ヒーロー2
近衛兵の剣術の訓練に行くことになったと公爵に報告したら、早速次の日、王宮のお勉強が終わるくらいの時間に、公爵はメルトを連れて近衛兵の訓練場を訪れた。
訓練場は屋根なしの運動場だが全体を簡易な観覧席が囲っている。
公爵は訓練場の入口でメルトを抱きかかえ、王子がいるか探させた。
ざっと見たところまだ来ていない。
では連隊長は、と聞かれたが、メルトは顔を知らない。
訓練中の隊士たちが、ちらちらとこちらを窺っている。公爵の佇まいが自然と視線を集めた。
公爵はそのまま訓練場の外に出て王子を待った。
王子はジョンブラウンと一緒に姿を見せた。
互いに相手を認識すると、公爵はメルトを降ろして手を繋いだ。
「ご無沙汰しております、殿下。ご健勝そうで何よりです。
ところで、うちのメルトのことで少々立ち話をさせていただきたいのですが、
わずかばかり、お時間をいただけますかな?」にこやかに言った。
「これはお久しぶりです、公爵。ええ、もちろんですよ。」王子もにこやかに答えた。
「最近、うちのメルトのことを大変気にかけていただいているようで嬉しく思っています。
剣術の訓練の件は、この子もやる気になっており、私も頼もしい限りです。
ただ、この子は大変優しい子でしてね。
この前も、北領の初雪で雪ウサギを作って、私に届けてくれたのですよ。」
まるで好々爺のようなことを言った。
「もう、北は雪が降っているのですね。・・・それが何か。」怪訝な顔をした。
王子はまだ幼い。公爵は軽く鼻で笑うと厳しい口調になった。
「この子は入隊年齢を満たしていない。そして、あなたはまだ何の権限も持っていない。
―――お分かりですかな?
この訓練への参加は、殿下の面子を立てようとするこの子の優しさによるものなのです。」
王子の眉がピクリと動いた。
メルトもびっくりして公爵の顔を見つめた。
公爵は張り詰めた空気を緩めた。
「この子は剣よりも優れたものを持っている。それを潰さないようにしてもらいたい。」
王子は嘲笑して言い返した。
「この国で魔法ばかりに頼っていると、身を滅ぼしかねませんよ?」
「おかしなことをおっしゃる。
滅ぼして困るのはどちらかな。
剣ではどうにもならないと王国の歴史が言っているではありませんか。」
公爵も嘲笑し返した。
王子は悔しくて、密かに、爪が掌に食い込むほどに拳を強く握った。
「公爵こそ、メルトの教育がなってないのではないか。
このように軟弱な性格では立派な戦士にはなれない。」
そこに価値観の相違があった。
公爵は小さく息を吐き、穏やかに言った。
「殿下、力あるものは臆病なくらいが丁度よいと思いませんか。
お引止めして申し訳ありませんでした。私の話は以上です。」
公爵はジョンブラウンに連隊長と話しがしたいと言った。
王子の拳がふるふると震えていた。
公爵と連隊長の話し合いの結果、メルトは王子やジョンブラウンが訓練に参加するのと同じ時間帯に2時間参加することになり、ライフワークバランスは適切なものに保たれた。
そもそも副隊長は毎日訓練場に来いと言ったが、それは言葉の綾だ。
隊が日勤の日や、夜勤明けの日は訓練はない。
ともあれ、僕は真面目に参加するつもりだ。
公爵の介入は功罪あって、僕は差乍らモンピをバックに持つ面倒くさい見習生だ。
真面目に取り組む姿を見せて少しでもみんなとの溝を埋めたい。
最初の一月ほどは準備運動だけで疲れてしまい、ジョンブラウンと模擬戦どころではなかった。
メアリから水筒を受け取って水分補給をする。
メアリはもちろんマリアの侍女のメアリである。
いろいろ言いたいことがあるのはわかる。僕も全く同感だ。
休憩しながら他の人の練習風景を眺めた。
王子が副連隊長に稽古をつけてもらっていた。
剣がぶつかり擦れる音がして、王子の真剣な一撃をグレンが受け止めて跳ね返した。その瞬間には王子はもう次の攻撃に移っている。
王子は、ほとんど毎日、授業の剣術と、この訓練をこなしている。
楽しんでやっているのかもしれないが、それだけではないだろう。
王子にとっての剣術は僕にとっての魔法みたいなものなのだと思う。
だから僕は王子の大事にしているものを大事にしたい。
そしていつか僕が大事にしているものを認めてくれたらいいと思う。
その後暫くして、ジョンブラウンと模擬戦をするようになった。
僕は相変わらず氷の盾が勝手にでるし、攻撃はへなちょこだ。でもジョンも僕に当てられない。
とりあえず、氷の盾を1枚でも減らせるように頑張ろう。
訓練の時間が終わると、メルトはメアリのところに行って、水分補給をして、タオルで汗を拭いた。
今日は王女とヴィヴィとリリスがいて、リリスがジョンブラウンに言った。
「もうすぐ迎冬祭でしょ?一緒に行かない?」
ジョンブラウンとリリスは昔からの知り合いだ。
王女が王子にタオルを渡した。
ヴィヴィが王子やジョンに栄養補給のお菓子を渡した。
メルトに渡す前に、メアリが持参したお菓子をメルトに渡した。
「迎冬祭?」僕は聞く。
「え?メルティ知らないの?」ヴィヴィが言った。
「其処等中に出店が出て、みんな仮面や仮装をして出歩くの。
王都の中心にある中央公園に大きな薪組が作られて、日が暮れると、それに火が点って、火を囲んでみんなでダンスをするのよ。」リリスが説明した。
「へぇ、面白そう。僕は、王都にきて日が浅いから知らなかったよ。」
去年の冬はワイズマンに会いに行っていた。
「田舎者め。仕方がない、俺たちが連れて行ってやろうじゃないか。」ジョンブラウンが言った。
メルトは目を輝かせる。
「すまない。その日は儀式があるんだ。」
王子が言い、王女が頷いた。
ジョンブラウンはニカッと笑った。
「悪いな。楽しんでくるよ。」
王宮で儀式があるときはお勉強は休みになる。
そして、ジョンブラウンはメルトを出しに剣術の稽古の休みをとった。
*
迎冬祭の日、メルトはフード付きの白いマントを着て幽霊の仮装をした。
そこにマリアがやってきて猫耳と鈴のついた赤い首輪をつけた。
なんで猫耳?鏡を見る。ていうかこれはルルだ。幽霊から白猫になってしまった。
午後3時半、3人が公爵家のタウンハウスに迎えに来た。ヴィヴィとリリスは魔女、ジョンブラウンは魔法使いの仮装をしている。
メルトが玄関ホールに行くと、リリスとヴィヴィが猫耳を激賞した。マリアが満足そうな顔をしている。
ジョンの声を聞いたセオドアが階下に姿を見せ、ジョンに挨拶をした。
ジョンがセオドアを誘うと、セオドアはもう飽きたからと笑って断った。
それから胸の内ポケットから小さな布袋を取り出す。
「出店で買い物をするならお金がいる。」
そう言ってメルトに渡した。
袋の中には銀貨っぽいものが4枚入っていた。
なんと、僕はこの世界のお金を初めて見る。
布袋の中の銀貨は、瓶ビールの栓を潰したみたいないびつな形をしていた。
これで何が買えるんだろう?考えるだけでわくわくする。
その様子を見たセオドアが言った。
「悪いジョン、こいつ、お金の使い方知らないかも。」
「ふぁ?そんなことがあるかよ。」
「7歳ならそんなものだろ?」
「いやいや、俺やリリスが7歳の頃には一人で買い物とか普通に行ったぞ。なぁ?」
「因みに、街歩きも初めてだから。」
「浮世離れが酷いな。」げんなりとして言った。
マリアがわざと深刻な顔を作って、さらに畳みかけた。
「あと、メルティは森と親和性が高い子なので、今夜のように現世と異界の境界が薄れる日には、あちら側に連れて行かれないか心配です。
ジョンブラウン、公爵家はあなたを信頼しています。
くれぐれもこの子をよろしくお願いしますね。」
これからみんなで行く場所は、タウンハウスのある通りの1本向こう側なだけだというのに、迎冬祭に因んで悪ふざけをした。
メルトはジョンの手を握って、猫耳上目遣いで見上げた。「よろしく、ジョンブラウン。」
「こわ!お前のこととなると、冗談な気がしないんだけど。」ジョンが大げさに怖がって、みんなが笑った。
「薪の点火を見たらすぐに帰ってきますから。安心してください。」リリスが言った。
メルトたちは元気にでかけた。Happy Halloween!
ここはキリスト教ではない世界なので、Happy Halloweenは絶対言わないのですが、これに変わるしっくりくる言葉がないので使いました。




