聖女発覚4
兵士など多かれ少なかれ捨て駒だ。ただ、兵士の多くは職業軍人か傭兵で、捨て駒になることを自分で選んでいる。しかし魔法使いはそうではない。メルトだって同じだ。
「次の戦い?」
メルトは隣の王子に聞いた。
「メルト、あいつらの言うことに耳を貸すんじゃない。」
王子が言った。
魔力の使い過ぎでぐったりしている魔法使いと、親しい王子の言葉。どちらが正しい?
「首を刎ねよ。」
国王が言った。あまりに唐突だ。
「え?待って、待ってください!」
「メルト!」
王子がメルトの両手首を掴んだ。
「だって普通、取り調べとか裁判とかあるでしょ?」
僕、知ってるよ。公爵様が裁判官を任命してるって。
「王殺しは死罪を免れない。」
王子は強い口調で言った。
メルトが防がなければ、どれだけ多くの人が巻き添えになったか知れない。魔法使い達がしたことは相手が誰であろうと重罪だ。
「でも、それはそれ、これはこれでしょ?理由を聞かないと。」
声が届かなかったら魔法使いたちの行動は全てが無駄になる。
僕は、たとえ時間が巻き戻ったとしても、また雪の壁を作って魔法使いたちを阻むだろう。それは多分、あの魔法使い達より大分恵まれた環境にいるからで、もしそうじゃなかったら、どうするかはわからない。それくらいにはあの人たちの気持ちがわかる。
王子は静かに首を横に振った。ミカエル祭司がメルトの傍に来た。
「王は、神から世界の均衡を保つ役割を与えられています。
王を害そうとすることは、この世界を壊そうとする試みです。しかも神聖な奉献祭で。
死をもって贖う以外に、神の怒りを鎮める方法はありません。」
諭すように言った。
「神の声を聞く前にあの人達の話を聞いてください。人の声も届かないのに何が神だ!」
王子は、振りほどこうとするメルトを握る手にぐっと力を加えた。
「メルト!王の刑罰権の侵害は重罪だ。家族にも累が及ぶ!」
「えっ・・・。」
王子の瞳を覗けば、お前が思った通りの意味だと言っている。
途端に動けなくなった。
刑の執行は流れ作業のように行なわれ、罪人は最後の瞬間まで呪いの言葉を吐き続けた。
メルトはその言葉全部が自分に向けられているように感じて震えた。
真夏なのに薄ら寒い。もう夕方だからかな。
*
王子とフィンに引っ張られるようにして王宮に戻った。
王子の私室で反省会をする予定になっていたが、何も考えたくなくて秘密の花園に逃げ込んだ。
日は暮れかけで、ピンクのバラとラベンダーの花が咲き、小さな噴水からは珍しく水の流れる音がした。
「さながら妖精王ですね。黄昏時に、花園で。」
はっと我に返って声のした方を見ると、ミカエル祭司が立っていた。
「あ、えーと、今日はありがとうございました。」
咄嗟にいい言葉が浮かんでこなかった。
祭司はクスッと笑った。
「何か悩み事でもおありですか?」
「いいえ、少し疲れただけです。」
少し気恥ずかしくなって笑って誤魔化す。
「そうですか?何か困ったことがあったら、またお話を聞きますよ。いつだって、喜んで。
ふふっ、こんなことを言うと、またハロルド殿下に怒られてしまいますね。」
祭司と初めて会ったのも、この場所で、やっぱり悩んでいるときだった。
「あの、祭司様は神様はいると思いますか?」
「ええ?私にそれを聞きますか?」
「そうでした。すみません。」
「あなたはどう思いますか?」
「この世界は不思議な事がいっぱいあるから、神様もいるのかなとは思います。
でも、人を愛し恵を与えてくれるのかは、わかりません。」
「酷いことがあった日には特にそう思ってしまいますよね。
でも、神から選ばれた王は現に存在しています。しかもその恩寵は目に見えてわかります。
ですから私は現実の神を崇め奉ることにしています。」
「なんか、祭司様らしいですね。」
リアリストが神職の皮を被っている。
「ええ。国王陛下にお仕えすることは神にお仕えすることです。
さて、道に迷ったときは神の言葉に耳を傾けに参りましょう。国王陛下がお呼びです。」
メルトは王子の側にいながら、国王と話したことも名前を呼ばれたことも挨拶を返してもらったこともない。なので聞き間違いかと耳を疑った。
何度目かの脳内再生を終えてやっと意味を理解すると、そわそわと立ち上がる。
「あの、先にハロルド殿下に相談してもいいですか。」
祭司はメルトの腕をがっちりと掴んだ。
「王の命令は絶対です。相談したとて断る選択肢はありません。」
穏やかな声で言った。
「だったら一緒に来てもらうとか。一人ではちょっと。」
国王はいつも不機嫌そうで少し怖い。
「私が同席いたしますよ。さぁ、あまりお待たせするわけにはいきません。」
上手い言い訳が見つからず、祭司に国王の私室に連れられて行かれた。
*
国王の部屋は、浮彫が多用されたこげ茶色の家具、緑青色と金のマーブル模様の壁、大理石の暖炉、コレクションの武具が飾られていて、武具コレクションを取り去れば、そのまま王子の部屋かと思うほどそっくりだった。
「陛下。守り人をお連れしました。」
「うん。」
国王は丸テーブルの上で書き物をしていて、切りがいいところまで書き進めてからペンを置いた。
顔を上げると別のソファーを顎で指した。
「メルト・リリーです。よろしくお願いします。」
カチコチで答えた。
三人掛けのソファーに祭司と並んで座ると、国王は正面に座った。
座るなり「お前は帰ってよい。」と祭司に向かって言い、
祭司が「まぁ、あんまりなお言葉。そんな調子だから怖がられるのです。私がいなくて困るのは陛下の方でございますよ。」と仲の良さそうな返しをした。
ローテーブルの上にティーセットが並べられた。
国王は、ぽつりぽつりと話し始める。まずは奉献祭で多くの人の命を救ったことへの感謝から、次に魔法の話になり、守り人の話になった。
「竜は本当にいるのだろうか?」と国王。
「見たことはありませんが、いると思っています。
僕は、時々谷に帰って竜の眠りが覚めないように管理をしています。」とメルトは答えた。
「管理とは?」
「秘密です。」
メルトが母から受け継いだ唯一の秘密だ。
「ひ、秘密か。ふん。そ、それでどうしてお前を信じることができるのだ。」
呆れたように言った。
「僕が嘘をついているとでも仰りたいのですか。」
差し詰め給料泥棒とでも言いたいのだろう。
谷に、ぽつんとある簡素な実家と、ほとんど手つかずで金額だけ積み上がった銀行口座が頭に浮かんだ。
「僕の家は、代々、不便で淋しい山の中の小さな山小屋に住んできました。
これだけの魔法が使えれば、どこへだって行けたはずです。」
リコリスにでも帰えったらよかったんだ。
そう思うと、悔しくて涙が零れそうになった。
「メルト君、落ち着きましょう。
飛び抜けた魔力だけでも十分守り人の証明になっていると私は思いますよ。
これは陛下がいけません。
陛下、仲良くなりたいと仰ったのは嘘ですか。」祭司が窘めた。
子供相手にいつもの癖が出てしまったと王は反省した。
「す、すまない。」
「いいえ、私の方こそ無礼でした。」
申し訳ありません、がどうしても出なかった。我ながら自分の強情っぷりにびっくりする。
沈黙が流れた。
国王はお酒の瓶に手を伸ばすと、紅茶の入ったカップにトポトポと注いだ。絶対入れ過ぎだ。
一口飲んで、おもむろに口を開いた。
「私の側にいてくれないか。」
メルトは意味が分からず、祭司の方を見た。
「陛下は命を狙われること数知れず、しかも心を許せる人間はごく僅か。
まぁ、このように誤解を生みやすい性格ですから仕方ありません。
メルト君の力が必要で、その気質も大変お気に召したようです。
ですから、常に陛下のお側でお守り申し上げるということですよ。」にこっ。
「王子付から陛下付になるということですか?」首を傾げた。
「そうです。ですが、それだけではなく、ここに住むようにと仰せです。」
「は!?」
「大丈夫です。如何わしいお話ではありませんので、ご安心ください。」
「ここって、ここ?」
メルトは慌てて立ち上がる。
「ええ。」
祭司が微笑む。
国王も頷く。
「お前のような者は、私の周りにはいなかった。」
圧倒的な力を持ちながら、誇示せず、権力欲がなく、他人が傷つくのを嫌う。
「そうだ、公爵様。公爵様に聞かないと、僕の一存では決められません。」
祭司がメルトの手首を捉えた。
「大丈夫。陛下のご意思が国の最高法規ですから。」




