その時の話
親の仕事の都合で、幼少期を関西圏で育った。別に、下町のどっぷり“関西弁”に浸かった生活を送ってた訳やないけど、関東地方の人からしたら、「関西人じゃーん(笑)。」て笑われる。僕から言わしたら、「はぁ?お前は何人やねん。東京?ほな、生粋の江戸言葉、喋ってみい!」って怒鳴りたなる。僕の関西弁かて、違う関西の人からしたら、ちょっとずつ違うんや。標準語が東京語や言うんやったら道行く人、皆アナウンサーや。
学校に行って最初は、戸惑う事もあって、イジメといじりの間みたいな事されて、笑ってても胸の内は血だらけみたいな毎日やった。
学校は社会の縮図とはよく言ったもので、たかだか40人弱のクラスでも、派閥のグループは幾つか出来ていた。僕は、毛色が変わってるって自覚もあったから、大人しいグループに入れて貰ってたんや。周りの子も優しいてな。けど、アホな奴はどこにでもおって「チャウチャウ~。」「おい、シバかれるぞ(笑)。」「○○、アウト~。」とか、聞こえよがしに言うてくる。「気にすんな。」「ほっとけよ。」って周りの子が言うてくれてな。僕は気を使われんのが申し訳のうて。「ははは、テレビで言ってる関西弁は、僕が育ったとこと違うから、ニュアンス違うんやで?」とか、「ほら、関東でも、山手と海沿いの街で言葉違ったりするやろ?」とか、話の軸をずらして誤魔化してた。
ある日、そのアホの一人が僕を庇った子を“どついた”んや。どんだけからかってもノッてけえへんのに、業を煮やしたんやろな。ピエロにする気、丸わかりの奴相手に、ノるワケないやろ。「おい、チャウチャウ!お前、全然面白くねえじゃん。ほんとに関西人か?エセじゃね?」「そりゃ、大人しい関西人もいるよ。関東の人が皆、“だよねー”“そーじゃん”って言わないし、流行最先端ってワケでもないやろ。」さすがに、うっとうしく思て。この言い方が腹立ったらしい。「はぁ?てめえ、馬鹿にしてんのか?あぁ?」って机蹴って、眉間にシワ寄せて威嚇してきたんや。僕からしたら、そんな“イチビリ”可愛いもんやったんやけど、「おい、止めろよ。」って間に入った子をいきなり殴ったんや。プッチ~ンて切れてなぁ。「おんしゃ、何したか解っとんやろなっ!」って言うが早いか、飛びかかってたん。僕、大人しいしてたかってんけどな。ボッコボコにしてたら先生飛んできて。殴られた子も一緒に、三人、保健室行って、進路指導室って教室行って、話して。教室戻って、席着いた時、それまで一度も話した事ない隣の席の奴が話しかけてきてん。「ねえ、“おんしゃ”って何?」
そいつ、めっちゃイケメンで、勉強もスポーツも出来て、一目置かれてるんは直ぐ判った。アホの奴らも、そいつには関わらんようにしてたし。何がて、女の子からの圧が凄かった。「お前らの、汚い手垢一つも着けようもんなら、末代まで祟って呪う」って空気やってん。そいつ自身も、自分以外を認めへんっつーか。壁があってな。仲良う出来んやろなって、見て分かるくらいやってん。そやのに、そいつが「“おんしゃ”って何?」って聞いてきてん。「恩赦?御社?」って。「いや、“おんし”“お主”。つまり、“てめぇ”とか、“お前”って意味で…。」って説明したら「はぁぁ、なるほど。」って、本気で納得してたん。なんやこいつ、思た。そっからや、なんかかんか話して、仲良うなったん。
「それが、みっちゃんとの出会いですか。」自室でコーヒー片手に、幽霊の思い出話を聞かされていた。時間は夜9時を回り、よいこは寝る時間なのだ。明日4時起床は確定なのだが、幽霊の興奮が冷めやらない。「気付かんかったなぁ。そうか、あいつ、“みっちゃん”やったんかぁ。面影ないやん。」幽霊は一人浮かれて、喋っている。「10年近く時が経ちますから。仕方ないんじゃないですかね。」「なんや、他人行儀みたいな喋り方して。」「寝たいんだよ!眠い!」カップを流しに置いて、布団に潜り電気を消す。「え~。もうちょっと付おうてよ~。」知らん、寝る。まだ幽霊は愚痴ぐち言ってたけど、自分はすぐさま頭の電源が落ちた。




