7.迎撃
この作品には一部刺激の強い表現が含まれます。
ご了承ください。
越後三山の頂を白く染めていた雪も消え、田んぼが青々としてきた麗らかな初夏のとある日。
ロストプレイスの東の端にある重要施設の一つ〝奥只見ダム〟
磯 幸夫が指揮する部隊の一人が、重大な事態を報告してきた。
幸夫はすぐに自らの目と魔法で確認を行うと、部下たちに戦闘準備の指示を出す。
そして自身は急いで高い山の山頂に移動し、市街地の方角に向かって【発光】の魔法を放った。
3分後。
『…何かあった?』
『おっせぇよ慎…政府軍来たぞ』
『……マジ?』
『マジだ……たぶん大隊(500~600人)規模。魔法持ちはこっからじゃ遠くて俺にはわかんねぇ。……目標はダムだろうな』
二人が使っているのは超長距離通信を可能とする魔法で、LP内でもたったの5人しか使えない特殊魔法でもある。
【フォーン】と違って〝思念を相手に送る〟だけの魔法だが、距離が桁違いだ。
現在慎と幸夫は直線距離で20km以上離れているが会話が成立している。
たいへん有用な魔法ではあるのだが使用条件が非常に厳しい。
まず使用魔素量が多く、当然その操作技術が伴わなければならない。
最低でも【下位門】3つ以上、もしくは【上位門】1つと【下位門】2つ以上。
これが前提条件だ。
そして現に今相手のいる位置を正確に認識していなければならない。
要は視認出来ているということだ。
実際今二人は、視界を遮る物の無い高い山の上のさらに櫓の上に立ち、お互いに【発光】を使いながら望遠鏡を覗いた状態で話している。
ついでに付け足すと、天候が悪いと使えない。
その時はまた別の手段があるのだが…
ちなみにこの魔法の名前は【メール】………付けたのはもちろん慎だ。
『言っとくけど、東の山から来るぞ』
『はっ?東?………なんで?』
『知るか…』
『時間は?』
『多分30分後ぐらい』
『………援軍送る、リミットは15分』
『りょ~かい』
LPでは「生きること」を第一としており、それは戦場においても遵守される。
その為慎は戦闘指示を出す際に〝リミット〟を設けることが多い。
これは指定された時間内に勝利、または戦況が改善出来なければ撤退しろという命令だ。
今回の場合「交戦開始から15分経っても勝ち筋が見えない場合は撤退」となる。
さらに暗黙の了解として<鬼>の存在が確認された場合、何を置いても〝即時全力撤退〟が鉄則となっている。
慎は幸夫との通信を終えて、ちょうど【サテライト】の範囲内にいた山久 理に【フォーン】を繋ぐ。
『オサ♪』
『はいよ』
『奥只見へゴー!政府軍来たって…』
『ダムか?ユキがいるだろ?』
『団体さんお越しです♪』
『誰か連れてく?』
『とりあえず1人で、すぐ追加送る♪』
『なじょ~も(了解)』
現在奥只見ダムに配置されている職員は幸夫を入れて23人。
重要施設だけあって全員魔法持ちだが、幸夫以外のマルチゲートは6人しかいない。
敵の数が600人と仮定すると1人当たり平均25人強を相手にすることになる。
敵の魔法持ちはおそらく50人以下ということは無いだろう。
その上、山越えしてきたことから考えて精鋭をそろえてきた…はず。
幸夫は敵中に飛び込んで無双するようなタイプではなく、味方を強化・サポートして指揮を執ることを得意としており防衛戦での信頼性はトップレベルと言っていい。
しかし、今回はいくら何でも多勢に無勢というものだ。
それにダムというのは防衛に向いた構造ではない。
こちらのMPが先に尽きる。
つまり、援軍の目的は戦線の立て直しではなく犠牲を出さずに撤退する為の補助だ。
…あんまり多くてもダメだな。
一人でブツブツ呟きながら考えをまとめつつ、上空に向かって特大の【発光】を撃ち上げる。
緊急招集の合図だ。
この合図を見た場合、即時行動可能な者は全員、軍部詰所のある元小学校の校庭に集合する決まりになっている。
20分後。
校庭に集まったのは約4000人…現在も徐々に増えている。
首相(立川 哲史)を中心に集まってくる住民たちを、慎は屋上から眺めていた。
既に平野 友に指揮を任せた精鋭30名(全員ダブル以上)をダムに向かわせたので、撤退戦は問題ないだろう。
さらに陽動を考慮して比呂、昴、晃を各方面に送り見張りを強化している。
ちなみに順也は偵察任務に就いており現在LP内にいない。
今回攻めてきたのは〝政府軍 東北第二方面軍〟で間違いない。
敵の次の行動次第で〝ダム奪還戦〟になるか〝LP市街地防衛戦〟になるだろう。
いずれにしてもここに集まった住民から戦力を出すことになる。
こういった説明をこれから行うのだ………首相が。
では慎は何をしているのかと言えば、集まった住民たちを【サテライト】で慎重に観察しながら、魔素量の測定と戦線での配備を頭の中で構築し、今後の戦況をシミュレートしているのだ。
まず、政府軍がダムを占拠した後即座にこちらへ攻め込んで来るパターン。
細かく言うと、撤退する幸夫たちを〝追撃〟してくる場合と、大部隊でLP市街地を〝占領〟に来る場合に分かれるのだが、こちらの作戦はほぼ一緒だ。
囮部隊を使って誘い込み伏兵部隊で包囲殲滅。
ダムからこの市街地までの道は急勾配の〝枝折峠〟を下って〝大湯温泉〟に到り、そこから川沿いにほぼ一本道だ。
どの地点であろうと左右は山と森、潜伏するのはたやすく挟撃し易い。
もう一つのパターンとしては、ダムを占拠した時点で進軍を停止した場合だ。
この場合は物量で押し切る。
LPは魔法持ちだけでも最大で2000名を超える戦力を投入できる。
ダムというのは籠城には不向きで攻め込むのも難しい。
しかし、魔法ありきの圧倒的多数で立て籠もった部隊を殲滅するのが目的なら話は別。
出入り口が2ヶ所しかなく隠れる場所も限られている。
つまり逃げ道が無い。
言うまでも無く政府に比べてLPは圧倒的に小規模組織だ。
今後の安心安全の為にも攻め込んできた政府軍は、逃さず殲滅することが最善。
そういう意味では今回のこの状況は非常に都合が良いのだ。
ただ、どちらにしても出来るだけ早くダムは奪還しなければならない。
発電設備を奪われ生活に支障が出ることもあるが、政府軍の目的がどこにあるのか分からない以上、最悪を想定しておかなければならない。
何といっても心配なのはこの〝奥只見ダム〟が決壊した(させた)場合だ。
〝奥只見湖〟の貯水量は日本有数……最大で6億tを超える。
まして今の時期は雪解けの影響で水量タップリ。
政府がそんな馬鹿な真似をするはずがない、とは思うが……
「大量に放水するだけでも結構ヤバいだろうな~。さて、どうするつもりかね~♪」
もっとも、その場合被害が出るのは主に福島県側及び下流域にある新潟市方面だ。
只見川と阿賀野川の沿岸部は絶望的な水害に見舞われることになる。
概ね部隊の配備を考え終えた時点で奥只見方面から大きな魔素の動きを感じた。
戦闘が始まったのだろう。
既に幸夫からの第一報から27分が経過していた。
***
「援軍が来ることくらいは予測しているだろうし、もうちょっと慎重に来るかと思ってたけど…速攻だったな」
「俺たちを追い出してぇんだろうけど…その割に?…今くらいの攻撃なら数時間はもつよな?」
「なんか隠し玉でもあるのかねぇ?観ても分からんな……とりあえず予定通り10分後に撤退して様子を見るか」
幸夫と理が、余裕のありそうなノリで会話をしているが、現在政府軍の攻撃に晒されている真っ最中である。
政府軍はダムの東側(福島県側)から来たので当然そちらに防衛線を配置している。
複数人で防御障壁を集中して展開し、攻撃は威嚇程度に遠隔魔法を打ち込むだけだ。
このままの状態が継続するのであれば、交代で休憩を入れながら被害者無しで5時間ぐらいは粘れるだろう。
速攻で仕掛けてくるということは、休憩を取るまでも無く戦闘に入れる状態だという事であり、万全の状態であればもっと苛烈な銃砲撃・遠距離魔法が飛んでくると予測していた。
それだけに現在の小銃中心のぬるい攻撃に戸惑いを覚える。
そもそも〝東から〟というのが解せない。
攻めてきたのは〝政府軍 東北第二方面軍〟宮城県仙台市に本部を置いているはず。
奥只見ダムの東側には〝会津朝日岳〟や〝会津駒ヶ岳〟などの山々が連なっている。
GPSも無しにわざわざ大回りして山越えするくらいなら、北の〝田子倉〟方面から川沿いに来た方が遥かに速いし楽だろう。
そちらも見張りは怠っていないが、特に別動隊がいるわけでもなさそうだ。
それどころか、敵軍の魔法持ちは100人近くいる(サテライトで確認済み)というのに、ほとんど攻撃に参加していない…せいぜい20人ぐらい。
……???……
ますます混乱するが『楽だし…あとは慎が考えればいっか……』と、命令通り15分で撤退すことにする。
考えるのが面倒になった…とも言う。
***
自身を含めて30名の増援部隊を率いた友が〝銀山平〟に入ったのは、慎の命令を受けてから約30分後。
幸夫の第一報からは約40分が経過している。
ダムの方ではそろそろ撤退の準備を始めると思われるタイミングだ。
途中の大湯温泉まではバスに乗ってきたが、そこからは峠道だ。
整備不良で道が悪い上にカーブが多く、車など使わない方が断然速い。
もっとも全員が【身体強化】を使えるという前提だが…
道路など無視して時速30km以上の速度で走り、数十メートル程度の沢や障害物など飛び越えながら進む、ジャンプできない自動車ではこうはいかない。
「友…戦闘中だよな?魔素少なくね?」
「さっきまでもうちょっとデカかったんだけど……多分ユキとオサは魔法つかってないな」
「敵600って慎は言ってたけど…」
「…魔法持ちが少ないのかも?…それにしてもあんまり激しい攻撃じゃなさそうだな」
走りながら友と話しているのは〝松田 光樹〟
ミニオンズ土建・インフラ部門責任者であり、事務能力の高さが無ければ間違いなく「隊長」に任命されていたと言われるほどの実力がある。
また、ダムの管理は光樹の部署が担当なので、本来この部隊の指揮も執る予定だったのだが、戦闘指揮経験の差を理由に友に譲った…というか押し付けた。
二人は感じ取れる魔素量から前線の状況を推測しているが、どうも前情報と噛み合わない。
防衛側はともかく、攻撃側も600人の部隊が本気で攻めているとは思えない。
偶然にも幸夫や理と同じ理由で困惑し…
「陽動…かねぇ?」
「俺に聞かれても…取り敢えず撤退してみればなんか動き有るんじゃね?」
「まぁ、そうだな。…あとは慎が判断するということで…」
これまた同じ結論に達していた。
考えるのが面倒になった…とも言う。
***
「よーしっ!そろそろ引こう。これ以上粘ってダム壊されても嫌だし」
「「「「「りょうかいっ!」」」」」
リミットまで2分を切ったところで幸夫は撤退命令を出した。
指示を聞いた職員が速やかに準備を始める。
準備と言っても敵に利用されそうな武器・弾薬の類と重要書類を分担して持っていくだけだ。
「食料とか燃料とか置いといていいぞ~。理は殿頼む」
「なじょ~も…」
古来より食料や油といった生活物資は略奪されるのが戦場での慣わしだ。
拠点を明け渡す際は捨てたり焼いたりするのが常道なのだが、今回の場合は「使われてもいい」と思っているのではなく「使われる前に奪い返す」つもりなので問題ない。
ダムの入り口付近から防衛線が下がり始めたことを見て取った政府軍は、当然進軍してくる。
しかし一気にとはいかない。
奥只見ダムの堤頂部は長さが480mもある、対して幅は10m程度しかない。
600人近くの兵士と行軍に必要な物資を詰め込もうとすれば、渋滞するのは目に見えている。
そこはさすがに訓練された軍隊と言うべきか、効率的に粛々と行軍を進め、あっという間に堤頂部を占拠し、さらに対岸(LP側)に陣を築き始める。
ちなみにLP勢は寄せ集めの為、こういった統制の取れた団体行動は苦手だったりする。
そして約200人の兵士が構築中の陣地の中からこちらに向けて進軍してきた。
…妙である。
追撃するなら陣地構築など後回しにして即座に追うべき。
200人という部隊編成も疑問だ。
徒歩での移動は人数が多い程遅くなる。
わずか23名を追うのであれば速度を重視し少数精鋭にすべき。
だからと言ってLP市街地を落とすつもりではあるまい、無理なことはさすがに分かっているはず。
何とも中途半端な部隊である。
ゆっくりと後退しながらその様子を【サテライト】で見ていた幸夫は、とりあえず疑問を棚上げし今後の行動を考えていた。
ここまで来れば増援部隊との合流は目前であり、今向かって来ている追撃部隊を慎が用意しているであろう伏兵地点まで誘導し殲滅。
あとは二手に分かれてダムの両端から挟撃…その為の戦力を慎に送ってもらえば作戦はほぼ終了。
「まぁ、今日中にはケリがつくか…」
………………
だが、警戒を緩めるわけにはいかない。
こちらへ向かってくる敵兵の中に、一人だけ要注意人物がいるのだ。
『多分あれが〝柳 和人〟だろう…』
以前に偵察部隊が挙げてきた報告書を反芻していた。
東北第二方面軍の中に〝若き天才〟というちょっと恥ずかしい呼ばれ方をされる魔法持ちがいる。
25歳という若さで階級は少佐……異例の出世だ。
肝心の魔法は……おそらくダブル以上。
そして、もしかしたら<鬼>の可能性あり…という情報だったが…
『…違うな』
今探ってみても確かに政府軍の中では魔素量が飛び抜けている……LPでも優秀な部類に入るだろう。
だが<鬼>特有の禍々しい魔素…慎は瘴気と言っている…が感じられない。
幸夫自身も偵察任務中に鬼を観たことがあるので、その違いはハッキリ分かる。
本性を出していなくても隠しようのない不気味さがあるのだ。
さらに追撃部隊が出発する直前、敵陣内で件の柳少佐と上官らしきおっさんが何やら揉めているのを観ていた。
おそらく追撃するかしないかで、意見が対立したのだろう。
いかにも渋々といった様子で追撃部隊を編成していた。
そもそも<鬼>は極めて好戦的で、かつ戦場では単独を好む。
慎の見解では『人間が弱すぎて連携出来ねぇからじゃね?』ということだが、そこは鬼に聞いてみないことには分からない。
しかし、鬼が人間そのものを見下す傾向にあるのは間違いない。
碌に魔法も使えない〝人間の命令〟に〝渋々従って〟〝部隊を指揮〟するなど考えられないことだ。
………………
「…早いとこ慎に報告しよ…」
一旦部隊の指揮を理に託し、諸々の状況を報告する為に尾根へ向かう。
先刻と同じく【発光】を使い、慎と【メール】する中でどうしても理解できない…納得いかない点を挙げていた。
「何故東の山から?」「何故本気で攻撃してこない?」「この中途半端な追撃は?」
………
『分からん…強引に推理しようと思えば、1つだけ思いつくことは有るけど…考えたくはないな』
『…考えたくない?……慎にしちゃ珍しい答えだな。…まぁ、いいや。とりあえず作戦進めるわ…』
『よろ~♪』
***
幸夫が慎に本日2度目の連絡を入れていた頃、迎撃部隊が奥只見方面に向け進軍していた。
撤退補助部隊と同様バスに分乗して大湯温泉まで来たが、そこからは峠道をゆっくりと進んでいる。
まだ新人と呼ばれる陽平や横田達も動員されていた。
「まさか僕たちが実戦に出るとは思わなかった……言っちゃなんだけど、戦力になるのかな?」
「俺ら以外ダブル以上ばっかりだろ。戦力としてじゃなく経験を積ませる為とかか?」
そう…僕たち元東戦組は、まだ誰一人ダブルに到達していないのだ。
そんな訳で戦闘で役に立てるとは到底思えない。
「その見立てで合ってるぞ。早く集団戦に慣れてもらいたいんだろ…さすがに【身体強化】すら使えないんじゃ連れて来れないけどな」
「あたしたちも最初は同じ様に考えたけど、集団戦だと意外と出来ることはあるものよ」
「優輝、美希ちゃん…俺らでも出来ること?」
「単純に荷物持ちとか、周辺警戒とか」
僕たちにアドバイスしてくれたのは、〝大畑 優輝〟と〝緒方 美希〟
優輝は今回この部隊の指揮官で、普段はこれから向かう奥只見ダムの職員をやってる。
僕と同い年ということもあってすぐに打ち解けて、LPに来た当初から仲良してもらってる。
美希さんも同い年なんだけど、来た当初から生活面で大変お世話になっていて頭が上がらない。
二人ともすごく人当たりが良くて面倒見もいいので、いろいろと相談に乗ってもらうことが多い。
「あと、戦闘中は遠距離から援護射撃とかするわよ」
「…あぁ、それでこれか」
横田さんがポケットから出したのは何の変哲もないただの石。
バスを降りてすぐに近くの川原で『1人5個以上持ってろ』と言われ拾って来たのだ。
石で援護射撃?……笑うとこかな?
これから戦闘になるとは思えない和やかな雰囲気だけどこれは紛れもなく行軍だ。
この部隊は全部で31名、その内新人(元東戦)は6名、僕、麻里、横田さん、前川さん、大山、そしてなんと美月がいる。
川を挟んで反対側の森の中にもう1つの部隊が進んでいて、そちらも約30名ほどで橋本さんや高橋さんが組み込まれている。
それにしても……てっきり美月は慎の傍にいるものだと思ってた。
そのことを前川さんが美月に質問すると…
「…慎に行けって言われたからしかたなく」
…めっちゃ不機嫌!?
麻里と美希さんがなだめているけど…男性陣は『あんまり触らない方が…』と、及び腰…
そんな会話を交わしていると…
「みんな止まれ~、森に入るぞ~」
先頭を歩いていた優輝が、左手にある鬱蒼とした森を指さしながら指示を出す。
最近知ったことだけど、雄輝はなんとトリプルで【サテライト】も使える。
撤退してくる部隊を補足したのだろう。
ちなみに美希さんもトリプルだそうだ。
「多分ここから100m先あたりで交戦する、囮部隊からの合図で一斉攻撃な…最初は投石、2度目の合図で切り込むからそのつもりで」
…えっ?ホントに石で攻撃するのっ!?
「それからあなた達初心者は後列のさらに後ろね…切り込みには参加禁止よ」
大まかな作戦はバスの中で聞いていた。
まず、ダムから撤退してくる部隊がそれを補助する部隊と合流。
おそらくは敵軍が追撃してくるのでそれを迎撃しながら誘い込む。
そこへ僕たち伏兵2部隊が挟撃を仕掛ける。
その後3つの部隊を編成しなおして次の作戦に移る。
もし追撃が来ない場合、もしくは迎撃後に余裕がある場合は、別動隊と連絡を取ってダム奪還作戦に移行するとのことだ。
少し進んだ森の中で伏せて待機していると、僕でも魔素を感じ取れる距離まで近づいてきた。
そして敵部隊が少し道が開けた場所に入った時…
ボンッ!?
空中にまるで花火のような【発光】の魔法が撃ち上がった!?
「攻撃開始ッ!!?」
一斉に立ち上がり投石を開始する。
前列に配置された人は器用に防御障壁を展開しながら、後列の人はこれまた器用に障壁の間から、僕たちも【身体強化】を発動しながら、川原で拾った石ころを敵兵に向かって投げつける!?
………
僕はその光景に一瞬固まってしまった。
敵も魔法持ちは防御障壁を展開しているが、ほとんど意味が無い。
障壁を貫通してすさまじいスピードの石が突き刺さる。
腕や脚に当たればそこから先が千切れ飛ぶ…
胴体に当たれば向こうの景色が見える程の風穴が開く…
頭に当たれば頭部が弾けて散らばる…
あたり前だが魔法持ち以外などもっと悲惨だ…
1人当たり5つ、合計300発に及ぶ石ころが敵の戦意を木っ端微塵に打ち砕いた。
それでも投石が終わった時点で約50人は生き残っていたが…
体の何処かが欠損していたり、うずくまり震えている者がほとんどで、最早戦場の体を成していない。
そこへさらに追い打ちの合図!?
「突撃ッ⁉」
前衛が近接武器を手に敵兵の中に突っ込んでいき後衛がその後を追う………確実に殲滅する為に。
…………………
殲滅完了の合図があり森から出てきた。
総指揮を執っている幸夫と、敵の指揮官らしき人が対峙している。
遠くて会話は聞こえないけど、どうやら捕虜にするらしい。
「陽平、お疲れ…」
「橋本さん、お疲れ様です」
対岸から攻撃してた部隊が合流して、これから次の作戦に向けた会議…のはずだけど。
「…おもしれぇ!そこまで言うなら俺が相手してやる」
ッ!?……
どうやら捕えた敵〝柳〟が何か挑発したらしく、理が乗っかったみたい。
この柳という人は僕から観てもかなりの実力者だ。
さっきの戦闘中もチラッと観たけど、追撃部隊の中で多分唯一のダブルだろう。
間違いなく今の僕では相手にならないと思う。
二人はそれぞれに近接武器を持って対峙している。
理はいつも持ち歩いてる〝鉄棍〟
柳の方はいわゆる〝軍刀〟と呼ばれるカタナだ。
近接武器を使う以上【身体強化】は使えるのだろうが、その分野のエキスパートである理に通用するのだろうか?
どうでもいいけど………普通捕虜って武装解除するよね?
周りの人たちが少し下がってスペースを作り、友が「始めッ!」と、合図した瞬間!?
柳が仕掛けたッ!
右上段から袈裟切り!…鉄棍で防ぐ、そのまま刀を止めずに左下段から逆袈裟!…今度は完璧に止めた、半歩後退しながら頭部めがけて突き!…半身になって躱す、さらにギアを上げ連続斬撃!…ことごとく鉄棍で防がれる。
僕の目ではこれ以上スピードが上がると追いきれない…
めちゃくちゃレベル高ぇ!!?
でも残念なことに(というのは変だけど)やはり理には全く敵わない。
余裕で捌いてる理に比べ、柳の表情は徐々に険しくなっていく…
『やれやれ…またか』と言わんばかりの表情で見ている先輩たちに比べ、戦慄の表情で呆然と見ている僕らに被る。
温度差が………
そしてついに諦めたのか…柳が軍刀を地面に突き立てた。
「気は済んだか?」
「あぁ、私はかなり己惚れていたようだ…まさか掠りもしないとは………完敗だ」
………
「潔い奴だな♪」
ッッッ!!!!?
理のデカい体を退けて現れた慎。
みんなビックリしてるけど僕は予想がついてた。
何故かって?
…二人の勝負が始まってすぐ、美月が嬉しそうに走っていくのを見たから…
あいつは【慎探査魔法】を習得しているに違いない……絶対!
でも慎はいったい何しに来たんだろう?
「あ~、やっぱりな」
後ろにいた優輝が呟いているのを麻里が耳ざとく聞きつけて質問する。
「優輝は慎が何しに来たかわかるの?」
「まぁ、あいつが直接来るとは思わなかったけど、スカウトだろうな…」
「えっ?…敵なのに?」
「偵察の報告で、柳は上官と上手くいってないって挙がってたからな…腕は今見た通りだし、ってか、あいつ俺より強くね?」
さすがにトリプルの優輝より強いは言い過ぎだと思う…たぶん。
「ふ~ん…でもマジメそうな人だね~、説得できるのかな?」
「さぁな~?でもダメだったら殺すだけだろ?その辺は慎に任せときゃいいんだよ」
「…これから作戦会議?」
「おう!…取り敢えず指揮官会議だから行ってくるわ」
そう言って走っていく優輝。
集まっている各隊の指揮官たちを見ていると、やはりLPの中心は慎なのだと実感する。
「しかし…あんな事になるなんてな…」
「まぁ、投石は古来より戦闘での常套手段だからな」
橋本さんと横田さんの会話が気になりそちらに意識を向けると
「【身体強化】で時速300km以上出せることが前提だけどね。小銃みたいに連射は出来ないけど、一発一発が銃弾より遥かに重量があるから…集団で一斉に投げると悪夢よね」
美希さんが解説しているけど…正直女性の口からは、あまり聞きたくないなぁ…
「………俺の石、300kmも出てたかな?」
「多分出てるんじゃない?じゃなきゃ軍服の上から致命傷なんてなかなかに無理ゲーよ、マルチゲートならもっとスピードも上がるけど、測れないしなぁ…」
「…マルチゲートか、努力はしているつもりだが…まだダブルの魔素量も未到達だな」
「実際に効果見るとやる気もアガるってもんだな!」
「理は当然クアッドで【上位門】も一つ、【強化】に全振りすると…音速超えるらしいわよ」
「「「「マジでッ!!!!?」」」」
「…遠投1kmだって」
「「「「マンガかッ!!!!?」」」」
………
今日一番の衝撃だった。