蝕2
メルトは船べりから身を乗り出すようにして、きらきら光る川面を見つめた。
「わぁっ、初めての船!それに帆船だよ、帆船!」
陽を受けて白く光る帆を見上げた。
風が帆を膨らませる音一つとっても非日常に心が躍る。
メルトがマストの方へ吸い寄せられるように走り出した瞬間、デイビッドがその襟首を掴んだ。
デイビッドは唯一同行が許されたお目付け役で本来は王都における公爵家警護の統括者だ。
「大人しくしてください。さもないと帰ります。」
デイビッドは言いながら、心の中で泣いていた。
王家と公爵家が冷戦中の今、王の軍用船で公爵家の子を一人で預かるなど、誰がどう見ても貧乏くじだ。
王子に軽く睨まれて、「はい、ごめんなさい……」と肩をすぼめると、王女がくすくす笑った。
川風は少し冷たくて、でも気持ちいい。ちょっとした旅行気分で、はしゃいでいた。
一行は王都と海を繋ぐエスリン川を軍用船で下り、海のない王都の南端にある魔法連隊の第1魔法研究所に向かっている。帆船には魔法使が数人乗っていて、どこへでも進めた。
メルトと王女は、すれ違う船や川岸にいる人、橋を渡っている人に向かってたくさん手を振った。
王子は澄ました顔で変わりゆく風景を眺めていたが、きらきらした瞳が胸のわくわくを隠しきれていなかった。
魔法研究所は高く分厚い塀と有刺鉄線、迂回水路で囲まれていて、橋には上から落とすタイプの止水扉がついていた。
研究所長は魔法を使えない軍人で、中隊長以下は魔法使いが務めている。魔法使いたちは皆、腕と胸元、背中、太もも、足首に王の所有物であることを示す逆さの剣がプリントされた白い作業着を身につけていた。
王子がメルトを紹介すると、士官たちが少しどよめいた。僕はこの年にして子爵だから、まぁ、よくあることだ。
接待係の士官は、一行に魔法を強化するブレスレットの製造工程を見せた。丸い石と四角い銀を交互につないだそれは、難しい説明を受けたが、要するに体内の魔法の素を強制的に集める装置で、一時的に魔力を高めることができるらしい。興味深い。
応接室に戻ると、王子が士官に先の戦いにおける魔法連隊の役割を尋ねた。
「敵の位置を正確に把握することは我々の重要な任務の一つです。開戦の合図として、敵の意識を引きたい方向から攻撃を加えました。敵陣制圧後は、高台下の残兵の掃討に尽力しました。」
士官は淡々と答えた。
ふむ、役割としては概ね想像通り。でも、これではちっとも妄想が捗らない。
「どのような魔法を使ったのですか?」とメルトは興味津々で尋ねた。
「ご覧になりますか?」と所長が営業スマイルを向けたので、満面の笑みで「是非に!」と答えた。
屋外には、朝礼台程度の高さの盛土があって、同じような土盛が1km先の川まで等間隔で5つ並んでいた。川の真ん中には等身大の案山子が台座に固定されて浮いている。川に一番近い盛土の上で、士官は両手を広げ、呪文を唱えた。するとブレスレットが光って直径30cmくらいの魔法陣が現れた。
よく見ると小さな放電が起きていて帯電していることがわかった。
「雷魔法!?」
「はい、基本はこれですが、これではあまりに威力が弱いので増幅装置を使います。」
杖を掲げて呪文を唱えると、直径2mくらいの魔法陣が杖の上にできた。
杖を振り下ろすと光線が伸び、案山子は大破した。台座だけが水上でくるくる回っている。
「すごい。」
恐怖すら覚える。
「我々の血と汗と涙の結晶です。」
士官は前より血の気が失せた顔で答えた。
そうすると、当然、後ろの盛土が気になる。
「あの一番遠いところからでもできるのですか?」
メルトは無邪気に尋ねた。
士官が真面目な顔でメルトを見つめた。
「簡単にできるできないと仰いますが、あなたはおできになりますか?
ホワイトリリーといえばこの国で唯一魔法使いだけが当主を務める貴族です。
あなたは年端も行かぬ少年ですが、表舞台には出て来ないホワイトリリーが目の前にいたら、
魔法使いなら誰だってその魔法を見てみたいと思うものです。
私たちの魔法は、あなたの魔法にどれほど近づけたのでしょうか。
どうか哀れな私たちに、希望の光をお見せください。」
唐突で、しかもちょっと何を言っているか計りかねる。メルトは戸惑った。




