短い夏休み 夏の香り
みっちゃんの部屋の壊された扉は黄色いテープで補強され、とりあえず室内は数日そのままで。と、なった。貴重品や数日分の着替えを持って、泊まる所を考えないといけない。アパートに見張りの警察官が一人交代でつくとの事。この騒ぎに、バイト先のオーナー夫妻も野次馬でやってきて、「明日の早朝は休んで。午後からでいいから。」との言葉を賜った。午後からはあるんだ。
「とりあえず、正人君帰ってくるまでさっちゃんの部屋で待たせて貰っていい?」夏の夜、外はまだ明るいが、蚊と暑さに辟易する。「そっすね。」見張りの警察官に、言伝てを頼み自分の部屋へ。「あー、疲れたぁ。」みっちゃんは荷物を置くとクーラーの下に座り込んだ。冷蔵庫から、冷やしていたペットボトルのお茶を出し、グラスに入れてみっちゃんに出す。「助かるわ~。喉、からからだったの~。」グビッグビッと音を立てて飲み干す。「っあぁー!生き返るー!!」「んな、ビールみたいに飲まないで下さいよ。」「あーん、今頃なら「ぷいぷい」で、ちめたーいビールと、たくやが作ったお通しで一杯やってるのにー。」自分もお茶を一杯飲む。体に沁みわたるのが解る。よっぽど緊張したのだろう。新しいフェイスタオルを濡らし、冷凍庫に2、3枚入れる。みっちゃんの空いたグラスにお茶のおかわりを注ぎ、棚からせんべいを出す。「正人さん帰って来たら、飯、行きましょ。それまではこれで。」「あら、気がきく~。」「コンビニの廃棄品ですよ。オーナーがくれました。」「賞味期限は~…一昨日か!なら全然問題ないっしょ。」袋を開け、バリっと食べながら「よゆーよゆー。」とバリバリ口に運ぶ。「腕、大丈夫っすか?」包帯でかっちり巻かれている逞しい二の腕。少し、血が滲んでいる。「かすっただけよぉ。別に毒も無かったし、3針ほどホチキスでパチパチしたけど。救急の人、マスクの下、見せてくんなくてさぁ。絶対、私好みよぉ。」そんな事は聞いてない。「あ、ここあさんには?」「警察の人の連絡先聞いて、後で連絡するって言ってある。あ、忘れる前に…。」と、みっちゃんはせんべい片手にLINEで誰かにメッセージを送る。自分は風呂場を覗いて軽く掃除をし、「みっちゃん、シャワー使いますか?」と聞いた。「すっげー汗、かいてたっすよね?」「やだっ、汗臭いっ?」「いや、傷があるから湯船に浸かれないでしょ?シャワーで汗だけ流しませんかって話っす。」「いいの?助かる~。」新しいタオルを渡す。「覗かないでねん♪」「…ちょっと、買いに行ってきます。」外に出て、ふーっとひと息つく。幽霊、ありがとな。マジで助かった。階段を降りながら呼び掛ける。幽霊が、自分の肩に手をついて現れた。「やばかったなぁ。あれ。あれが生き霊の正体やなぁ。」幽霊の顔も青ざめていた。(死んでるのに。)「なんや、ここあちゃんの元旦那か。三年ってのは…」多分、刑務所だ。自分はこのアパートしか知らないが、みっちゃんが管理する賃貸物件が他にもあるのだろう。
元々、そこに住んでいたここあさん夫婦。問題を起こし、旦那は刑務所。ここあさんとたっくんをこちらのアパートに避難させた。って事か。「多分、執行猶予なく、務所に逆戻りやろなぁ。次は三年できかんやろ。人、刺しとるし。」それか、警察病院か。あれは精神を病んでいる。
左に折れてコンビニに行く道を、右に進みドラッグストアへ。「何買うんや?」買い物かごに、必要な物を入れていく。ついでに明日の朝食用にパンと牛乳、卵も。「ドラッグストアやのに、スーパーやな。」今時のドラッグストアは色々売っていて助かる。エコバッグに詰めて、アパートに帰る。と、正人さんが見張りの警察官と話していた。「えぇっ?!ほんとに!あっ、こう君!」正人さんが青ざめて駆け寄ってきた。「大丈夫っ?!怪我はっ?!」「大丈夫っす。みっちゃんと一緒に、自分の部屋で正人さん待ってたんすよ。」さりげなく、買い物袋を持つ正人さん。気遣いの出来る男だ。「じゃあ、先に寄らして貰うよ。話、聞きたいし。」「あ、ちょっと待って下さいっす。」エコバッグから取り出したのは蚊取り線香。金の皿の爪を立てて、線香に火を…あちゃ、ライターを買い忘れた。「はい、どうぞ。」正人さんがライターの火を線香に着ける。「タバコっすか?」「禁煙してたのにねぇ。最近、ちょっと吸っちゃった。」正人さんはそう言って、眉を下げしょんぼりと肩を落とした。「まぁ、ぼちぼちでいいんじゃないすか?」煙の上がった線香に爪を刺し、警察官の足元に。「あと、これ。」ペットボトルのお茶。「あ、いいんですか?」「暑いなか、ありがとうございます。」と頭を下げた。正人さんも並んで一緒に下げてくれた。「いや、仕事ですから。それに、怖い思いをされたのはあなた方ですから。しっかり休んで下さい。」気のいい警察官のおっちゃん。蚊取り線香が、夏らしさを演出していた。需要はない。




