パンデモニウム2
「じゃぁ坊よ、お前さんの魔法を見せてくれ。」
ガイアスはメルトの先生として屋敷の北翼に住むことになった。北翼はもう古くて使われていなかった。そのひっそりとした感じが、ガイアスとメルトにとってはかえって心地いい。「ガ・イ・ア・スゥ、来ちゃった。」元気になったメルトはガイアスのところへ頻繁に顔をだした。
メルトは自分の掌を広げてみる。また何もできなかったらどうしようと不安がよぎる。でも前に進むと決めたのだ。恐怖を振り切って力を込めた。
ブワッと手から細氷が噴出し、氷がバキバキと音をたてて部屋を覆った。ガイアスは一瞬のうちに炎を纏う。
!?
「この馬鹿垂れが!」メルトの頭にげんこつが降ってきた。
痛!僕は、いつもどおり氷柱を出そうとしただけなのに。手をグウパーしてみるが特にいつもと変わった感じはしない。妖精飯の威力はすごい。でもこれって、もしかして、目をキラキラさせて顔を上げた。
「竜ってどれくらい大きいのかな?」もう凍らせることぐらいできるかな?
ガイアスは笑った。「冬眠した竜に土をかぶせて隠したから、彼の地の山がその大きさだな。」
そう言われてみれば、実家の裏手の山々がそれっぽい形をしているような気がする。
「―――バカ!!!」
あーもうやる気なくなってきた。あーまた逃げ出しそう。
「ハハハ、安心しろ、山よりは小さい。炎幕一つで防げるようでは、霜焼けの一つも作れんさ。」
ガイアスは紙を一枚取り出し、掌ほどの丸を書くと、ここに収まるように魔法を打てるようにしろ。できるまで出禁だと言って、メルトを外に放り出した。体よく追い払われてメルトは唇を尖らすが、制御不能じゃ使えないのと同じだ。
北翼の庭で木の幹を的にして練習を始める。あっという間にきれいな樹氷を数本作った。
「ホホホ、今年の夏は涼しくなるわね。」完全防寒した人々が代わる代わる見物に来た。みんな応援しているよ。がんばれメルティ。
ある日の夕食の席で、マリアが言った。
「ねぇ、メルティ。今度の迎春祭の日に王女殿下からお茶のお誘いをいただいたのだけれど、あなたも一緒に行かない?」
只今僕は、殻付きエビの半身とナイフとフォークで格闘中だ。超絶忙しい。
「僕、今すっごく忙しいの。姉さまだけでどうぞ。」もう皿はぐっちゃぐちゃだ。だいたいおかしいのだ。だってマリアや公爵夫人のエビは一口大に切られている。
「あんまり根を詰めすぎるのもよくないわよ?それに、以前からあなたも一緒にって仰っているのよね。ガーデンパーティの後は特にね。」
「怪我だ病気だと言い訳を随分しましたよ。おかげで、あなたは大変虚弱な子だと思われているでしょう。」不本意そうに公爵夫人が言った。
ワイズマンに会いに行った件は、それどころか、こちらにお世話になってからこの方ずっと、大変なご迷惑をおかけしている自覚はあり、それを言われると否とは言えない。
迎春祭は暗い冬が終わり再生の春が来ることを祝う日である。その日は、神聖な泉のほとりで祭司や賢者が儀式を行い、人々は水辺の木々にリボンを結んで病気や苦難の浄化と再生を願う。また家庭内では、家の中で春の兆しを感じられる場所に小さな祭壇を設けて、家族や親しい人と一緒に穏やかに過ごすことになっている。
王宮でも儀式が行われた。
夜明け前のまだ暗い時分に、王宮の礼拝堂では色とりどりの蝋燭が燈っている。
水晶のついた短杖を手にした中年の、しかし美しい祭司が祭壇の前に立ち、短杖を近侍に預けると、祭壇に置かれた大きな銀盆を両手に持って王の前に立った。
「いかなる御心をお託しあそばされますか?」
「そ、祖霊に、は、恥じない、つ、強い国を。」王は銀盆に黄色いリボン布を置いた。
祭司は王妃の前に立つ。王妃は黄色い布の隣に緑色のリボン布を置いた。
「我国の繁栄を願います。」
王子の前に立つ。緑色の布の隣に黄色いリボン布を置いた。
「両陛下の願いが叶いますように。」
王女の前に立つ。白色のリボン布を置いた。
「皆様が健やかにすごせますように。」
祭司が王族を巡り終えると、家政長官である王の従伯父(おじいさんの妹の息子)マニサ侯爵が銀杯を配った。マニサ侯爵は祭司の父でもある。その間に祭司は盆を水差しに持ち替える。
「夜夜中に聖なる泉より酌んで参りました聖水です。皆様に春の女神様のご加護がございますように。」
一人一人の銀杯に聖水を注ぐ。全員に行き渡ると王が杯に口をつけ、そのあとに皆が口をつけた。
迎春祭の日に、メルトは紺のスーツに淡い黄色のギンガムチェックのシャツを着て、マリアは白と深緑のドレスを身に着けた。服の色は聖なる泉の傍の木に結ぶリボンの色にちなんでいて、黄色は希望を、白は浄化を、緑は癒しを象徴するのだそうだ。その説明を聞いてメルトは思わず笑った。「姉さまは赤が似合うと思うよ。」赤は生命力や情熱や守護を意味する。メルトにとってのマリアのイメージだ。
「なかなか着るのに勇気がいるわね。」マリアも笑った。お茶会向きではないことは確かだ。
メアリーが白柳のバスケットを抱えている。中には、紅茶とバターたっぷりのビスケット、蜂蜜、スノードロップの花束にメッセージカードが入っていた。
「わぁぁ持ちたい!」と言うと、メアリーがぴしゃりと言った。「あと十年早ようございます。」
王宮に着くと、温室に通される。
王女殿下と王子殿下の前まで来ると、メアリーがメルトにバスケットを渡した。なので言い慣れない言葉をかまないように頑張った。「お招きいただきありがとうございます。ささやかですがお気に召していただければ嬉しいです。」うん、我ながら完璧だ。
「まぁ、ありがとう。とっても素敵ね。」と王女殿下。「そんなに畏まらなくていいんだよ。」と王子殿下。以前会った時より優しい気がする。
温室といっても、びっくりするほど広かった。窓際には柑橘類の木々がたくさん並び、中には実がなっている木もあって、室内は爽やかな香りが満ちていた。北側の壁には大きな暖炉に赤々とした火が燃えていて、暖炉の近くに重厚な木製の丸テーブルとイスがあり、テーブルの上はお茶会の準備が完璧に整っていた。王家ってやっぱりすごい。
相当キョロキョロしていたのか、王女殿下が、「そんなに気になるなら、見て回っていいわよ。」と言う。しまったと思ったけれど、そこは子供らしく元気にお礼を言って探検させてもらうことにした。やっぱりどれだけ広いか知りたい。木々をかき分け窓際に行き、窓伝いに端まで行って、また逆方向にも行ってみる。すると途中に小さなテーブルがあって、火の消えた蝋燭に水晶、ミルク、パン、謎の飾りが置いてあった。これはなんの意味があるのだろうか。マリアに聞いてみようと思い、テーブルの方を見た。マリアと王子殿下が二人で楽しそうに話しているのが見えた。マリアはうまくやれているかな、何の話をしているのかなと思って、なるだけ二人に近い木の根元に潜って聞き耳を立てた。
「うーん、あんまりよく聞こえないなぁ。」ちょっと距離があった。
王女が木の下から足だけ出しているメルトをみつけた。「そこで何をしているの?」
メルトは振り返らずに答えた。「うん、ちょっとね。姉さまと殿下が何を話しているのかなと思って。」
「それは私も気になるわね。どれどれ?」クスクスと笑って同じように潜った。
ガサガサと木が揺れて、もうバレちゃうだろ?と眉根を寄せて隣を見るとキラキラしい王女殿下の顔があった。うわぁ!?うっかり声を出してしまった。
「メルティ、そこで一体何をしているのかしら?」
いそいそと木の下から這い出る。「えっと、うーんと・・・かくれんぼ、かな?」恐る恐る顔を上げれば、
「鬼はいったい誰かしらね?」笑顔が怖い。えっと、誰でしょうね。
メルトはメアリーに服の汚れをはたき落とされて、強制的に席につかされた。
テーブルの上には素敵なお菓子が並ぶ。スコーンにクロテッドクリームをたっぷり塗って蜂蜜と刻みナッツをたっぷりかけて口いっぱいに頬張る。至高のおいしさ。なぜか王子殿下がニコニコとこっちを見ている。非常に食べ辛い。でも食べる。
「ねぇ、メルト。私のところに、お勉強に来る気はないかな?」
「お勉強?」とは。
「宮廷内での作法を覚えたり、政治の仕組みを習ったり、騎士や魔法騎士もいるし。」
最後の方にぴくりと反応する「騎士や魔法騎士は山を斬れますか?」そこのところどうですか?
王子殿下はにっこり笑った。「山?さぁどうだろう。斬れるかもしれないなぁ。」
少し心が揺れたが考え直す。要は殿下の将来の近侍候補になれということだろう。それはセオドアの役目だ。「僕は今、すごい魔法の先生に魔法を教わっているところです。これを頑張ることが僕の仕事だと思います。」だからいけない。
「へぇ、そうなんだ。それはいい心がけだね。じゃぁ、1と5のつく日に私のところへ来るっていうのはどう?」
1と5のつく日は月に6回もある。
「じゃぁ、1のつく日だけでもどう?」
「いいえ殿下。メルティの先生はとても厳しいのです。5のつく日にしてくださいませ。」
ちっ。王子のくせに舌打ちをした。なんだかちょっと裏表を感じる。
それから早々にお茶会は終わった。馬車の窓から、いつもはトネリコの木の上から見下ろしている町の景色が流れていく。月に3日も、しかも一人で、実は腹黒そうな王子に会いに行くのかと思うとなんだか気が重い。それなのにマリアは上機嫌だ。
「ねぇメルティ。折角だから、寄りたいところがあるの。」
遅くなりました。週1投稿がちょっと辛くなってきました。適度に頑張ります。