マハラリィの花1
「もう一回、もう一回お願いします。」メルトは王女にハープの演奏をせがんだ。
「いいわよ。この曲には歌があるの。」王女はハープに合わせて歌を歌った。
♪君と手をつなぐ日がきたら
風にも雨にも逆らって
僕の愛する故郷へ連れていこう
うらやむ人たちの前で
僕はあの娘と結婚するのさ
マハラリィの花のようなあの娘と
「メルティ泣いてるの?」ヴィヴィが言った。
王女が演奏を止める。
「悲しい曲に、なんて歌をつけるんですか。恋愛結婚にはエネルギーが要るって誰かが言ってたよ。こんなんじゃ絶対結婚できないよ。」うるうる。
王女は微笑んで言った。「それ、私も昔思ったことがあるわ。でも、今は少し違うかな。」
「どう違うの?」雫のついた長いまつ毛を瞬かせた。
「この歌の音域はどう聞いたって女性用でしょう?だから男性の恋歌を装って、女性の内なる願いを歌っているのではないかしら。いつか自分のことを心から愛してくれる人が現れて、ここではないどこかへ連れ去って欲しい、みたいな。だから私もこの歌に心を乗せられるのだわ。」
「わかるわ、とっても。女性は自分の運命を自分で決められないもの。大切なことほどそう!だから、ままならない人生から抜け出したくて、来もしない人のことを夢見てしまうのよ。」ヴィヴィが熱く語った。どうしたヴィヴィ。
でも、そういう気持ちならメルトにもわかる気がする。
「ねぇ、王女殿下。僕にその曲を教えてくれませんか?」
「もちろんいいけれど、バイオリンで弾くの?」
「この曲はハープじゃないと。この曲だけ、メロディだけでもいいから僕にハープを教えてください。」
「じゃぁ、授業が終わった後に少しだけ特別レッスンをしてあげましょうか。これからはヘレン先生ですよ。いいですね。」にこ。
「はい!ヘレン先生。」
コンコンコン。
王女が返事をすると、ミカエル祭司が入ってきた。
「返す機会がなくて遅くなってしまいました。」手にメルトの古典語の教科書が握られていた。
祭司は教科書を渡しながら、小声で、「色々大変だったようですね。」と言った。
色々は揉消されているが、祭司なら侯爵経由で耳に入るだろう。
「ありがとうございます。祭司様の言ったとおりでした。僕、魔法を隠すのを止めました。そうしたらすごく楽になりました。」
だからと言って見せびらかしているわけではない。必要な時に必要なだけ使っている。
「そうですか、それはよかった。我慢ばかりしているといつか爆発してしまいますからね。それで去る人は去ればいい。でも、逆に近づいてくる人もいるでしょうから気を付けないといけません。」
それは感じている。部屋に入ってきた虫を氷漬けにするとか、灯が必要な時に火を灯すとか、そんな些細な魔法しか使っていなくてもメルトを避ける人は避ける。姿を見つけるとあからさまに隠れたり顔を背けたりされるのは、さすがに少し傷つく。その一方で、手紙やお菓子をくれる人も増えた。きれいにラッピングされた可愛い箱や、大切そうな手紙はすべてそのまま保護者に渡している。保護者が適切に選別するはずだ。
「そうだ。今度、うちの孤児院に遊びに来るというのはどうでしょう?煩わしいことを忘れて楽しく過ごせると思いますよ。」
「それは素敵!私も時々訪ねて楽しい時間を過ごさせていただいているの。本当にいい子たちで心が洗われるようよ。」とヴィヴィ。
「リベラム伯爵には多大な援助をいただき大変感謝しております。」祭司は胸に手を当てて仰々しくお辞儀をした。
「そこの子たちは、手に職をつけるために楽器を習っているの。だからメルティも楽しめると思うわ。ねぇ、今度のお休みに一緒に行きましょうよ。」目をキラキラさせて言った。
「楽しそうだけど・・・公爵様に聞いてみないと。」
「もう、メルティはそればっかり。」ヴィヴィが小さく口を尖らせた。
「いつでも歓迎いたしますよ。」祭司は微笑んで言った。
ハープのレッスンは楽しい。メルトはこの時間を楽しみに、つまらない授業を乗り切っているまである。音楽の力は偉大だ。
「赤い弦がドで青がファ、親指と人差し指を使って弦に指を引っ掛けて、握るようにして弾きます。」
なるほど1オクターブ8弦、右手でメロディ、左手で伴奏。ピアノと同じだ。
メルトは借りたハープの弦を順番にドレミファソと弾いてみる。
「うっ、指が痛い。」
「ハープは弾いた後の指の脱力が大切なのよ。ちょっと先生の隣に来てくれる?」
メルトは自分のハープを置いてヘレン先生のところへ行く。
「私が一度お手本をするから、私の手の上に手を置いて指の使い方を覚えましょう。」
手の角度を真似るためにできるだけ近くに寄って手を重ねた。
「指の向きはこうで、弾くときの強さはこのくらい、指の脱力は弾いた瞬間にこう、ふわっと。どう?伝わる?」
「ふわっ?・・・ふわ。」「さてはわかってないな。」
今度は二人の手の上下を入れ替えて弦の振動を感じてみる。
「ふわっ?」うーん。ふわっとしていてよくわからん。
楽譜はなく、王女の演奏やヴィヴィのピアノを何度も聞いて曲を覚えた。簡単なメロディなので右手だけなら数日でできた。この曲の歌詞は4番まである。王女が最初に歌った歌詞は4番だ。メルトがメロディを弾き、王女がいつもより装飾された伴奏を弾き、ヴィヴィとリリスが歌い、通しで合奏すると儚げな曲が華やかに変わった。音楽って素敵。
「メルティは飲み込みが速いわ。全部弾けるようになったら、王妃様やお兄様にも聞かせて差しあげてね。」と王女は言った。それならもっと頑張らないと。
王子は時々ジョンと顔を出した。ジョンはよくリリスと話しているが、王子は仏頂面で座っている。何しに来ているのか謎。
祭司とヴィヴィに誘われた孤児院は、結局行くことにした。公爵家にいたくないというかなんというか。忠実な駒として養育されることへの、ささやかな抵抗かな。
外出の準備を終えて階下に降りると、長袖ワンピース姿のマリアが待っていた。
「メルティ、お姉さまも一緒に行くわ。こう見えて小さな子のお相手は得意なの。」
どの口が言う?
「絶対嘘。僕一人で大丈夫だよ。」マリアの横を通り過ぎた。
「そっちこそ嘘。あなたはお姉さまがいないとダメなんだから。」そう言いながらついてくる。
「メアリは連れて行くから心配しないで。」
「でも私も一緒の方が、」
振り返り、「いいってば!」つい大きな声が出た。
「あ、ごめんなさい。でも本当に大丈夫だから。姉さまは、どこにもいかずにここにいて。ね?」マリアの片手をとって、大丈夫だよと軽く叩いて笑顔を作ってみせた。
「行ってきます。」戸惑うマリアに背を向ける。
馬車に乗った後もずっと後味が悪くて、外の景色を眺め続けた。
孤児院は白い丘の北の、ところどころに畑がある長閑な場所にあった。運動場とL字に配置された平屋、裏手には畑と鶏小屋がある。簡素ながら造りはしっかりしており、清潔さは保たれている。
「こんにちは、祭司様、ヴィヴィ。」
子供たちがどっと集まってきた。
「初めまして。メルト・リリーと言います。よろしくね。」
「初めてじゃないだろう?」魔除けの石を売っていた少年が言った。
「覚えていてくれたの?」もう2年も前になる。
「そりゃ、あんな石を大量に買い込む奴のこと、忘れるかよ。」
「あの石は本当にすごいよ。びっくりした。」
「リタ川で拾ったやつ?」女の子が言った。この子も石売りをしていた気がする。
「あれ?湖って言ってなかったっけ?いつか行ってみたいと思っていたんだけど。」メルトは首を傾げた。
「阿保んだら、黙っとけ!」少年が女の子の後頭部を叩いた。
「先生、ベッキーが泣いちゃった!」
「「「いーけないんだ、いけないんだ。」」」
「ベン!なんばしよっとか!」ヴィヴィ先生の雷が落ちた。
まったくこれはどうしましょう。困ったメルトはベッキーの頭を撫で撫でする。他の子供たちも心配そうにベッキーの顔を覗いている。メアリがさっとハンカチを差し出した。
「綺麗なハンカチ。」ベッキーが泣き止んだ。
「よろしければ差し上げます。」メアリが言った。
「「「「私も欲しい!」」」」
メルトがメアリを見ると、メアリは首を横に振った。まったくこれはどうしましょう。
「ハンカチはないんだけど、こういうのはどうかな。」メルトは氷で薔薇を作って差し出した。「どうぞ、お姫様。」
「「「うわー!」」」女の子たちの顔がぱっと明るくなった。
「ケッ、気障な奴。」今度は男の子からやきもちの声があがった。
確かに。薔薇なんて僕らしくない。
「だったらこれでどうだ!」メルトは外に出て魔法で雪を積もらせた。
「春だから、すぐに溶けちゃうけどね。」そう言って振り返ると、ウォー!子供たちは叫びながら駆け出した。
「メルティ、すごーい。」「本当に。今日は何をしてお客さまをおもてなししようかとずっと気を揉んでおりましたが、要らぬ気遣いでした。」ヴィヴィと祭司が隣に来て言った。
「よし、僕も行くぞ!」メルトは裸足になってズボンの裾をまくって雪の上に飛び降りた。
「冷たい!」
「当たり前だろう。馬鹿かお前は。」小さな男の子が言った。
「何だと!?」メルトは雪玉を作って生意気なクソ餓鬼めがけて投げた。雪玉はお尻に命中し、雪合戦が始まった。めちゃくちゃ楽しい!
一通り遊んで疲れて部屋に入ると、メアリが持参した大きなバスケットからプリンを取り出して配った。メルトの大好きな生クリームの入ったなめらかプリン。
「メルティ、これとってもおいしい!」
「でしょう?僕の大好物なんだよ。」パクッ。幸せ。
「ねぇねぇメルティ?」隣に座ったベッキーが呼んだ。
「なぁに?」
「あのね、メルティの好きな子ってどんな子?」
「何、突然。」
「だって、メルティは、かっこいいし、魔法も使えるし、お金持ちでしょ?お嫁さんになってあげてもいいかなって。」8歳の婚活女子。
「な!?なんと。」苦節27年か、28年かもうよくわからんが、祝・人生初カッコイイ!
「まぁ!私も知りたいわ。メルティの好きな子ってどんなタイプ?」ヴィヴィが目を輝かせた。みんなが聞き耳を立てているのを感じる。女子はこういう話が好きだよね。こほん。メルトは咳払いをした。
「ベッキー。残念だけど、僕の好みは年上の女性なんだ。」
「私も年上だよ。」とヴィヴィ。
「もっと上。せめて25歳は欲しい。」大真面目。
「・・・メルティ、そうじゃないわ。お母さんの話じゃないの。そういう好きじゃなくてね。」ヴィヴィが残念そうな目でメルトを見た。
「もう!ちゃんとわかってるってば!僕は25歳から35歳くらいの落ち着いた大人の女性がいいの!」
「はぁ。まだ早かったかぁ。」「だねぇー。」
「男子って、子供だよねー。」「だねぇー。」
祭司が堪え切れずに笑い出した。メアリも顔を横に背けて肩を震わせている。
違ーう!!違うんだってば。
おやつを食べ終わると職員が子供たちに錠剤を配った。メルトが不思議そうに見ているとヴィヴィが言う。
「あれは栄養補助剤だよ。マニサ侯爵家で開発する薬はいいものばかりだから、うちの商会も買っているの。」ヴィヴィは携帯薬入れを取り出し、同じような錠剤をつまんで口に入れた。
「メルティも飲んでみる?病気にかかりにくくなるわよ。」
「いや、僕はいいかな。」
「そうよね。怪しいものね。」自嘲気味に言った。
「そんなことは・・・」なくもない。
メルトの近くに祭司が来て言った。「一度この薬の開発者に会ってみませんか?営業秘密なのでリベラム嬢には会わせられませんが、君なら問題ありません。」
なぜ僕が?とメルトが怪訝な顔をすると祭司は耳元で小声で言った。「妖精の愛され子です。あなたと同じ。」
メルトは驚いて祭司の顔を見つめる。「なぜ知っているの?」
「ふふ、鎌をかけてみただけですよ。あなたは、なんとなくあの子と雰囲気が似ていますから。」にこり。
メルトの場合、正しくは食用として愛されていた。「その子、大丈夫?妖精に食べられたりしない?」
「どうでしょう。私の目にはそのようには見えませんけど、あなたの目で確かめてあげてください。あなたなら、きっとあの子も喜びます。」
メルトは返事を曖昧にして孤児院を出た。途中まではとても楽しかった。なのに、なんだろう。祭司は僕のことを知りすぎている気がする。
「マハラリィの花」は実際にある北アイルランド民謡です。マハラリィは地名です。本作ではその場所はないので花の名前としてください。心にゆとりがあれば、視聴回数の一番多い動画で視聴してみてください。美しい曲です。歌詞からして、マハラリの花として歌われている娘は田舎の裕福な家のお嬢様です。キリスト教の影響を受けているのでケルト風に改ざんして使っていこうと思います。原文は・・・。興味ないですよね。すみません。




