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マハラリィの花2


そうは言っても、妖精の愛し子は気になるわけで。

メルトは夜遅い時間にこっそりベッドを抜け出した。

「よーし、ルル、狩りの時間だ。」

まん丸に少し足りない月を背に、トネリコの木から飛び降りた。

フルドラの残念なところは、トネリコの木のあるところしか行けないことだ。

人がいるなら山とは反対方向という安直さで進む方向を決めた。でも、それで正解だった。

花がいっぱい咲いていて既視感たっぷりの野原に出た。

妖精にとってメルトは美味しいらしいので、野原の真ん中で寝転がる。

月は優しく気温は温かい。時折柔らかい風が草花を揺らし、うっかりすると寝てしまいそう。

撒き餌がてら歌を歌おう。


♪恋をしたのは青い瞳の乙女

 恋の喜びは無上 

 あの子はまるで谷に咲く白百合のよう

 心惹かれるマハラリの花♪


ガサゴソガサ

「ルル!」

メルトが飛び起きると、妖精は慌てて逃げ出した。大きさはメルトくらいで、体は微かに光り、ステンドグラスのような羽は羽ばたくと七色の鱗粉をこぼした。チラチラと不規則に飛ぶ様子がルルの本能を刺激した。ルルは数度じぇれついて掴まえると、どや顔でメルトの前に置いた。

坊や、狩りはこうやってするのですよ。

逃げだそうとする妖精にメルトは咄嗟に馬乗りになった。ガオー!

「あれ?妖精王のくせに、なんか老けてる。」

妖精は常若のはずなのにナイスミドル。

「どけ、この悪童!」

「人の魂を食べようとしているのは、おじさん?」

「食べないよ。」

「嘘。妖精飯で太らせてから食べるの、僕は知ってるんだぞ。」

「私は食べないの!だから老けてるんだ!」

なるほど。

「・・・でも、じゃぁなんで人間に憑りついてるの?」

首を傾げた。

「話すから、とりあえずどいてくれ。見たまんま重傷だから。」

あぁ、はいはい。メルトは丁度いい腰掛石に移動した。

妖精は上体を起こすと、羽の無事を確認して、ほっと安心した様子。

実はちょっと破れていることは内緒にしておこう。

「実は、カタリナは私の運命の人なんだ。」

「は?」

妖精王は旅の途中で、偶然、病床に伏す少女を見つけた。老婆が一人で看病をしていたが、その作る薬がどう見ても効きそうにない。可哀そうに思い、自分がいなくても薬を作れるようにと薬草と調合方法を書いた葉っぱを寝室の窓枠の上に置いた。すると次の日、窓辺に薬草の代わりに手紙が置かれていた。

それ以来ずっと少女が頭が痛いと言えば頭痛薬を、不眠だと言えば睡眠薬の作り方を教えている。

「元気になったあの子はとっても可愛いいんだ。私のことを好きだと言ってくれるし、私が竪琴を弾けば歌を歌ってくれる。

 私は、あの子のためなら、このまま人間になったっていい。」

メルトは目を瞬いてみるが、妖精は夢見心地で頬を染めている。

「なんだ、心配して損しちゃった。僕、もう帰ろう。」

腰掛椅子から飛び降りた。

妖精は夢から覚める。

「ちょっと待て。人に暴行を働いておいて、勘違いだから帰る?とんだバラガキだな。」

「あぁ、それは、本当にごめんなさい。治療費はいる?」

お金は大概の事を解決する。最近学んだ社会の真理だ。

「お前は本当に可愛げがないな。

 そうじゃなくて、一つやってもらいたいことがある。」

「何?」

コホン。

「私のふりをして、あの子に会って欲しい。」

「えっと・・・これまでの話は、全部妄想?」

「な、失敬な!私たちは手紙でつながっているプラトニックな関係なの!プラトニックラブ!」

メルトは目を細めて妖精を見た。怪しい。

「なんで自分で会わないの?」

妖精は哀しい顔をして言った。

「妖精は人に近づきすぎると妖精ではいられなくなる。

 あの子に心奪われて私は永遠の若さを失った。

 もうあの子の理想の妖精の姿ではないのだよ。

 あの子は会いたいと言うが、会って嫌われたらどうする?

 あの子が、一度、若い姿を見て満足すれば、このまま傍にいられるじゃないか。」

恋は盲目とは言うが、それにしても突っ込みどころ満載だ。


――― オスカー、あなたなの?

メルトは振り返った。

カサカサと野花をかき分けるのはルルではなかった。

「やっと、会えた!」

駆け寄ってメルトを抱きしめた。

うぐ。強い力で締め上げられ、豊な胸に顔が沈む。

男だったら喜ぶべき?残念なことに、鼻と口を塞がれて天に召されかけ、そんな余裕はない。

自己防衛本能が働く寸前、辛うじて痴女を引き剝がした。

「突然何?不用意なことをすると、そっちが危ないことになるんだぞ!」

「ごめんなさい。私はカタリナ。あなたのカタリナよ。」

カタリナ・マニサ(25)

「君は僕のカタリナじゃない。」

怒ったメルトは冷たく言った。

カタリナは泣きそうな顔をした。

もう、仕方がないなぁ。

「・・・強いて言うなら。君は、この臆病な妖精さんの特別な人。」

メルトは妖精を振り返る。

「おじさんバカなの?僕なんかよりよっぽど釣り合ってるじゃないか。

 僕はもう帰るから、後は勝手にやってよ。」

メルトはカタリナの方を向いて、夜空を指さした。

「ねぇ見て。月がとっても綺麗だよ。」

カタリナは夜空を見上げた。

――― 舞え 花弁雪(はなびらゆき)


マリアの庭のトネリコの木に帰ってきた時には、もう東の空が茜色に染まっていた。

少し肌寒くて、ぶるっと震えた。早くベッドで休みたい。

「ありがとう、フルドラ。」

心なしか木の葉がサワッと揺れた気がした。フルドラも眠っている。

妖精のところへ行ったのは、結局取り越し苦労だったけど、それがわかったことはいいことだ。

重たい瞼と戦いながら木の幹を抱えるようにして滑り降りると、うっかりルルの足を踏んだ。

ニ゛ャ゛ー!

ごめん、ごめん。

マリアの部屋の灯がつた。

もう裏木戸を乗り越えて逃げる気力も湧かないので、おとなしく出頭する。

「メルティ、こんな時間にどこに行っていたの?」

どこ?そういえばどこかな。

「野原?」

「守り人の谷の?」

「ううん。この花が咲いているところだよ。これ、お土産。」

あちらで見つけた夏椿の花を差し出した。鬼の取調官の顔が少しほころんだ気がする。

「姉さま、僕、もう眠いよ。」

部屋は暖かく、慣れ親しんだ匂いがして、いつものお小言が子守唄に聞こえる。

マリアは人を呼ぶために呼鈴をならすと、メルトの頭を自分の肩に載せた。

マリアは舟を漕ぎ始めたメルトを抱えるようにしてゆっくりとしゃがんだ。

メルトは安心して意識を手放した。

*

一日王宮をお休みにした。

次の日、王宮に着くやいなや、王子付きの侍女コーデリアがメルトを王子の部屋へ連行した。

「おはよう、メルト。久しぶりだね。」

王子は張り付いたような笑顔で言った。

「ところで、君は随分と祭司に気に入られたようだけど、……一昨日は何を話したのかな?」

何を聞きたいのか、はっきり言ってくれないとわからないよ。

「特には。みんなで楽しく雪合戦をしました。」

王子の顔から笑みが消えた。

「陛下の妃候補にマニサ侯爵家が名乗りを上げた。」

「おぉ。それは知りませんでした。」

図らずも政治的バランスのとれた行動をしたようだ。

王子はテーブルを叩くようにして立ち上がった。

「君は事の重大性をわかってるのか?君の行動は私に対する裏切りだ!」

大きな声で言えば従うと思っているのかもしれない。

けれど、事の重大性をわかっていないのはそっちだ。

「裏切る?何を?

 僕は王の直属であって、殿下の直属ではありません。

 僕が殿下の味方をするメリットって何ですか?」

王子が息を呑む。

「王になりたいなら、威圧するばかりじゃなくて、夢の一つも語ってください。

 僕が応援したくなるような夢を。」

メルトは静かに部屋を出た。

本当はもっと冷静に言えればよかった。

でも、スッキリした。


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