんとハズさんよ」
「ネイバーよ。よろしく」
ネイバーさんは、聞きやすいハキハキした口調で挨拶をする。
「ネイバーさん、よろしくお願いします」
「うちも、ソンさんに診てもらいたくて。今日はソンさんがポンドさんの家にいるって聞いて来たの。診てもらえる?」
「ごめんなさい。私達はソンさんのような薬師では無いんです」
「そうなのね」
私の訂正に、ネイバーさんはがっかりした表情をした。
「でも、凄いのよ。お義母様のことも、お義父様のことも、ソンさんのように見てくれるの」
サイードさんはまるで自慢するかのように誇らしげに言う。
「そんな……我々は、病気は診れませんので、世話をさせてもらっているだけです。私はただの役人です」
ハズも慌てて訂正する。
「あらそう……でも、サイードも何かしてもらったの?いつもより顔色がいいわ」
ネイバーさんはサイードさんを観察するように顔を近づけた。
「え?えぇ……むしろ何もしてないのよ」
ネイバーさんは意外そうに目を瞬かせた。
「え?」
「私が何もしなくていいように、彼女達がしてくれているの」
ネイバーさんは、少し驚いた顔をした後、頷きながら言う。
「……そう。それはすてきね」
「えぇ、とても良くしてくれているわ」
サイードさんの声は、最初に来た時に比べると、ずっと穏やかで、私はホッとした。
ネイバーさんもサイードさんをこれまでずっと心配していたのだろう。
サイードさんの様子に安堵した微笑みを見せた。
それから少し考えた後、口を開く。
「ねぇ……我が家にも来てもらうことはできないかしら?」
「え?」
突然の提案に私は戸惑う。
「実のところ……我が家はソンさんに診てもらうほどの病人はいないのよ。……私が自力で歩けなくなってきた母の世話に疲れてしまっただけでね……」
先ほどまで快活だったネイバーさんの表情はいつの間にか疲れ切っていた。
先ほどまでは気を張っていたようで、こちらが素の姿に見えた。
「我が家も子どもと老人がいるのだけれど、手が回らないのよ。今までは姉が一緒に見てくれていたけど、姉は王都へ行くことになってしまったから」
そう言うネイバーさんは、よく見ると手は赤切れていて、膝にサポーターのようなものを巻いていた。日焼けした身体は、それだけ外での仕事も多いことが分かる。
身体に鞭を打って相当働いているのではないだろうか。
本当は、力になれるならなりたい。
しかし、もう少しでソンさんと合流して馬車で村へ帰らなくてはいけない。
何と返したら良いか分からなくて、私は無難に返すしかなかった。
「そうなんですね……」
「明日は?まだ街にいるなら、明後日でもいいわ」
ネイバーさんは、私の戸惑いには気付かない様子で、必死に約束を取り付けようとした。
ただ、私には約束出来る裁量はない。
今回は、ソンさんに着いてきただけ。
「ごめんなさい。今日の夕方には村に帰る予定なんです」
「……そう……残念だわ。……お金を払ってでもお願いしたいくらいなんだけどね」
ネイバーさんの顔には悔しさが滲んでいた。
藁にもすがる思いの中、藁をつかみ損ねたかのように。
私は、そんなネイバーさんの言葉に引っかかった。
――お金を払う?
お世話に?
つまり、介護に?
「あの……ネイバーさん!お金を払ってでもお願いしたいって、何をですか?」
「え?だから……家に来てもらって……私の代わりを……」
「代わって、お母様の移動のお手伝いをしたり、お食事をつくったり?」
「そ、そうね……母をベッドからイスへ移動させるだけで一苦労なのよ」
――それって……
この世界でも、介護に仕事としての価値があるってことなんじゃないの??
それから、ハズの介護技術。
アーブ村の人間なら、誰もが当たり前に出来ると言っていた。
その時、私の中でバラバラだった問題が一繋ぎになる。
「お手伝いしたい気持ちは、こちらもあります。だから、少しだけ待っていただけませんか?調整して、必ず。必ず、街に戻ってきますから!」
私の気持ちは高揚した。
まだ、自分の中ですらカタチにはできていない。
村でも調整がいろいろと必要だと思う。
でも、絶対にどうにかしたい。
アーブ村の問題を解決する糸口は、絶対にここにあるはず。
私がそう確信したその時、空の器を持ったハズがポンドさんの部屋から出てきた。
「イフ、食べ終わっ――」
「ハズ!ねぇ。アーブ村の人は、病人の世話を出来るのよね?」
私はハズに勢いよく駆け寄る。
「……急になんだ?……まあ、皆んなだいたい、子どもの頃に薬師の手伝いで駆り出されるから、簡単な世話ならだいたい……」
「みんなハズくらいできるの?」
「別に、俺は上手い方じゃないぞ」
「本当に?」
「本当も何も……急に何なんだ?」
私は興奮して自分でも気づかないうちに早口になっていた。
「あのね、この街で本当に必要なのは、薬師じゃないの。うぅん、薬師も必要なんだけど……もっと必要なのは、薬じゃなくて、ハズがやったようなお世話する技術なんだと思うの!」
「お世話する〝技術〟?」
ハズはまだ分からない顔をしていた。
「だからつまり……人のお世話をするのは、誰でも出来ることじゃないの。アーブ村の人にとっては当たり前に出来ることも、街の人にとっては当たり前じゃないんだよ。この街には、アーブ村の〝技術〟を必要としてる人がいるみたいなの。お金を払ってでも。つまり、ここには仕事があるってこと!」
「仕事か?……老人の世話をすることが?」
「うん。そう」
やっとハズに話が通じ、私は目を輝かせた。
しかし、ハズの返事は期待したものとは違った。ハズは眉間に皺を寄せた。
「老人の世話に値段を付けちゃダメだろう?」
ハズの低い声に、私は急に自信を失ってしまう。
「え……でも……必要とされているんだよ?今だって、『お金を払ってでもお願いしたいくらい』って……ねぇ?」
私は、ネイバーさんに問いかけた。
「え?……えぇ……」
ネイバーさんは、さっきまでの勢いをなくし、気不味そうに目を逸らした。
――え?なんで……?
ハズは真剣な表情で私を諭すように言う。
「それはものの例えだろう?老人の世話に値段を付けたら、それは人の生活に値段を付けることになる」
――日本の常識は、ここでは非常識なのだろうか?
私は急に不安になる。
そこに、ハズの言葉が追い打ちを掛ける。
「それに、世話を金で買うようになったら、金のない老人はどうなる?」
その言葉に、私も何も言い返せなくなってしまった。
確かに、ハズの言うとおりだ。
ネイバーさんの家やサイードさんの家はそれで済むかもしれない。
しかし、私の頭にはシスタの顔が浮かんでいた。




