階段の話 ズルい女
昼からの授業も問題なく行われた。島崎さんは、教室に戻って来なかった。放課後。各クラスからは、楽器の音や歌が漏れ聞こえてくる。文化祭の見直しってどうなったんだろう。「二年生はなにすんのかな?」「飲食以外の模擬店だって。」「お化け屋敷とか、簡単なゲームコーナーみたいな。」「部活の先輩とこ、占いするって。」帰り支度をしてふと、「陸部は何かすんの?」と、リンダと朋ちゃんに聞いたが、二人とも苦い顔をする。「なに、なんの感情?」「一応、やるっちゃやるんだけど。」陸上競技にも種目がいくつもある。その中でマイナーな種目を知って貰おう、と先輩達が考え出したのが「思い(重い)のたけ(竹)をぶつけよう。」というゲームで、的に思いの相手の写真なり名前を書いた紙を張り、気持ちの限り、竹やりを投げる。「…。危なくない?」「だよねー?なんで企画会議で通っちゃったんだろう!」「当番になった部員は全員、その日目撃した事、聞いた事は他言無用の誓約書を書かされるんだ。」おぉ。徹底的に守秘義務を貫く姿勢。「頑張って下さい。」「「…。」」やっぱり、中学と違い発想がぶっ飛んでるなぁ。なんて思いながら、教室を出ようとした時だ。校内アナウンスで、自分と朋ちゃん、リンダが呼ばれる。「「「…。」」」三人そろって苦い顔をする。
「とりあえず、今年度は合奏、曲も配られた物を使って下さい。」学年主任から説明された。「文化祭まで半月を切っていますから、今からやり直しとなると時間が足りない。それは、皆さんが文化祭に参加出来ないという事にもなります。」頭では、こうなると解っていたが、島崎さんの思い通りと言う訳だ。「いいか、お前達がごねたせいで、時間がないんだからな。」担任が、我、利を得たり。と、勢いこんで要らん事を言って、「野村先生。」と、学年主任に嗜められていた。「曲もかえれませんか。」朋ちゃんが食い下がる。「今更、練習し直す時間がないだろっ?!」担任が早口で捲し立てたが、「時間の問題ですから。皆さんで考えてみて下さい。」と学年主任は言った。
二人は陸部に向かい、自分は帰路についた。「ぷいぷい」に寄る前に、コンビニに行って詳細が知りたい。コンビニの近くまできた時だ。マナーモードのスマホが振動する。見ると、“谷さん”。「…もしもし。」「おう、今、大丈夫か?」「もう、コンビニの近くですが。」「じゃあ、こっち来ないで、ぷいぷい行っててくれ。」と言って切れた。「?」と思いつつ、Uターンする。
「ぷいぷい」に着くと、じんさんが先に来ていた。お出汁の匂いが店先にまで漂う。「お疲れ様です。なんすか、めっちゃお腹すく匂い…。」「まだ何にも作ってないわよ。出汁だけ。」じんさんは「ぷいぷい」で一番大きな鍋に出汁を作っていた。「隣のママや向かいの大将が、出汁だけでも欲しいっていうから。」じんさんは、丁寧に時間を計り、その日の気温、湿度でさえも計算に入れ、出汁をとる。そりゃ、なかなか真似出来ない。「ほら。」小皿に入った金色の出汁。味見に入れてくれた。「頂きます。」一口、温かさと共に、カツオの風味と旨味、その後を昆布の他に例えようのない“美味しい”が溢れてくる。「あんた、今までで一番可愛い顔してるわ。」じんさんが、鍋を見ながらぶっきらぼうに言った。「はぁ。?」そんなに美味しそうに飲んでたかな?けど、この味は誰でも良い笑顔になってしまう。おかわりを頼もうとした時、店の扉が開いて、たくやさんが入ってきて「…ずるい。」じんさんを横目で見ながら言う。「何がよ。」「別に?」なんだか、解んない二人のやり取りを、「大人だなぁ。」と感心しながら見ていた。
それからいつも通り仕事をしていると「すんませ~ん。」と、谷さんが入ってきた。「あら、いらっしゃい。」化粧をしていたじんさんが声をかけると「お、お邪魔します。」びびりながら返事を返している。「あの、杉本、居ますか?」「?そこに居んじゃない。」指された方をみる谷さんと目が合う。「す、杉本っ?!」「っす。お疲れ様っす。」谷さん、シフトがあまり合わないから、このスタイルは初めてか。「ほんと、びっくりよねぇ。」「なかなか気付かないわよねぇ。」いつもの二人に戻っている。「あっと、杉本。奥さんから伝言。ドンピシャだって。」「伝言?LINEは?」「まだ、面接する人がいるから。目の前でスマホ、触れないだろ?」なるほど。「なに、なんの話し?」「実は…。」今朝の早朝バイトでオーナー夫人から、バイトの面接があると聞いた、大学生で男性なら、夜間に入ってくれないかしら。なんて話していたのだが、ふいに気になって、もし、男装をしている姿の自分が働いているか聞いてくる男なら、注意して下さいと伝えたのだ、理由はざっくりと、“悪事に若い男女を誘う奴がいる”として、谷さんと同じ大学らしい。と、伝えておいたのだ。以前も、不審者に追われた経験を知っているオーナー夫人。ピンときて、他のパートさんにも、杉本さんの事聞かれても知らぬ存ぜぬを通すよう伝えてくれたのだという。




