20.腹の内
ジェス達の建国譚のような外伝もいつか描きたいなと思っていますが、ジェスの心情を詳細に明かす訳にはいかないので先になると思います。
六章が終わらないことには難しい。
俺は日が暮れかけている夕焼けの時刻に二つ目の前線基地に辿り着いた。二つ目というのは俺が先程出た東の前線基地とは逆の西にある場所だからだ。
本当はもっと時間がかかる予定だったが想像以上に皆の動きが的確だったため、東の方では多少の予定報告が済んだら直ぐに出られたので朝方にはノスタジルに帰れるはずだ。
空から見渡していた感じではこちらも直接手を施す必要性があるものも見られなかったため早めに出られるかもしれない。
普通に正面玄関から入って会いたい人を申請してから暫くは座って待つ。
王様なら堂々と入っていけと思うかもしれないが、意外と俺の顔は出回っていないのだ。これは別に隠そうとしている訳では無く、戦時下の中命かながら移民してきた人が大半になるため俺の顔を直接見て「ジェスだ」となることは少ない。俺も移民全員に顔を合わせに行くほど暇では無いのだ。
なんなら軍部では俺よりもインパクトがあるラグナの方が有名になり、一般人の間ではクリフの顔はよく知れている。
俺と同様の理由でアルを知る者も少数派だ。本人が望んだことであれど裏方ばかりやっていてその功績が陽の目を見ることがない。俺と出会う以前から長らく生きているらしいくその間でも表立って動いたことが一度きりのようだが、数々の書物を漁ってもそれらしき歴史は見当たらなかった。
「おうおう。随分と小綺麗な服着てんなガキが」
そうそう。脱線してアルのことを考えていたが、俺の顔を知らない人にはこのような態度を取られることがある。特に戦争に加担させている者たちには粗荒な性格をしているものが多いのでこういう体験も十回以上は経験してきている。
「ガキって、俺そんなに小さいですかね?」
「ああ?勝手に口聞いてんじゃねぇよ。ほら、金になるもん寄越しやがれよ。嫌なら身ぐるみ全部剥ぎ取ってやるが?いやすまん、結局その上品な服はもらっていくぜ」
わお。王様がカツアゲされてるよ。俺の正体を知ってる人からしてみればとんだ珍光景だ。
しかし傍から見てみれば、この男が大柄なのと後ろに取り巻きらしき人物もいるため暴力団の暇つぶしに襲われている子供にでも見えるのかもしれない。
一応これでも子供と見間違えられないくらいの身長はあると思うが、種族によっては確かに幼少期でこのくらいの体躯をしていても不思議では無い。
「すみませんが、お話なら後で願えますか?直ぐにあっておきたい人がいるのでその次であれば付き合いますよ」
「ガハハハ!威勢のいいのがいるもんだな。ガキってのはどうやら身の程を知らないらしい。一々教え込んでやらねぇと学べないんだな!」
先頭にいた大柄の男が剛腕と言えるサイズ感の腕を振り下ろそうとする。寸止めするきも無いなら合気で関節を決めてやろう、と思った矢先に男の背後から伸びてきた手がそれを止め、両手を使って早技で肩の骨を外した。
「うがっ!?アアァァーー!?痛ってえぇ!?」
「一々教えてもらうのはお前達さね。少し実力があるくらいで調子に乗るんじゃないよ」
「あ、姐さん!いきなり何すんですか!?」
姐さんと呼ばれているその女が白衣を着て登場した。目元のクマが際立ち片目の瞳の色素が薄いその女を、多忙な医師のデイファという。
解析系の権能を所持しているため医師に抜擢した翼人種、ひいてはラグナと同郷だった者だ。
俺の推薦で医師になるにあたって人体構造にも詳しく、かつ扱い慣れている前線基地の兵士ならばこのように治りやすい怪我を負わせることも容易のようだ。
「その人がお前らの雇い主のノスタジル国王様さね」
「──え?」
「どうもでーす」
青ざめている大柄の男達に改めて挨拶をした。しかし今度は明確に俺の正体を知ったうえで。ロビーいた全員がどよめき立って俺を凝視してくる。本当に?とか、いやでも姐さんが言うんだし──、などなど。
「あ、あの。もし良ければこの件は無かったことになんて」
「ならないな。一週間はデイファの治療を受けられないくらいで勘弁してやるよ」
「おぉそれは有り難い。休みが増えそうだ」
「は、はい。わかり、いや承知しました。では私達共々はこれで」
さっきのデカい態度はどこ吹く風と言わんばかりにトボトボと外に出て行った。とにかく一刻も早く俺から距離を置きたいという意志が感じられる。
「はぁ。また悪かったさね。ここ最近調子では前程の過酷さが薄れてきたばかりに暴れたり足りないみたいなのさ」
「いやいいよ。正直俺もあのシチュエーションを楽しんでたし」
ドッキリ大成功とも言えるため面白かった。あの慌てふためく顔は乃亜のものもといい飽きない。
「というか随分来るのが早かったな。面会申請書は今さっき出したばかりだぞ?」
「そこはなんとなくさね。アルネーブやラグナといい、そういう強いのが来ると空気が変わった気がするのさ」
デイファの権能『魔質識別』は相手の魔力を読み取って看破する能力だ。試行回数を重ねる毎に、感知系の魔法などを使わずとも魔力の流れなどを追えるようになっているかもしれない。
実際に魔力は魔力量の多い者に集まる習性がある。つまり強者の周りにいる者が魔力を多く取り込むことでまた強い者が生まれやすくなるというサイクルになる。
この世界『マナグラノス』が最たる例で、七つの世界で魔力濃度が最も高い場所であるため戦闘能力よ平均値は他世界よりも高いとのことだ。
だがあくまで平均値だ。他世界にはズバ抜けて強い一人がいてもなんらおかしくない。
「それで要件なんだけど、来週くらいから持ち場をノスタジルに移せるか?」
「出来るけどなんでさ?」
「ちょっと診てもらいたい人がいるんだ。その人だけは契約上どうしても回復してもらいたくてね」
奏波の母親の話だ。奏波を近くに付けておきたいため回復してもらわないと困る。だが正直俺は人の治療をすることに関してはど素人だ。応急処置程度なら出来るが、脳とかの話になると本当に対処が難しい。その上その対象が一般人ともなると粗治療すら成り立たない。
こればかりは専門家がいると思ったため足を運んだのだ。
「王様が直接会いに来て治してほしい人を指定するくらいだからね。それに、そろそろ戻って休みたいと思っていたさね。三日後にここを経つよ」
「有り難い。俺も一休みしてから行こうかな。流石に魔力が底をついてきたんだよ」
ほら、と消費を最小限にするために抑圧していた魔力を少しだけ解放する。デイファの権能で俺の魔力が無くなってきてるのを見てもらえば、少し居座らせてもらう理由が嘘で無いという証拠になるだろうと。
それだけのはずが、急にデイファが慌て出した。
「──っ!?ジェス様、近頃何かデカいことでもしたのか!?」
「?、何かって言われても特には」
「本人に自覚が無いのか?いや、魔力をずっと使いっぱなしてたから気づくのに遅れただけなのか、それともアルネーブ様が言ってたアレ•••••は関係ないな。そっちはちゃんと有る」
その後も何かぶつぶつと考え込むようにしていた。
何か俺に異常でもあったのだろうか?
デイファが受付のほうに駆け足で向かって行った。
「おい!うちは直ぐにノスタジルに戻るから引き継ぎを頼む。あと馬車を準備しておいてくれ。なるべく速いやつを。ジェス様はもう動くな!」
「あ、ああ」
凄い剣幕だったから大人しく頷いてしまった。
三日後に経つとかさっき言っていたのを今直ぐに変更する必要があるほどのことだったのだろうか。
俺が詳細を明かされたのは、馬車に連れ込まれた後のことである。
*****
今夜部屋にいるのは私と奏波にラグナちゃんの三人だけでなく、フィレーナとシグも一緒にいる。
だが私だけが仲間外れなことがある。
それが──
「ねぇーねぇ。乃亜ちゃんも飲もうよぉ。奏波ちゃんだって飲んでるんだからさぁ」
「ラグナ〜。本人が嫌がってるのだから無理強いするものでもないですわよ」
「私はラグナさんじゃなくて奏波です。回れ右して同じこと言ってあげて下さい」
「ったく。フィレーナは酒に弱いんだから飲むんじゃねぇよ。むにゃ」
「寝言じゃなくて起きて言ってくれません?」
「奏波ちゃーん。もっと飲んで酔ってよぉ」
私だけがお酒を飲まずに、ジェスが渡してくれたお金で買った果実水をちびちび飲んでいるだけだ。
素面なのは私だけの筈だが、現在最多量を飲んでいる奏波もかなり平常運転である。
「奏波ってお酒強いほうなの?」
「飲み比べとかをしたことが無いため基準がわかりませんが、少なくともこの人達よりは強いみたいですね。というか乃亜も飲みます?」
「え、遠慮しとくよ。なんかこの惨状を見てるとお酒が怖くなってきた」
私がお酒に強い弱いは気になるところがあるが、そもそも私はまだもうすぐ十六歳の未成年である。
日本の法律がこの世界で適用される訳では無いのは分かっているが、それでもなんとなく抵抗がある。
「それに私までそっち側に行ったら奏波が大変でしょ?」
ちなみに「そっち側」とは酔い潰れているそこの三人のことである。
「確かにここから人の胸を揉みしだく乃亜が入り込んだら色んな意味で混沌ですね」
「やってないからね!?」
「どちらにせよ暴れられても乃亜ならなんとかなりますし、ほら取り敢えず一口飲んでみて下さいよ」
「•••••その場合奏波には被害が出ないもんね」
「ぶん殴りますよ」
「すみません」
皮肉を込めて煽ったら本気の殺意が返ってきた。
デルードのときも相当怒っていたしこの件は踏み込んではいけないということらしい。
「ていうかなんで奏波まで私にお酒を勧めてくるの?」
「それは人が酔った時の本性というものを見たいじゃないですか」
「本当に勧めるなら普通もっとオブラートに包んで本音を出さないものだよ」
「それに、いざジェスの目の前で初めて飲んでお酒に呑まれたら大変でしょう。だから練習と思ってぐいっといきましょう」
確かにそう言われてみれば一理ある。もしかしたらお酒を飲んだ私がジェスの前で暴れ出したりしたら二度と顔を見られないようなことになるかもしれない。ならばここで一度暴走覚悟で飲み、お酒に対する嫌悪を改めて持つのも経験と捉えて対策を講じるのが効率的なのかもしれない。
だがそれでも目の前の惨状を見ると飲むのが怖くなり、葛藤の末に──
「──よし。まずは一口飲んでみよう」
「一口じゃ駄目ですよ。酔わないと検証にならないじゃないですか。この中で度数が一番高いのをグラス一杯分を飲みきって下さい」
「い、いや流石にそれは。ほら、急性アルコール中毒とかいうのもあるくらいだし少しずつでも•••••」
「『苦い』という感想で終わっても映えないでしょう。いっそベロンベロンになってくれた方が面白いです。四の五の言うなら無理矢理流し込みますよ?」
「映えるって。私別に見せ物にされたい訳じゃないんだけど」
「面白いことしてるねぇ。ほらほらぁ、あーしが抑えておくから奏波ちゃんどばーっといっちゃえぃ」
「ラグナ〜駄目ですわよ。また訓練所が壊れたらジェス様にどやされますわよ」
「フィレーナ!私じゃなくてラグナちゃんを止めてよぉーー!!」
今私はラグナちゃんに羽交い締めにされめにされ、正面からは目の焦点の合ってないフィレーナが私の太ももに頭を乗せながらお腹に抱きついている。
そしてシグが一口で昏倒していた馬鹿みたいにアルコール度数が高いであろうお酒を片手に歩み寄ってきている。
「ほら、直ぐ終わるから覚悟して下さい」
「なんでお酒を飲むだけで覚悟するようなことになってんの!?」
返答も無いまま奏波が半ば私の口を無理矢理開かせてお酒を流しこもうとする。
奏波がお酒が入ったグラスを傾けて───
「邪魔するさね!乃亜ってのはいるの、か?」
誰かは分からないが救世主が来てくれた。
のはいいのだが、この惨状を見られるのは良くないことかもしれない。
だが今の私にそんなことを気遣う余裕は無い。
奏波によって口が開いたままだが無理矢理叫ぶ。
「はふけてふらふゃいおふぉふぁふぇれらふ!」
「成り行きは分からないがとんでもない語弊が生まれそうな言い方さね」
「やっぱ俺帰っていい?」
見えないが扉の向こうにジェスの声もあった。出会ってからこれほど彼の存在に嬉しくなったことはそう無い。
「れふもりゃふへて!」
そこからジェスも取り押さえに付き合うのかどうかで色々ありつつも、ラグナと奏波を抑えられないということで協力してくれてなんとか解決した。
そしてやはりお酒は怖いということが分かった。
私は飲んではいないが。
*****
帰ってこれたと思ったらラグナもフィレーナを引き剥がすのを手伝うことになるとは思わなかった。
しかも奏波も便乗して最後まで乃亜に酒をぶっこもうとしてたし。
今俺とデイファの後ろで乃亜が力無くトボトボと着いてきている。その隣にいる奏波は聞くところによれば最も多量の酒を飲んでいたそうだが、酔いが回っている様子が殆ど無い。
強いて言えば、凝視すれば顔がいつもより火照って赤くなっていることが分かるくらいである。
間違いなく俺より酒に強い。
「乃亜。いくらあの状況でも襲われてるから助けて欲しいって言い方は無いだろ。入ってこいと言われても入っていいか最後の最後まで判断に迷ったぞ」
「でも暴力的には襲われてるっていう表現は間違って無いと思うけど」
「俺はてっきり百合展開が始まったものかと」
「実際乃亜は今日の朝ではラグナさんの──むぐっ」
「奏波。ちょっと黙ってて」
これ以上変な誤解を増やしたくないから、と小声で呟いていた。今朝──というかもはや昨日の朝のことになるが部屋に入るなと言われたあの時に何かラグナがやらかしたのだろうか。
乃亜が息遣いを荒くして必死に口を無理矢理押さえて喋らせないようにしていることからさっきのような珍事件だったのは察せられる。
「奏波。それは言うなって何度も口止めしたよね?」
「そうでしたね。すみませんワザとじゃないんです」
「嘘だよね?」
「本当です」
「なぁ、もしかしてだけど奏波って今普通に酔ってるのか?嘘を隠すのが下手になるみたいな感じで」
「え?」
「酔うほど飲んだことが無いのでどの辺りからが酔っているということになるのかが曖昧なんですよね」
今の奏波が酔っているかの判定が非常に難しいが、酔っている状態は素直になりやすいともよく聞くのでその状態なのかもしれない。もしこれで奏波の酔いが覚めてから今の記憶が無いと言い出したら確実になる。
「というか今これ何処に向かってるの?」
「大棟病院。現状はこの国で一番人手が多くて緊急患者を中心に入れている場所だ」
「うちがここの院長ってことになってるんだが、誰かを外に出すとなると兵に根負けすることも多々あるから、抵抗可能なうちが出払っていたさね」
「奏波に言っておくと、奏波のお母さんの担当医にデイファ任せることにしている。この世界でも指折りの腕だから期待は高く持っていい」
俺がそう言うと奏波はデイファの前に小走りで回って行き、急に頭を下げた。
「母を、宜しくお願いします」
反射的とも言えるその行動に俺達は一瞬呆気にとられた。その空気を最初に動かしたのはデイファだ。
「ジェス様も、あまりうちを買い被らないで欲しいさね。うちは患者のことが表面的に分かっていても何でも救える超人じゃない。分かるかい?『治療法が分かっていながらもみすみす殺してしまう。』うちは受け持つのが一々重症でね。そういうことはもう両手で数え切れないくらい体験している。だから期待をするなとは言わないが、それでも救えない命もあるということは理解しておくれ」
「──はい。勿論です」
「ふふ。肝っ玉が座っていて大変宜しい」
デイファが最悪のケースがあり得るということを促し、奏波もそれは当然だと受け入れる。
そして、色素が薄いほうの瞳を有する目を覆いながらのデイファの発言は独白を含んだ自嘲でもあるのだ。
人の手で命に触れる以上『絶対』など口走るものでは無い。
「実際のところうちはまだ君のお母さんを診察すらしてないんだ。今度、君の色々話を聞いて症状の前兆等を事細かく知りたいから偶に呼ばせてもらうさね」
「当然。むしろ、いつでもお願いします」
奏波がほころんだ顔を上げて是を示す。
早くも『ネメシス』で初めて会ったときの固さが緩和されつつある。少なくとも俺はこうして自然に微笑む奏波を見るのは初めてだ。
間違いなく乃亜が貢献してくれている。思いの外この二人の仲が良いのは幸運だった。
やはり乃亜は可能な限り奏波の近くに置いておく方が使い道が多いかもしれない。
「まぁすまないが、先ずはジェス様に関連する事を優先させてくれ。仮にも王様の身体に異常があるのは部下の立場としても受け入れ難いさね」
「え?ジェスに何かあるの?」
「あー、まぁな」
これに関しては正直語りづらい。言えば間違いなく乃亜が重く受け止めることになる。
しかし今後の為にも隠し通すとかえって危険を増やすことになる。
「うちはもうジェス様に説明したさね。自分の身体のことは自分で説明する方が正確だし、第一うちはその場に居合わせて無いさね」
「・・・・・・もしかしてかなり深刻ですか?」
先程の母の件からほぼ完全に素面に戻っている奏波が何かよからぬことを察してしまったようだ。
正確なのだが。
「まわりくどくダラダラと話すのも面倒だから先ずは結論から。乃亜が消去した俺の結界魔法の魔力が全く回復しない。多分完全に喪われた」
「────え?」
原因である乃亜が理解しても呑み込めておらず唖然としている。乃亜の言う通りなら過去に父を殺害したことを思い返していてもおかしくはない。
「大丈夫なんですかそれ。回復しないってことは永久に魔力量が減った状態ってことですよね?」
「その認識でいい。とは言っても、強度を上げていたとはいえ範囲が極小だし維持もほんの一瞬だったから喪ったのは一割程度だ」
「ジェス様。気休めみたいにはぐらかさない方がいいさね。一割というのは軽く口に出せる量じゃないし、第一ジェス様の尋常じゃない魔力消費効率の高さを踏まえれば今の一割というのは並の魔法使いの十倍近い魔力量に匹敵する」
気休め。俺は乃亜に可能な限り重圧を抱えさせないように、この程度大丈夫という姿勢を貫くつもりだったがデイファに真実を語られた。
振り向くと乃亜が自己を縛り付けるかのように、両手で腕を抱え込んでいる。顔色も悪く、何かしらの精神疾患病のようなものが発言していてもおかしくない。
「乃亜。これは誰がどう見ようと、お前の力を侮った俺落ち度だ。誰もお前を責めやしない」
「・・・・・・それ──でも。私が自分を憎いと感じてしまう」
乃亜の指の爪が腕に食い込んで出血しそうになっていたのを力づくで解かせる。自傷行為に走るほどに今の乃亜は苦しんでいる。
「トラウマがあるのは聞いてるし他人に迷惑かけたくない気持ちは分かるが、先ずは自分の身を案じろ。あとその感情を持つのが自分だけだと思うな。お前を心配する奴はちゃんといる」
奏波が俯く乃亜の肩を掴み前を向くよう促す。おそらく以前乃亜が奏波にそれに似たようなことをしたように。
「そうですよ。残される側の気持ちというのも考えて下さい。これは私の我儘ですが、二度も同じ目に遭いたくないんです」
「うちも宜しくさね。昔のラグナを知る身としては、子供みたいにはしゃいでいるあいつの顔が一番大切なのさ」
奏波はせめて両手に抱えるものだけは失いたくないと。
デイファはラグナの笑顔を護りたいと。
それぞれの本音で乃亜を持ち上げようとする。
「ほら。お師匠様も何か言ってください」
「俺?そう言われても俺はなんだかんだで乃亜との接点が無いしな。強いて言うなら奏波の側にいてくれたら助かる」
「・・・・・・・・・・・・」
何やら乃亜も奏波も何か言いたげだが、一口目に困っている様子だった。
「一々面倒な人ですね。何故そこで私の名前を出すんです?もっと別にいるでしょうに」
「奏波」のところを「俺」にしろと言いたいのだろうか。
それとおそらく今の乃亜は俺が「接点が無い」という発言に拗ねており、否定をしたくても「どんな?」と問い返されるのにビビっている。確かに俺ならそうする。楽しそうだし。
その少し赤みがかった顔がその想像をしているのだろうと察せられる。
「あーはいはい。フェアとおんなじ感じか」
デイファも何かしら察したのか、そのにやけ顔を乃亜から隠すように前に向き直った。
*****
俺ら一向は大棟病院のホールの席に座っていた人物と合流した。既に日付が変わっているが、本日は休暇のフェアである。
「久しぶりさね。こんなに遅い時間帯に悪いことさせたねフェア」
「ううん。私は、大丈夫。それより、ジェス様、容体は?」
「欠落した感じが少し残るが、戦闘以外で支障が出ることは無いよ」
フェアは嘘か否かを判別することに長けているので、はぐらかさずに事実を伝える。
フェアの表情が少し強張ると、良くないと分かっていながらも視線が乃亜に一瞬止まる。初対面だからこそ俺に危害を及ぼすことになった存在に嫌悪感があるのだろう。しかし誰にも予想し得ない事態だったことは知っているため憎むのも躊躇われるといった感じだろう。
「••••••良かった。とは、言えない」
「その、ごめんなさい」
乃亜が深々と頭を下げた。フェアの視線には気付いていなかっただろうから、乃亜が個人的に感じている罪悪感やそれに対する自身への劣等感が表される行為だろう。
その乃亜の態度に対してフェアは冷静に首を横に振る。
「••••••いいの。貴女、ジェス様に、害意ないから。起きた以上、しょうがない。次、起こさない為、此処、来たの」
フェアの権能を乃亜と奏波は知らないため、これからすることを要点だけ簡潔に伝える。
「フェアの『縛魂契』で乃亜の権能の発動権限を他に委ねる。フェア、俺の同意の条件でいけそうか?」
「乃亜さん、同意あれば、可能。でも、一度でも、拒否すれば、解除、される」
「却下さね。その条件なら、昨日の状況となんらかわらないじゃないか」
「うぐ」
デイファが中々きついところを突いてきた。デイファさえ誤魔化せば異世界に行ったとしてもほぼ制限無しで乃亜の力を扱えて便利だと思ったのに。
「最低でもそこの奏波との双方同意にすることさね。真面目そうだし一緒につれていくのなら丁度いい」
「え?私にお酒を流し込もうとしていた奏波が真面目?」
「乃亜。あれは適度なスキンシップですので悪い見方をするのはやめてください」
「いや実体験なんだけど。あと絶対過度だし」
何やら口論に発展しているが無視だ。
まぁ確かに、基本的には奏波が乃亜と一緒に居てもらいたい。現状ではどう考えても機動力的に俺が単独行動を取る方が効率的な場面が必ず来る。
そういう状況下で乃亜が権能の操作を誤ったときに強制停止出来るのが俺と奏波のどちらでもいいというのは便利だろう。大きくはなくともこれはこれで利点がある。
まぁ俺はずっと許可状態にするつもりだけど。事故って見知らぬ人が死んでもそっちのけにする自信がある。
「分かった。その条件で縛ろう。俺が補助するから無理矢理発動まで漕ぎ着ける」
「それも駄目さね。現状、ジェス様は経過観察中扱いにしてるから魔力の使用は禁止だ」
「じゃあどうしろと?フェアに頼って乃亜の権能の発動を制限させることの提案者はデイファなんだぞ。しかも乃亜に掛けて他二人を契約に含めるなら使わなくちゃいけない魔力量も増える」
「そこはちゃんと考えがある──はずだった」
「絶賛爆睡中のラグナ頼りだったわけだな」
みっともなく酒で酔い潰れたラグナとフィレーナとシグは全員昏倒と言える程に眠りが深いらしい。
それに未だ酔いが覚めていないのなら起こしたとしても普段通りの活動は難しいだろう。
「魔力を使うだけなら乃亜と私のを使えば良いのでは?」
「それじゃあ駄目なんだよな。魔力を分ける技術が少なからずいるわけだし」
現状、奏波にはその技術を教えていない。
デイファが仲介役をすることでも可能ではあるが、魔力操作技術を考慮すればロスが大きくなるため奏波の魔力でも足りないだろう。だがこれはデイファが劣るわけではなく、並くらいの技術は有している。
乃亜に関しては自力で魔力を扱えない時点で論外だ。
「参ったさねこれは。魔力がある程度あってしかもそれを分け与えられるくらいの人物となると大分限られてく───」
「あれ?こんな夜分に話し込んで何かありました?」
「レザシー!でかした!」
俺たちのいる正面玄関からレザシーが入ってきた。
こちらこそこんな遅くにどうしたと言いたいが、ナイスタイミングだ。
「僕何かに巻き込まれる感じですか?一応言っときますけど今魔力空なのですからね」
「肝心なときに使えないこと多いな」
「はぁ?お前の魔力量は別に少ないわけじゃないさね。何に使ったらそうなるんだよ」
デイファの言う通り、師団長の中では中ほどくらいの魔力量はあるレザシーだ。現在の奏波よりも数段多い量を有しているはずなのだ。
「いやぁ。ここしばらくは前線に出なくていいということでずっと引きこもっていたものでして」
「それでも兵たちの訓練とかあるだろう?」
「シグさんが暴れたいと言うものですから譲ったんですよねー。ついでに僕は屋敷で一人ぐーたらしながら蜘蛛と戯れる。ウィンウィンでしょ?」
ね?文句ないでしょ?みたいに言ってるが駄目だ。
シグは戦闘好きとレザシーの怠惰な性格が混ざったせいで起こった事なのでシグにも責任はある。
「今度俺から、ボコるのは自分の部下だけにするようにシグに念を押しとくよ。だがそれならむしろ魔力を使う場面なんて無いだろ」
「屋敷に食糧が何一つ無かったものだから限界まで魔力を搾り出して集中してとうとう物質生成でクッキーを作れたんですよ。それで魔力が空になったうえ僕の蜘蛛の一匹がそれを齧って魔力過多で弱ってしまったから鎮静剤を譲ってもらおうと重い腰を上げて大棟病院まではるばる」
「怠惰すぎるさね。その辺に買いに行くか使用人くらい雇ったらどうさね」
「静かな巣窟に一人というのも中々良いんですよ」
前々から怠惰すぎることには気付いていた。この男本当に必要最低限ギリギリを攻めてくるのだ。
そしてレザシー程のレベルの者が腹が減ると言い出すなら一週間はまともな固形物を口にしていないことになる。
「レザシーお前。その内屋敷でひっそりと白骨体になるんじゃないか?」
「そうなれば家族の蜘蛛の餌になるので残らないですよ」
なにを当然のことを、という表情だ。
此処までくると本気で精神医療科にぶち込んでやろうかと考えてしまう。
「ニート、末路」
「がはっ!?」
フェアの正直で豪速球ストレート発言がレザシーにクリティカルヒットした。
フェアは誰が評価しても「純粋すぎ」と言うこと間違い無しといえる程に優しく嘘が苦手だ。
その上で、上背の小ささが重なることで俺を含めて周囲の人からは「可愛らしい妹」と想われている。
だからこそフェアのド正論が最強兵器となるのだ。
さてどうしたものかと再度考えを巡らせていると奏波がすっとんきょうな提案をした。
「とにかく私がその魔力の受け渡し?を出来れば良いんですよね。やってみればいいじゃないですか」
「いやあんたねぇ。これは口で言うほど簡単じゃないさね」
「デイファさんは出来るですか?」
「まぁ出来るさね。でもうちの魔力量じゃフェアに受け渡した時の量が本当に少なくなる」
「それでいいじゃないですか。私に少しだけやってみてください」
(本気か?こいつ)
俺は昨日の経験から奏波が何をしようとしているのか察した。
デイファは奏波が何をしようとしてるのかが分からないまま奏波に触れて魔力の受け渡しを始める。
おそらくこの際デイファの魔力の一部が受け渡し出来ずに大気中に霧散しているが、実際それでも良くやってる。俺がやっても殆ど同じ結果になるだろう。これは理屈とかがあまり無いらしく完全にセンスや性格が出てくるものらしい。
これも俺の知る限りはアルが一番上手い。
魔力の消費を抑えるためにデイファが魔力の受け渡しを中断する。
「こんなもんさね。殆ど足しになってない」
「ふむ。思ったよりいけそうな気がします。フェアさんにちょっとだけ魔力を分けてみていいですか?」
「•••••いい、けど」
「出来るの?」
ここまできてようやくフェアとデイファも奏波がやろうとしていることに気付いたようだ。
奏波がフェアに触れて魔力を流す。消費効率とかを今の俺が知る術が無いためただ見守ることしかできない。
おそらく実験のつもりだったので直ぐに奏波は手を引く。
「どうですか?」
「あと、これ、どのくらい、出せる?」
「本当に小出しにしたつもりですからね。あと十回は余裕でいけると思います」
「••••••ギリギリ、足りる、かも」
「本当か!そりゃ凄い。肝心なときに役立たずのレザシーとは大違いさね」
「いきなり参加させられて暴言吐かれる僕って中々不憫では?」
それは悪いとは思ってる。完全に俺たちが巻き込んでる。
「ジェス様も人が悪いさね。出来る人がいるなら最初から言って欲しいよ」
「知らないから何も言わなかったんだよ」
「•••••ん?もしかして初めて?」
「そう初めてなの。凄いでしょ?俺の弟子歴二日目で初見にして魔力の受け渡しをこなしちゃってる」
「本当なら凄いですね。権能無しなら僕より上手いですよあれ。フィレーナさんほどではないですけど」
レザシーは権能の都合上こういうのが得意なのだ。フィレーナは素で単純に上手い。
「なんか初めてでうちを超えられると自信無くすさね。一応これでも治療とかで何度もやってきたんだけどさ」
「それは奏波がやり過ぎなんだよ。デイファだって俺より上手いんだから。俺って頼られる立場に立たされてるけど、うってつけの場面が多かっただけであって割と出来ること少ないしな」
もう皆分かってると思うことだろけど。
空間を操る能力なんて殆ど───?
「むしろ僕たちはそれで助かってますよ。何でもこなせる超人だと僕たちの存在意義なくなっちゃいますもん」
「優しくしてくれるのは助かるけど、公衆の前では可能な限り避けて欲しいさね。王様が自分を卑下して下の者を立てようとするのは面目的に良くない」
「はいはい。分かってはいるよ」
それでも仲間たちが悪い目で見られるのはどうしても気にしてしまう。
身内には甘いのかな俺。
だからこそ───非情になれ。
絶対にここに乃亜を入れるな。
その後は奏波がフェアに魔力を分け与えながら、契約は為されて全員がそこで解散した。




