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パンデモニウム5


「ガイアス。僕ね、火魔法を1回だけ使えたことがあるんだけど、なんでだと思う?」

ガイアスが書斎机で一生懸命仕事をしている傍らで、マリアとメルトは丸テーブルを持ち込んでティーセットを広げている。

「そりゃ、ほぼ遺伝だから親が使えたんだろう。」

「そうよ、何を言っているの?あなたのお父様は、うちの北部兵団の副団長で火魔法の素晴らしい使い手だったでしょ?しかも一門だし。」

「は?初めて聞いたんですけど。しかも情報量多すぎ。」

「あら?知らなかったの?もしかして私、マズかったかしら。お母さまがお亡くなりになって日が浅いのに、更にお父さまのお話までしてしまって。えぇもちろん泣いていいのよ。お姉さまがよしよししてあげる。」

いや、いい。父親の記憶は、暖炉の上のポートレートに明るく話しかける母親の記憶なので、むしろほっこりするくらいだ。

「火魔法は、それ以来使ってないんだ。」

「教会が半壊したわ。」マリアが必要な情報を的確に捕捉した。

氷魔法の被害者は慌てる。「やめろ!洒落にならんわ!」

「だよね。僕も怖くて試せないんだよ。どうしたらいいかな?」火魔法をどうやって練習するかは切実な問題だ。

「まずは魔法に呪文をつけることだな。」

「呪文?」

「特定の呪文と特定の魔術を結び付けて魔法が混乱することを防ぐのだ。」

「例えばどんな?」

「骨は骨に、血は血に、肢は肢に、癒されよ。なんてのは治癒魔法の典型だ。」ガイアスがちらりとマリアの方を見たが、マリアはどこ吹く風でティーカップを口に運んでいる。呪文を使うことには別の目的もあった。こちらの方が本来の目的である。美しい言葉は精霊や神への供物になり得、美しい呪文を使うことで精霊や神の力を借りられる可能性があるのだそうだ。

「うーん。氷の刃でしょ、氷結させることでしょ、他にどんな魔法が使えたらいいと思う?」

「氷の刃が刺さったら体内で棘が広がるとか。」

「どうしたらそんなエグいこと思いつくわけ?」

「魔槍ゲイ・ボルグでしょ、あなたこそお勉強が足りてないわ。」古典の勉強不足。

「ねぇ、ガイアス。本来使えない種類の魔法も自分の使える魔法を組み合わせて作ることができるって本で読んだことがあるけど、例えば火魔法と氷魔法で水魔法が使えるのはなんとなく想像がつくけど、雷とかはどうやるの?」

「坊は、雷の仕組みは知っているか?」

「えぇ?地面が太陽光で温まります。空気も一緒に温まります。上昇気流が発生します。上空で冷やされて積乱雲ができます。雲の中で氷の粒がぶつかります。静電気が発生します?」

「しっかりわかっているじゃないか。因みに、小さくて軽い氷は+、大きくて重い氷は-の電荷を帯びやすいんだ。これでもう雷魔法もばっちりだな。」ウインク、バチン。

「なるほどねぇ・・・ってなるかバカー!」テーブルに突っ伏して、この世界の安定の無茶振りに打ちひしがれる。

マリアがマカロンを口元に差し出した。パクリ。おいしい。

どうせならハッピーな魔法が使いたい。呪文もどうしようか。紙とペンを用意して、うんうん考える。そのうちだんだん飽きてくる。

「ねぇ、姉さま。姉さまって、魔法使用者登録してないよね?」

「してないわよ。あんなものは、王の魔法戦士になるしか仕様のない人が登録するものよ。」

「義務じゃないの?」

「法律上の義務よ。」

「・・・そう。」

この世界の闇は深い。

「この前、王女殿下が未来視ができるって言ったときに、王子殿下が、信じなければ見えないのと同じだって言ったんだけど、それって、どういう意味だと思う?」

「たぶん国王陛下のせい、かな。」

王族には、子供が生まれるとその日時場所の星図を作ってその子の運勢将来を占う習わしがある。現王の星の巡りは、長子なのに父王が太子にするのを躊躇うほど悪かった。また現王は寡黙な性格だった。一方弟は快活な性格で占星術師の予言も無難なものだった。その結果、宮廷内は長子派と弟派に分かれ激しく対立した。父王自身は、正直なところ、元気で快活な弟の方が可愛かった。王太子をどちらにするか決め兼ねた父王は、運を天に任せることにした。後ろを向いて林檎を放り投げて取った方に王位を継承させることにした。結果は現王が取ったわけだが、弟は動かなかったとも言われている。ただ、もともと正当な王位承継者であるにも関わらず、このような目に合わされた現王がどう思ったかは想像に難くない。

 ある時、カサブランカ王国と東の隣国アストラガス王国との間で国境争いが起きた。大した争いではないと踏んだ前王は、王太子に王城で留守番をさせて第二王子を連れて鎮圧に向かった。何故第二王子と一緒に行ったのかは謎である。ただ可愛かっただけなのか、第二王子に戦勝の箔をつけて、軍の総司令官にでもしたかったのか、尚太子を諦めきれなかったのか。余裕で鎮圧できると思っていたが、軍の機密が漏れていた。そして北の隣国リコリス王国も攻めてきた。ブラックリリー公爵家の北部兵団が前線で戦った。しかし、公爵家の兵団も王の東征に兵を割いていたので兵数が十分ではなかった。そこで、公爵は至急王城へ救援を要請した。王太子は近衛連隊を自ら率いて駆け付けると、素早く停戦協定を結ぶことに成功した。そして、その足で東の国境へ向かい、アストラガスを追い払った。このどさくさの最中に第二王子は戦死している。王太子は王城に帰還すると王に退位を迫り、王位に就くと、リコリス王国と平和条約を締結し、その証としてその王女と結婚した。

「すっごく優秀な王様じゃない?」

「そう。だから予言なんて信じないし、運命は自分で切り開くものだと公言しているの。」

ますます格好いい。

「じゃぁ、王子殿下の星占いはどんなだったの?」

「聞きたい?」マリアは目を輝かせた。

まぁ、教えもらえるなら。

「ふふっ、カサブランカの若き太陽は、銀の刃で冬闇を薙ぎ払い、春の火を灯す、よ。」

「へー、それはすごいですね(棒)。」

どこからがプロパガンダかわかったものではない。



 メルトは、リュックに、オリバーにこっそり用意してもらったサンドイッチを入れてランタンをぶら下げた。オリバーは最近手懐けることに成功した新人料理人だ。ルルを抱き上げると、いつもは通らない庭をこっそりと通り抜けマリアの庭の裏口へ回り、高い裏木戸をよじ登った。「フルドラ、フルドラ。来たよ。」小声で呼びかける。

不貞腐れた顔のフルドラが姿を現す。不貞腐れているのは、ガイアスがワイズマンのツリーハウスに行くときにフルドラを使うからだ。

「絶対絶対姉さまには秘密だからね。」「知らないよ。脅されたら速攻吐くからな。」

「そんなこと言わない。世界平和がかかっているんだから。」「世界平和より、自分の平和!」

フルドラが背中を向けたのでメルトはファスナーを下した。行先が寒天寄せみたいな透明度で姿を現した。

「ありがとう。日暮れ前には帰るから、その時はまたお願いね。」

はいはい、早く行け、とフルドラが肩越しに手を振った。

 メルトは惑いの森に帰ってきた。ところどころでサンザシの木が白い花をつけ、ハリエニシダの黄色の花が甘い匂いを放っている。やっぱりここは美しい。懐かしい空気を全身で感じていると、ルルが腕から逃げ出して、ここに来た目的を思い出した。竜が眠るという裏山に向かう。メルトには気になる記憶があった。この山には水を湛えた岩窟があって、夏になると母さまと一緒にそこで魔法の練習をしていたのだ。気温が上がる夏は自分の魔法の実力がわかる。何も知らなかったあの頃は褒められるのがうれしくて、喜んで行ったものだが、子供の練習以上の意味があったのではないかと思う。

 岩窟の入口は狭く目立たない。苔むして自然に溶け込んでいるが、言われてみれば、なるほど人工物である。中はかなり寒い。一人で入るには不気味で、傍に竜がいると思うと尚更恐ろしさが増す。ランタンに火を灯して進むと、空間が開けて足元の感触が氷に変わった。滑らないように壁に手を添えると壁伝いに人幅に高くなっている部分があることがわかる。歩道のつもりなのだろう。ランタンを下に置いて氷に手を触れてみる。オレンジの光が足元を照らすと、床石に人工的に横線が彫られていることに気づいた。ランタンを持ち上げて来た道を照らしてみると、少し後ろに金色の線がついている。つまり、ここまで氷が欲しいということなのだろう。去年は守り人がいなかったから氷が減ってしまったにちがいない。金色の線まで下がって、マリアに作ってもらった呪文を唱えた。

――― 雲は重く 風は激しく 覆え、雪嵐!

雪片が、かなりの広さのある空間を飛び違って眼前が真っ白になった。後ろにいたルルがびっくりして逃げていく。もう、僕を一人にしないでよ。

自分の足に雪が昇ってくるまで頑張ろうと思っていたが、そのうち気持ちが悪くなってきた。たぶん限界が近いのだろう。岩窟から這い出て野原に転がった。

青い空に綿菓子みたいな雲が浮いている。

大丈夫。こうやって、誰にも知られないようにして、眠らせ続ければいいだけのこと。

竜の寿命って何歳だろう?冬眠中は加齢の速度が遅くなるっていうけど、もう死んでたりして。そうだといいなぁ。

 目が覚めると空の色が昼下がりを少し過ぎていた。もう一度岩窟に戻ろうかとも思ったけれど、そんなに急ぐ必要もない。岩窟近くにサンザシに似たブラックベリーの花が青い実と房になって垂れていた。サンザシは綺麗だけれど、妖精の花だから取ってはいけない。代わりにブラックベリーの花を手折って先祖の墓、母さまの墓に供えた。僕は来たよ。また来るよ。



 毎日が穏やかに過ぎている。そう思っていたのは僕だけだった。

 ある日の朝、教室にはまだ誰も来ておらず、僕一人しかいなかった。珍しく王子が早くに姿を見せ、僕を見つけると微笑んだ。

「おはよう、メルト。実は、今日からマクリーンは来ないことに決まったよ。残念だね。」



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