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赤い眼の魔導士  作者:
王都より
16/16

黄金の海

 暗闇の中を歩いている。

 進んでいく足元は沼地のようで、一歩一歩がひどく重い。

 突然、誰かが彼の手をつかむ。

 その手は、ひとつ、ひとつと増えていき、やがて彼を沼の中へ引きこんでいく。

 苦しい、息ができない。

 振り返ると、たくさんの、見知った顔が苦悶に満ちてそこにある。

 ああ、そうか。

 彼は呼吸をすることをあきらめる。そこで、目が覚めた。



 王宮の庭園は四季を通じて色彩に満ちている。

 その一角で、この王国を継ぐべき王太子は、鼻歌交じりにしゃがみこんでいる。

「殿下、……膝が汚れます」

 どうして俺が女官みたいに世話を焼かなくちゃならないんだ。

 たまたま通りかかっただけだが声をかけないわけにはいかない。四半刻後には重要な謁見が控えているはずだ。手間のかかる主を持った面倒くささを身にしみて感じながら、アラン参謀は声をかけた。

「春のバラは、世界一きれいな花かもしれないね」

 こちらの言葉に全く耳を貸す様子もなく、スケッチブック片手にご機嫌で主はつぶやく。

「……、アラン、君、眠れている?」

 突然顔をのぞき込まれて筆頭参謀は顔をしかめる。

 この主は異様に勘が鋭い。ものの色彩の変化に非常に敏感なのだ。敏感すぎて、舞踏会などの光や色が強烈な場が苦手らしい。王族には気の毒な体質だ。

「ご心配には及びません」

 別に心配などされているわけではなく、ただの事実確認かもしれないが、一応礼を取りアランは答える。

「そう?」

 王太子の軽い返事に小さく安堵の息をつく。



 魔王討伐の凱旋パレードから、もう1年以上が過ぎている。

 討伐隊の功労者たちもそれぞれの日常に戻ったが、アラン筆頭参謀の生活にはどうしても戻らない変化がある。

(自分が、これほど弱いとは、思わなかった)

 戦いの最中から眠れないことはあったが、王都に戻ってから、悪夢はむしろ日々ひどくなっている。そんな話を、誰かに打ち明けられるはずもない。

(部下たちが、勤めをこなしてくれているのが、救いだな)

 以前は一人で担っていた、陰の護衛の任務は今は数人の補佐がある。万が一自分の注意力が不足したとしても、最悪の事態は免れられるだろう。

(情けない)

 毒殺された両親を見つけた幼子のころでも、もう少ししゃんとしていた。いったい自分はどうしてしまったのだろう。

(王宮参謀筆頭も、潮時かもしれないな)

 苦く笑う。



「ディアナ、ちょっといい」「はい」

 珍しくまじめな顔で王太子に声を掛けられ、ディアナは姿勢を正した。

「アランさ、大丈夫かな」「え」

 ディアナから見ると、アラン参謀長ほどどんな事態でも大丈夫すぎる人はいない。

「倒れそうな顔色しているよね。たぶん、眠れていないんだよ」

 王太子の目から見てそうなら、そうなのだろう。

「……様子を見てみます」

 あたしひとりではどうこうできそうもないけれど。ひとまずディアナは御前を下がる。

 寝不足と言えば、相談できる人は一人しかいない。


「ええ、あの参謀長が?」

 セラは心底おどろき、という表情をする。

 彼女のごくごく内輪での婚姻の儀に招かれたのは、半年ほど前のことだ。夫となる方と、40年ぶりに再会してからひと月も経っていなかったらしい。月の王、という方の行動力に驚きを越えて戦慄したものだ。寄り添う二人があまりに美しすぎて、ディアナは葡萄酒ものどを通らなかった。ちなみに新婚だが人手不足のため、セラは魔導士として働き続けている。

 その婚姻の宴の際に、先王の死の真相、驚愕のうっかりエピソードを披露され、反応に困ったのは記憶に新しい。

 寝不足、ダメ、ぜったい。

 それが参列した元討伐隊員の合言葉になっている。



 突然、真夜中に中庭に呼び出され、アランは心底困惑していた。

 今日は夜勤の予定だったが、突然現れたディアナに無理矢理交代させられた。王太子の呼び出しとなると、断るわけにはいかない。あの人の気まぐれは、度を越えている。


「……君が、アラン参謀長かい」

 突然背後から声がかかる。気配が全くしなかった。

 とっさに刀の柄に右手をかけながら振り返り、声の主の顔を見た瞬間、反射的に膝をついた。

「……魔王討伐は、ご苦労だったね」

 今は人の理からは外れた存在のはずだが、そこには圧倒的な君主の威厳がある。

(なぜ、この方が)

 月の王だ。確かに婚姻の儀に参列はしたが、直接声をかけられる立場ではないはずだ。

「妻が、君を心配していてね。ずいぶんお気に入りのようだ」

 声に若干恨みがましい響きがあるのは気のせいだろうか。


「参謀長。人の命を背負うのは、辛いかい」

「……」

 一目で見通され、アランは唇をかむ。

「……討伐隊の死者は、1000を超えます。毎月全ての墓地を回ることもできない。私は、……生きていて、良いのでしょうか」

 アランは初めて口に出した。だめだと言われるはずのない問いだということは分かっている。それでも自分に問うことをやめられない。

「私が、彼らを殺したに等しいのに」

地につけられたアランのこぶしが震える。


「……万能でないことは、罪ではない」

月の王の柔らかな声は静かにアランに染み込む。

「君を許すのは君しかいないよ」

 夜半の雲に満月が隠れていく。振り仰ぐとそこには、もう月の王の姿はなかった。


「……身体の傷ならたちどころに治して見せようものを」

膝をついたままのアランの背を水鏡で見つめながら月の王はつぶやく。

「私の癒しの力も、無力だな」




 その日の夢は、いつもとは違っていた。

 アランは一人で、荒れ野を歩いている。ふと袖を引かれると、そこには年の頃5,6歳の、農民とおぼしき少年が立っていた。

「勇者様」

「勇者……」

 ちょっと違う気がするが、まあいいか。これは、例の、あれかな。さしずめこの子は、村人1、と言ったところだろうか。

 ここは、どこだろう。見渡すと、見覚えのある丸い焼け跡に、アランは顔をしかめる。

 赤ん坊の魔王と遭遇した荒地だ。

「あの日はさ、夜中にものすごい地鳴りがしたんだ。みんな怖くて布団の中で震えてたけど、おとうちゃんが畑が心配で見に行ったんだって。そしたら、そこに赤い眼の赤ん坊がいて……」

「眼を、みたのか」

 ぎくりとしてアランは問いかける。だとすればこの子の父親は生きてはいないだろう。

「ううん。勇者様たちが戦っているときにちらっと見えたんだって」

 あの場に、人がいたのか。切迫していたとはいえ自分の注意力のなさに唇をかむ。

「そしたら、空からたくさん光が降ってきて、おとうちゃんは逃げられたんだ。周りの枯れ草の大火事も消えたんだ」

 子供はキラキラとした目でアランを見上げる。そのまま、ぐいぐいとアランを引っ張ってゆく。

「勇者様、ねえ見てよ」

 そこには、見渡す限りの麦畑があった。麦秋の季節、黄金色に色づいている。

「勇者様のおかげで、僕たちの畑、燃えなくて済んだんだよ。勇者さま、ありがとう」

 満面の笑みで少年が言う。

「……そうか」

「どうしたの?どこか痛いの?」

 アランの双眸からは、涙が伝う。

「わずかでも、誰かを救うことが、できていたんだな」


 戦士たちの総指揮をとり続けていた自分は、あたら無駄に部下を死なせてしまった。結局、最後まで自分の戦いはほとんど何の意味もなさなかった。

 ただ一人の赤い眼の魔導士がいれば、すんだはずの戦いだった。


 これは、自分の願望が作った都合の良い夢なのだろうか。

 いや、戦士たちの墓を巡った時に、確かに麦畑はそこにあった。



 春の風が吹き抜けてゆく。まるで黄金の海原のように、麦畑はどこまでも続いている。

「……美しいな」

 自分を、赦す。簡単なことではないが、それでも、自分は、生きなければいけない。

 この世の美しいものを見つけながら。

 アランの唇には、自然と微笑みが浮かんでいる。


最後の一話は、蛇足かなと悩みましたが、結局追加してしまいました。

これにて、完全に完結になります。

投稿に不慣れなため、お見苦しい点も多々あったかと思いますが、ご容赦ください。

気に入っていただけますと幸いです。

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