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パンデモニウム2


「じゃぁ坊よ、お前さんの魔法を見せてくれ。」


ガイアスは北翼に住むことになった。

古くて静かな北翼は、二人にとってむしろ心地よかった。

「ガ・イ・ア・スゥ、来ちゃった。」元気になったメルトは、しょっちゅう顔を出した。


メルトは掌を広げる。

また何もできなかったらどうしようという不安がよぎる。

でも前に進むと決めたのだ。力を込めた。


ブワッ。


細氷が噴き出し、氷がバキバキと音を立てて部屋を覆った。

ガイアスは一瞬で炎を纏う。

「この馬鹿垂れが!」

げんこつが落ちた。

痛い。

いつもどおり氷柱を出そうとしただけなのに。

でも——妖精飯の威力はすごい。

もしかして、と目を輝かせた。

「竜ってどれくらい大きいのかな?」

もう凍らせることぐらいできるかもしれない。

ガイアスは笑った。

「冬眠した竜に土をかぶせて隠したから、彼の地の山がその大きさだな。」

実家の裏手の山々がそれっぽい形をしている気がした。

「―――バカ!!!」

あーぁ、やる気がなくなった。もう逃げ出しそう。

「安心しろ、山よりは小さい。炎幕一つで防げるようでは、霜焼けの一つも作れんさ。」

ガイアスは紙に掌ほどの丸を描き、

「ここに収まるように魔法を打て。できるまで出禁だ」

と言ってメルトを外に放り出した。

北翼の庭で木の幹を的にして練習を始める。

あっという間にきれいな樹氷が数本できた。

「ホホホ、今年の夏は涼しくなるわね。」

完全防寒した人々が代わる代わる見物に来た。

みんな応援している。がんばれメルティ。


*

ある日の夕食の席で、マリアが言った。

「ねぇ、メルティ。今度の迎春祭の日に王女殿下からお茶のお誘いをいただいたのだけれど、あなたも一緒に行かない?」

只今僕は、殻付きエビの半身とナイフとフォークで格闘中だ。

超絶忙しい。

「僕、今すっごく忙しいの。姉さまだけでどうぞ。」

もう皿はぐっちゃぐちゃだ。

だいたいおかしいのだ。

だってマリアや公爵夫人のエビは一口大に切られている。

「怪我だ病気だと言い訳を随分しましたよ。

 おかげで、あなたは大変虚弱な子だと思われているでしょう。」

不本意そうに公爵夫人が言った。

ワイズマンに会いに行った件は、それどころか、こちらにお世話になってからこの方ずっと、大変なご迷惑をおかけしている自覚はあり、それを言われると否とは言えない。


*

迎春祭は、暗い冬が終わり、再生の春が来ることを祝う日である。

人々は聖なる泉のほとりでリボンを木々に結び、

病気や苦難の浄化と再生を願う。

家庭でも、小さな祭壇を設けて静かに春を迎える。


王宮でも儀式が行われた。

夜明け前の礼拝堂には色とりどりの蝋燭が灯り、

水晶の短杖を持つ祭司が祭壇の前に立つ。

短杖を近侍に預けると、銀盆を両手に持ち、王の前へ進んだ。

「いかなる御心をお託しあそばされますか?」

「そ、祖霊に恥じない、つ、強い国を。」

王は黄色いリボン布を盆に置いた。

王妃は緑の布を、

王子は黄色の布を、

王女は白い布を置き、それぞれ願いを述べた。

祭司が王族を巡り終えると、家政長官であり王の従伯父でもあるマニサ侯爵が銀杯を配る。

祭司は銀盆を水差しに持ち替えた。

「夜夜中に聖なる泉より酌んで参りました聖水です。

 皆様に春の女神様のご加護がございますように。」

一人一人の杯に聖水が注がれ、王が口をつけると、他の者も続いた。


*

迎春祭の日、メルトは紺のスーツに淡い黄色のギンガムチェックのシャツを着て、マリアは白と深緑のドレスを身に着けた。

服の色は、聖なる泉の木に結ぶリボンの色にちなんでいるらしい。

黄色は希望、白は浄化、緑は癒し。

説明を聞いて、メルトは思わず笑った。

「姉さまは赤が似合うと思うよ。」

赤は生命力や情熱や守護。メルトにとってのマリアの色だ。

「なかなか着るのに勇気がいるわね。」

マリアも笑った。

確かにお茶会向きではない。

メアリーが白柳のバスケットを抱えている。

中には紅茶、バターたっぷりのビスケット、蜂蜜、スノードロップの花束とメッセージカード。

「わぁぁ持ちたい!」

と言うと、メアリーがぴしゃり。

「あと十年早ようございます。」


*

王宮に着くと、温室に通された。

王女殿下と王子殿下の前まで来ると、メアリーがメルトにバスケットを渡した。

言い慣れない言葉をかまないように頑張る。

「お招きいただきありがとうございます。

 ささやかですが、お気に召していただければ嬉しいです。」

うん、我ながら完璧だ。

「まぁ、ありがとう。とっても素敵ね。」王女殿下。

「そんなに畏まらなくていいんだよ。」王子殿下。

以前会った時より優しい気がする。


温室はびっくりするほど広かった。

柑橘の木々が並び、実の香りが満ちている。

北側の暖炉には赤々と火が燃え、丸テーブルには完璧なお茶会の準備。

王家ってやっぱりすごい。

相当キョロキョロしていたらしく、王女殿下が笑った。

「そんなに気になるなら、見て回っていいわよ。」

しまったと思ったけれど、そこは子供らしく元気にお礼を言って探検させてもらう。

どれだけ広いか知りたい。

木々をかき分けて窓際へ行き、端まで歩き、逆方向にも行く。

途中、小さなテーブルがあった。

火の消えた蝋燭、水晶、ミルク、パン、謎の飾り。

「なんだろうこれ……」

マリアに聞こうと思って振り返ると、マリアと王子殿下が楽しそうに話している。

うまくやれているかな。

何の話をしているのかな。

なるだけ近い木の根元に潜って聞き耳を立てた。

「うーん、あんまりよく聞こえないなぁ。」

ちょっと距離があった。

王女殿下が、木の下から足だけ出しているメルトを見つけた。

「そこで何をしているの?」

メルトは振り返らずに答えた。

「うん、ちょっとね。姉さまと殿下が何を話しているのかなと思って。」

「それは私も気になるわね。どれどれ?」

クスクス笑いながら同じように潜った。

ガサガサと木が揺れる。

もうバレちゃうだろ?と眉根を寄せて隣を見ると、キラキラしい王女殿下の顔があった。

うわぁ!?

うっかり声を出してしまった。

「メルティ、そこで一体何をしているのかしら?」

いそいそと木の下から這い出る。

「えっと、うーんと……かくれんぼ、かな?」

恐る恐る顔を上げれば、

「鬼はいったい誰かしらね?」

笑顔が怖い。

えっと、誰でしょうね。

メアリーに服の汚れをはたき落とされ、強制的に席につかされた。

テーブルには素敵なお菓子が並ぶ。

スコーンにクロテッドクリームをたっぷり塗り、蜂蜜と刻みナッツをかけて口いっぱいに頬張る。

至高のおいしさ。

なぜか王子殿下がニコニコとこっちを見ている。

非常に食べ辛い。でも食べる。

「ねぇ、メルト。私のところに、お勉強に来る気はないかな?」

「お勉強?」とは。

「宮廷内での作法を覚えたり、政治の仕組みを習ったり、騎士や魔法騎士もいるし。」

最後の方にぴくりと反応する。

「騎士や魔法騎士は山を斬れますか?」

そこのところどうですか?

王子殿下はにっこり笑った。

「山?さぁどうだろう。斬れるかもしれないなぁ。」

少し心が揺れたが、考え直す。

要は殿下の将来の近侍候補になれということだろう。

それはセオドアの役目だ。

「僕は今、すごい魔法の先生に魔法を教わっているところです。

 これを頑張ることが僕の仕事だと思います。」

だからいけない。

「へぇ、そうなんだ。それはいい心がけだね。

 じゃぁ、1と5のつく日に私のところへ来るっていうのはどう?」

1と5のつく日は月に6回もある。

「じゃぁ、1のつく日だけでもどう?」

「いいえ殿下。メルティの先生はとても厳しいのです。

 5のつく日にしてくださいませ。」

ちっ。

王子のくせに舌打ちをした。

なんだかちょっと裏表を感じる。

*

それから早々にお茶会は終わった。

馬車の窓から、いつもはトネリコの木の上から見下ろしている町の景色が流れていく。

月に三日も、しかも一人で、実は腹黒そうな王子に会いに行くのかと思うと、なんだか気が重い。

王宮って、優雅そうに見えるけど、実際は、知らないこと、知らない人、知らないルールばかりで、きっと裏表ばかりなのだ。

メルトは、窓の外を見ながら小さくため息をついた。

それなのにマリアは機嫌がよさそう。

「ねぇメルティ。折角だから、寄りたいところがあるの。」

メルトはきょとんとした。

「寄りたいところ?」


遅くなりました。週1投稿がちょっと辛くなってきました。適度に頑張ります。

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