幕間③ 素晴らしき悪ふざけ
榊教授視点で健信視点の続きを………
お時ちゃんが目覚めて1週間。
我が愛娘・有希奈とお時ちゃんは順調に仲良くなっている。
だが、本当に仲良くなる、という事がどういう事なのか、当代守人であるわたしは、それを知っている。
見かけ上仲良くなる事と、本当に仲良くなる事の間には、高い高い壁があるのだ。
意外だったのは光誠だ。
仲良くスマートフォンに視線を落とす2人を見ながら思う。
1週間前、最終的には軟化したものの、光誠はお時ちゃんという常識外の存在に、1番懐疑的な態度をとっていたのだから。
良く言えば楽観的、悪く言えば単純な我が愛娘・有希奈。
何につけても慎重で、深く物事を考えて取り組む光誠。
目端が利き、他人の為に面倒を背負いこむ事を厭わない健信。
現時点で、この3人の中で1番お時ちゃんとの精神的な壁を設けていないように見えるのが光誠だというのは意外という他ないだろう。
昨日わたしが不在の折に何があったのか全てを把握する事は不可能だが、光誠がいつも通り深く考え、お時ちゃんという存在を定義する際の本質が、その異質さにないという事を理解したのだろうと仮定している。
1週間前。
約30年ぶりに目覚めたお時ちゃんの見た目は異質という他なかっただろう。
乱れた頭髪、血走った目。
30年分の常識が欠如したその言動も、ごく一般的な大学生でしかない彼らの目には奇異に見えたはずだ。
しかし、その異質さは、時間をかければ薄める事が可能な部分でしかない。
見た目は、風呂で身体を清め、ゆっくり日々を過ごす中で長い長い眠りの疲れがとれれば、人間らしい物になる。
言動も、今の世に生きる皆と交流を重ねれば、自ずとズレが薄まるとわたしは経験している。
お時ちゃんの本質を知ろうとする事は、お時ちゃんの人間性を知る事であると、光誠は理解したのだろう。
間違いじゃない。
なにしろ、彼女は運命の悪戯で人外となっただけの「元人間」なのだから。
しかし、彼女の人間性を深く理解すれば、いつかはぶち当たる壁がある。
「彼女はあくまで『元人間』であり、本質的な部分が『人間』でない」という事だ。
彼女は汗をかかず、排泄もしない。
しかし、体温は一定に保たれ、食事をとる。
夜になっても眠くなる事がない。
ただし、時がくれば、また何十年という長い眠りにつくだろう。
見た目は特定の条件下において変わらず、また、同じ条件下で、彼女は「不死の存在」である。
何故かはわからない。
彼女自身にもだ。
だからこそ、わからないからこそ、彼女は自らを「人外」と定義する。
彼女の人間性を深く知れば、必ずそういった「人外」である部分を直視しなければならなくなる時が来る。
その時、彼らの仲を取り持ち、架け橋と成りうるのは有希奈ではないかと期待しているのだが………
豆から淹れた特製のコーヒーを楽しみながらそこまで考えた時、有希奈と健信が台所から帰ってきた。
2人は何故か極力音をたてぬよう、そっと扉を閉め、そろりそろりと忍び足でローテーブルへ向かう。
何を企んでいるのかと目を細めていると、健信は光誠の手元にあったカップと、今持ってきたカップをこっそり取り替えた。
光誠はお時ちゃんと動画に見入っていて気づかない。
あれはきっと、健信が唆して有希奈が淹れた、更に強烈な工夫が凝らされたお茶だろう。
よくもまあ二十歳を超えて、ここまで子供っぽいイタズラを思い付く物だ。
ま、黙認しますが。
そういうノリ、わたしも大好きだし!
有希奈は、更に趣向を凝らした渾身のお茶を光誠が受け入れてくれるか気になって仕方ないようだ。
そわそわとする有希奈を見ていると、お時ちゃんと光誠の2人がスマートフォンから顔をあげる。
ふう、と一息ついて光誠が手元のカップへ手を伸ばす。
さぁ、どうなる! と、わたしと健信、有希奈がそれぞれに異なる期待をして光誠に注目したその時。
「ううっ! あっ………ぐあぁあぁぁ!」
「え?」
急にお時ちゃんが右目を押さえ、床に伏し、呻き声をあげた。
「目が! 目がぁ!」
「お、おい! どうした!?」
「お時ちゃん!」
光誠と有希奈が心配してお時ちゃんに駆け寄る。
健信はスマートフォンを回収して、すぐ救急に連絡できるよう構えて、様子を窺う。
しかし、わたしは直前まで彼女が見ていた動画の内容から、これが見た目通りの緊急事態で無いことはわかっていた。
健信の動きを制し、コーヒーをローテーブルに起き、背後からお時ちゃんの上半身を抱え起こした。
「お時ちゃん、大丈夫?」
「黒く漆黒たるだーくさいどより魔の者が目覚めようとしているようです………」
「………え?」
「ここにいると、皆にも危険が及ぶやもしれません! 離れてください、急いで!」
「えぇ!?」
「あぁ………右目が疼きます! わたくしの隠された真なる力が………!」
「お、お時ちゃん………?」
やはり………
お時ちゃんは現代の常識がない分、与えられた情報をすぐに鵜呑みにしてしまう。
そして、一刻も早く自らに常識を植え付ける為、即実行の理念を持っている。
3人はまだ状況を把握しきれていないようで、怪訝そうに目を細めている。
………面白そう!
少しだけ、悪ノリしてみるのもいいかも。
「それは大変! みんな、ここは危険よ! お時ちゃんはわたしに任せて、できるだけ遠くへ離れて! 家の外まで走って!」
「あ、いえ、まぁちゃん。その、わたくしが見える範囲で離れていただければ………」
「わかったわ! みんな、部屋の端っこまで離れて!」
しかし、3人とも混乱の度合いを深めるばかりで動かない。
お時ちゃんが「不死の存在」などという、ある意味ファンタジーな存在である為、目の前の事態をどう受け止めていいのかわからないのだろう。
「まぁちゃん、まぁちゃん」
「どうしたの、お時ちゃん!?」
「どうですか? わたくし、若年に見えるでしょうか? 皆とのじぇねれーしょんぎゃっぷを埋められるのではと思い、『中二病』に罹患してみたのですが!」
「はぁ!?」
混乱するばかりで一切動かなかった3人にもお時ちゃんの狙いは聞こえたらしい。
残念ながらお遊びは終わりのようだ。
「光誠! どうですか? わたくし、少しは若年に見えるでしょうか?」
「いや………わざわざそんな事しなくても、キミは見た目には十分若く見えるよ」
「まあ、そうなのですか? でも、わたくし、その………本当はずいぶん皆より年嵩ですよ?」
「そういえば、キミって何歳?」
余りにもな質問をとばす光誠に健信と有希奈からの鉄槌がとぶ。
光誠は訳もわからず、目を白黒とさせながら頭を擦った。
「こ、光誠、その………実に心苦しいのですが、年齢はその………わたくしも一応乙女ですから………」
「そーだよ! 乙女のヒミツ! 光誠デリカシー無さすぎ!」
「そうよ! 光誠、アンタバカぁ!?」
最後には健信にまで気持ち悪い批判を飛ばされた光誠は「お前は乙女じゃねえだろ!」などと的外れな反論を返しながら元いた席へ戻った。
そして、少し落ち着きたかったのか、手元のお茶を一口飲んだ。
「うむっ! うぅ、うむむうぅぅ!」
「光誠!? どうしたのです?」
光誠が口を押さえてプルプルと震えた。
遂にはソファの背もたれに顔を突っ伏してしまう。
健信は腹を押さえてプルプルと震え、有希奈は何事かと心配し、胸を押さえてプルプルと震えた。
有希奈はかなりの物をお茶に入れたのだろう。
劇的な反応だ。
三者三様の理由で同じようにプルプルしている様子を見て、笑いの気配が背中をかけ上がってくる。
わたしに止めを刺したのは、お時ちゃんと光誠のコンビだった。
「あぁ、わかりました! 光誠も『中二病』に罹患したのではないですか? 目覚めますか? 光誠は口が目覚めますか!?」
「目覚めてたまるか!」
その瞬間、わたしの腹筋は崩壊した。
本当に面白い子供たちだ。
30年前はお姉ちゃんのように感じていたお時ちゃんも含めた4人を合わせてそう思った。
こういったくだらない時間の積み重ねが、みんなの仲を深め、最終的にはお時ちゃんの抱えた使命の成就へ繋がるのだ。
わたしは痛む腹筋を押さえながら、当代守人として誓う。
これからも精一杯悪ふざけをすると!




