蝕1
アストラガス国王を捕らえたカサブランカ軍はそのまま王城を包囲し、降伏と開城をさせた。カサブランカ側はアストラガス王国を丸ごと奪うことまでは想定していなかったので、その後が大変になった。国内を掌握する一応の目途を立ててから、カサブランカ軍は兵の交代をした。
夏。王都入口の石づくりのアーチに、家紋の入った王旗が掛けられ、カサブランカの花と白い絹布で飾り付けられた。家紋は目を閉じた竜とその背に刺さる剣、その柄に掛かる王冠である。ちなみに国旗はこの図柄の背景に抽象化した百合の花が描かれる。つまりアーチの飾りつけは国旗になっている。王都は凱旋の日の何日も前からお祭ムードで、この戦いを題材にした劇や歌がそこかしこで行われ、露店もたくさん並んでいる。
凱旋の日は、英雄たちを一目見ようと人々が凱旋経路の沿道に詰めかけた。凱旋将軍、将官、捕虜になったアストラガス王、近衛連隊がきれいに列を作って行進する。王の顔である近衛兵たちは身なりを整え、戦争の名残はやつれた顔くらいにしか見てとれない。しかも近衛兵の選抜基準は容姿を含むので、少しやつれるくらいでは反って色気が増すというものだ。アストラガス元国王も、王の威厳を損なわない姿で馬に乗っている。沿道はカサブランカ万歳の声で溢れかえる。戦争が始まる前に散々批判していたことが、まるで嘘のようだ。メルトはタウンハウスのテラスから行列を眺めた。勝利の帰還を祝う音楽の中、兵士たちは誇らし気な顔で進む。濃紺の軍服の金ボタンが初夏の太陽を跳ね返している。
「ああ、カッコいいな。」溜息が出そう。
見習いにすぎなくても、自分もあの人たちの仲間なのだと思うとなんだか誇らしい。ああ、僕も沿道で見たかったな。みんなの近くで「お帰りなさい!」と叫びたい。まぁチビだから結局はテラスの方がよく見えるのだけど。
行進は王城の前を通って白の丘まで続く。白の丘は王城から東に徒歩で1時間ほどのところにある300m強の丘で、天に一番近い場所とされている。周囲には他に丘や山はなく、頂では風が収束・旋回する。その場所で太陽神ルーに戦の勝利を感謝する儀式が執り行われる。この儀式には王族だけでなく近臣も参加することになっているのだが、公爵は開戦以来仮病に罹っている。
白の丘の頂には1本だけ樫の木が生えている。その木の前で軍服を着た王と王子と近臣たちが整列し、凱旋してきた兵士は祈りの場を囲むようにして並んだ。凱旋将軍は頂の中央に元アストラガス国王を座らせた。この戦いでカサブランカ王は太陽神から多くのものを貰った。この世界の秩序を保つには、与えることで減ってしまった神の側を補わなければならない。ミカエル祭司が元王の傍らで太陽神に詩を捧げた。風が祭司のローブをはためかせ、言葉を天に運んでいく。祭司は一時天を仰いでその声を聞き、満足そうに微笑んだ。大家政のマニサ侯爵がカサブランカ王に宝刀を渡した。祭司は樫の木の木陰に移り、王が元王の傍らに立った。剣を振り上げる。樫の木の葉擦れの音がよく聞こえる。一刀の下、首は落ちた。
ゴトリ。
やわらかな風が、まるで捧げものを取りこぼさないようにするかのように王の周りを旋回し、立上り、青空に溶けていった。
メルトはバルコニーの手すりに頬杖をついて祝祭に沸く通りを見下ろしている。
「あーあ。僕が代わりに行きたかったな。」
カサブランカ王は、アストラガス王を兼任し、現地支配のために総督を置くことにした。アストラガス城は要塞化し、一神教のアストラガスの教会は行政庁舎として使われる。元王族の処遇は、反乱の種になりそうなものは幽閉し、無害そうな者は身分を庶民に落として放免とする。比較的寛容である。今回の戦の功労者は王の直属軍なので、貴族に対する土地の分配はなく、各所協力者にアストラガスでの利権がバラまかれた。守備範囲が増えた軍隊では人事異動行われ、グレン副連隊長は連隊長に昇格しアストラガス城の警備の任に就くことになった。近衛兵も3分の1がアストラガスに派遣され、新しい隊員が募集補充された。グラハム連隊長も少将になり連隊長ではなくなった。第1近衛連隊は大きく様変わりした。
放課後、ジョンが学友を相手に、父親等から聞いた戦場での兵士の活躍を得意げに話し始めた。
「アストラガスの太陽が姿を現した瞬間、勝敗はついた。」太陽=太陽神=カサブランカ軍である。メルトもその様子をあれこれ想像した。最後のコマでアストラガスの統治方針を説明した国務官僚がまだ教室に残っており、メルトとセオドアに話しかけた。
「法務大臣殿のお体の調子はいかがでしょうか?」
元気です。とは言えないのでセオドアを見る。
「お気遣いありがとうございます。最近は気分のよい日も増えてきているようで、登城できる日も近いのではないかと思っております。」
「それはよかった。でも無理は禁物でございますよ。重責のためにお命を縮めるようなことがあってはなりません。もしお辛いようでしたら、保管なさっている国璽をお返しになるのも一考かと思います。」
法務大臣は国璽の保管者である。アストラガス関連の各種決定の最終承認には国璽が必要になる。官僚は、いかにも心配そうな顔を嘘くさく作ってセオドアを見つめた。
「いいえ。国璽が必要な折には這ってでも登城いたしますのでご心配なく。」
セオドアは笑顔で答えているが、メルトには怒っているのがわかった。
官僚が部屋を出て行くとセオドアは壁を思いっきり叩いた。みんなはびっくりして顔を上げ、察してすぐに話に戻った。こういうことは戦勝の知らせが王城に届いた時からずっと続いている。もう半年になる。王のやり方は公爵の面目を潰すものだった。しかし公爵もなかなか意地っ張りだ。どうせ公爵が折れることになるのはわかりきっているのに、いつまで続けるつもりなのか。メルトは半ば他人事のように成り行きを見守っている。まぁ、見守るしか仕様がないのだけれど。そもそもセオドアは昔言った。政治はリリーではなくブラックリリーの領分だと。メルトはセオドアを放置してみんなのところに行く。
「ねぇ、魔法連隊はどんな活躍をしたかわかる?」ジョンに聞いてみる。
ジョンは首を傾げた。相変わらずの存在感の無さ。あからさまに肩を落とすと、王子が笑って言った。
「仕方がない。そんなに気になるなら、今度魔法連隊の施設に連れて行ってあげよう。自分で聞くといいよ。」
メルトは目を輝かせた。
戦勝は、死者の魂を神に返し秩序の回復をするまでして完成します。生贄は対価ではなく、彼岸と此岸を+-ゼロにする行為なのです。これは生贄に限らずお供え物全般この思想でなされます。なかなかユニークです。多神教アニミズムで日本人になじみやすいかと思いきや、大分違います。日本だと、首を落としたら恨みが地の底まで永久に沈殿しそうですけど、この宗教の、恨みさへも風に乗ってどこかに霧散してしまう感じ、伝わりますか。空の色は少し悲しい色に変わって見えるのですが、それでも青いのです。日本だったら一瞬でモノトーンに変わって烏が鳴きだします。
この生贄は、フルドラを呼び出すときに公爵家でやろうとしたことなのですが、あの時はヤギでしたが、さすがにメルヘンを壊し過ぎだろうと思い止めました。
ちなみに、生首は、魂は頭部に宿り、生首には霊的な力があると信じられているので、家の玄関に掛けたり、聖なる丘に埋めて、その首に宿る力を守護する力に転用します。王様の首なら効果抜群です。ネタ元開示。ウェールズ神話『マビノギオン』第二枝「ブランウェンの物語」にて、戦争の末致命傷を負ったブラン王は、自らの首を切り落としてロンドンの「白丘(White Hill)」に埋めるよう仲間に託します。この丘は後にロンドン塔の場所とされています。首が埋められた丘は、ブリテンを外敵から守る霊的結界とされました。




