蝕2-2
「まぁ素敵。メルティの魔法が見られるのね。」
王女の声は明るく、無邪気で、軽い。
みんなの視線がメルトに集まった。
「ちょっと待って、それは困るよ。僕、雷魔法なんてできないし。」
以前、ガイアスに雷魔法の仕組みを教えてもらったことはあったが、
そんなもの、できるかバカぁ!と見向きもしなかった。
「面白い提案だね。私も見てみたいな。」と王子。
「どうして?魔法は必要以上に見せちゃいけないんでしょ?」
「ここは閉じられた空間で、この中での出来事は誰も口外しない。それに君は、ここでは私なんかよりよっぽど有名で愛されている。」
王子はにこやかな笑みを作った。
「何それ?ダメダメ絶対ダメ。公爵様からも禁止されてるんだから!」
「公爵め、余計な入れ知恵をして。」
王子がちっと舌打ちした。
士官が煽るように言う。
「ホワイトリリーが人工魔法に劣っていると知れては名折れですからね。」
デイビッドを見ると、首を横に振っている。
だったら助けて!
「我々は日々研鑽しています。ですからあなたが人工魔法に負けたとしても、決して恥ずべきことではありません。負けをお認めになりますか?」
なんて腹の立つ言い方。ていうか顔!愛なんて微塵も感じられない。
僕だってほとんど毎日午前中を魔法に費やしている。なんでこんな言われ方をされなくちゃいけないんだ?
一体何の恨みがあるっていうの?
「もう、やればいいんでしょ!」ぷん!
今のメルトの能力で、1km強先まで魔法を飛ばせるかというと問題はない。迎冬祭の夜に異界で雪の壁を最大出力で作ったことで、自分の能力を視覚的に把握した。それまでは、いくら使う魔法の素の量を絞っても全然出力量が減らずに制御不能だったけれど、どれだけ絞ればいいか見当がつくようになった。
出力調整の次にガイアスが課した課題が、まさに魔法を遠くに飛ばすことだ。魔法の素を集めて固めて、絞った魔力孔から高い圧力で押し出す。
普段は飛ぶ鳥に氷玉を飛ばして遊んでいる。間違えた、訓練している。
ただ当たるかどうかは別の話だ。なにしろ性格的に当てたことがない。
お目付け役のデイビッドはメルトに策を授けた。
「氷雪系魔法は使わないでください。実力を測られては困ります。火魔法でギリギリ外してください。」
心臓が跳ねた。
氷魔法なら簡単なのに、火魔法は得意ではない。
しかも王子と王女の前で、しかも魔法使いのお手本として。
あぁ、もう。やればいいんでしょう、やれば。
メルトは一番遠くの盛土に上る。辛うじて標的の案山子が点に見えた。
狙うは弾痕がわかり辛い波打ち際スレスレ。もちろんそんなものは見えない。
デイビッドは低い声で言った。
「できるできないの問題ではありません。やるのです。」
これだから軍人は。
――― 清祓の火よ 焼き払え、焔!
直径1mほどの火球が生まれ、まるで火の鳥が翼を広げたように尾を引いて飛んだ。
魔法の凝固に失敗している。
メルトは頭を抱えてデイビッドを振り返った。
歓声が上がった。
出来損ないの火の鳥は火の粉を撒き散らしながら威力を失い、浅瀬に鋭角で着水して消失した。
ということは、きちんと凝固できていたら飛びすぎだ。
風がないことを考慮に入れていなかったことが幸いした。
とりあえず一安心。
大きく息を吐いて「やったよ。次は、そっちが見せてよ。」と振り返る。
士官たちが言葉を失っている。
メルトは首を傾げた。
標的に当てなくても、面目は立ったみたいだけど……。
「あなたの魔法は私たちの人工魔法を遥かに凌駕している。なんと喜ばしいことか。」
「今すぐとは申しません。いつか、我々をこの搾取の手枷から自由にしてください。」
「これまで何人の魔法使いが犠牲になったか知れない。」
士官たちの言葉が一気に熱を帯び、空気が張り詰めた。
デイビッドがすぐにメルトと士官たちの間に割って入る。
異変に気付いた所長が駆けてきた。デイビッドの後ろから顔だけ覗かせているメルトと目が合うと、怯えて数歩後ずさった。しかし、これではいけないと気を取り直す。
「君は、魔法部隊に入りなさい。」
急に偉そうな態度になった。
「この国の法律ではそのようになっている。この位置からあの標的を狙うには通常5人で魔法陣を作る。
君のような強力な魔法使いは、きちんと管理されてしかるべきだ。それに君が人工魔法を使えばもっと強い魔法が得られる。素晴らしい!」
所長はメルトに向かって手を差し出した。
「さぁ、大人しくこちらに来なさい。」
士官たちが所長の前に立ち塞がった。
「お前たち、逆らうつもりか!」
所長が笛を吹くと研究所中に警報が響き、魔法の杖は破裂し、止水扉が落とされ、兵士が集まり始めた。
デイビッドは舌打ちし、メルトを抱きかかえた。
「打ち合わせの通りにお願いします。」
メルトはこくんと頷いて呪文を唱える。
――― 燎原の火よ、
「待て待て待て。そこ逃げない!」
「大丈夫だから、待って!」
王子と王女が慌てて叫んだ。
頭は混乱しているが、心が叫んだ。
「最初からここで僕を捕まえるつもりだったの?僕は騙されたの?」
「そんなこと、あるわけないわ!」と王女。
王子は落ち着いた声で言う。
「そんなはずないじゃないか。するならもっと前にそうしている。」
「だって、このおじさんが僕を管理するって言った!法律でそうなってるって言った!
それでこっちのおじさんが自由はないって言った!やっぱり公爵様が言った通りだ!」
ぷんす、ぷんす。
「公爵がなんて?」と王子。
「え?……は」ら黒。
デイビッドが咄嗟にメルトの口を塞いだ。
王女が堪え切れず笑い出し、王子もつられて笑った。
「メルティ、これ、すっごく怒っているのよね。」
そうだけど?
頬を膨らませる。
「あんなにすごい魔法を見せておいて怒るとこれって、反則だわ。」
王子は肩をすくめた。
「本当にいろいろと向かないな。君は魔法使用者法の埒外にいる。
それに私は理解したよ。君を物理的に閉じ込めるなんて、息の根を止めない限り無理だ。
君を思い通りに動かすには心を掴むことだよ。それだったら私にもできる。」
僕はできないと思う!
だって発想が怖いんだもん。
「ふふふ、まだ怒ってる。」
王女がメルトの頬をつんつんとつつくので、メルトはデイビッドの肩に顔を埋めた。
帰りの船に乗り込むまで、メルトはずっとデイビッドにしがみついていた。
見送りの人々に挨拶をすることすらできなかった。
その気になれば、施設の魔法使いを自由にすることくらいできそうな気がする。
でも、そうはしない。それは臆病なためだけではないと思っているが、そう思うことすら既に臆病な言い訳な気もした。
壁の外に出て行く僕を、魔法使いたちはどんな気持ちで見送っているのだろうか。
そう思うだけでも恐ろしい。
ここに来ることは公爵家のみんなに反対された。
ただ興味本位で来た自分の浅はかさが嫌になる。
船が動き始めると、少しほっとして顔を上げた。
「忘れないで!私たちのことを決して忘れないで!」
誰かの声がメルトを不意打ちした。
うっかり振り返ると、船着き場でみんなが手を振っていた。
この手はメルトに向けて振られている。そう思うと、振り返さないわけにはいかなかった。
忘れない。
忘れられるはずがない。




