第五話『治安出動』
第五話です。
2月15日午後18時31分
日本国 首都東京 渋谷駅前
その日の夜、渋谷駅前の象徴的な広場の前では人々が集まってスマートフォンを見ていた。
彼らのほとんどは各々休日を過ごした後の若者ばかりであり、その中にはかつて山野首相に投票した人々も含まれていた。
「なんだよこれ……?」
彼らが注目して眺めるスマホの画面には、様々なニュースが流れていた。
そのほとんどが自衛隊のクーデターによる話題で占められていた。霞ヶ関の空爆から始まり、埼玉県庁舎への攻撃、そして自衛隊員による犯行声明。
「自衛隊がクーデター?」
「デマじゃね?」
「いや、動画の人は本物らしいぞ」
「都心で爆撃があったってさ」
「怖い……」
「政府はどうするんだ?」
そのどれもが、若い人々にとっては馴染みのないことばかり。いや、目を背けていたと言ってもいい。だから訳もわからず、若者達は困惑するしかなかった。
そんな時、若者の一人が渋谷の交差点に設置された大画面の液晶テレビを指差した。
「おい、政府から発表があるって!」
「なんだなんだ?」
若者達の注目が集まる。
そこには臨時ニュースとして政府からの発表が表示されていた。日本国国旗に礼をして壇上に上がる山野首相の姿が映し出される。
『えー、皆さん……私は日本国総理大臣の山野です』
壇上に上がった山野首相は、開口一番に自己紹介を行う。そして政府の現状と対応策を発表する。
『本日発生した自衛隊事案に対し、我が政府は断固として対応する所存です。国民の皆さんを安心させるため、今回の反乱は鎮圧しなければなりません』
画面の中でフラッシュが炊かれる中、山野は言葉を続ける。
『そのため、これに対処すべく、自衛隊内の"信頼のおける部隊"に対し、治安出動を命じた次第であります』
山野首相の言葉を受け、記者達のフラッシュがまた激しく炊かれる。
彼の発言は、日本が戦後はじめてクーデターに対して鎮圧を命じる内容だったからだ。これは戦前に起きた2.26事件以降、およそ90年ぶりの出来事となる。
山野首相はそこで一呼吸置くと、資料を捲った。
『この決定を受け、現在配備が進んでいる部隊は……
陸上自衛隊、東部方面隊第1師団、師団隷下第1普通科連隊、同第32普通科連隊、同第34普通科連隊、同第1偵察戦闘大隊、同第1高射特科大隊……
陸上自衛隊、東部方面隊第12旅団、旅団隷下第2普通科連隊、同第13普通科連隊、同第30普通科連隊、同第12偵察戦闘大隊、同第12ヘリコプター隊……
陸上自衛隊、富士教導団、団隷下普通科教導連隊、同機甲教導連隊、同特科教導隊──』
その後も配備部隊の読み上げが続く。
渋谷の若者達は、首相の決定に困惑が加速するだけであった。
「自衛隊が配備されるって」
「来るの?東京に?」
「どうなるんだよ、これ……」
そうして発表が行われる中、渋谷の交差点に一台の装甲車が現れ、交差点の真ん中に停車した。
それは陸上自衛隊が配備を進めている24式歩兵戦闘車であった。その後も次々と車両が現れ、山野首相の決定を現実のものとして表すかのように、駅前を封鎖する。
「まじかよ……」
そして、この日から都心は物々しい雰囲気に包まれた。
政府側に立つ自衛隊の配備が進んだことで、各所は厳重体制にあった。
政府側の主力部隊である第1師団は、山手線の駅などに陣地を構築。その外側にある川などを要所に防衛ラインを構築していた。霞ヶ関などの官庁街も、自衛隊員らによって完全防御体制にある。
池袋の駅前には、戦車輸送トレーラーが運び込まれた。そこから政府側の機甲部隊である富士教導団の90式戦車が降ろされる。
第12旅団からは、戦闘大隊の16式機動戦闘車が都心を警備している他、第12ヘリコプター隊が東京上空に展開。
さらには木更津市に基地がある第1ヘリコプター団なども配備され、雪の降る街中をCH-47JAやV-22オスプレイなどが飛び回っている。
ペトリオットなどの高射部隊も各所に配備が進み、空自の百里基地からはF-2戦闘機が24時間の空中待機飛行を行っている。もしもの時は本格的な戦闘を行う体制が整いつつあった。
2月15日午後23時10分
日本国 首都東京 市ヶ谷防衛省
雪が長く続き、少しずつではあるが積もって来た。
路面の凍結が心配される中、政府側の自衛官達は夜通し作業を行なっている。政府が自衛隊に反乱への対応を急いでいるからだ。
「オーライ!オーライ!ストップ!!」
市ヶ谷にある防衛省本部庁舎に、90式戦車が降ろされる。
自衛隊の総本山であるこの場所でも、部隊の配置が整いつつあった。
政府側の司令部になったということもあり、配置される戦力にはかなり重点を置かれている。ここにはペトリオット高射隊のほか、予備戦力として数少ない90式戦車が四両も配置されていた。
正門に立つ兵士の数も増えた。彼らには軽装甲機動車と一緒に実弾が支給され、万が一反乱側の自衛隊員が自爆テロでも仕掛けに来たら、迷わず撃つように命じられている。
そんな重々しい雰囲気を醸し出す防衛省にて、柴崎 統幕長は自身の執務室からその様子を眺めていた。
雪の降る中、隊員達が米粒のように動き回っている。そんな光景を見て、柴崎は何故か自然とため息を吐いた。
「失礼します」
そんな時、背後の扉がノックされた。
先にソファに座っている幹部らが入室を促すと、執務室に三人の自衛官が入って来た。
「陸上自衛隊、第1師団長の高田です」
「同じく、第12旅団の白石です」
「富士教導団の邨井です」
入室してきたのは政府側各師団の師団長達だった。第1師団の高田は初老で背の高い男だ。第12旅団長の白石は中年の女性で、教導団の邨井は比較的若い男だった。彼らは統幕長に対して敬礼する。
「皆、とりあえず座ってくれ」
「失礼します」
柴崎もそれに対して同じく敬礼で返すと、彼らに着席を促した。それぞれソファの方に着席する。
「三人とも、我々の要請に従ってくれて感謝する」
「いえ、自衛隊員として当然のことです」
「ああ……その上で、今回の戦いは厳しいものになるかもしれない。いや、戦わずに済むのが一番だがおそらく戦闘は避けられないだろう」
柴崎は若干俯いたままそう言った。
その言葉に、三人の指揮官達も固唾を飲む。
それもそうだ。なにせ第2師団長の要求は日本の政治に干渉する内容である。日本政府が飲めるはずもない。
だからこうして、自衛隊は治安出動によるクーデターの鎮圧を求められているのだ。
「その場合、我々が不利です」
「その通りだ。しかも、戦場は市街地だからな」
白石の言葉に、柴崎は頷くしかなかった。彼女の懸念は全く持ってその通りだからだ。
政府と自衛隊は、反乱に対してできる限りの対応を行なっていたが、本格的な内戦を避けるため東部方面隊のみに出動を命じたため、戦力不足が否めなかった。
普通科の隊員はともかく、装甲戦闘車両が少ない。第1師団、第12旅団には16式機動戦闘車やパトリア装甲車などの装輪戦闘車両しか配備されておらず、その数も大したものではない。
それに対し、反乱を起こした第2師団には戦車連隊が配備されている。その他装甲戦闘車両も重点的に配備されており、総合的な戦力はクーデター側の方が上だった。
これに対抗するべく富士教導団を首都圏に展開させたのだが、教導団の戦車は90式戦車が主力で世代も古い。その上アグレッサー部隊であるため実戦を想定しておらず、頭数も第2師団には及ばない。
また、航空戦力で言えば相手方にはステルス戦闘機F-35の飛行隊がいるのも厄介だ。百里のF-2戦闘機では性能的に一方的な展開になりかねなかった。
「緊張状態が長引くとさらにこちらが不利になります。どこかのタイミングで反乱を鎮圧しなければ……」
そう言ってメガネを揃える邨井の言う通り、政府側としては経済的なダメージも心配された。
この事態により都心の交通網の6割が運転見合わせを宣言しており、都内の商社などは月曜日の休業を余儀なくされている。
戦闘が予測されることから、都心から逃れようと神奈川方面の高速道路に難民が殺到する事態もあった。パニックから、スーパーの品物は買い占められている。
ともかく、状況が長引けば経済的なダメージも計り知れない。戦闘になれば尚更だった。
「統幕長、質問よろしいですか?」
明らか不利な現状を振り返る中、第1師団長の高田が口を開いた。
「なんだね?」
「第2師団長の浅野とはコンタクトは取れているのですか?交渉の糸口は?」
高田の質問に、統幕長は包み隠さず言う。
「浅野は現政権の内閣総辞職を要求している。一度外務省が交渉を試みたが、無理だった。今は政府とあらゆる交渉を拒否している状況だ」
「では、日本政府では彼を説得できないと?」
「そうだな。山野首相も"テロリストとは交渉しない"という態度だそうで、独自に交渉した外務省をこっぴどく怒鳴りつけてたよ。まあ、なんにせよ説得は望めないだろうな」
柴崎の言う通り、山野首相はクーデター側の自衛隊と話し合いをするつもりはないらしい。本人が相当自衛隊嫌いなのもあるだろうが、それ以上にプライドが許さないのかもしれない。
そんな現状なため、クーデター側との交渉は不可能になりつつあった。
だが高田はそれでも一途の望みに賭け、柴崎に懇願する。
「例え政府がダメでも、同じ自衛隊間で説得はされましたか?」
「いや、それまだだ」
「なら、私にやらせてくれませんか?」
「確か、浅野と君は……」
「ええ。防大の同期です。交友もあります」
高田の言う通り、彼と浅野は交友があった。
それも防衛大学校時代の同期である。気の合う友人だったらしく、今こうして師団長にまで上り詰めてもその親しみは変わらないと信じていた。
「このままなし崩し的に戦闘に入るよりも、せめて一度でいいので、話をさせてもらえませんか?」
「……やってみよう」
おそらくこれには高田個人の要望もあったのだろう。
ともかく、これを最後のチャンスとして柴崎はクーデター側へ交渉を申し出ることになった。
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