マハラリィの花9
ヘメロカリスは魔女1人退治するために1大隊を派遣することに決めた。作戦会議が始まると、メルトとトマスはこっそり部屋を抜け出して控室に戻った。
「事情はわかった。これ以上長居をする必要はないでしょう。」トマスが言った。こちらも王女の不在をごまかし続けるには限度がある。
王女はしばらく考えて口を開く。「私たちに何かできることはないでしょうか。」
「何故です?ここに来た目的は達成されたようなものではありませんか。」とトマス。
王太子が戻らなければそれっきり。戻ってきたとしても、カサブランカに報告すれば国王の国盗りの標的にされるのがオチだ。
王女は首に掛けたロケットペンダントを服の上から握りしめた。このペンダントは、王妃が王女の未来視の能力に気づいた時に、自分の首から外して与えたものだ。ロケットの表面にはリコリスの花がたくさん彫り込まれ、開けると鏡になっていて、強く願えば見たい未来を見ることができた。
最初の頃は、明日のおやつは何かしらとか、お母様が用意してくださったプレゼントは何かしらとか、毒にも薬にもならない近未来を見て一喜一憂したものだ。しかし、中身を知っているサプライズはサプライズとはいえないでしょう。そのことに気づくと、鏡を覗く回数は減った。自分の立場がわかる年頃になると、母の姿に自分の将来の姿を重ねるようになっていた。ほぼ敵国でお父様の愛を頼りに生き、窮屈ではあるけれど、それなりに幸せ。そのような未来であれば、まぁ悪くはない。私の夫になる人は一体どのような方かしら。お父様のような方かしら。うーん、口数はもう少し多い方がいいかしら。好奇心を押さえきれず、久しぶりにロケットを開くと、鏡に映ったのは、柔らかそうな黒髪にブラックパールのような瞳を持つ王子様だった。夜空に虹が架かったような美しい瞳に、期待は嫌が応にも高まった。しかし、その期待はすぐに打ち消された。平和国家ヘメロカリスは戦争国家の妃など望んでおらず、王子も私と寄り添う努力をしようとさえしない。この国が私を愛さないのなら、私もこの国を愛さない。当たり前のことではないですか。私は大切な局面で悉くカサブランカの国益を図り、この国に多大な犠牲を強いて、塔に幽閉されてしまった。最後に見た王子のモリオンのような瞳が忘れられない。望んでいたのは、熱を帯びた黒真珠に自分だけを映すことだったのに、向けられたのは虚無な漆黒だったのだ。それ以来、このロケットを開けたことはない。
「私は、ずっと昔からマキシム殿下に一目ぼれしていたようです。そのことに今、ようやく気がつきました。」困ったように笑った。
リリスは王女の手を握った。トマスは隣国に恩を売ることは悪いことではないと思う。
「メルティ。そろそろおうちに帰りたい頃なのに、我儘を言ってごめんなさい。私に力を貸してくれないかしら?」
ホームシックじゃなくもなくもないけど、「ヘレン先生のためなら、僕、頑張る。」意気込んで答えた。
四人で会議室に戻る。大臣と軍人が、机の上に地図を広げて、前回の討伐隊の生還者から話を聞いていた。誰一人見向きもしない。
王女は大きく息を吸い込むと、はっきりとした声で言った。「私たちにも協力させてください。」
鬱陶しそうにこちらを見る者、苦笑する者、生還者に話を続けるように促す者、反応はいろいろだが、皆同じことを思ったに違いない。
「これは遊びじゃない。女子供に何ができる?ひっこんでいろ。」軍人が言った。
「トマスもリリスも立派な剣士です。メルティが国一番の魔法使いだということは既に申し上げましたが、私もまた魔法使いです。皆さまよりは、お花畑な魔女にうまく対処できるものと考えております。」
メルトは片手に火球を、もう一方の手に氷の剣を作って見せた。
「どうしてもとおっしゃるなら、男手をお借りします。お姫様方は安全な場所でお茶でもどうぞ。」
「いいえ、トマスもメルティもリリスも私の権限と責任の下でのみ動きます。」覚悟の決まった王女は一歩も引かない。
「これはこれは、見かけによらず気の強い。連隊長、新しい切り口は貴重です。たった四人で何ができるか、お手並みを拝見してはどうでしょう。」モーリスが仲裁に入った。主を失った近侍が責任を問われず野放しなのは、相手が悪かったせいだけではなさそうだ。
「だが、お姫様のお守りなどしきれんぞ。」
「いいえ。ヘレン様をお守りするのは私の仕事です。」とリリス
「だったら好きにするといい。だがな、邪魔だけはするなよ。」
よーし。四人でガッツポーズをした。
大隊は夜にこっそり王宮を立った。移動手段は馬で、リリスが王女と二人乗りをした。馬を乗り継ぎ2日で国の西端に達した。小高い丘の上から問題のお花畑を見下ろした。大隊長が指さす先は広く白い霧のようなものが沈殿していて、その下に何があるのか全く見えない。白い霧は魔女の魔法で、触れると魅了の魔法にかかるのだという。これ以上は進むに進めない。
「さぁ、どうしましょうか、お姫様?」モーリスが投げやりに言った。
「この霧はずっとこうしてあるのですか?」王女。
「えぇ。魔女が住み着いてから晴れたことがありません。徐々に広がっています。」
「風は吹かないのかしら?」リリス。
「えぇ。魔女が住み着いてから風も吹かなくなりました。」
「そんなことってある?」リリス。
「そういえば、この場所も風がないな。偶然か?」トマスが人差し指をぺろっと舐めて確かめた。
「魔女は風も魅了できるってこと?」メルトは驚く。
「すごいな、それは。」
「とりあえず、この霧を洗い流せるか試してみるね。」
――― 清めの水よ、洗い流せ 黒雨。
長年かけて広がった分厚い霧の上に黒雲が瞬く間に広がって、滝のような雨を降らせた。思った通り魔法は流れ落ちたが、姿を現したのはお花畑ではなく荒野で、大きな館が建っていた。
「お花畑の魔女じゃなくて、荒野の魔女だ。」トマスが言った。
モーリスは双眼鏡を覗くと「雨に洗われて、建物が喜んでいるみたいだ。」と言った。
メルトは随分と可愛らしいことを言うなと思いモーリスを見上げると、モーリスは双眼鏡を差し出した。見ると確かにキラキラしている。
その時、大隊が動いた。「ありがとな、大魔法使い!」
兵士たちは荒野の館を目指して丘を駆け下りた。メルトたちは成り行きを見守る。館からも兵士がでてきた。以前に派遣されたという討伐隊だろうか。大隊は弓を構えて矢を放ち威嚇するが、討伐隊に怯む様子はない。同士討ちを恐れた大隊は弓矢を止めて剣を抜いた。二隊が相手の顔がわかる距離に近づくと、急に大隊が回れ右をして引き返し始めた。モーリスがメルトから双眼鏡を奪った。
「あちゃ~。マキシムがいる。」
王女がモーリスから双眼鏡を奪って、小さな悲鳴を上げた。これはかなり厄介だ。
大隊が戻って来た。討伐隊は追ってこない。今頃魔女は大笑いしていることだろう。助けたい相手が目の前にいるのに手がだせない。兵士たちは皆悔しがった。
「大魔法使い様。殿下を傷つけずに魔女だけ倒す方法はございませんか。」士官が聞いた。
「魔女が館から出てきて、たった一人で荒野に立ってくれたら、できないことはないんだけど。」メルトは答えた。
「メルトの魔法を見た後で、そんな馬鹿なことをする奴はいないよ。」トマスは言った。
兵士の間に重い空気が広がった。
モリオンは漆黒の黒水晶です。真珠は真珠層が何枚も重なっていて光が各層に届いてそれぞれで反射することで照りとして不思議な色がでますが、モリオンは光透過性がほぼありません。闇を吸い取ったように黒いので、スピリチュアルな方面ウィッカなどでは魔除けの石とされています。ウィッカは近代のオカルトを総合した魔女宗教です。魔女に憧れる気持ちはわかるなぁ。箒に跨っても飛べなかった時は悲しかった。




