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ヒーロー1


「メルトー、おーい。」

呼ばれた気がしてオークの木陰から出てキョロキョロする。

声はくすくすくすと笑って「こっちこっち!」と呼ぶ。

上を見ると二階の窓から王女と、もう二人知らない女の子が手を振っていた。振り返していいものかと一瞬迷ったけれど、他に誰もいなそうなので両手を上げてブンブンと振った。

「今日はもう授業は終わりでしょ?ちょっとこっちにいらっしゃいよ。」

その部屋は王女用のみんなでお勉強をする部屋で、メルトが通う王子の勉強部屋とは端と端の場所にある。シンプルだけど可愛らしいお勉強部屋には本と楽器が置いてあった。

「きゃーかわいい!」「ずっとお話してみたかったの。」

僕は使える武器は使う主義だ。「こんにちは、お嬢様方。僕はメルト・リリーです。どうぞお見知りおきを。」にこ。

王女が僕の説明を簡単に付け加えた。

背が高くて体格がいいのはリリス・クシマヤ男爵令嬢。将来王女付の覆面護衛になるのだという。ふんわりした雰囲気のかわいらしいお嬢さんはヴィヴィアン・リベラム伯爵令嬢。王女の特に気の合う友達だ。

「王女殿下の方のお勉強には音楽の時間があるんですか?」

「そうよ。男の子のお勉強にはないのよね。」

「いいな。僕も音楽の方がよかったな。」僕の将来には役に立たなさそうな剣術やディベートじゃなくて。

「そっか、メルトはバイオリンを弾くものね。」

「皆さんの音楽を聞いてみたいな。」にこ。

王女殿下はハープを、リリス嬢はヴィオラを、ヴィヴィアン嬢はピアノを弾いた。高い音域のハープと少し低い音域のヴィオラとその両方を行き来できるピアノは相性が抜群にいい。それに、音が弾き手の個性を表しているようで心地よかった。僕はもうこれからここで勉強したい。脱政争。

「メルトもバイオリンを弾けばいいわ。どこかにあるわよね。」王女が立った。

「ううん。ハープにバイオリンは駄目でと思う。」メルトは慌てて言った。このきれいなハーモニーを壊してはいけない。

「確かに。音域が重なるし、弦楽器のキーキーした音がハープの柔らかい音を邪魔しちゃうかもね。」ヴィオラのリリス嬢が言った。

「あら、だったら私といっしょに弾きましょう。」ピアノのヴィヴィアン嬢が言った。

「でも、そうしたら僕が美味しいところを全部持っていって、ヴィヴィアン嬢は伴奏ばかりになっちゃうよ。」

「あら、とっても自信家ね。私のことはヴィヴィでいいわ。」

「だったら僕はメルティって呼んで。」

和気あいあいとおしゃべりをしていると、コンコンと扉を叩く音がして、王女はノックの音で誰かわかるらしく、「どーぞ。」と言った。姿を現したのは王子殿下。

「これはこれは、お姫様が四人もいらっしゃる。」

なんだか怒っている気がする。メルトはさっと立ち上がった。

「メルト、私は君が昼食に来るのを待っていたんだけど。どこへ行ったかと思えば、こんなところで何をしているんだい?そういうところだよ、君のいけないところは!」

王子は、ちょっとこっちにおいでとメルトの腕をつかんで引きずっていく。

「まぁ、お兄様メルティに酷いことしないで!ここに誘ったのは私たちなのですから。」

「「そうよそうよ。メルティが可愛そうです。」」

はぁ。王子は大きなため息をついた。「この女々しい性格を叩き直すんだ。」

偏見だ。音楽が好きってだけで女々しいってのはおかしい。求むジェンダーフリー!

 連れていかれたのはジョンブラウンのお父さんが連隊長を務める近衛連隊の訓練所。1連隊500人ほどの隊員がいる。弓術剣術はここが練習場所で、馬術は少し離れた丘になっている。

「グレン・モントローズ!」王子が呼ぶと、30歳前後の体格のいい男の人と、王子の声を聞きつけたジョンブラウンがなぜかこちらに来た。

「グレンはここの副連隊長だ。グラハム連隊長は今の時間は執務室にいる。」

「グレン、メルトを立派な戦士にしてほしい。」

「は?なんで僕が戦士なの?」

「は?なんで君は戦士じゃないと思っているの?」

「え?僕は特殊な厩務員みたいなものじゃないの?」

「公爵家!一体何を教えているんだ。」王子はかなりお怒りモード。僕は混乱モード。

「こんにちは、メルト。君は何歳になるんだ?」グレン副連隊長はメルトの頭に手を置いて屈んで視線を合わせた。優しそう。

「七歳になりました。」

「丁度いい頃だな。」訓練を始めるには。「さぁおいで。」

おいで?色々聞きたいことがあるのに、有無を言わせない雰囲気で、遅れないように後をついていく。

「ちょっとは剣を握ったことがあるんだよね。ジョン、お前が相手をしてやってくれ。」

刃先をつぶした模擬刀を軽々と投げ渡した。

「はい1本勝負、よーい始め!」

色々聞きたいことがあるのに酷い。僕は素振りと見取り稽古しかしたことがないのに酷い。

ジョンブラウンの剣捌きは知っている。見るのと対戦するのは違うけど、速さとか重さの予想はできる。いや、嘘。思っていたのより断然重い!

ジョンブラウンを森の獣だと思えば逃げることはできる。でも攻撃するのは。

剣は間合いが近くて嫌だ。人に向けて剣を振り下ろすのが嫌だ。魔法を使って、遠くから攻撃するのならまだ人を傷つけている感覚が薄れていい。剣は当てられるのも当てるのも怖い。

「悪いな、貰った!」

ジョンブラウンの声がした。

ガン!

ぎゅっと目をつむった。

あれ、痛くない。

「「「メルティー、すごい!」」」リリスとヴィヴィアンと王女の声が聞こえる。

「お前スゲーな。」とジョンブラウン。

振り返ると、分厚い氷の盾がメルトを守っていた。

あ、しまった。これは怒られるやつでは?恐々副隊長と殿下を探す。

「僕、魔法連隊の方がいいんじゃないでしょうか?」

「魔法連隊は研究実験実用の繰り返しだよ。勉強嫌いの君には辛いと思うんだけど。」

魔法連隊は自分の魔力をもとに実力を超える人工魔法を作りだすところで、もともと魔力の強いメルトは人工魔法の未到達の地を新規開拓することになる。

「やっぱりやめます。」小さな声で言うと。王子がくすっと笑った。

副連隊長が来て言った。「メルト、君の一番の改善点は、人を傷つけることを怖がるところだ。まぁこんなものは慣れだ。これからジョンから1本取れるまで毎日ここへ来い。ジョンもメルトから1本取れるまで来い。」

「毎日!?毎日はちょっと。僕、魔法の練習もしないといけないから。」もごもごと言う。

副連隊長はギロリと睨んだ。「うるさい却下だ。弱い奴に発言権はない。ここはそういうところだ。」

「副連隊長カッケー!俺、頑張ります。絶対1本取ります!な、がんばろうな!」

ジョンブラウンはバシっとメルトの肩を叩いた。

そのメンタルがうらやましい。



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