ジョーカー、タクシーを乗っ取る?
「どこへ逃げるつもり、ハスナ?!」
まだ完全には立ち去っておらず、ミニマミートの近くでタクシーを待っていた母親が怒鳴り声を上げた。厚化粧を施した母親の両目が、カッと凶暴に見開かれる。
「あのイカれた父親を言い訳にして、あんたまで金稼ぎからバックれようっていうんじゃないでしょうね!」
「お母さん、離して!嫌だって言ってるじゃん!私は教師だよ、お母さん!教師の仕事は人格の完成を目指して子どもの未来を培うことであって、金持ちのオッサンたちのグラスに酒を注ぐことじゃない!だいたい、あんなタバコの煙まみれの部屋にどんな未来があるっていうの?!」
「はぁ?学校のカリキュラムみたいな御託をママに並べんじゃないわよ!あんたのその崇高な理想とやらはね、明日の朝に電気を止められる警告書の足しにもなりゃしないの!このアパートの大家が、あんたの言う『恵み』とか生徒のテスト用紙で家賃を待ってくれるとでも思ってんの?違うわよ、ハスナ!必要なのは現生よ!」
母親は冷酷に言い放つと、痛みに顔を歪めるハスナの腕を無理やり引っ張っていった。
「今夜、ママのメイク友達の店にVIPの客が来るのよ。金持ちの芸能プロのマネージャー。今すぐ行って、気に入られてきなさい!ほら、ぐずぐずしない!」
腰の鈍い痛みに耐えながら、その若き教師はナイトクラブの近くにある商業ビルのロビーへと引きずり込まれた。母親は娘の身体を、高級感漂う公衆トイレの中へと押し込んだ。
「ほら、ママのメイクボックス!」母親は大きなコスメバッグをハスナの手元に力任せに押し付けた。
「ママは外で15分待つからね。その青白い顔と、くたびれた教師の服のままで出てきたら承知しないんだから。男の目を釘付けにするくらい、バシッとメイクしなさい!」
バタン!
トイレのドアが外から乱暴に閉められた。慢性的な疲労を抱えたその少女は、ピカピカに磨かれた洗面台の鏡の前に硬直したまま立ち尽していた。手元の高級コスメボックスを見つめ、それから鏡に映る自分の顔へと視線を移す。
彼女の内に秘められたシニカルな脳細胞が、一瞬にして最高レベルの反逆の炎を燃え上がらせた。
(男の目を釘付けにする、だって? オッケー、大好きなママ。あんたの望み通りにしてあげるよ。――『美的サボタージュ』っていう荒技でね)ハスナの唇に、いたずらっぽく、そしてどこか不気味な笑みがゆっくりと浮かび上がった。
10分後、公衆トイレのドアがゆっくりと開いた。壁に寄りかかってスマホをいじっていた母親はすぐに顔を上げ、セクシーで男を惑わすようなクラブ嬢へと変貌しているはずの娘を迎えようとした。しかし、トイレから這い出てきたその姿が視界に入った瞬間、中年女性の手からスマホが滑り落ち、パカン!と大きな音を立てて床に激突した。
母親の脳細胞は、完全にショートした。ハスナは相変わらず慢性的な腰痛に耐えるため、体を斜めに歪ませながら歩み出てきた。しかし、その顔面のビジュアルは、人類の理解の範疇を完全に超越していた。グラマラスなアイシャドウやセクシーな赤リップなどどこへやら、ハスナは顔全体に白いルースパウダーを、馴染ませることもなく超厚塗りにしていた。
そのせいが、まるで乾ききっていないセメントの人形か、下町のドーナツの粉まみれの生地そのものだった。それだけではない。眉毛は真っ黒なアイブロウペンシルで、額の真ん中で繋がった巨大な毛虫のような太さに描かれていた。
まるで古いギャグアニメのキャラクターだ。そして極めつけの最高傑作として、ハスナは真っ赤な口紅をあえて唇のラインから大きくはみ出させ、左右の頬にまで塗りたくっていた。
それはまるで、脊椎を骨折して苦しんでいるジョーカーのような、不気味極まりない笑みを作り上げていた。
「どう、お母さん?」ハスナは真顔で声をかけ、黒いマスカラがダマになって固まった片目を、不器用にパチリとウインクさせてみせた。
「お母さんの指示通り、最大限にメイクしてみたよ。今夜の私を見た男は、間違いなく誰も目を釘付けにするから……。その場で即死、心臓麻痺間違いなしだけどね」
「あ、あんた……ト、トイレの花子さんにでもとり憑かれたの、ハスナ?!」
母親はヒステリックに悲鳴を上げ、ロビーの明かりの下に浮かび上がった娘の「怪奇現象」に怯え、顔を真っ青にして二歩後退した。
「取り憑かれてないよ、お母さん。これはね、経済的幸運をもたらす『革命的メイク』って言うの」ハスナは痛快そうに、なんの悪びれもなく皮肉を返した。
「さあお母さん、金持ちの芸能プロのマネージャーに紹介してくれるんでしょ? 私は今すぐ、お母さんの夜の世界でのキャリアを一生モノのレベルで叩き潰す準備ができてるよ」顔面粉まみれ、毛虫眉毛のジョーカー女がクラブのVIP席に座り、上客の隣で接客する姿を想像しただけで、母親の全身の毛穴から鳥肌がブワッと狂ったように立ち上った。
「もういい! 来なくていいわよ! さっさと家に帰りなさい、私のプライドに泥を塗る気?! 恥晒し!」母親はフラストレーションを爆発させ、床のスマホをひったくると、半分走るような足取りでパニック気味にロビーを立ち去っていった。
トイレの前にいるあの「おかしな生き物」が、自分の娘だと周囲に気づかれるのを恐れたのだ。ハスナは、遠ざかっていく母親の背中を見つめながら、胸のすくような最高の満足感に浸っていた。
「あははははは! 私のコメディサボタージュ、大成功じゃん!」ハスナは心の中で満足感に浸りながら爆笑した。勝利の笑いを必死にかみ殺しながら、慢性的な疲労を抱えたその少女は、おぼつかない足取りでロビーから外へ出た。
夜の街灯の薄明かりの下、ハザードランプを点滅させたタクシーがちょうど他の乗客を降ろしたところで、路肩に停まっているのが見えた。時間を無駄にするわけにはいかない。ハスナは痛む体に鞭を打ち、早足で近づいた。腰の筋肉が完全に悲鳴を上げているため、後部座席のドアを上品に開ける余裕なんてない。
彼女は反射的に運転席のすぐ隣、助手席のドアノブを引くと、カクカクとしたぎこちない動きでシートに滑り込み、お尻を落とした。
「運転手さん、今すぐメディカ・セントサ病院までお願いします。緊急なんです」息を切らせながら、ハスナは真顔で言い放った。スマホで売上を記録するのに集中していた中年ドライバーは、何気なく左を振り向いた。その瞬間、ドライバーの脳細胞は完全にショートした。
薄暗いダッシュボードの光の中、彼の網膜に焼き付いたのは、カチッとした仕事服を着て、首を不自然に傾げ、顔面を乾ききっていないセメントのドーナツ生地のように真っ白に塗った女の姿だった。
おまけに額の真ん中で繋がった巨大な毛虫眉毛に、まるで暗闇で獲物を食い散らかした直後のジョーカーのように、口の周りを真っ赤にベタベタに汚した唇。
「う、うわああああっ! 南無阿弥陀仏! 南無阿弥陀仏! なんだこのジョーカーみたいな化け物はァー!!」ドライバーはヒステリックに絶叫した。
恐怖のあまり、その声は車の天井を突き破らんばかりにひっくり返っている。ドライバーの心臓は、頭のてっぺんまで爆発しそうなほど激しくドクドクと脈打った。公衆トイレに潜む悪霊にでも襲われたと本気で勘違いした彼は、極限のパニックの中、反射的に運転席のドアを開けた。そして車から飛び出すと、ボンネットの周りを狂ったように走り回りながら、高速で魔除けの念仏を唱え始めた。
「オン・アボキャ・ベイロシャノウ……! 消え失せろ、この粉吹きババアめ! 墓場へ帰りやがれ! 今夜のタクシーの売金を邪魔するんじゃねえ! 神様仏様、俺はまだ車のローンが残ってるんです、命だけは勘弁してください、この腰抜け妖怪め!!」ドライバーはガタガタと激しく震える足でボンネットの周りを回りながら、ハスナを車内から追い払おうと、両手をヒステリックに振り回して虚空を仰いだ。
車内に取り残されたハスナは、ダッシュボードの前で呆然と固まり、真っ白な毛虫眉毛の顔で、フロントガラス越しにドライバーを死んだ魚のような目で見つめた。
(クソ……サボタージュのメイクが成功しすぎて、おじさんドライバーに精神的トラウマを植え付けちゃったじゃん)ハスナは静かに絶望した。
(私はただ病院に逃げ込んで、静寂という名のサーキットで安らぎたいだけなのに、これじゃ脱走した妖怪がタクシーをハイジャックしに来たみたいじゃん)
「おじさん! 私、人間だから! これただの白粉! メイクだから! フィクションの終末的なオカルトオーラじゃないから!」ハスナは窓越しにガラガラ声で叫んだ。
しかし、腰の激痛を堪えるために引きつったその声は、ドライバーの耳にはより一層不気味で、地獄からの呪詛のように響くだけだった。
車内の「悪霊」が喋りだし、さらに自分の方をカッと見つめてきたのを見て、ドライバーの肝は完全に冷え切った。路肩に停まった車がまだエンジンをかけたままなのも構わず、中年男性は脱兎の如く駆け出した。振り返ることもなく、闇夜を切り裂きながら近くのミニマートへ向かって全力疾走していく。
相変わらず、めちゃくちゃな念仏を大声で喚き散らしながら。ハスナは、ただただ重苦しいため息を深くついた。さっき大声を出した振動のせいで、腰の痛みはさらに悪化している。彼女は隣の誰もいない運転席を、今夜の不運な運命に対する完全な諦めの境地で見つめた。
(神様仏様……私はただ、実家の狂った運命から逃げ出したかっただけなのに、なんで今オカルト的なタクシー強盗の容疑者になってんのよ……)ハスナは静かに絶望しながら、すっかり擦り減ってしまった正気の残骸をかき集め、ルームミラーに映る額の上の毛虫を見つめた。




