その時の話 解らん事は時間かけても解らん
朝、幽霊は意気揚々と実家と思われる家へと向かった。自分が生きていると判った時の衝撃は、言葉に言い表せない。最近、忘れていた過去の記憶が徐々に戻ってきていたとはいえ、まさか、生きていたなんて。しかも、すでに成人し、心配してくれている親も友人達もいる。こんなに有難い事はない。「そやかて、まさか、みっちゃんがなぁ。」高校時分の姿からは想像がつかない。あいつ、もっとひょろっとしてたよな、斜に構えてたしなぁ。髪も、今よりは短いけど頬の辺りまで長くして、先生や、特に女子から深窓の麗人みたいな扱いをされとったなぁ。なんて、懐かしんでいた。目的の家が見え、「お邪魔しまぁす。」と、誰に聞かれる事もない断りを入れてから二階のベランダからガラス戸をすり抜けて中に入る。8畳ほどの部屋にベッドと本棚。パソコンデスクには、旧型のノートパソコンが置かれている。スチールラックには店のように畳まれた服が重ねて置かれ、下段には下着や靴下などが分類されてカゴに収納されていた。よくある実家の男の部屋。朝日がカーテン越しに部屋を照らし、本棚に置かれた写真立てに気づいた。「…卒業式か…?」学生服を着て、卒業証書を持つ複数の男女が自分を含め笑顔で写っている。けれど、自分以外の、その一人一人が誰だったのか…。「いや、体に戻ったらきっと思い出すやろ。」ベッドに近づくと、成人男性が静かに寝ていた。「僕や…。」今の顔より少し年齢を感じるし、日に当たらないからか、幽霊の自分より青白く見える。髪は、短く刈られていた。「ほんまに、なんでお前寝てんねん。」自分の体を見下ろしながら、悪態をついた。自分なのに、自分が憎い。なんとも言えない感情が胸に押し寄せた。と、部屋の外から階段を上がってくる足音がした。家族がカーテンを開け、様子を見にきたのかもしれない。慌てて、自分の体に入り込もうとして、バチリっと弾かれた。
「なんじゃそれ。」半纏を羽織り、ふわふわ靴下を履いて寒さ対策をした上で、沸かした湯を湯タンポに入れながら話を聞いていたのだが、「じゃあ、今までなにしてたんだよ。」朝の時点でそんな調子だ。只今の時刻は夜の9時半を過ぎている。「まさか、ずっと入れるかチャレンジしてたのか?」残った湯で葛湯を作ってベッドに戻り、布団の中に湯タンポを入れ、足に布団をかけながら葛湯を飲む。中から外から温める為だ。エアコンは節電と節約の為に、夜9時以降は点けない。
「いや、お母さんらしい人が来てな。カーテン開けて、脈とか呼吸とか…あとオムツとか確認した後、降りていきはってん。それから暫くは、チャレンジしたで?でも、入らへんねん。」とりあえず幽霊は、この家族の1日を観察することにしたのだと言う。寝ているだけで、成人男性が餓死もせず何年間も生きていられる訳はなく。一応、腕には点滴が繋がれていた。しかし、朝昼晩と三食、母親(仮)が流動食のような物を口に運び、自分の体も器用に寝ながら嚥下していたそうだ。食事の間の時間にもヘルパーらしき女性が体を拭いてくれたり、理学療法士の男性が寝ている体を動かしてくれたりと色々してくれていた。「なんでかなぁ?なんで戻れやんねやろ。」幽霊が首をひねってそのまま、逆さまにあぐらをかいて宙に浮いている。「…誰か詳しい人に聞くとか…。お前、幽霊仲間とかいてねえの?」ティースプーンでカップの底に溜まる生姜を撹拌させながら訊ねる。「幽霊仲間の相談役みたいな人。」「いてへんやろ!…いや、いてるか?うーん。」突っ込みの後、自問自答している。ほんとに忙しいやつだ。「次の休みに近くのお寺にでも行ってみるか。」スマホを開き、近くの寺を検索する。「なんでや?」「墓があるだろ。それに、万に一つだけどお寺の人なら、幽霊見えるかも。」まぁ、期待はしないけどね。「幽霊本人が理由もわからないのに、たかだか16年しか生きていない自分には全く見当もつかないからな。」藁を掴むつもりで話だけでも聞いて回ろうかな。「すまんなぁ、なんや、若い子に迷惑かけて。僕、大人やのに。」しょぼくれる幽霊だが、まだ姿は学生のままである。若いと言われても同年代相手に…。「そういや、お前、大人だったんだよな。みっちゃんと同い年。」「そや?」「それが分かってんのに、なんで高校生の姿のままなんだ?」眠っているアラフォー姿の自分を確認したのに、いまだ学生服で、どこか垢抜けない姿のままだ。「ほんまや、なんでやろ。」「記憶が戻ってないからか?」うーん、幽霊と一緒に頭をひねるが答えは出ない。出るはずもない。
とりあえず、明日も朝からバイトだ。だから寝る。寝て起きてから考える事にした。




