ヒーロー3
玄関先や窓辺に、目と口をくり抜いたお化け顔のカブが置かれ、通りには動物の骨をお面にした人、お化け、狼人間、吸血鬼、魔女の仮装した人々が行き来する。日の光は既に茜を含み、どことなく夢現な雰囲気がした。
公園前の広い道の中央に出店がずらっと並んでいる。
りんご飴、ドーナツ、スモア、カブのスープ、骨付きラムの炭火焼き、蜂蜜酒、魔除けハーブの束、防寒具、炭、占いの館等。人も多いし屋台も多い。それなのにどことなく寂し気なのは日本の盆踊りの夜に似ている。
「何か食うか。」
ジョンブラウンが言った。
「あ、うん。」
メルトは財布をだして、これで何が買えるのか聞いた。
ヴィヴィから銀貨1枚で自国銅貨250枚、隣国アストラガス銅貨だと175枚に相当し、ドーナツ1個は自国銅貨4枚だと教わる。
「ということは、もしかして、このお店の商品全部いただくわってできる?」
「いただいてどうするんだよ。
セオドアは来慣れているんじゃなかったのか?
これじゃぁ釣銭が出せないだろ。」
ジョンがため息をついた。
公爵家たるもの釣銭なんてもらうなってこと?セオドアなら言いそう。
それとも、銀貨4枚で何を買ってくるか試してやろう的な?セオドアならやりそう。
でも、ただうっかりしただけかもしれない。あの人たちなら十分ありえる。
「おばさん、ドーナツ全部頂戴。支払いはリリアム商会にツケでお願いします。」
ヴィヴィが笑って注文した。
「ヴィヴィ、かっこいい。」
買ったのはドーナツだけど。
リリスが笑った。
「ヴィヴィの家は薬の輸出の特許状を持っていて、商売人の間では顔が広いの。」
「でもそんなに買ってどうするの?」
「孤児院の子たちが出店しているはずだから、差し入れをしてあげようと思って。
メルティ、お一つどうぞ。」
ドーナツを差し出した。
やっぱりかっこいい。
「あ、ありがとう。」
栗のペーストを挟んだイーストドーナツだ。きっと素材の味を生かした素朴な味がするはずだ。
「どうしたの?食べないの?」
ヴィヴィが不思議そうな顔をした。
「あ・・・うん。そうだね。」
慌ててドーナツを包んでいる耐油紙をめくった。
ジョンがメルトの手からドーナツを取って、半分に割ると、片方を食べた。
「ほら、食っても平気だぞ。」
「どうしてわかったの?」
メルトは目を丸くした。
「お前の食事の様子やお付きの侍女を見てればわかるさ。」
「ジョンはすごいね。以前に大変な目に遭ったことがあって、知らない食べ物はちょっと怖いみたい。
僕も気づかなかったのに、よく人を見ているね。」
半分になったドーナツを頬張った。
本来の味より5割り増しくらい美味しい気がする。
「美味しい。ありがとうヴィヴィ。」
ジョンが林檎を買って手で半分に割ると、「喉がかわくだろう?」そう言って差し出した。
男前が過ぎる。惚れてしまいそうだ。
ヴィヴィが買ったドーナツをみんなで持った。
歩きながら差し入れ先についてのあれこれを聞いた。
リミン教会の資本で経営されている王都唯一の孤児院で、ヴィヴィの慈善活動は、家が商売で暴利を貪っていることへの償い、自分が恵まれていることへの償いなのだそうだ。
ヴィヴィはきっと、僕よりこの世界の仕組みをよく知っているのだろう。
ヴィヴィの足取りが速く軽くなって、露店の前で止まった。
「みんな、頑張ってる?」
「「「ヴィヴィ!」」」
簡素な身なりの子供たちが一斉に顔をあげ、笑顔で集まってきた。
「差し入れを持ってきたよ!」
「「「やったー!」」」
商品を並べる台に拳骨くらいの大きさの石が並んでいる。そのすべてに穴が1つずつ開いている。
「これは何?」
メルトは首を傾げた。
「魔除けの石だよ。知らないの?」
メルトに気づいた男の子が答えた。
よく家の入口や窓辺に吊るしてあるらしい。穴は人工的に開けたものではないそうだ。人工的に開けると魔除けの石にはならないらしい。きれいに貫通していて、どうやって開いたのか不思議だ。
「満月の夜に聖なる湖のほとりで集めてきたから効果は確かだよ。
今夜は異界から悪霊や魔女が来るから、持ってないと連れていかれちゃうかもよ。」
と、おどろおどろしく言った。
メルトと同じくらいの年齢なのに商売上手だ。
ジョンが自分の首に掛かっている革ひもを引っ張り出して、同じ石がついているところ見せた。
まぁ、ジョンがしているなら、自分もしてもいいかなと思う。
「この穴を覘くと妖精の世界が見えるんだよ。」
男の子が物騒なことを言った。
「は!?あいつら、出てきたりしない?」
ジョンが噴き出した。
妖精に対するリアクションは普通はこうではないらしい。
石を一つ手にとって恐る恐る覘くと、向こう側の男の子と目が合った。
大丈夫、迷信だ。
安心して全部買う。一つだけポケットに入れて、残りをタウンハウスに届けてくれるよう頼んだ。
この買い物なら文句は出ないはず、たぶん、きっと、おそらくは。
*
暗くなってきたので中央公園へ向かった。
霧が出てきた。道沿いに置かれているお化けカブの灯が霧でぼやっと滲んで見える。
霧がすごく出てきた。思わず隣のジョンとヴィヴィの手を握った。目を凝らすと時々灯が揺れて、行き来する人影が霧に映る。
メルトとヴィヴィがほとんど同時に叫んだ「母さま!」「お母様!」
霧が濃くて見失いそう。
「「待って!」」
二人同時に動いた。
待て!ジョンがメルトの、リリスがヴィヴィの腕を引っぱった。
「僕は、母さまに聞かなきゃいけないことがあるんだ。」
「悪霊は見たいものを見せる。
それはお前の心の弱さが見せる幻だ。」
ジョンが強く言った。
心の弱さ?自覚はあるけど・・・。
「お母様、私を置いてかないで!」
「こらヴィヴィしっかりしなさい!あれは化け物だから。」
「化け物でもいい、私を連れて行って。」
メルトは急いでポケットから魔除けの石を取り出してヴィヴィに握らせた。
ヴィヴィは小さく泣いている。
石は効果があるみたいだ。
大丈夫、僕は正気だ。母さまの姿は消えない。
ついて来いと言っているような気がする。
悪霊とともに祖霊もやってくると聞く。
僕たち親子は知識の承継ができなかった。母さまは伝えようとしているのだ。
メルトはジョンの手を振り払った。
母は馬に乗っていた。
遠くなり近くなりを繰り返し姿が見えなくなった。
目印を見失うと溺れそうな霧に一歩も進めない。
馬のいななきが遠くで聞こえた。
「母さま、どこ?」叫ぶと、
見えない手がメルトの腕をガシッと掴んだ。
心臓が止まりそうなほどびっくりした。
「馬鹿野郎!霧は異界との門だ。戻れなくなる前に帰るぞ。」ジョンだ。
二人して周りを見渡して、方向感覚を失った。
また馬のいななきが聞こえた。待って!
「おい、何度言えばいいんだよ!」
「ごめん。帰れなくなるって言うなら、もう帰れないよ。
馬の鳴き声は聞こえない?」
ジョンが耳を澄ます。
「蹄の音が聞こえる。」
「僕も聞こえる、ジョンも聞こえる。僕だけが見たいものを見ているわけじゃない。
もう行くしかないんだよ。」
霧が徐々に薄くなる。
母の姿が見えた。白馬に横乗りし、白いスカートのドレープと長い銀髪が波打っている。
「お前の母ちゃん、人じゃないみたいだな。」
それは、死人だからね。
追いかけるとやがて霧は晴れて、自分たちが丘にいることが分かった。
なだらかな丘が遠くへ続いている。地面を覆うのは、白い野花と地を這う薄紫の小花、時折黄色い低木の花が混じっている。世界が淡く灰色なのは曇空のせいだろう。
霧が隠していた悪霊たちも姿を現した。
仮装をしていても悪霊には生者がわかるらしい。
生者にも一目で悪霊がわかった。
「やっぱり母ちゃんじゃないな。これは罠だ。」
「僕、またやっちゃった?」
「また?」
この世界に生まれてこの方、しょっちゅう在りえない場所に放り込まれる。
最初の最初、僕が僕に生まれたときからずっと、この繰り返しだった気がする。
「僕の経験則上こういう時の正解はね、現実を受け入れて全力であがくこと。
だからこのまま母さまを追う。」
「くっそ、プランBが思いつかねぇ。」
ジョンは迫る悪霊に斬りかかった。
空を斬った。
斬れない。霊だから?
だったらあちらも僕たちに何もできないはずだ。
メルトの腕を悪霊の冷たい手が掴んだ。
なんで逆はありなの?
――― 広がれ、銀の鏡!
悪霊が手からパキパキと凍った。
「ジョン、魔法だよ、魔法は効くみたい!」
「俺は使えないの!」
「実は隠してたりしない?」
「普通は使えないもんなの!」
無限に悪霊が湧いてくる。足が早いわけではないが、前からも来るものだから嫌でもぶつかる。
その対処をしていると後ろとの距離が縮まる。
―――穿て、氷柱!
刺さった場所から氷が広がっていく。これは魔力の制御不能が生み出した苦肉の技だ。
以前のように氷柱を作ろうとすると大きくなりすぎる。生成途中で手放すことで、目標を射止めた後も凍り続けている。
気づいたかもしれないので先に言っておくと、魔法の威力の制御はさほど上達していない。
使い分けができるようになってできることは増えたが全部大技だ。大技は無駄に魔力を消費する。
氷柱は、かなりの接近戦でしか使えない。しかもよく外す。
「どうしよう。何かいい方法ない?」
「あったらやってる!」
――― 一枚目雪嵐 二枚目音無しの雪 三枚目しまり雪 拒め、氷板層!
雪の壁を作った。何枚か作ると魔力と体力の限界が来た。
ジョンがメルトを抱えた。
ジョンだってそのうち走れなくなる。
―――一枚目初雪 二枚目雪嵐 三枚目しまり雪 四枚目音無しの雪 五枚目ざらめ雪 拒め、氷板層
二人の周りを雪壁で覆った。
「ごめんジョン、寒いね。でもちょっとだけ休ませて。」メルトは目を閉じた。
かまくらの中は死ぬほどの寒さではない。でも寒さは体力を奪う。ジョンはメルトを抱きかかえた。
「俺、何にもできない。」
メルトの手が冷たい。頬が冷たい。このまま異界の人になりそうで怖い。
ジョンは自分の首に掛かっている魔除けの石を引っぱり出す。石は人肌に温かい。メルトの首にかけて服の中に入れた。
壁が溶けて崩れるまでと、ジョンも目を閉じた。
ハグストーンといいます。さるぼぼ的なものです。




