入学式がきてしまった話
なんか気持ち長いような気が…これは本当に気のせいですね
「コペンハーゲンに行きたいっ」
「きゃっ、なに?!」
「ん?………なんだ、風音か」
「なんだじゃないよもう。早く起きてご飯食べないと、遅刻するよ?」
自室。夢の中でコペンハーゲンが出てきたので、パッと起き上がって一言。タイミングよく妹が起こしに来ていたらしく、妹を驚かせる結果になってしまい申し訳なく思っている。
時計を見ると七時半。入学式は九時から。学校までの所要時間約十分(自転車)。…まだ寝れそうな気がするな?
「お兄ちゃん早くして!食器片付けられないでしょ!」
どうやら俺の妹の辞書には二度寝をする兄の存在はないらしい。
「はいはい、着替えてから行くよ」
のそりとベッドから出て着替えを始める俺を見た妹は顔を赤らめることなく(妹だもん)さっさと出て行った。
兄妹といっても自室に入られるのが嫌な人はいるかと思うが、俺は別にそういうことはない。やましいものは特にないし(興味がないとは言っていない)、触られて困るものもないので出入り自由だ。
反対に妹や姉は入られるのは嫌とまではいかないが、あまり良い気はしないと言う。妹はちょっとムッとするくらいですぐ機嫌は直るくらいだが、姉は事前に許可を得ておかないと(俺だけ)大変なことになる。
妹の部屋には少女漫画とか雑誌とかが多いが、姉の部屋には仕事関連のものがあるからだろうな、決して散らかって目も当てられない状態になっているからなわけじゃないぞ、うん。
「こんなもんかね」
ささっと着たわりにはなかなか様になっていると思う。ただ首元のネクタイは苦しいので緩めてはいるが。
自室を出て、洗面所に行き顔を洗う。制服に水が跳ねないようにね。
「いただきます」
リビングに入って一番に向かうのはテーブル。トーストを齧りながら冷蔵庫を開けて牛乳を取り出しコップに入れる。行儀が悪いのはわかってるよ。
「お兄ちゃん行儀悪いよ」
既に準備を完璧に終えて代わり映えのしない中学の制服を着ている妹が口を出してくる。
「代わり映えしないのはしょうがないじゃん、私学年が上がっただけだし」
スマホをいじりつつ言うその姿は既に高校生の域に達していると思うけどな。
「ごちそうさま」
「はい、お粗末さま。……お兄ちゃんって本当に朝ご飯あんまり食べないよね」
「ああ、正直トースト一枚も多いくらい。食べなくて良いなら食べなくても良いくらい」
「それはダメ」
「わかってるよ、いつもありがとな」
俺が出した皿を洗う妹の頭を撫でる。
「はいはい、どういたしまして」
照れる様子もなく俺からの接触を受け入れる妹。反抗期が来たら……嫌だなあ。俺は姉を前にして反抗すら許されなかったけどな。
さらさらで肩甲骨あたりまである妹の髪を三つ編みにして結び直し、準備完了。え、歯はもう磨きましたけど?
「今日は三つ編みかー。うーん、ま、悪くないかな」
皿を洗い終わって手を拭いた妹が首を少し振りつつ髪を手に取る。
「悪くないって…前から俺がやってるじゃん」
「まーねー。てかお兄ちゃん時間大丈夫?」
時計を見ると八時過ぎ。おおっとちょっとやばいかもしれない。でも、九時に間に合えば良いよね?
「大丈夫大丈夫」
「私もう出なきゃだから…鍵とかちゃんと閉めていってよね!」
「はいはーい」
いってきます、と家を出て行く妹を見送り俺は自室に鞄を取りに戻る。どうせ戻るんだったら着替えなくても良かったな?次からは鞄も持ってこよう。手間は省くがよろし。
途中にある姉の部屋の扉をコンコンガチャ。
「姉ちゃん、朝だよ」
パタリ。
危ない危ない、あれ以上いるとやられるところだった。何にって? 姉(寝起きが悪い)に決まってるじゃないか。
自室に入り鞄に必要なものと飴を入れて、部屋を出る。姉の部屋を通り過ぎると同時に部屋に飴を投げ込む。糖分摂取。じゃないと起きてからの行動ができないらしい。
飴を自分の口にも放り込んで、さあ出発。
「行ってきます」
え、親?もう仕事行ったんじゃないかな。父はなんの仕事してるのか知らないけど、母は料理してるよ、高級料亭で、しかもバイトで。なんだろう、料理がめっちゃ上手いから許される働き方だよね。たまに料理教室とかもやってるらしいけど、不定期開催のくせに応募してくる人の数が尋常じゃないらしい。
チャリンチャリンと意味もなくベルを鳴らしながら自転車を漕ぐ。人はいない時にやってるから大丈夫。うざい不良とか何だかムカつく若者だと思われるのは嫌だからね。
途中、妹と同じ制服を着ている後輩(知らない人たち)に出会ったけれど俺は挨拶をされなかった。
挨拶は大事だよ?俺はほとんどしないけど。礼儀は大事。省エネも大事。どっちを取るかはわかるよね?
自転車を漕いで少し。ちらほらと俺と同じ制服を着ている男女が増えてきた。
顔を見ると緊張している顔もあれば、眠そうな顔、ただの無表情にわくわくしている顔と、まあ色々ある。俺は眠そうな顔プラス無表情だけど。実際眠い。
自転車を指定の置き場にガチャン。他の自転車(先輩の)を見るとステッカーが貼ってあるものばかり。ははん、貼らなきゃいけないことになるんだな?めんどくせ。
あくびをしながら、クラス発表が貼られている掲示板に向かう。人がいっぱいいるから迷うわけない、簡単。
人に当たらないように歩いていると、ズルっと少し右前を歩いていた女の子が転びそうになった。
ほいっとな。
女の子の左手をぐっと掴んで転ばないように持ち上げる。俺の左手?ポケットの中。添えないよ?訴えられる。
「あ、ありがとう」
「はいはーい」
パッと手を離してさっさと掲示板に向かう。今大事なのは女の子の手の感触よりも俺のこれからの過ごす場所だから!
「…あれ?」
後ろで小さな声が聞こえたけれど当然聞こえないフリ。なぜなら細かいことは気にしないから。つい先日見て関わった人だなんて信じたくないから。
俺はささっとスマホを操作して、妹にメールを送る。
『なんか見覚えのある人に遭遇。お前何か知らないか?』
メール送ったところで、中学校ではケータイの携帯が禁止されていたことを思い出す。
仕方がないのでテレパシーで送ります。超能力便利。
『うわっ、びっくりするから急に話しかけてこないでよ!』
『テレパシーに事前に知らせるという機能はないんだよ』
妹の狼狽っぷりがこちらに伝わってくるようだ。笑いたくなるけれどここで表情を変化させてはならない。なぜなら俺が変態に思われてしまうから。
『あ、優梨奈さんに会った?昨日メールでお兄ちゃんと同じ学校だって聞いたんだよね〜』
お兄ちゃんは聞いてないけどね〜?
聞きたいことは聞けたので礼を言ってテレパシー終了。ていうかお前ら連絡先交換してたんだな。一回会っただけなのにご苦労なことで。
掲示板に到着。ここで時計を見ると八時半。ふむ、おかしいな、入学式は九時からだったはずなのにどうしてこんなに人が?
鞄から入学者のしおりを取り出して、予定を確認。入学式は九時半からだった。なんでだよ。なんで三十分なんだよ。キリよく始めろよ。
はあ、とため息をついてしおりを鞄にしまう。掲示板を見て、群がる人を見て、萎える。
まあ、他の人より背がちょっと高く、目がちょっと良い俺には全くもって関係ないんだが。
「…D組か」
自分のクラス把握。さあ学校内へと行きましょう。下駄箱はどこだ?人がいっぱい向かっているので迷いません。ラッキー。
そもそも俺、ここの高校見学にも来てないから全くわかんないんだよね。ただ姉ちゃんと妹がここがいいと思うって言ってたし、親も特に反対しなかったし、家から近いから選んだだけで、高校なんて興味なかったし。え?試験の時に来た?……記憶にございません。
下駄箱で靴を履き替えて、自分のクラスに向かう。下駄箱は二階。俺のクラスは四階。解せない。
階段をコツコツ上がっていると在校生である先輩たちとすれ違う。なんだ?なぜこっちをじろじろと見る?何か付いてる?
一年D組。発見。
ガラリと教室の扉を開ける。後ろから?いやいや、前から入るよ?だって後ろから入ったら前に行くのに机の集団を横断しなきゃいけないじゃんか。
黒板を確認。
『みなさん、入学おめでとうございます‼︎これから三年間、楽しい学校生活を送れるように頑張っていきましょうね‼︎』
おそらく担任からのメッセージがチョークで書かれ、その隣に申し訳程度にプリントが貼られている。これが目当て。
えっと、俺の席は……窓際から三列目の、後ろから二番目。なかなか悪くないじゃないか。ちなみに机は六掛ける六の三十六個ある。
自分の席に向かうと、既に隣に女子が座っていた。そうだな、前にも後ろにも隣にも人がいるという点を除けば悪くない席だったな。
とりあえず黙って席に座る。向こうは本を読んでいたから、会話したら悪いかと思って。
と、いう名目で会話自体がめんどくさいからしたくないだけだけど。
何をしていようか。俺の計画では着いたらすぐに担任が来て体育館にゴーだったので、何もすることがない。スマホでゲームをしようにも、なんだかそんな気持ちでもないし、暇を潰せるものを持って来ていない。
仕方ない。スルースキルを使って時間もスルーしてやろう。
ガラリ。
「はい、みなさん席についてくださいね〜」
はっ、今何時だ?!……九時十二分?ふむ、まあまあの時間をスキップできたようだ。タイムマシンだね。戻れないけど。
担任の自己紹介をスルーし、必要な言葉を待つ。
「それじゃあ、体育館に移動するので廊下に名前の順で二列で並んでくださいね〜」
これよこれこれ。並んでくださいもしくは行きますが聞きたかったんだよ。
みんなに紛れて二列に並ぶ。決して遅れたり早く行ったりはしない。目立つからね。
「それでは、新入生代表、橘 優梨奈」
「はい」
はいっ?!……あ、俺ってば寝てたんですね、察し。
てか、やっぱりあの子いたのか。いやまあわざとじゃないけど腕も握ってしまったしわかってはいた。わかってはいたけど信じたくはなかった。
ていうかあの子頭良かったんだなー。代表ですって、親の鼻も高いんじゃなくて?
ぼーっと何か言ってるなーっと壇上に立つ橘さんを見ていると…目が合った?!
そんな馬鹿な。気のせいだろう。チラリと左右に意識を散らして、そろりそろりと再び壇上に目を向けると……なんでこっち見たままなんだよ!!
まるで逃げないでくださいね?と言わんばかりの目を見なかったフリをして、目を閉じる。
いや、逃げますよ?