聖女発覚9
迎冬祭の日
西の空が既に茜色に染まる頃、メルトは仮設櫓にいた。
見習い祭司のフード付きローブは、大人用なので少し大きくて萌え袖、寒くてフードを被っている。
「結局動かなかったですね。」
とメルトが言うと、隣の王子が「そうだな。」と硬い声で答えた。
迎冬祭の祭祀は日没から始まる。本当に警戒すべきはこれからだ。
湖畔で行われる火分けの儀式には参加しないことになっている。儀式に参加して王子が民とともにあることを示すことはそれなりの意義がある。しかし、何か起きたときに一般参加者の被害を抑えることの方が大切だ。
櫓から降りると、見慣れた風景の輪郭が少し白く滲んでいる。
「靄がかかってる?」
気のせいかな。メルトは辺りを見回した。
「霧がでてきた。よりによってこんな時に。」
王子が顔を顰める。
秋冬は霧が発生しやすい。迎冬祭に霧とは、なんて御誂え向きな。
でも今は、異界から来る悪霊よりも、何をしでかすかわからない国王軍の方が怖い。
ここの霧は湖面と空気の温度差で発生する。
「殿下。僕、霧なら止められると思うので、ちょっと湖に行ってきます。」
走り出すと、勢いでフードが外れて、伸びた髪が風に靡いた。
「待て!メルト。」
「?」
立ち止まって振り返る。
まるで少女のように頼りなく映るのは、髪のせいだけではない。
五年前になるだろうか、メルトは自分の身を守るために多数の近衛を殺め、心を壊した。
「覚悟はできているのか?」
あの頃は、周りがみんな敵に見えていた。たとえ相手が悪くても、自分のために誰かの命を奪うことは恐ろしい。でも、誰かを守るためになら然程悩むことはない。
五年のうちに二度戦場に立ってわかったことだ。
「ご心配ありがとうございます。でも大丈夫です。こう見えて、殿下よりも経験豊富ですから。」
胸を張ってみせた。
「ハハ、頼もしいな。・・・じゃぁ、頼んだ。」
王子も少しだけ微笑んだ。
*
建物群から湖に向かう道は細い林道だ。周囲に障害物を配置し、建物群に行くには自然とこの林道を通るように細工をして、両側にジョンたち近衛兵を隠している。一般人の被害をできるだけ少なくして、少ない兵力で戦うための作戦だ。会場警備は例年通り教会騎士団と見習い祭司で行い、魔法使いたちは見習い祭司のローブを着て有事の照明係として辺りに散りばめられている。
湖の喧騒が林の外まで漏れている。
林を抜けると想像以上の参加者の数に驚いた。
メルトはフードを被り直した。
割り込む隙間を探してうろうろしていると、大祭司が祭司を引き連れて現れ、人垣が割れた。
メルトはすかさず最後尾に並んだ。祭司は火起こしの道具だったり、種火を大きくする道具だったり何かしら手に持っている。メルトは手ぶらだが、そういうもだという顔をして付き従った。
大祭司が、メルトが水浴びしたときに登った大きな石の前で止まり、祭司たちがその左右に別れて並んだ。大きな石は火起こしをするときの台座で、その側には左右に大きな薪組が設けられている。
このような薪組が湖の周りにいくつも設置されていて、大祭司が起こした種火から薪組に火分けを繰り返し、最終的には焚火と湖面に映った焚火で夜の湖を照らしだす大変美しい仕掛けになっている。
メルトも他の祭司にならって湖畔に向かって並び、湖を眺めた。夕暮れの暗い湖面に霧が立っている。
幻想的だが、日暮まで待っている余裕はなかった。
靴紐を結ぶかのようにしゃがむと、そっと湖面に触れた。
「スリン、どうか怒らないでね。
――― 破邪の氷よ 結べ、白銀鏡!」
全力の魔法をかけた。
ミシ、ピシピシピシ。
思いのほか大きな音がして、祭司たちがメルトを見た。
つられて周囲の見物人も何が起こっているのかと祭司の視線の先を追った。
誰かが湖に結氷が広がっていくことに気づき、結氷の広がりとともに感嘆の声も広がっていった。
「いたぞ!あそこだ!」
一般参加者のふりをして入り込んでいた敵がメルトを見つけた。
ランタンを下げた竿が仕込み刀になっていて、一斉に剣を抜いた。
そこら中で悲鳴が上がり、人垣が無秩序に崩れていく。
異常に気づいた魔法使い達が、次々と光の球を作り、夕闇を照らしていく。
敵がメルトを目掛けて来るので、逃げる人の波も同じ方向に流れた。
これでは用意した罠に無関係な人々が流れ込む。
騎士団や見習い祭司が人の波を逆方向に誘導しようと声を張り上げている。
メルトは動かないのが一番いい気がして、両手を上げて無抵抗を示した。
取り囲んだのはざっと百人ほど。
「討ち取れ!」
え?……捕まえるんじゃなくて、殺す方?
「無抵抗、無抵抗だってば。」
「怯むな、討ち取れ!」
うっわぁ、どうしましょう!?
公爵様、僕は要らない子になってしまいました。身の振り方を考えないといけません。
メルトはすっかりやる気がなくなった。
「ダーリン、助けに来たよ!」
ローズがメルトの矢面に立った。
「ローズ。僕はもう要らない子なんだって。」
ローズは斬りかかる敵を蹴り飛ばしながら、「だったら私が貰ってあげるわよ!」
キュン。
「ありがとうローズ。大好き!」ハグ。
契約成立♡「幸せになろうね、ダーリン。」ぎゅぅ。
ここぞとばかりに抱きしめた。
「「お前ら、こんなところでイチャこらすんな。」」とダンとガイ。
「あんたたちなんて馬に蹴られて死んじゃぇ。」とローズ。
「俺たちみんな、蹴られる前に死にそうだけどな。」とガイ。
「確かに。」
ローズは剣を握り直した。
「ダーリン、行くよ!」
「了解!」
メルトは手近な敵に雪玉を喰らわせて仕込み刀を奪い、返す刀で、別の刺突を払いのけた。
剣が軽すぎる。王宮で教そわったのは戦場用の剣術なので、レイピアやスモールソードの類は扱い辛い。仕方がないので自分の魔法で補強した。
「鏡霜のブロードソード、なんてね。」
刀身が冷気を放っている。
「おお!超カッケー!」とダン。
「見掛け倒しだったらウケる。」とガイ。
「性能は考えてなかったな。」
無関係な人を巻き込まないように、遠的魔法より剣の方がいいと思い、使いやすく形状に変えただけ。
「なんだよ、俺の感動を返せ!」
ダンは迂闊にもメルトを振り返り、敵はその隙を見逃さない。
危ない!
メルトは反射的に動いて敵の腹を突いた。
触れた瞬間魔法が流れ込み、あっという間に凍った。
返り血一つない。
「超カッケー。」「けっ、可愛げのない奴。」
「あんたより何倍もカワイイわよ!」
敵の空気がピリッと引き締まった。
とはいえ、剣では普通に四対百だ。しかも、相手はたぶん精鋭部隊。こんなもの、まともに相手をしては体力を消耗して全員詰む。敵の狙いはメルトの首だ。だったら予定通り林道に敵を誘き入れ、近衛の助けを借りるべき。
メルトは数度切り結ぶと、剣に派手な炎を纏わせ、林道に向かい走った。
「邪魔をする者は斬る!」
人波が割れた。
ローズは以心伝心理解して、メルトの補佐に回った。
林道では既に戦闘が始まっていた。
逆に敵に挟まれるのではないかと躊躇うと、ローズが「行くよ!」とメルトの前を走った。
林道の出口側を近衛が抑え、入り口側を騎士団が抑えれば、作戦としては負けないはずだ。
仲間に対する信頼と信頼に応える行動力が痺れるほどカッコイイ。
もう、どこまでもついて行きます!
ローズと背中合わせで戦った。
無心で剣を振り、全てが終わって天を仰ぐと、頭上にはカシオペア座が輝いていた。
「ダーリン、助けてくれてありがとう。」
メルトは瞬きをした。
戦いの記憶が、ところどころ抜け落ちている。
「……全然覚えてないや。」
その後、教会は遅ればせながら火分けの儀式を行ない、湖の周りの焚火に火が点った。
水際から少し離れた草の上に並んで腰掛け、二人で幻想的な風景を眺めた。
一般参加者もまばらに残っている。
疲れ果てて、心一つ動かすのも億劫で、ただ美しいと思いながら眠りに落ちた。
翌日、目を覚ますといつものベッドに寝かされていた。
どれだけ疲れていても早朝に目が覚めるように習慣づいている。
自分の汚れた格好に気付くと、枕元に誰かが用意してくれた新しいローブを抱えて窓から外に出て、自前のシャワーで体を洗った。
魔法もいつも通り使えるし、怪我をしているところもない。
髪が汚れている。いつの間にか他人の返り血を浴びたのかもしれない。
風邪を引きそうだけど思い切って洗い流した。
コホッコホッ。本当に引いたかも。
「風魔法が使えたら便利なのにな。」
その瞬間、足元から風が生まれた。
足元から渦を巻いて立ち昇り、銀の髪をふわりと巻き上げていく。
メルトは思わず目を閉じた。
風は数度髪を撫でると、天へと抜けた。
不思議と寒くない。
誰?
慌てて服を着て辺りを見回すが誰もいない。その間も風が優しく髪を揺らしている。
もしかして風魔法が使えるようになったとか?
そんなわかないか。
念のため、「ありがとう。」と声にだす。
風がそよそよと吹いて、どういたしましてと答えた。
昨日のことが気になって湖に向かった。
驚いたことに林道がきれいになっている。
更に進むと、丘の方から声がした。
丘にはたくさんの遺体が並べられ、けが人が集められていた。ほとんどの遺体は一般人の姿をしている。実際のところは、今調べているところだろう。
「メルト、おはよう。調子はどうだい?」
王子がメルトを見つけて声をかけた。
「おはようございます。問題ありません。」
王子は視線を丘に戻した。
「すごいな、教会騎士団は。昨日からずっと働き詰めだ。
医療の知識もあって感心する。本当にメレオロイデス教会の聖女だ。」
視線の先にはローズがいた。
ローズはすごい。僕も頑張ろう。
「ローズ、何か手伝えることある?」と走って行くと、「嬉しい、ダーリン!」抱きついてキスをしようとするので、いつも通りブロックした。もう恒例の挨拶になっている。
メルトはローズの助手として、包帯を補充したり、傷口を洗い流したり、飲み水を与えたり、できることをした。手当を受けた人は、みな「聖女様、ありがとうございます。」と感謝の言葉を口にする。
ローズは魔法がなくても知識と献身で傷を癒し、持ち前の明るさで心を癒している。聖女と呼ぶに相応しい。
怪我人の中には、王子への不満を口にする人もいる。そう思うのも無理もない。
メルトが見習い祭司の服を着ているので安心して話しているところもあるだろうから、反論することなく相槌を打った。
すっかり不満を吐き出すと、こちらの話にも耳を傾けてくれるようになった。
そこで王子の好感度アップを目指す。
「ハロルド王子殿下は、戦争反対だとか平和だとか言っていますが、僕が見たところ、あれはただのマザコンです。」
「というと?」
「ご存じだとは思いますが、王妃様はリコリス人です。
殿下はお母様が生きやすいようにお父様とみんなの意識を変えたい、そういうことだと思います。」
「おぉ。はた迷惑な小僧が偽善者ぶってと思っていたが、俄然親近感が湧くな。」
「結局男はみんなマザコンなのさ。」
「そうそう、俺も母ちゃんには頭が上がんねぇ。」
「でしょ?」
ゴッ!
「痛!」
げんこつが降って来た。
「何を吹聴しているのかな?このシスコンは?」
「うぅ・・・それは否定できません。」
頭を摩った。
笑いが起こった。
「こら、手を動かせ、手を。」団長の怒声が飛んだ。
カーン カーン カーン
高音の金属音が響いた。仮櫓から警報の手鐘だ。
「こんな時までなの?」
ローズが顔を上げた。
「こんな時だからこそじゃない?」
メルトが答えた。
「クッソ許せねぇ。」
負傷者たちは憤った。
近衛兵が走り出し、メルトも後を追った。
メルトたちがいなくなった後、騎士団は少しでも歩ける者には帰宅を促し、丘を越える手助けをした。
こうした交流が多少なりとも人々の心を動かしたとすれば、嬉しくもあり、悲しくもある。
次の日の早朝、国王軍を民衆が襲った。
襲った民衆が教会の近隣に住む住民か、迎冬祭のために国中から集まった信徒であることは想像に難くない。これまで僕たちは、国王軍に対し自己防衛のための反撃はすれど、それを越えた攻撃はしてこなかった。ここで兵を出せば、僕たちが国王軍を襲撃したことになりかねず、何もしなければ信徒を見殺しにすることになった。
迷って動けないでいると、教会騎士団が飛び出して行った。
教会騎士団はこれまでずっと僕たちを助けてくれていた。見捨てることなんてできない。
僕たちも急いで後を追った。
「止まれ!ダメだ、止まれ!」どれだけ声を張り上げても誰の耳にも届かない。
あっという間に無統制な渦に飲み込まれた。
魔法を使うには遅すぎる。
もう、どうしていいかわからない。
敵味方入り乱れる中で絶望していると、遠くにブラックリリーの旗が見えた。
うまく書けなくて一回お休みしました。すみません。
ローズちゃん。契約はね、真意に基づいてないとダメなんだよ。




