聖女発覚11
ずっと、しっくりこなかった回をやっと書き直せました。
メルトは涙を拭うと頭を下げた。
「ローズ、結婚はできません。できもしない誓いをして本当にごめんなさい。」
マリアは居た堪れず、その場から逃げた。
まるで私が悪者みたいじゃない。
ローズはマリアの後ろ姿を目で追いながら、口の端に一瞬笑みを浮かべた。
もちろんメルトから断られることも想定の内。
「ダーリン。誓いってものは、そう簡単に破っていいものじゃないの。」
でっち上げ同然の誓いを盾に取った。
「ごめんなさい。どう償えば許してくれる?」
上目遣いに長いまつ毛をパチパチ動かした。
うっ、あざとい。
ダメダメ、これはダーリンの常套手段。その手には乗らないわ。
「まずは納得できる理由を教えて。そもそもあなたは最強の魔法使いじゃない?
私と結婚しても、生まれる子はそれなりに強い魔法使いになるはずよ。」
「・・・うん。」目が泳いだ。
「ダーリン、誠意は?」
「はい。……どこに泊まっているの?馬車で送ろうか?」
「いいえ、馬で来たから平気。」
「じゃぁ、門まで送るよ。」
メルトは玄関扉を自分で開けた。
小雪がちらちらと舞う中、二人並んで歩いた。
「僕の秘密を話すから、誰にも言わないって誓ってくれる?」
自分は守らないくせにバカみたい。
ローズは誓うと答えたが、たとえ守られなくても、ただの女の子がする突拍子もない話を、誰が本気にするだろう。
メルトは必要最小限に自分が竜を御すべき一族の末裔であることを話した。
ローズは黙って聞いていた。
森羅万象、神の存在は至る所に感じられる。だからと言って、女神がいるなら竜も、とはならない。
それでも、嘘を言っているようには見えない。
……竜といえば建国神話。
「なんだか大変そうね。でも、きっと考えすぎだわ。世界はあなたナシでも回っていくものよ。
なんなら、一緒に行く?」
笑って手を差し出した。
逃げ出したいと思った時期は、とっくに過ぎた。
「ううん。僕、本当は、結婚を誓ったことを覚えてなかったんだよ。
でも、そう言われた時、ローズとだったら何もない森の中でも楽しく暮らせるんじゃないかって思ったんだ。勝手でしょ?」
「いいえ、きっと楽しいわ。私は、あの時、一緒に幸せになろうって言ったのよ。
二人とも不幸になるなんてダメ。
やっぱり婚約解消はしません。」にこっ。
「理由を言えば許してくれるんじゃなかったの!?」
「そんなこと、言った覚えないけど。」
「・・・困るよ。」
「フフっ、あなたが困る必要なんてないわ。
頑張ってあなたを振り向かせたのだから、次は結婚できるように頑張るってだけの話。
これまでと何も変わらないわ。」
メルトが何かを言う前に、ひらりと馬に乗った。
「じゃぁね、ダーリン。」
見えなくなるまで、度々振り返っては手を振った。
鉄柵門が檻のよう。囚われの王子様を助けるには竜を倒さなくてはならないらしい。
でも……知ったこっちゃないわ。
「どうしよう、清算できなかった。」
メルトは鉄柵を握りしめ、ぷるぷる震えた。
そろそろ戻ろうと振り返り、厳めしい佇まいの館を見た。
「どうしよう。姉さまを怒らせちゃった。」
なんか僕、すっごいダメ男みたい。
そんな悪いことしたっけ?
したのか。した?
*
「姉さま、ミルクティーを入れてもらったよ、一緒に飲まない?」
扉の外から不安気な声が聞こえる。
気にかけてくれることは嬉しいけれど、そんなに簡単には許しません。
「姉さま、僕が間違ってました。機嫌直して?」
甘えた声に少し気が緩むと、腕の中からルルがするりと逃げ出し、扉をカリカリと引掻いた。
「こら、ルル!」
「ルル、いい子だねぇ。」
メルトが言うと、ルルはもとの大きさに戻った。
扉を壊されては困るので、仕方なく開けると、
メルトは「お茶しよ?」とティーセットを乗せたトレーを少し高く上げて見せた。
こんな些細なことでマリアの心は弾んでしまう。
メルトはカップにお茶を注いで、マリアの前に置いた。
「ロイヤルミルクティーに蜂蜜を好きなだけどうぞ。」
メルトの好きな蜂蜜ミルクとマリアの好きなミルクティーの合わせ技だ。
メルトは自分のカップに口をつけた。
「少し、冷めちゃったかな。」
1階の厨房から溢さないように気を付けて運んできたからだ。
「姉さま、ちょっとカップを貸して。」
マリアが持っているカップを手渡すと、メルトは両手でカップを包んで魔法をかけた。
メルトは繊細な温度調節が苦手だ。カップが熱くなりすぎて、慌てて冷やすと、ピシッとカップが悲鳴を上げた。
マリアは咄嗟に魔法をかけてカップの時を止めた。
「ふふっ。やっぱり私がいないとダメね。」
マリアの顔がほころんだのを見て、メルトはほっとした。
「ローズさんはお帰りになったの?」
「うん、帰ったよ。さっきは自覚のないことを言ってごめんなさい。」
「ローズさんは納得なさったの?」
「えーと……うん。」
マリアにはメルトの嘘がすぐにわかる。本当は納得したかどうかなんて、どうでもいい。
「ふーん、それはよかった。それで、メルティはローズさんと親しくお付き合いをしていたのかしら?」
「仲はよかったよ。一緒にいて楽しかったし。
二人だけで会ったことはほとんどなかったけど、
……お付き合いって、どこからを言うのかな。」
「手を握ったことは?」
「ないよ。」目が泳いだ。
「キスをしたことは?」
「な、ないよ。」顔が赤くなって、慌ててお茶を飲み干した。
すん。
こちらは心配で食事も喉を通らなかったというのに。
「私と、結婚するのはそんなに嫌かしら?」
メルトは上目遣いにまつ毛を瞬かせる。
「……嫌とかじゃないけど、それはもう変えられないことなのかな?」
嫌じゃなかったら聞かないでしょう、とマリアは思う。
「私の魔法は、初代守り人の妹と同じ時魔法だから、私に流れる血は妹の血と近いと思われているの。
妹なら兄の血とも近いから、かけ合わせれば同じように強い魔法使いが生まれる可能性が高い。
そのように家門の皆さまは考えているようよ。」他人事のように説明した。
メルトの目からまたしても涙がこぼれた。
「……可哀そうな姉さま。」
マリアは言葉の意味を計りかね、メルトの顔を見つめた。
涙が後から後から溢れて来る。
「ごめんなさい。姉さまが心の整理をつけたものを、こんな聞き分けのない子供みたいに。
姉さまのことを本当に尊敬します。」
メルトは心を落ち着けるために慌てて席を立った。
マリアは暫く考えて、メルトが愛がないのに結婚を受け入れたマリアに感心し、自分にはできないと泣いたのだと涙の意味を理解した。
それから、メルトはマリアとの関係を修復のため、いつも通りを心がけた。でもどこかぎこちない。
ある日、ガイアスがメルトと二人だけになった時に聞いた。
「最近、嬢ちゃんの元気がない。どうせ坊のせいだろう?」
「うん。ローズのことかな。」
心当たりはそれしかない。
「てっきり坊は、嬢ちゃんのことが好きだと思っていたが。」
「うん、好きだよ。」
「じゃぁ、どうしてこうなったんだ?」
「本当言うと、姉さまが僕と結婚する人だって、薄々わかってた。
だって、僕の周りで魔法を使える女の子って、姉さましかいないから。
僕は姉さまが大好きだよ。ちゃんと好き。姉さまの幸せを心から願っている。
でも……だからかな。
何不自由なく育った公女様が、なんで僕と森でサバイバル生活なんてしなきゃいけないのさ。可哀想だよ。」
怒っても、怒りをぶつける先がない。
「ハハハ。可哀想かどうかは、本人が決めることだろう。」
「でもさ、姉さまは、こういうのが好きなんだ。」
メルトは手を広げてキラキラに整えられた自分を見せた。
「確かに。まぁ、坊の気持ちもわからんでもないな。
その気持ちを伝えてやれ。そうすれば、少しは安心するだろうさ。」
「……うん。」
まぁ、折を見て。きっとそのうちまたいつか。
マリアは、口を滑らせたことを後悔していた。
二人の間の空気はどことなくぎこちなく変わり、ほんの少し溝ができた気がする。
姉と妻は違う。
マリアにとってメルトは最初から夫だったが、メルトにとってはそうではない。
同じように愛してもらえるなんて、どうして思ったのかしら。愚かね。
キャビネットの奥から化粧品の容器のような可愛い形の薬瓶を取り出した。
十年ほど前に手に入れた、妖精印の惚れ薬だ。
目の高さに持ち上げて傾けてみるが、 ピンクの液体は時が止まったように動かない。
解術をして瓶を軽く振ると、ゆらゆらと生き返った。
「本当に効くのかしら……」 半信半疑。
こんなものを使う羽目になるとは情けないが、メルティが苦しむ姿を見るよりはずっといい。
真夜中。みんなが寝静まった頃を見計らい、 マリアはこっそり部屋を抜け出した。
メルトの部屋に忍び込み、持ってきたランプをベッドから遠いテーブルの上に置く。
確か、両瞼に一滴ずつ薬を垂らし、目を覚まして最初に見たものに恋をする――そんな話だった。
仰向けに眠るメルトの脇には、ルルが丸くなっていた。
……これではルルに恋をするのでは? 解毒剤はないのだから、どかさないと。
マリアはベッドの反対側に回り、ルルを引っ張った。 ルルはモフモフのデブ猫だ。猫じゃないけど。 ベッドが広い上にルルが重くて、うまくどかせない。
仕方なく、ベッドの上に登った。
「ルル、いい子ね。ちょっと向こうへ行っててくれる?」
「ウニャ。」
「しーっ、静かに。」
「ゴロニャン。」
マリアはメルトの顔を真上から見下ろす。
さらさらとした柔らかそうな髪。長いまつ毛。まだ子供っぽい寝顔。
見慣れているはずなのに胸がドキドキするのは、 心を歪める薬を使う罪悪感のせいかもしれない。
「……ごめんなさいね、メルティ。あなたのためなの。」
片方の瞼に一滴、ぽとっと薬を落とす。
「う、うーん……」
メルトは寝返りを打ち、反対側を向いてしまった。
「あっ、ちょっと……」
思わず声が出た。
「ん……?」
メルトが異変に気付いて振り返る。
今しかない。
マリアは反対側の目に無理矢理薬を落とそうとした。
襲われたメルトは慌ててマリアを押し返す。
「な、何してるの!?」
「ちょっと目薬をさしてあげようと思っただけよ。気にしないで。」
メルトはマリアの持つ瓶を見る。
「あれ、それ……見たことある。いつ、うん?」
記憶が十年前にさかのぼり、 マリアに奪われた妖精の惚れ薬を思い出す。
「それ、僕の!てか、まだ持ってたの?」
マリアは慌てて薬を隠す。
「解毒剤なかったよね?返して!」
「これは私のものよ。惚れ薬なんかじゃないわ!」
「ほら、やっぱり!」
二人で瓶を取り合う。
「返して!」
「危ないでしょう!」
「それ、僕の!」
「だから私のだって!」
二人の手から瓶が跳ねた。
ガラス瓶が宙を舞う。
「「あっ!」」
―――バシャ。
ルルにかかった。
「ルル!」
メルトは慌ててルルの顔を自分のパジャマの袖口で拭う。
「大丈夫!?」
「にゃぁーん♡」
ルルがメルトの腕に顔を擦り付ける。
マリアは薬瓶を拾い上げる。
中身は全部こぼれて、もう空っぽ。
「あーぁ。これじゃ何もかわらないじゃない。私、もう寝るわ。」
よっこいしょ、とベッドから降りて何事もなかったかのように扉へ向かった。
「ちょっと、姉さま!責任取ってよ!」
メルトはルルに押し倒されながらマリアに助けを求めた。
「はいはい。ごゆっくり。」
マリアは扉を閉めた。
部屋の中には、ルルの甘えた声と、メルトの困ったうめき声だけが残った。




