マハラリィの花7
次の日、総督はグレンを語ってメルトを呼び出した。
メルトは指定された庭に入る門まで来て、騙されたことに気づいた。
「今日はアストラガスの現状報告に来たんだ。ついでに、陛下に王女との結婚をお願いした。
ライバルの君には伝えておかないとフェアじゃないだろう?」
総督は、からかうように笑った。
一々面倒臭い男だ。
「陛下の御心次第ということですね。じゃぁ、僕はこれで。」
くるりと踵を返す。
「ちょっと待て。お前は人の話を最後まで聞け!」
メルトがしぶしぶ話を聞いてやると、「君も一緒に来るといい。」と、メルトをライバルと言ったその口で、王女とセットで来いと言う。酷く鈍感な野心家だ。
「その話は昨日もしました。」
「もちろん公爵には掛け合ってみるつもりだ。」
物事の手順を踏むところは、さすが大人だ。
そういえば昨日はお前呼ばわりだったのに、今日は口調も少し丁寧だ。
でも「無駄だと思います。」
「だろ?私もそう思う。でも、公爵は君のことを我が子の様に可愛がっているそうじゃないか。
だから君から行きたいと言ったなら、話は違ってくるんじゃないかな。
それで、まずは君を口説こうと思ってさ。
例えば、君はグレンを慕っているだろう?」
メルトの猫耳がピクッと反応した。
グレンがいなくなった後が酷すぎて、メルトは自分の中でグレンを理想の英雄に仕立て上げていた。
「ダメ!聞かないで!」
王女が駆けて来て、メルトの耳を塞いだ。
「メルティを誑かさないでください。」
総督の唇がきれいに弧を描く。
「これはこれは、ヘレン王女。誑かすなんて人聞きの悪い。
アストラガスに来るとどんな素敵なことがあるのかを話していただけです。
あなたも一緒にお聞きになりますか?先々いらっしゃる時のために。」
王女は顔をぐっと顰めると、メルトの腕を引いて走り出した。
えっ、どこへ行くの?
王女は、総督に関するあれこれの不満をぶつけようと、王妃のいる北の小宮殿に向かった。
王宮の庭には、先ほどの門から東西に大通りが走っている。メルトが普段出入りしているのはもっぱら南側で、北側のことはよく知らない。北の小宮殿がもともと日常の喧騒から逃れる目的で使われていたので、北側は木々が林立している。二人で手をつないでいると、まるで森を彷徨うヘンゼルとグレーテルになった気分だ。
「もう、いいかしら?」
王女は息を弾ませて足を止めた。
「大丈夫?」
メルトが聞くと、王女は頷いて息を整えた。
ちょっと休憩して、再び歩き出そうと王女が前を向いた。
王女の顔が強張る。メルトもつられて視線の先を見た。
「「キャー!!」」
何故か総督がいる。叫び声に驚いて、辺りにいた鳥がバタバタと一斉に飛び立った。
童話じゃなくてホラー?ホラー映画ですかこれは!?
カサッ、落ち葉を踏みしめ、ポキッ、小枝を踏みしめ、総督が笑いながら迫ってくる。
二人は手に手をとって縮上がった。
「「キャー、助けて!!」」
叫び終わらないうちにメルトの世界が反転した。
え?
視界が薄暗い木陰から、青空と見慣れた落葉樹の枝に転換した。
何故かわからないが、いや、トネリコの木の前で助けを求めたからに違いないが、公爵邸のトネリコの木に帰っている。
王女はメルトが木の中に吸い込まれたことに驚いて、メルトを引き戻そうと引っ張った。
「手を放して!」メルトの叫び声が聞こえるが、絶対に放すわけにはいかない。
必死に頑張るが支えきれず、引きずられるように吸い込まれ、引っぱり出されて、二人してバランスを崩して落下した。
「「キャー!死ぬぅ!」」
ぼすっ。ぐはっ。死んだ。
メルトを下敷きにして助かった王女は、必死にメルトを揺する。
「死なないで!目を開けて、お願い!」
ぎゅっとつぶった目を開けると、咄嗟の魔法で雪に埋もれていた。
怖がりなせいで、雪の層の分厚いこと。
見上げると、王女がメルトのために泣いている。
お姫様を守って倒れた英雄みたいで、うん、なんかいいかも。
「まぁ、ヘレン様、どうしてここに?」マリアの声がした。
「えっ、マリア様?えっ、もしかして、ここはブラックリリー公爵邸?」混乱する王女。
マリアは王女を助け出そうと駆け寄ると、そこにメルトがいることに気づいた。
状況的には、王女がメルトを押し倒しているように見えなくもない面倒臭い構図。
マリアの表情が一変した。
「これは一体どういうことかしら?
ヘレン様、破廉恥ではございませんか?」
流石は本家悪役令嬢。迫力が違う。
王女はあたふたと立ち上がる。
「も、申し訳ありません。でも誤解です。木から落ちたところを助けてもらっただけで。」と謝った。
メルトも取り敢えず謝った。
取り敢えずなどという甘い考えはマリアには通用しない。
「昨日といい今日といい、メルティ、身の程を弁えなさい。
あなたが王族と結ばれることは決してありません。」
先々守り人に王位など回って来ようものなら、魔力量に特化した血の承継ができなくなる。
マリアは、王女が守り人のことを知らないかもしれないと判断し、言葉を選んだ。
ただ、この言葉もまた、本心とは少し違っていた。
メルトは心を無にして笑顔を作った。
「ご心配なく。僕が公爵位だっらまだしも、そんなことは夢にも思いません。
姉さま、王女殿下のことはお任せします。
僕が何かをして変な噂が立っては、皆さまのご迷惑になりますから。」
公爵位は本来なら自分のものだと皮肉を言うと、回れ右をして、もう一度木の中に消えた。
「「メルティ!?」」
マリアにとっては、メルトの方が王族よりもずっとずっと大切なのに、もっと違う言い方をすればよかったと後悔した。
*
メルトの家出先は、普通に考えれば守り人の谷になるのだけれど、谷はもう雪が積もっていて、冬支度のない山小屋に籠ることは難しい。そこで、気になっていた妖精の愛し子の様子を見に行くことにした。
秋の野原の端っこに、可愛らしい家がぽつんと一軒あった。
柵囲いの中に鶏や、小さな畑と井戸があって、薬草らしきものが天日干しにされている。
すこし背伸びをして窓から中を覗いてみると、カタリナと妖精オスカーがテーブルをはさんで楽しそうにおしゃべりをしていた。
側妃がこのカタリナじゃなくてよかったのだ。おかしな話で二人の平穏な生活を乱すのはやめて、やっぱり帰ろうと思ったところで、カタリナがこちらを見た。
「あっ、雪の妖精さん!」
二人はメルトを中に入れた。
室内は、床は板張りでいたってシンプル、家具もいたってシンプルで、天井の梁から花束がたくさん逆さにぶら下がって、ほんのり薬草と花の匂いがした。
カタリナはさっきまで二人でおしゃべりをしていたテーブルにメルトを着かせて温かい飲み物をだした。「ありがとう。」
コップを握ると、じんわりと温かい。
「どうした、悪僧坊主のくせに元気がないじゃないか?」
オスカーが聞いた。
「うん、ちょっとね。」作り笑いをして見せる。
「どうせ母親にでも叱られたんだろう。」
「まぁ、そんなところかな。」
「ねぇ、雪の妖精さんはどこに住んでいるの?やっぱり雪山?」
カタリナが聞いた。
「雪の妖精じゃなくてメルトだよ。以前はね。でも今は王都。」
「王都に冬が来たのね。」
「ここは、まだあんまり寒くないね。」
「そうね。でもあなたが来たということは、すぐに寒くなるわね。」
どこまでも本気で言っているかわからない。もうそれでいいや。
「ずっとここに一人で住んでいるの?ここは比較的暖かいけど、やっぱり冬は大変じゃない?」
食べ物とか薪とか。
「一人でやっていければいいのだけど、私の兄が、この山の麓に住んでいて色々よくしてくれているの。」
カタリナが答えると、
「そうそう。人間は動物性たんぱく質を取らないと元気にならないし、妖精は寒いと死んでしまう。」
オスカーが付け加えた。
「お兄さんがいるんだ。」
「ええ。兄は3人いるの。
長兄は領地経営、次兄は聖職に就いていて、末の兄は薬の研究をしているの。みんな立派でしょ?」
誇らしげに言った。
カタリナ・マニサに違いなかった。
「僕ね、王都でカタリナと同じくらいの年のすごく綺麗な人に会ったんだ。
もちろんカタリナも美人だよ、自然体だし僕は好き。あちらはちょっとタイプが違う感じ。
でね、その人もカタリナって言うんだ。」
「偶然ね。」
「知らない?」
「私はあなたの年頃にはここにいたの。ここ以外のことは何も知らないわ。」
少し寂しそうに言った。
ここは、侯爵が病弱な娘に用意した看取りの場所だった。
どうにも都合のいい解釈が浮かんでこない。メルトはますます暗い気持ちになった。
オスカーが心配をする。
「ほんとうに大丈夫か?とりあえず、そのお茶を飲め、心を穏やかにする効果があるから。」
メルトは飲むのを躊躇った。
自分に何かあれば、マリアはきっとまた時魔法を使う。
「子供のくせに疑り深いな。私たちはお前に感謝している。悪いようにはしないさ。なぁ、カタリナ?」
カタリナは頷くとオスカーの頬に軽くキスをした。
オスカーの羽が嬉しそうに瞬いている。満たされていれば、人は他人に優しくなれる。
メルトはコップのお茶を飲み干した。
温かい。
「なんか眠くなってきた。」
「眠ればいいさ。たくさん眠れば心も体も元気になる。」
オスカーの声が優しい。
「目が覚めたら、おうちに帰りましょう。」
カタリナの声も優しい。
夜遅くにガイアスがメルトを迎えに来た。メルトなしでフルドラを通れるのがガイアスだけなのだ。
流石に爺に抱っこはキツいので、ガイアスはメルトを起こした。
メルトはガイアスを見て、オスカーたちを見て、それから窓の外を見て、ハッとした様子で飛び起きた。オスカーが、子供のくせに気を使い過ぎだと笑った。
二人はメルトにお茶に入れた薬草を渡して言った。
「辛いことがあったらいつでもおいで。」
なんだか少し心が軽くなった気がした。
この章はもうちょっと続きます。




