第一話「平穏な日常」
神聖学院ー様々な才を持つ生徒たちが通っている寄宿学校。中等部から高等部まであり中等部は難関試験を合格し入学する人もいれば中学校を卒業し高等部に入学する人もいる。彼女の場合は前者である。
星野燈には父親と母親以外に姉がいた。姉は世界各地で難事件を解決している名探偵として有名であった。誰にも優しく慈愛に満ちた姉を星野燈は妹として憧れを持っていた。しかしその憧れも長くは続かず姉は交通事故によって亡くなった。幼い頃から一緒にいた肉親が突然の死によって彼女の心は深く傷ついた。葬式で姉を送り出す夢を命日が近づく度に同じ悪夢に苛まれる。
神聖学院の寮にて、星野燈は自室で目を覚ます。また同じような夢を見たことに頭を悩ませながら天井を眺める。
「はぁまた同じ夢見ちゃった…」
燈は一言そう呟くと近くにあったドアが勢いよく開いた。そこに居たのは水色の髪にポニーテールをした黒目の美少女だった。彼女は燈のルームメイトの白銀玲奈、世話焼きで白銀財閥の令嬢だ。勢いよく開いた扉に驚きつつ燈は再び布団に潜り込んだ。その潜り込んだ燈を出てこさせようと玲奈が布団を引っ張る。
「ちょっと二度寝しようとしない!!学校遅れちゃうよ!!」
玲奈の声に燈はゆっくりと身体を起こす。そして不満そうな声でこう言った。
「起こしてくれるのは嬉しいけどドアを勢いよく開けないで欲しいかな…」
「そうでもしなきゃ起きないでしょ燈は」
玲奈は閉まっていたカーテンを開きながら不満そうな表情でそう言った。朝日の眩しさが燈の眠りかけの目を刺激する。朝日を手で遮りながら観念したように布団から出てきた。
「分かったから…起きるから…布団を持ってかないで玲奈…」
「またそんな下着姿で…」
「お姉ちゃんも同じように寝てたしいいの…」
燈は起き上がるとボサボサの髪のまま洗面所へと足を運ぼうとする。その去り際に玲奈から声を掛けられる。
「ねぇ…今日も見たの?」
玲奈からの問いに燈は立ち止まる。少し考えたような仕草をしつつ、やがて玲奈にこう答えた。
「うん…だって今日が命日だから…」
そう言うと燈はこの場を後にして洗面所へと向かった。日頃から見る悪夢とは違い今回見たのはより鮮明になっていた。亡くなった事実は燈の中で受け入れる事はできたが心の中では納得できずにいる。そのような複雑に絡み合ったような糸のように燈の心は不安定になっていた。
洗面所に向かった燈は身支度をする。ボサボサの髪を手入れし顔を洗う、目の前に写っている自分の姿に問いかけるように余韻に浸っている。やがて玲奈から呼びかけられ燈は制服に着替えて学校へと向かうのである。学生寮から校舎まではそう遠くはない燈は玲奈から貰ったエネルギーゼリーを飲みながら今日のスケジュールについて話す。
「そういえば今日、小テストがあるよね…点数悪かったら補講授業だよ」
「大丈夫…放課後にお墓参りもあるし悪い点数は取らないわよ。」
エネルギーゼリーを頬張りながら燈はそう呟いた。神聖学院ではあらゆる才を持った人たちが通っており偏差値も有名高校レベルの高さである。燈の成績はと言うと学院内の上位10名に入るくらいの好成績であり、隣にいる玲奈も同じく上位10名に入っている優等生である。優等生だからか人に注目される事が多く嫉妬から絡まれることもある。そんなしがらみを受けながらも平穏な学院生活を送っている。
教室にたどり着くといつものように授業が始まる。お昼休みになった頃、燈は玲奈と食堂へ向かっていた。廊下を歩いているとこのような噂話が聞こえてきた。
「ねぇ知ってる?この学院って昔怪しい研究施設だったんだって…」
「それどこ情報よ…」
「噂としても信じられない…」
「でもね。異能力の研究ならあり得そうじゃない?」
「異能力なんて都市伝説じゃん…」
「でもウチのお父さんは存在するって言ってたよ?」
そのような他愛もない噂話を聞いていた燈は気になったように立ち止まる。並列して歩いていた玲奈も燈に呼応するように足を止めて燈に訊ねる。
「どうしたの?急に…」
「異能力…か…」
疑問に満ちたような表情をしながら燈は一言呟いた。その背後から玲奈が燈の腕を組むと耳打ちするように話しかけた。
「燈は異能力が存在すると思ってる?」
「どうかな…もし存在するなら見てみたいと思うけど…」
「私は存在しないと思う。だってあり得ないでしょ現実的に考えて…」
「随分と否定的だね。」
「私も燈と同じで自分の目で見ないと納得できないかな」
玲奈が自分の意見を言うと噂話をしていた三人組がその場を去っていた。燈は話を切り上げると玲奈と食堂に向かった。そして午後の授業を終えて放課後になった。神聖学院は全寮制である為、街へ外出する際は外出届が必要である。燈は予め書いておいた外出届を持ちながら廊下で玲奈に話しかける。
「それじゃあ私はお墓参りに行ってくるね。」
「分かった。私は用事があって行けないけど由依さんによろしくね。」
そう言うと燈は学院の扉の前に向かった瞬間に玲奈から話しかけられた。
「ねぇ燈…渚はどうしてるの?」
玲奈のその問いかけに燈は無言になった。渚と呼ばれる人物は燈にとっての従弟であり幼馴染であった。しかし燈の記憶には祖父の知り合いに里親として引き取られ、音信不通になっていた。祖父から聞くには元気でやっていると聞いていた為、心配はしてなかった。
しかし燈にとって渚の印象はあまり良くはなかった。その理由は姉の葬式に参列しなかったからである。いくら里親に引き取られたとはいえお世話になった人の葬式にも出ない薄情者というレッテルが燈の中で貼られていた。玲奈から聞かれた問いに対して燈はこう答えた。
「分かんない…連絡もないし何処で何をしているのか…」
「そっか帰ってきてないんだ…三人で遊んだ頃が懐かしいよ…」
「正直な話、私は渚のことが嫌い。お姉ちゃんの葬式にも姿を見せなかったし連絡もくれない薄情な人だと思ってる。」
「そんな言い方しなくても…燈と渚は従姉弟なんだから…」
「血は繋がってないけどね。でもだからこそどうでもいいのかもしれないけどね。」
燈がそう言うと玲奈を置いて校門の方へと歩いて行った。その背中を見ながら玲奈は心配そうな表情で呟いた。
「燈…もう戻れないのかな…あの頃に…」
*************************************
神代町にある海岸近くの墓地、燈はそこに来ていた。お供えに持ってきたリンドウを持って姉が眠る墓の前へと足を運ぶ。近くまでやってくると燈は墓前に誰かがいることに気が付く。燈は咄嗟に距離を取るとその人物を観察した。背中を向けているからか顔は分からないが白い髪にベージュのロングコートを羽織っている中肉中背の少年と言うことは分かった。綺麗な墓の前で線香を焚きながら手を合わせている少年に燈は警戒しながら身を隠す。
(お姉ちゃんの知り合い?でもあんな人葬式にいたかな。出会ったら気まずいし少し時間を空けてからまた来よう。)
燈はそう考えていると用が済んだのか墓前で手を合わせていた少年が立ち上がり出口の方に去っていった。
(あれ?終わったのかな?今のうちに済ませなきゃ)
燈は墓の前に立つと持ってきたリンドウを花瓶に入れて墓石に水を掛けた。線香は既に焚かれていた為、燈はそれを活用するように墓前で手を合わせた。暫く近況報告を含めて黙祷し終わると燈の背後から足音が近づいてきた。そして背後から声を掛けられた。
「やぁ背後から視線を感じたからつい警戒しちゃったよ。」
先ほど墓の前で黙祷していたサングラスを掛けた白髪の少年が朗らかな声で話しかけてきた。燈は完全な死角から見ていたのに視線だけで気づかれたことに驚いた。燈は目の前の少年に対して少し懐かしい雰囲気を感じていた。
「何処かで会った事、ありましたっけ?」
「やっぱり覚えてないか。まぁ五年ぶりだしね…」
少年はサングラスを外すと海のような青い瞳を見せた。その瞳に燈は見覚えがあった幼い頃に一緒に遊んでいたあの少年の面影が重なる。燈はふと溢れるように少年の名前を言った。
「渚…」
「久しぶりだね…燈…五年ぶりだ。」
再び出会った幼馴染、その表情は優しさの裏で何かに対しての罪悪感に押しつぶされているのだと燈はそう感じていた。そしてこの出会いがきっかけで平穏だった日常が崩れる事にこの時の燈はまだ知らない…




