第二十三話 初めての授業
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がやがや、と子どもたちの喧騒が聞こえます。
「授業始めてー!早く遊びたいのー!」
早朝。ここは保護院内の一室です。
黒板のような緑色の板が四方に貼りつけられ、三人掛けの長机が規則正しく並べられています。
「ふぅ・・・」
清田さんは息を吐いて、前方を見やりました。
最後尾に座り、息をひそめる清田さんにを尻目に、子供たちはわあわあと元気よくじゃれ合っています。
イシュゲルにまずはこの世界のことを勉強しなさいと指摘を受けた清田さんは、子ども達と一緒に授業を受けることになったのです。
「は~い、皆さんおはようございまーす!」
しばらくして、どこからともなく大きな威勢の良い声が聞こえてきます。
「おはようございまーす!」
子ども達も元気よく挨拶を返しました。
すると部屋の引き戸が勢いよく開きました。
「おはようございまーす!今日も皆元気かなー?早速授業を始めるぞ!」
えい、えい、おー!と元気に拳を振り上げながら、その人物は教壇に登りました。
子ども達はきゃっきゃ、と喜びます。幼稚園か小学校に戻った気分で清田さんも最後尾からその姿を見つめました。
「ところで今日はいい天気だな!皆もそう思うだろ?そういえば昨日・・・」
喜ぶ子どもたちを尻目に、男性は話し続けています。
50代半ばでしょうか。男性です。丁寧に刈り上げられた頭が光に反射して、きらきらと輝いているようです。肉付きの良い腕を露出させ、機嫌良さそうに入場してきます。
清田さんは、その姿に見覚えがありました。
男性はゆっくりと部屋全体を見回します。そしてにっこり笑って、こう言いました。
「あーっ!今日は新しいお友達が来てるみたいだねえ!前においで!」
前においで、と言われた瞬間に清田さんの心臓は大きく跳ね上がります。
男性の目は、清田さんにバッチリと向けられています。
子ども達が、男性の目線の先を知るために一斉に後ろを振り向きます。
それにしても、カラフルな髪と目の色です。青、白、緑、桃・・・鮮やかな色彩が清田さんには輝いて見えました。
「わー!ほんとだ!気づかなかった!おねーさんだ!」
「ほんとだ!おねーさんなのに、授業うけるの?」
「おねーさん!初めて見た!」
一番後ろに、姿を隠すように座っていた清田さんは委縮して縮こまりました。
なにせ、注目を受ける場は清田さんにとっては苦手なのです。
「恥ずかしがってないで、がんばってー!」
「がんばれー!おねーさん!」
子ども達に応援され、清田さんはさらに恥ずかしくなりました。
顔を真っ赤にして、登壇します。
「おはようございます。阿部清田です。キヨタ、と呼んでください。宜しくお願いします」
「こちらこそよろしく。私はニゲル。仲良くしましょう」
「よろしくお願いしまーす!」
子ども達に圧倒されながら、清田さんはいそいそと自分の席へ戻ります。
「ここに来れたみたいで良かったなぁ、キヨタ」
ニゲルがぽそりと呟いた声は、清田さんに届きました。
本当によかったです、と清田さんは心の中で返します。
もし保護されることがなかったら、今も謎の筍をかじる生活が続いていたでしょう。
「よーし!じゃあ授業を始めるぞー!寝た子は魔物の生け贄だからなー!」
ニゲルは物騒なことを囃したてながら、授業を始めました。
*
連日続く授業は清田さんにとって簡単でした。
なにせ、小さな子向けに作られているのですから。
木の実を使った足し算や引き算、童話の読み聞かせ、作文···学校を彷彿とさせるような要素が盛りだくさんです。
しかし、その中でも興味深い内容がありました。
この世界の成り立ちについてのことです。
「今回は特別に、この世界がどうやって生まれたか、昔話を皆に教えてやろう!」
今日もニゲルの熱血授業が繰り広げられています。
ある子は落書きをし、ある子は惰眠を貪る中、ニゲルは清田さんを真っ直ぐに見ながら言うのです。
「昔、この世界に人間は存在しなかったんだ。しかしある時、世界に亀裂が生まれた」
___生まれた亀裂から、100をも超える人間が落ちてきた。
皆傷だらけ、満身創痍だ。
一人の優秀な魔術師が亀裂を封じた。
人々の力で土地を開拓、順調に拠点を作り、人口は増えていった。
魔術師は死に、何百年も経った。
そしてある時、おどろおどろしい生物が発生したんだ。
「ニゲル先生の言ってること難しくて分かんなーい!」
ニゲルの言葉に耳を傾けていた数名の子どもたちが不満そうに声をあげます。
「なーに!いつか分かる。だからこの話はよーく覚えておくんだぞ!」
豪快な笑い声をあげて、ニゲルは話を続けます。
その生物は無差別に人を襲い、時には喰う、恐ろしいヤツらだ。今は、魔物と呼ばれているものだ。
魔物は侵攻を進め、人々は疲労困憊だった。
そんな時、勇敢な人間たちが立ち上がり、魔物を打ち倒す旅に出たんだ。倒しても倒しても増え続ける魔物達。
もう限界だという時に、減ることの無い魔物の原因を突き止めた。
「それが、亀裂なんだ」
魔物は亀裂から流れるように生まれ出ていた。
かの昔に封印された亀裂は、再び開きかけていたのだ。
「おしまい」
ニゲルは満足げに語り部を終わります。
「ええーっ?!」
ニゲルの話を聞いていた子どもたちが声を揃えて言いました。
清田さんも思わず声をあげてしまいそうになりました。
開きかけた亀裂は?魔物はどうなったの?
オチのない話に子どもたちまでも面食らっていました。
「魔物は今でもいるだろう?亀裂は閉じていない。だから、このお話には今も終わりがないんだ」
ニゲルはおかしいくらい笑って、そう締めくくりました。
「でも、このお話はよーく覚えておくんだぞォ!」
ニゲルの目線な清田さんを捉えました。
それと同時に、清田さんは何とも居心地悪い気分に苛まれるのでした。