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聖女発覚5


「ごめんなさい!!」

ブンッと祭司の手を振り解くと走り出した。

「あっ、捕らえよ!」祭司が侍従に向かって叫ぶ。

大地の女神のレリーフのある扉をダン!と開けて、驚く近衛兵に目もくれず逃げる。

「こらっ、何をボサッとしているのです。連れ戻しなさい!」祭司が近衛を叱った。

「「リリー少将、お待ちください!」」

振り返ると、体格のいい近衛兵が二人も追ってきている。

「うっ、うっ、うわーん、殿下、助けてぇ!」

王子の私室のドアをバン!と開けて、フィンとおしゃべりをしていた王子の胸に飛び込んだ。

「助けてください。怖い大人に追われているんです!」うるうる。

顔が近い。

「何、照れてるんですか。」フィンが王子にジト目を向けた。

「照れてない!ていうか、反省会をサボってどこへ行っていたんだ?」

扉をノックする音がした。

「きゃー、来た。僕はいないって言って。」王子と背もたれの間の狭い隙間に入り込もうと試みる。

王子の教育係兼侍女のコーデリアが応対に出た。

王子はメルトの首根っこを捕まえて隣に座らせた。「今度は何をやらかしたのかな?」笑顔が怖い。

そう言われると、とんでもないことをしてしまった気がして、おずおずと答える。

「あのですね。陛下が僕に『私の側にいてくれないか。』と仰せになって、僕が『ごめんなさい。』と申し上げました。申し訳ありません。だって、陛下のお部屋に一緒に住むんだっていうから。」

「「は!?」」

「あぁ、マニサ夫人がいないから。」とフィンが呆れて、「心底見損なった。」と王子が怒りを露にした。

「あっ、変な誤解してないで、身辺警護だよ。祭司様がそういうのじゃないって言ってたから。」

「「祭司!?」」

王子とフィンの視線が重なった。

コーデリアが戻って来た。「殿下。ミカエル祭司がメルト様とお話しがしたいと仰せです。」

「どうしよう。僕、おうちには帰りたいよう。」

困り顔のメルとの髪の毛を、王子はワシワシと撫でた。「私が陛下と話してくるから、メルトはこの部屋にいろ。コーデリア、メルトはここにはいないことにし、誰にもこの部屋を覗かせないように。」

「承知しました。」

コーデリアは、テーブルの上のチョコチップクッキーを1枚とり、3回ノックして呪文を唱える。

――― ravel and mold

キラキラした光の粒がクッキーを包み、クッキーがジョンブラウンに変わった。

「「うわー!」」メルトとフィンは目を輝かせる。ジョンから甘い匂いがする。食べちゃいたい。

「変わったのは見かけだけで、中身は変わっておりません。」

コーデリアがもう一枚クッキーを手に取り、同じように魔法をかけた。

――― ravel and mold.

クッキーがジョンのお父さんグラハム少将になった。

「さぁ、命じます。この部屋に新しい人を入れてはいけません。」

クッキーたちは、ゼンマイ仕掛けの玩具のような足取りで部屋を出ると、扉の前で仁王立ちをした。

「お疲れ様です、隊長!」メルトを追ってきた近衛が声をかけるが、隊長はクッキーなので何も答えない。

 王子は祭司とともに国王の私室に行った。

「陛下。メルトはずっと私のものでした。それを何故今更召し上げるのですか?」

「其方のものではない。が、安心せよ、遠征の時には付けてやる。」

祭司が口を挟む。「恐れながら、真の試練は自らの力で乗り越えてこそ意味があるものと存じます。守り人を付けては公平とは言えません。」

「馬鹿め。実戦経験ある者が破れた戦に、未経験者をそのまま遣っては結果は見えている。それは公平ではなく愚かという。」と国王。祭司はひそかに歯噛みした。

「な、まだそんなことを仰っているのですか?確かにリコリスは時折国境を侵しますが、それはただの挑発です。本気で攻めては相手の思うつぼではありませんか。敢えてする意味がわかりません!」

国王は少し考えてから静かに言った。「其方のためだ。」

王子は目を見開く。「まさか陛下は、私と国を天秤に掛けているとでも仰るのですか?」

国王は何も答えない。

「どうかしています!」

 王子は興奮冷めやらぬ様子で部屋に戻って来た。

「フィン、今こそ行動に移す時だと思う。メルト、君も来てくれるだろう?」

「どこに?」首を傾げる。

「メレオロイデス教会の本拠地だよ!」とフィン。

「・・・それは行ってみたいけど。」この調子だと王子は国王の説得に失敗したのだろう。ということは、公爵の他に国王の許可も要りそうだ。

王子は悠長なメルトに痺れを切らす。「公爵に陛下の話をしたらどうなるか想像してみるんだ。このまま行けば君は次のリコリス戦に実戦投入される。」

「はっ!?そんなこと、公爵様が許さないよ。」さっきまで王子付か国王付かの話だったのに、話が違う。

「するとどうなると思う?」

国璽は新たに作られて、王宮で保管されている。次に公爵はどうでるか、想像するだに恐ろしい。メルトは王子に付いて行くことにした。

「コーデリア、私に魔法をかけてくれ。」

「承知しました。」

――― ravel and mold

キラキラした光の粒が王子を包み王子の姿がジョンに変わった。ジョンの背筋がいつもより伸びて、どことなく気品がある。

コーデリアはキッチンにある隠し扉を開けた。

「よろしいですか?私の魔法は長くて3時間しか持ちません。それまでに安全を確保なさってください。」

「うん。お母様に宜しく言っておいてくれ。」

「皆様、殿下をお守りください。ご無事をお祈りしております。」

隠し扉を開けると通路が現れ、メルトは魔法で火を灯した。王子は慣れた様子で道を選び、階段を下り、しばらく歩くと外に出た。そこは近衛の施設の訓練場の仮設小屋の陰だった。王子は堂々と施設の正門から出る。その際に守衛に「うっかり持ってきてしまった。明日まで預かっておいてくれ。」と手紙を渡した。フィンの送迎用の馬車に乗りこんだ。メルトは外庭にいるであろうメアリを思い、胸が痛んだ。

 馬車は王都中心街の端のとあるレンガ造りの酒場の前で停まった。がやがやとした喧噪が外にまで漏れている。王都に敗戦の影響はほぼない。実損害はアストラガスが被り、王都は空気だけが重かった。そのため余計に酒場は流行った。カランカランと重い木戸を開けると、客のうち数人はこちらを見たが、すぐに自分たちの世界に戻った。メルトはもちろんこんな場所に来るのは初めてなので、物珍しげに店内を見回した。年季の入ったカウンターと脚の長い椅子、カウンターの向こうには酒樽が並び、ホールには丸テーブルと簡素なスツールがいくつも置かれている。よそ見をしていると王子に腕を引かれた。王子がなんだか慣れている気がした。

「もしかして、来たことがあるんですか?」何故か小声。

王子はニヤッと笑った。「数回。」

箱入り仲間だと思っていたのに、なんかちょっとショック。

フィンは人を探して、テーブルの間をぬって進んだ。

「フィン様!こっちこっち!!」ピンク髪の女の子が手を振っている。

「ローズ。よかった。まだ居ると思ったんだ。」

フィンの向かったテーブルには、若い男二人と初老の男が一人同席していた。

初老の男が立ち上がった。「若様!お久しゅうございます。」

「ティモシー、そんなに畏まらないでよ。」フィンが苦笑した。

挨拶をしながらも、4人の視線がメルトに集まっている。

「あぁ、奉献祭で一番目立ってたのは、結局彼だったもんね。メルト・リリー子爵だよ。それから、こちらは・・・ハル様だ。詳しいことは教会に帰ったら話す。ハル様、メルト、こちらはティモシー・ヴァレット男爵でメレオロイデス教会騎士団の前団長です。それと団員のローズ、ダン、ガイ。」

ダンが言った。「俺知ってるし。ローズに負けた奴だろ?ローズなんかに鼻の下伸ばしてダッセーの。」

王子の眉がぴくっと上がった。

「こら、ダン。そうだけどそうじゃないんだ。もう少し気を使ってくれるかな。」

ローズは、奉献祭の剣の模擬戦で王子と決勝戦を戦った女剣士だった。メルトは会えてうれしく思う。ただ、今は時間がない。王子の魔法が解ける前に王都を離れなければならない。

「みんなには急で悪いんだけど、一刻の猶予もなく教会に帰らなければならなくなった。」

出発前に、メルトはフィンに筆記具を借りて公爵家宛の手紙を走り書きすると、ダンに託した。

「王子殿下と一緒にフィンの実家へ行ってきます。メルト」ふぅ。これで一安心。

 道中土地土地の教会に寄って馬を交換し、食事をもらい、馬車と騎馬の乗り手を交代しながら、ほとんど不休で移動した。その結果、二日目の夕方にはメレオロイデス教会に着いた。教会の建物群は谷合にあり、雰囲気は大学に似ている。その背後には大きな湖が隠れており、湖とそれを囲む丘全てが教会の施設だ。谷の入口で振り返れば、麓に広がる畑と門前町が見え、丘を見れば、所々に草を食む羊がいる。

「フィン。すごく綺麗だね。」

「そうだろう?カサブランカ(いち)だと僕は思うよ。」誇らしげに微笑んだ。

 大祭司は、「ハロルド王子殿下をお迎えできるとは、この上ない喜びでございます。」と仰々しく挨拶をした。

メルトは大祭司と王子の会談に同席した。メルトとしては、王子の家出に付き合いフィンの家で長期休暇を過ごす程度の認識でいたが、王子は最悪の事態まで視野に入れていた。それを聞いた大祭司は、見習い祭司と騎士団に谷の入口に木柵を巡らすよう指示をした。目に見える対抗策を講じれば、言い訳が難しくなる。色々考えると不安だ。

 木柵造りは翌日から始まった。メルトももちろん参加した。湖を取り囲む木々を伐採し谷の入口まで人力で引っ張るのだが、地面は濡れている方が滑って運びやすい。メルトの仕事は地面を濡らすこと。

 日が傾いて作業が終わりになると、メルトはトネリコの木を探して湖の方に散歩に出た。王都から大分離れているので、フルドラを呼んでも気づいてもらえるかわからないが、もし本邸とつながれば、色々便利だと思う。湖に出た。湖面が夕日を受けてキラキラと光っている。波打ち際まで寄ると水の透明度が高いことがわかる。大きな岩が水に半分漬かっている。メルトはそこに登るとブーツを脱いぎ、水に足を浸した。ひんやりしていて気持ちいい。しばらくお風呂に入れてないなぁと思う。幸いなことに上着の丈が長い。丁度いいののでさっさと半裸になってザブザブと湖に入った。粘土質の湖底は柔らかく、ひんやりとした水が腿、尻、腹、胸と上がってきて、思わずぶるっと身震いした。風が吹くとちょっと寒い。でも耐えられないほどではない。思い切ってざぶんと潜って顔を出すと、湖を囲む丘が目に入った。ぐるっと一望できる。すごく景色がいい。

「こら、メルティ!ここは泳ぐ場所じゃないぞ!」

振り返るとローズが怒っている。慌てて戻ろうとした瞬間、誰かがメルトの足を引っ張った。粘土泥が滑って、もう一方の足も取られる。あっ、ヤバいかも。

「ダメ、スリン!その子は私の最愛の人なの!」

ローズは湖に飛び込んだ。


今日のマリアお姉さま。

愛でる会会員の報告書を読む。最初は楽しく読んでいたがそのうち青ざめる。

全然帰ってこないと心配していると、怪しい少年が切れ端みたいな手紙を持ってきて、ちょっとそこまで行ってきます的なことが書いてある。私、一体どこで間違ったのかしら。

 

諦めな。男の子って、こんな感じなんだよ。

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