申し訳ない気持ちの8話
「ユウリ様、僕に何か出来ることは無いですか!?」
ヨーテはある日、野宿するための拠点で休んでいた勇者ユウリに、そう聞いた。
弟子にしてもらい、剣術を教えてもらってはいるものの、ヨーテはユウリに何も返せていないと思ったからだった。
「あーそうだなぁ……レナ、なんかある?」
「私に聞かれてもなぁ。基本ヨーテの育成は、ユウリの仕事みたいな感じだし、定住してないから、家事もないしなぁ……」
「じゃあ、マッサージとかしましょうか!?」
「いやいいよ。マッサージ必要なほど疲れてないし、基本自分で回復魔法使うから」
ヨーテは、項垂れている様子だ。
それは無理もない。誰も口にすることはなかったが、今のヨーテは完全にお荷物だった。
この休憩だって、ヨーテが疲れたからとったもので、ユウリ達はまだピンピンしている。
ユウリだって剣術をしっかり教えているが、いざ魔物との戦闘となればヨーテのことを見向きもしない。
命の奪い合いでは当たり前の話だが、ヨーテは戦闘面での自分の限界を感じていた。
だからこそ、勇者パーティに居させてもらう為に、雑用でもなんでもするつもりで居た。
だが、世界から最強の人間を集められた勇者パーティは、誰もヨーテの手助けなど必要としていなかった。
「ユウリ様、僕に、剣術の才能はありますか?」
無力感に打ちひしがれるなか、ヨーテは縋るように聞く。
ただ、ユウリはその想いを理解しているのかしていないのか、あっけらかんとした表情をしていた。
「うーん、普通と比べれば、ある、のかも?」
「ほ、本当ですか!?」
「うん。でも、戦う才能はないと思う」
「えっ……」
素直なユウリだから、言葉ははっきりだった。
恐らく少しは気を遣ってはいるのだろうが、そんなことは感じられないような、絶望的な宣告。
尊敬している人に言われれば、その衝撃は尚更だった。
そんなユウリとの会話を聞いていたのか、そこへレナが話に入って来た。
「私も、同じ意見だなぁ。ヨーテ、ユウリと組手してる時は結構良い感じなのに、魔物とは全然戦わないんだもん」
『剣聖』と呼ばれる彼女の、剣の腕に対する評価は、少なくとも人間界では最も正しいと考えられる。
「そ、それは!皆さんが、先に倒してしまうから……」
ヨーテの言葉は、先へ行けば行くほど小さくなっていき、やがて消えた。
「レナ、そうなの?」
「いやぁ?むしろ、ヨーテが魔物に追われてる時は、助けたような気がする」
2人の追撃が、ヨーテの心に突き刺さった。
「……お2人は、あくまでも、僕が臆病だと言うのですか?」
「いや、そこまでは言ってないよ。ただ、優しいなって思っただけでーーー」
「ーーー気休めはいいです!」
ヨーテにしては珍しく、ユウリの言葉を遮った。
これは、ヨーテの意思を反映させた行動だった。
「僕がここからの旅についていけないというのなら、ここで、その決断を下さい」
ヨーテの表情は、状況を先延ばしにする気休めも、優しい嘘も、絶対に受け付けないような真剣なものだった。
「……それなら、うん。ごめんね。無理だと思うーーー」
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……やけに記憶に残る夢だ。きっと、女神が見せて来たんだろう。
こういう時にしか何かをしてくれない、ケチな女神だ。夢なんか見せず、早く男に戻してくれ。
……まぁ、悪態をついても意味がないのは分かっている。だから、とりあえずは今のことを考えよう。
今俺は、目を瞑っている。というのも、起きているのを悟られないようにするためだ。
少しだけ目を開けてできる限り状況を確かめてみると、俺は今椅子に縛られて座っているようだった。その上、拘束魔法で首から下は動かなくなっている。
横には、レナ様も同じ体勢で眠っているっぽい。
俺達は2人とも、どこかの部屋で、魔法陣の上に座らされていた。
何かの儀式だろうか。
「ああ、起きましたか?」
「……なんだ、気づいてたのか」
寝ているフリをしていたのはバレていたようだ。ちょっと恥ずかしいことをした。
仕方なく首だけ起こして、声のした方を見る。
視線の先では、ヨーテが空中に何かを書いていた。
「ヨーテ、お前が何してるか、教えてもらってもいいか?」
「え?言うわけないでしょう?……と普通なら言うところですが、ユウリ様のお願いならば聞くほかありません。特別に、教えて差し上げます」
おっ、ありがとう。って言葉が咄嗟に出そうになったが、慌てて心の中にしまった。こういう時感謝しちゃダメでしょ。
「これは、貴方達の能力を、僕に移し替える呪文です」
能力を移し替える?そんな魔法、聞いたことない。メルランデですら、そんな魔法使ってなかった気がする。
てか、そんな魔法人間が使っていいのか……?
「……能力を移し替えるって言っても、俺今最弱だけどいいの?いやまぁ、レナが本命なら納得だけど」
「あはは、緊張感のない人ですね。今の貴方は呪いで力を封印されているだけらしいんで、勇者の能力の吸収はできてしまうんですよ」
へー、すごいなぁ。って言葉が咄嗟に出そうになったが、慌てて心の中にしまった。こういう時感心しちゃダメでしょ。
「らしい、って、誰かから聞いたってこと?」
「そんなところです」
それ以上は教えてくれそうになかった。まあそりゃそうか。中々口を割ってくれないよな。
だがどうやら、ヨーテには協力者がいるようだった。
見当はつかなくもないが……
そんなことを考えている余裕はなさそうだ。
今でこそヨーテは会話に応じているが、これはヨーテの余裕の現れだろう。つまりそれは、滅多なことでは状況を覆せないことを表しているのだ。
「今ユウリ様は、この状況をなんとかしなきゃ、とか考えてますよね。昔から、そうやって危機的状況を乗り越えて来ましたもんね」
「なに?褒めてくれてるの?」
「あはは、そうですね。でも、今回ばかりはそうはいかないですよ。後数分で呪文は完成します。それまでに貴方達が出来ることはありません」
「そんなことない!」
叫び声が、横から聞こえた。
「ユウリがアンタなんかに負けるわけないでしょ!今回だって、どうにかなる!それが無理なら、私がどうにかする!」
「レナ……」
「あはは。まぁ、そうやって希望を抱いて死んでいくのもいいでしょう。いや、いっそのこと、今のユウリ様みたいに、レナ様も最弱にして惨めな思いをしてもらいましょうかねぇ」
「ちょ、ちょっと待ってよ!」
出来ればまだ結論は保留にして欲しい。まだ頭になんの策も浮かんでない。
冷静に考えれば、この状態で反撃するのは不可能だろう。
あれだけ緻密な呪文の拘束魔法ならば、解除できるのは本当に洗練された解除魔法だけだ。だから、レナにはどうにもできない。
なら俺は?と言いたいところだが、俺が何にもできないのなんて、とうの昔に決定しているーーー
ーーーとは限らないよな。
さっきヨーテも言ったんだ。俺の体の中に、かつての能力が封印されているって。
だったら、どうにかその内の何か1つでも復活させられれば、勝機はありそうだよな。だから、諦めちゃいけない。
だが、どうするべきか……どの能力がどのように復活するものなのか、見当もつかない。
なんのヒントもないんじゃ、どうすることもできないような……
…………いや待てよ、直近で、おかしい事ってなかったか?
というか、あったよな。明らかにおかしい事。
…………少しだけ、見えて来たかもしれない。俺だけの力じゃどうにもならなさそうだが……
一か八か、やってみるしかない。