魚釣りの話 まずは仕掛けが大事
「うちの店子に、なかなか舐めた事してんじゃない?」「いや、あの。」「先輩風吹かす割には、頼りない先輩だな。」「その、先輩か、かぜって訳じゃなくて。」「個人のプライバシーをペラペラ喋ってたら、アウトでしょう?」「は、はいっ。あ、す、すみません!」うわ。地獄。
裏でドリンクを補充していた谷さんは、自分たちが来た事に気づかなかった。店長に呼ばれのこのこ出てきたら、見目麗しいイケメン長身マッチョにがっつり挟まれて、今、質問なのか尋問なのか拷問なのか。「最初っから聞かせてねぇ。」みっちゃんが谷さんの耳に息を吹きかけながら喋ると、「ひぃぃ、はいぃ。」鳥肌で涙目になっている。自分は助け船を出さず、静かに見守っている。多分、自分に気づいてないっぽいし。
「っその、合コンした日。杉本、先に帰ったんすけどっ。駅で歩く姿が、格好良かったってっ。盗撮した奴がいてっ。」なぜ、小さな「っ」が入るのか。これはみっちゃんが、人差し指で谷さんの全身をなぞっているから。言葉が途切れるのは、たくやさんがじぃっと谷さんの横顔を至近距離で見つめるから。やめなさいよ、二人とも。「だ、大学のカフェで、たまたま横に座った女の子のグループが、話ししててっ。写真撮ったって。見せてて。それが目に入って。」「で、知ってる奴だから。」「紹介してやるって?」ぐっと近くに寄る二人に、谷さんは慌てて「ち、違うっす!注意したんす!あいつ、知らない奴に写真撮らすような奴じゃないから!」青ざめて叫びに近い否定。「じゃ、なぁーんでバイト先や家、知ってんねよ。」離れたみっちゃんに、谷さんも息を整えながら続ける。「はぁ、はぁ、えっと、その、俺らの大学の学祭で企画があって。街で見かけた“素敵な街人”って」「あ、聞いた事ある。たしか“それいゆ”のマスターが、何年か前に取材されたって。」たくやさんが話に入る。企画を知ってる人がいて、安心したのか谷さんは食いぎみに話す。「そう、それです!本来は、地元の店主や働いている人。大会で賞を取った学生とかを紹介してたんです。」まぁ、地元活性化というか、他県から来ている学生にこの街に愛着を持って貰って、少子高齢化に歯止めをかけたいって事なんだろけど。「一昨年位から、雲行きが怪しくなってきたんっす。」谷さんいわく、それまでは例年通り、老若男女問わずだったのが、様変わりして“美男美女”を取り上げ始めたのだと言う。「ミスコンやミスターコンが無くなった後なんで、替わりになるもんでやってんだろう、ってサークルの先輩は言ってたんすけど。」まだ、一回目の時は学内から選抜していたのだが、元々が“地元の人”を取材していたのだから、学外からも探していいんじゃね?と、なってきたんだそう。しかも、「最初は、ちゃんと身分を証明してから許可取って、それから撮影やインタビューをしていたんすけど、インタビューした人の中には、それを悪用して学生に嫌がらせや、付きまとい、詐欺まがいな事をする人もいたらしいんです。」地元の店主や住人なら、自分の首を締める事は避ける。けど、他の街から来た人ならトンズラこいても、身分を偽っても大学の一企画の一度きりの事だ。大事にはならない。と、踏んだんだろう。「で、杉本が盗撮っつーか、写真とられたのは、なんつーか。確認の為だったらしいんす。」「は?何、それ。」「ちょ、まだ説明あるんすっ!」みっちゃんがぐいっと近づくと必死に谷さんは弁明する。「先に写真撮って、検索かけるんすよ。SNSやインスタで。そしたら、万が一、トラブル起こったら炎上出来るじゃないすか。」つまり、「SNSを人質に取る訳ね。」「最初からアカウントを知ってるとなったら、下手な事も出来ないっすから。」たとえSNSがなくとも、LINEなどで知ってる人がいないか検索出来るんだそうな。「こわぁ。なにそれ。監視じゃん。」みっちゃんが珍しくひいている。「まぁ、女性からしたら自衛のつもりかも知れないけど。犯罪には変わらないよ。」たくやさんが谷さんの肩に手を回す。ビクッとする谷さん。「だ、だから。俺、言ったんす。バイト先の後輩だから。俺から頼んでみるから、下手な事すんなって。」しかし、谷さんの制止むなしく企画を運営する彼女達は個々に動いてしまった。その上、「なんか競争?もしてるみたいで。そこはよく解んないんですけど。」谷さんは下を向きしょぼくれる。谷さん以外の三人で顔を見合せた。「ふーん、まぁざっくりと解ったわ。」みっちゃんとたくやさんが谷さんを解放する。谷さんは力が抜けて、その場に膝をついた。どんだけ怖かったんだよ。「とりあえず、また話するかもだけど。その女の子達には、注意が必要ね。」「これ以上は許されないから。」「幸ちゃん、行きましょ。」みっちゃんが呼ぶ。谷さんはびっくりしてこちらを見た。「あ…杉本…。」「…お疲れ様っす。」今初めて気づいたという谷さんは、なんとも情けない、泣きそうな顔をしていた。「ほら、行くよ。」たくやさんが手をひいてくれて、バックヤードからコンビニの外へ。みっちゃんと三人、並んで歩きながら「お腹、空いた。」「あら、幸ちゃん、お昼食べてないの?」「テスト終わって「ぷいぷい」で着替えて今だから、食べる暇なかった。」「もう、1時半…2時に近いじゃん。」「何か食べましょ。私、奢るわ。」「「ごちになります。」」「たくや、あんたは払いなさいよ。」「えー、いけずぅ。」「やだっ!私の可愛い幸ちゃんと、手、繋がないで!」「今は幸君だもんね。早いもん勝ちでしょ。」「いや、誰のもんって訳じゃないっすよ。」ぐぅう、と腹の虫が鳴いた。




