聖女発覚2
公爵が国士と称えられるようになってから、本邸には多くの人が訪ねてくるようになった。公爵はまたタウンハウスに移ることも考えたが、王宮の目と鼻の先で反政府運動の拠点を作ったと言われることを嫌った。
メルトは、公爵邸に続く坂道を上り、庭にいくつも馬車が止まっているのが見えると少し憂鬱になった。本邸は家族のプライベート空間だったはずだ。来客と鉢合わせたくなくて裏口から遠回りをして自室に帰り、ベッドに倒れ込んだ。あぁ疲れた。
メアリが着替えを持って現れた。メルトが着替え終わると、メアリはさらにキラッキラにすべく手を動かしながら言った。「ご令息連れのお客様がいらっしゃっており、マリアお嬢様がお困りのご様子です。」
「また?姉さまは何でそんなのに一々挨拶するのさ。もう、仕方ないな。」
公爵が客を招いているわけではない。客が伝手を駆使して押しかけて来るのだ。そしてあわよくば公爵令嬢と親密な関係になれないかと自分の子供を連れて来る。客とは言い難い。玄関ホールに下りる階段をとっとっとっと下ると、歓談していた子息令嬢の視線がメルトに集まった。
「ただいま、姉さま。」一人掛けの椅子に座っているマリアの首に後ろから抱きついて仲良しアピールをして、隣にいる令息に視線を送る。姉さまにアプローチするなら僕以上の男じゃないとダメだからね。
「お帰りなさい、メルティ。今日の王宮はどうだった?」マリアは手元のチョコレートを1粒とってメルトの口に運ぶ。パクッ。美味しすぎ。すると、ご令嬢方が一斉にチョコレートを持った。もう怖すぎ。
「えっとねぇ・・・。まだ、お友達とのお話は終わらない?僕、お部屋で二人きりがいいな。」
「初めてのお客様と軽くおしゃべりをしていただけよ。では皆さま、私はこれで失礼します。ごゆっくりどうぞ。」
「あの、マリア様、またお伺いしてもよろしいでしょうか?」と、どこぞのご令息。
「姉さま、もう行こうよ。」腕を絡めた。
姉を取られたくない弟に見えたのだろう。「「「次は弟君もご一緒に!」」」」
マリアは侍女に目配せをすると侍女が皆に小さなお菓子の詰め合わせと、綺麗めな封筒を配った。封筒の中には、マリアが定期的に開く茶話会の招待状が入っていると聞いている。子息令嬢の突然の来訪を減らす目的がある。
ある日の茶話会のこと。
茶話会の招待状は男女ともに渡しているが、参加者はいつもご令嬢しかいない。女子主催なのだから女子が集まるのは当然で、むしろメルトがいる方がなんで?なのだが、なぜかメルトの休日にばかり開催されて、強制参加になっている。皆が穏やかに微笑んで和やかに歓談しているのであれば、メルトは安心してミルクティーを楽しむことができる。甘くないミルクティーにビターなチョコレートの組み合わせがたまらん。甘々もいいけど、僕は大人だからね。
数人のご令嬢がきてメルトに話しかけた。
「メルティのご実家はどこにあるの?」「北の公爵領だよ。」
「メルティは王宮からお給料をもらっているって本当?」「うん。本当。」
「どれくらい?」「公爵様が管理しているからわからない。」
「ご実家はどれくらい不動産をお持ちなの?」「えっと、家から見える山全部?森もかな。」
「林業をなさっているのね。」「ううん。うちは代々王属で、」
マリアが慌てて注意を引いた。「キャロライン様。マニサ侯爵家の祝賀会にはご参加なさいまして?」
キャロライン・バガンザ伯爵令嬢。仮面劇のときにメルトにハートを奪われたぽっちゃりめのご令嬢。冬の妖精は大きくなっても素敵♡と眼福を味わっていたところを話かけられ、少し慌てている。
「侯爵家の祝賀会?あぁ、王子の誕生祝賀会でございますね。えぇ、参加いたしました。」伯爵家は遡れば王家につながるお家柄なので、マニサ侯爵家とも親交がある。他の令嬢からも「私も行きました。」という声が上がった。
「王子?」とメルトがキャロライン嬢に聞いた。
「側妃様がお産みになった御子様ですわ。」キャロライン嬢は、はにかんで答えた。
「姉さま、聞いてないんですけど!?」隣のマリアを見た。
「何で聞いてないのよ。お父様もお母様もお出かけになったじゃない。メルティがずっとヴァイオリンを弾いていた夜のことよ。」
英雄の死を知った夜のことを指した。だから叱られなかったのかと納得する。が、びっくりするのはハロルド王子だ。一度もそんなこと言わなかったし、素振りもなかった。
「王子なんだ。」ショック。
この国の王位承継は正妃の子と側妃の子の区別がない。正妃の長子が事実上優位ではあるが、法律上は一族の中から実力と人々の支持がある者が選ばれる。ハロルド王子が未だに王太子指名を受けられないのはそのためだ。
「詞占師が、何と占ったかお聞きになりまして?」マリアが聞いた。
王族には、子供が生まれるとその日の天候、星の運行、時勢や夢等からその子の運勢将来を占う習わしがある。キャロライン嬢は、メルトがハロルド王子付なのでためらった。
「僕も聞きたいな。」気にしていないような笑顔をキャロライン嬢に向けた。
それに気をよくしてご令嬢方は口々に話始める。
「側妃様は、御子様が生まれる前に白い鹿の夢をご覧になったそうなのです。」
「白い鹿といえば王権の象徴ですわ。」とマリア。
「そうでございますよね。その鹿が美しい森から来たそうなのです。ですから、詞占師は、御子様には清らかな道が開けるでしょうと仰ったとか。」
「それで、詞占師が御子にお付け申し上げたお名前がブレナン様です。」
「高みに立つ子という意味でございますよ。」
メルトがどんより沈んでいくのを見てマリアが言った。「ハロルド殿下の予言は何だったか覚えてる?」
「えっと、何だったっけ。すっごく嘘臭いやつ。」
「こら、言い方。」マリアが咎めると、辺りからくすくすと笑い声が上がった。
「私、覚えておりますわ。カサブランカの若き太陽は、銀の刃で冬闇を薙ぎ払い、春の火を灯す、です。」
「これだと王様が二人になってしまうわね。」
「でも詞占師も人ですから。」
「そうそう。たくさん謝礼をお渡しするのですもの、普通は悪い予言なんてしないものです。」
「それにお二人のご年齢は離れておりますから、両人とも王になることだってありえることですわ。よい方に考えましょう。」
「いいえ、まだロバート殿下がいらっしゃいます。今回の敗戦は実質的指揮者ですから失点にはなりますけど、そもそもアストラガス戦で一歩リードなさっておられました。ということは皆さま横並びの状態です。まだまだどうなるかわかりませんわ。」
「本当に目が離せませんね。」嬉々として語った。
ハロルド王子がこの戦争に反対していたことはほとんど知られていない。公爵家はハロルド王子が総司令官になった戦争に思いっきり反対をしたので、特に肩入れをする王子はいないように見えているはずだ。するとご令嬢たちは、メルトとマリア双方に配慮しながら会話を運んでいることになる。ご令嬢のコミュ力がすごい。それからメルトは茶話会に進んで出席するようになった。
ある日の王宮で、王子がメルトに1枚の紙を渡した。声に出して読んでみる。
「milk tea&chocolate ゲストポリシー
1 大声を出す・追いかける等驚かせる行為は禁止。
2 抱っこや無理な接触は禁止。
3 疲れているときはそっとしておくこと。
4 飲食の持ち込みは禁止。
以上にご同意いただける方のみご参加いただけます。同意のうえ、参加・不参加
・・・何これ、猫カフェ?」
メルティを愛でる会公式規約で、マリアが配っている招待状だ。
王子がくすっと笑った。「猫か。私も参加しようかな。」
ドルイドに似た職業にフィリというものがあります。職掌が似ているのですが、日本で例えるなら、ドルイドが僧侶だとすると、フィリは平安時代の陰陽師のような感じになります。ただし公務員ではありません。
ミルクティーが和製英語だって知っていましたか。
マリアお姉さまは、メルティが助けに来てくれることを織り込んで令息の話相手をしています。メルティに独占される自分とそれを周りに見せつけた優越感で、お姉さまは嬉しすぎて脳内で身もだえしています。プライドが高く色々考えてしまうタイプの女の子なので素直に表現しません。前回も、家族愛から本当は家族を取りたかったんですけど、どうしてもできませんでした。とっても可愛らしい女の子です。




