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出入り料理人惣八の、季節事件簿  作者: 穴澤 空@ドアマットヒロイン1巻発売中!


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十五(完結)

「お夕!」


 惣八とともに神田須田町へ戻ったお夕を、お富美が駆け寄って抱きしめた。棟割長屋の住人たちは、皆それを見守る。


「どこにいたの? 体は大丈夫?」


 お富美はお夕の頭を撫で、背中を撫で、そうして彼女の両頬を手でそっと包み込む。小さい頃に母を亡くしたお夕にとって、お富美は母代わりだ。惣八に助けられたときには僅かに張っていた意気地も、お富美の前では崩れ落ちる。ぐすぐすと小さく泣いていたそれは、やがてうわんと大きなものに変わっていった。


 憔悴しているお夕の背を抱えながら、お富美は周りの住人たちへと頭を下げる。


「おかげさまで、お夕は無事に見つかりました。ご心配、ありがとうございます」


 続けてお夕も頭を下げた。住人たちは拍手をし、三々五々各自の長屋へ戻っていく。


「惣さん、とりあえずうちに来てちょうだい」

「ああ」


 三人は、そのままお富美の長屋へ入る。

 惣八の長屋と違い、彼女の長屋はどこか華やいだ雰囲気がした。位牌が置かれた小さな仏壇が箪笥の上にあがり、三味線と書見台が並んでいる。茶箪笥の上には、一房の梅紫色の紫陽花が飾られていた。


 お富美は湯飲みに朝沸かした白湯を注ぐ。お夕と惣八、お富美が車座に座ってそれを飲んだ。


「そんで、何があったっての?」


 問われたお夕は、先に現場で話していたことを、同じようにお富美に話した。文節ごとにお富美は頷き、じっとお夕を見つめる。


「……お夕、すまねぇっ!」


 話し終えたお夕に、惣八は土間まで降りて土下座した。


「惣さん?」

「あたしが、お夕に頼んだんだ。荷札を手に入れて欲しい、って」


 惣八のその言葉に、お夕は首を横に振る。


「隠れてやった訳でもなし、惣八さんが謝ることじゃないですよ」

「でも……」

「それに、あたしを助けに来てくれたじゃないですか。あんときの惣八さん、大石内蔵助みたいでしたよ」


 お夕の言葉に、お富美が一つ溜め息を吐く。


「惣さん、戻ってきとくれ。そこじゃ、話がしづらくてかなわないわ」


 その言葉に、惣八は頭を掻きながら元の場所へと座る。


「御用人様にいいように話をつけて、荷札を弄ったんだ。悪いのは、その台所頭だね。ただ、惣さんが余計なことを頼まなきゃ、そもそもこんなことは起きなかった」


「全く以てその通りだ」

「お夕が謝罪はいらないって言ってんだ。それ以上謝んのは、そりゃ惣さん、あんたの我が儘だよ」


 ぴしりと言い切るお富美に、惣八は再び頭を落とす。


「お富美の言うとおりだな。あたしはお夕に告げる言葉を間違ぇた」


 そうして改めてお夕の方へ体ごと向くと、じっと彼女の顔を見る。


「お夕、勇気を出して頼みを実行してくれて、ありがとな」


 その言葉に、お夕は満面の笑みを浮かべた。朝顔のようにぱっと開いたそれは、大人二人にも笑みを呼び寄せる。


「惣八さん。あたしが少しでも役に立ったんだったら、それでいいんです」


 そこでようやく、惣八は湯飲みの白湯を、喉に注ぐことができた。




 その翌日。惣八は、別の大名屋敷に呼ばれていたので、朝からそちらへ向かった。夕刻、七ツに帰宅すると、同じくして文之進が長屋に現れる。


「おう。あれからどうなった」


 惣八はがらりと障子をあけると、文之進を中へと促す。


「真砂貞蔵は捕らえられたよ」

「罪状は」

「一番は誘拐人取之罪、それから公用物横領」


 人を拐かしただけで、身代金の要求や殺害をしていなくとも、誘拐人取之罪は適用される。場合によっては打ち首、もしくは獄門が適応されるような重罪だ。


「横領は、やはり塩とかか」

「ああ。それに砂糖と味噌、醤油に酢。全部やってたな。塩は、お夕ちゃんがいた場所に置かれてた」

「一俵と、追加で二俵半くれぇだろ」


 塩一俵の中に、毎年三割くらいの囲塩が混ぜられる。それは、熱田湊から江戸に入るときに、そのくらいの目方が減るからだ。

 今回は十俵あったうちの一俵が行方不明。それに一俵の内から三割ずつ、それが合計九俵分。つまりはそれで二俵と七分目。


「大方、一年ばかし寝かせて、囲塩にして売っぱらおうってつもりだったんだろうな」

「惣八の予想通りだ。ちまちまと他のもんでもやってて、裏で売り払って金に換えてた。それでも横領罪だけなら、まだ藩の内々でどうにかできたかもしれんが、さすがにお夕ちゃんの拐かしは、見逃せねぇ」


 それでも、公用物横領とて酷いときには切腹や追放も有り得る。大抵は役職の剥奪か家禄切りが適用されるが、家門の不祥事を嫌がる大名屋敷では、内々に処罰して終わらせることもあった。


「なんで拐かしなんて、しちまったんだろうな」

「なんでも、仲働きの女中なんて、どうとでもなると思ってたらしい。荷札から事が露見するのを畏れたと、口を割った。彼女を俵に詰めた後に運んだ下働きの者たちは、知らなかったと言ってるが……」

「人一人荷車に乗せて、気付かねぇってあるかい」

「その辺は、今後詮議だ」


 昨日飲み残した尾張の酒を温めると、惣八は徳利を文之進に渡し、煙管に火を入れた。


「だが、もとは大名家の中の横領罪。よくぞ見つけてくれた」


 文之進は胸元から小人目付の目付札を出す。それを見た惣八は、苦笑いを浮かべた。


「あたしは、料理んことしかわらかねぇ」


 猪口に注いだ文之進が、惣八に徳利を戻す。


「今回は、あたしの勇み足で、お夕に怖い思いをさせちまったからね」


 惣八の言葉に、文之進は頷いた。


「そいつは反省した方がいい。けどまぁ、俺も暢気に構えてたからな」

 文之進は肴に出された梅干しをちぎって口に入れた。

「酸っぺえ」

「梅干しってのは、酸っぺぇもんよ――おぉ、酸っぺぇ」


 口の中に溢れる唾液を薄めるように、二人は尾張の酒を飲み干した。




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