第七話『憂い』
第七話です。
浅野一平は、防衛大学校の頃から高田の友人だった。
当時はまだ昭和の終わり頃で、自衛隊の世間からの評判も悪く、理解が進んでいない頃だった。
浅野は防衛大学校の成績優秀者であり、入学試験では主席で入学。高田はその二番手であったが、その頃から浅野と交流を深めており、友人でありライバルのような関係であった。
防衛大学校を卒業した二人は、共に士官として同じ師団に配属され、連隊長の副官としてそれぞれ近くも遠い部署に配属された。
そこから二人は、しばらく何事もなくキャリアを積み上げていった。副官として任務をこなし、連隊長にまで昇格すると、最後は師団長までの道がひらけた。
実は浅野は早い段階から結婚しており、妻との間に子供が生まれていた。その子供は父の背中を見ながら育ち、18歳の時に自衛隊に入隊するまで成長していたのだ。
問題はそこで起きた。
彼は沖縄に配属されたのだが、沖縄では当時から基地の移設に関して反対運動が盛んであり、活動家が入り浸っていたという。
浅野の息子は警備隊に配属されたのだが、その日も活動家が抗議していた。そんな時、突然飛び出してきた活動家が、右に曲がるトラックに轢かれそうになったのだ。
浅野の息子は勇敢な男だった。だから活動家を助けるために自ら飛び出し、彼が轢かれることになった。
間も無く死亡が確認され、浅野が沖縄の病院に駆けつけた頃には物言わぬ死体になっていたという。
事件はそれだけではない。この事件に対し、一部の報道機関が犠牲になった浅野の息子が活動家を突き飛ばしたかのような報道がなされたのだ。
もちろん、全ての報道機関がそうであるわけではなかったが、その誤った報道は都合のいいように広まっていった。
それから浅野は変わってしまった。高田が様子を見に行った時、浅野の目は何かを恨むようなものに変わっていた。
国民やこの国に対して、明確な殺意があったのかもしれない。けれど自衛隊員として国民を守って死んだ息子のことを想えば、自衛官としての矜持は揺るがないだろうと思っていた。
だが、結果として浅野は凶行に走った。
高田は彼の憂いを見つけられなかったことを悔やんだ。
2月16日17時58分
東京都台東区 上野公園 第1師団臨時司令部
高田は微睡みから目が冴える。
自衛官として長年訓練されているため、時報のラッパが鳴る前に仮眠から起きることができた。
目を擦って仮眠用のベットから跳ね起きると、付けっ放しにしてある民間用ラジオからニュースの音声が流れてくる。
『……私は東京北区の荒川河川敷に来ています。ご覧ください。川の向こうは埼玉県川口市なのですが、あちらにクーデター側の自衛隊の陣地が築かれつつあります』
ラジオなので画面は見れないが、おそらくテレビの中継をラジオで流しているのだろう。
キャスターはそのまま報道を続ける。
『今朝行われた第1師団長の説得も虚しく、クーデター首謀者の浅野容疑者は現在も東京を封鎖し続けています。都心が戦場になる恐れがある中、果たして自衛隊はこのクーデターを鎮圧できるのでしょうか?』
キャスターが報道を続ける中、高田は早々に身支度をして緩んだ戦闘服のベルトなどを締め直した。
それが終わるタイミングで、高田が休んでいたテント前ので声が掛けられる。
「師団長、お休みのところ失礼します」
「……ああ」
副官の声だと理解し、高田はテントへの入室を促した。
入ってきた副官は手元にタブレットを持っており、それを高田に手渡した。
「部隊の補給状況について、ちょうど纏まりましたので確認をお願いします」
「わかった。とはいえ、俺が起きるまで作成するの待ってたろ?」
「バレましたか」
副官はいたずら好きな悪ガキみたいな表情で笑う。高田もそれに釣られて笑いが出た。
少し気分がほぐれたのを確認し、高田は資料を確認しながら、副官に進展を聞き出した。
「それで、俺が寝ている間に何か進展は?」
「いえ、特にはありません。強いて言うならここの動物園の動物達が都外へ移動したことくらいですかね」
「そうか、それはよかった。人間の勝手な争いに巻き込まれたら可哀想だしな」
そんな会話を繰り広げながら、高田は資料の確認を終え、タブレットを副官に戻した。
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