第1話 紅い魔道士
テセルス領地内――
ヒュォォォ――……
丘の上を抜ける風に赤いローブを揺らしながら、荒野の向こうへ目を凝らしていた。
『アストラ?聞こえる?』
片耳につけた赤いイヤリングへ指を添える。
「聞こえてるよ。」
『そこから東に約1200……私の霧が見える?』
視線を東へ移すと、荒野の先に白い靄がうっすらとかかっている。
「うん。目視では黒影はさすがに見えないね……。」
目を細め、その奥を探る。
『霧の探知では中型2体、大型1体。一人だと支援がないから気をつけて。』
「わかった。ウェズリーは心配性だなぁ。」
アストラはふっと笑い、イヤリングに触れたまま荒野へ視線を戻した。
「もう無茶はしない。」
『それを聞いて安心した。』
「じゃあ、行くね。」
『気をつけて。』
イヤリングから指を離すと、そのまま丘を下り始める。
ゴォォォォ――……
吹きつける風がローブを大きく煽り、巻き上がった砂が足元から荒野へ流れていく。その中をアストラは一人、白い霧へ向かって歩いた。
やがて風が弱まり、舞っていた砂が落ちて視界が開ける。
アストラは足を止め、右手をわずかに前へ出した。
「紅蓮の炎――」
「我が手にその力を宿せ――」
ヒィィィ――ン――
指先から右手へ光が集まり、その輝きが強くなる。
「爆炎!」
ボバァァン!!
右手から一気に炎が噴き上がり、腕へ絡みつくように渦を巻く。
ゴォォォォ――……
火の粉を弾きながら滾る炎を見据え、アストラは手を握り込んだ。
「そして形を成せ――」
ギュォォォン――……
荒れ狂っていた炎が右手へ引き寄せられ、細く、鋭く集束していく。
「我が心と共に――剣となれ!」
ヴォンッ!!
集束した炎が一気に伸び、紅蓮の剣となって右手に留まった。
アストラは炎の剣を下げたまま、白い霧へ踏み込む。
「爆速!」
バァァァン!
足元が弾けた瞬間、身体が前へ飛ぶ。
ザシュ!
白い霧の奥で紅蓮の光が走り――
ヒィィィ――ン――
次の瞬間、
ボカァァァン!
爆炎が霧を内側から赤く染める。
ドス!
「グギャ!」
キィィィ――ン……
一瞬だけ黒い影が炎に照らされ、
「爆散!」
ボカァァァン!!
爆音とともにその姿が霧の中へ消えた。
ゴゴゴゴ――……
遅れて響く爆音が空気を震わせ、アストラは炎の剣を握ったまま動きを止める。
「…………。」
(大型がいるはず……)
視界を覆う砂煙の中で目を閉じ、耳を澄ませた。
ドド――ドド――ドド――……
地面を伝う重い足音が近づいてくる。
(聞こえた……四足歩行……獣型?)
足音が、不意に消えた。
アストラは目を開き、腰を落としながら炎の剣を構える。
「…………。」
ドン!
目の前で地面を踏み込む音が弾けた。
「グガァァァ!」
砂煙を突き破り、鋭い爪を伸ばした黒影が飛び込んでくる。
「だぁぁぁ!!」
アストラは身体を反転させ、その勢いのまま炎の剣を振り抜いた。
ガキッ!!
炎の刃と黒い爪がぶつかり、腕へ重い衝撃が走る。
「爆炎!!」
押し返される剣へさらに魔力を込めた。
ヒィィィ――ン――
接触した刃の光が一気に強まり――
ボカァァァン!!
「グアァァォォ!」
爆炎が黒影の片腕を包み、そのまま吹き飛ばす。
シュゥゥゥ――……
失った腕の付け根から黒い瘴気が漏れ、風に溶けていく。
アストラは数歩間合いを取り、炎の剣を構え直した。
「さぁ……来なよ……。」
「グロロロ……」
低く唸りながら黒影が距離を取り、アストラの周囲を回り始める。
その動きを目だけで追う。
一瞬、黒影の脚が沈んだ。
次の瞬間――
「グガァァァ!!」
一足で地面を蹴り、真正面から飛びかかってくる。
「爆速!」
バァァァン!
同時にアストラの足元が爆ぜた。
爆風に押し出された身体が黒影へ向かって加速し、互いの距離が一気に消える。
すれ違う、その一瞬――
ザシュ!!
炎の剣が黒影を切り裂き、アストラの身体はそのまま空中へ抜ける。
ローブを翻しながら振り返った。
「爆散!!」
ヒィィィ――ン――
黒影の身体に残った切り傷が紅く光る。
ドカァァァン!
「グガァァァォォォ!!」
爆炎が黒影を包み込み、その叫びごと霧の中から消し飛ばした。
しばらく漂っていた爆煙が風に押され、白い霧の向こうへ流れていく。
ヒュォォォ――……
「…………。」
アストラは炎の消えた右手を下ろし、イヤリングを指で挟んだ。
「ウェズリー。終わった。霧で周囲の状況把握よろしく、」
『お疲れ様。今索敵してる。』
少し間を置いて、再び声が響く。
『大丈夫?ケガはない?』
アストラはイヤリングに触れたまま、腕から肩、胸元へと視線を落としていく。
「大丈夫。傷はないから毒も受けてない。」
『そう……よかった。索敵、霧内部は黒影の反応なし。』
アストラの口元がわずかに緩む。
「了解。じゃあ帰るね。」
『帰り、気をつけてね。お疲れ様。』
「…………。」
イヤリングから指を離し、アストラはテセルスへ向かって歩き始めた。
――夜。
歩みを進めるうちに辺りは暗くなり、ふと顔を上げると、夜空いっぱいに星が広がっていた。
アストラは足を止め、そのまましばらく見上げる。
(今日は星がすごいな……マーベリックさんも見てるかな……)
夜風が頬を撫で、赤いローブの裾を揺らしていく。
(あの時……どうしても言えなかった……。)
(ほんとは言いたかった……。)
(私も……。)
アストラは大きく息を吐き、ゆっくりと顔を横に振った。
もう一度だけ星空を見上げる。
(また……会える……きっと……。)




