トネリコの木5
「妻を他の男に惚れさせて笑うなんて、そんな陰湿だから嫌われるんだよ。
どうせなら自分に惚れさせればいいだろ?」
「おぉ。おじさんいいこと言うね。」
「そうだろう?夫婦円満が一番さ。・・・なぁ、できるか?」
メルトは久しぶりに心が動いて、大きく頷いた。
*
メルトは王付きのパックを捕まえて、夫婦円満計画を打ち明けた。
実のところ妖精たちも、王と女王の仲たがいにはうんざりしていたらしい。
パックは肩掛け鞄をごそごそ探り、サーモンピンクの液体入りの薬瓶と、抹茶色の液体入りの薬瓶を取り出した。
ピンクが惚れ薬。
抹茶色が解毒剤。
ちなみに解毒剤の原材料は、キューピッドが撃ち損じた鉛矢が当たって抹茶色に変色したドクダミの花だという。(なんだそれ。)
「4滴も垂らしたら流石に目が覚めちゃうんじゃないか?
叱られるのはごめんだね。
よし、女王様はお前に任せた。王様は俺様に任せろ。」
パックは薬瓶をメルトに押し付けた。
あまりにあっさり渡されて驚く。
妖精にとっては言うほど大した薬ではないのかもしれない。
ピンクは右のポケット。
抹茶色は左のポケット。
間違えたらダメ。
多くの妖精を巻き込んで、夫婦円満計画は実行された。
*
なだらかな丘を登り、花畑で眠る女王のところへ行く。
妖精たちがせっせと野の花を薔薇に植え替えていた。
悪戯好きの妖精たちがクスクス笑うので、メルトは「しー、静かに」と合図を送る。
まずは左のポケットから解毒剤。
これは最悪起こしてしまっても大丈夫なやつ。
一息に両目へさすと、女王が寝返りを打った。
メルトも妖精たちもピタッと止まる。
息を殺してじっとしていると、やがて規則正しい寝息が戻った。
みんな一斉に息を吐く。
次が本番。
慎重に、一滴ずつ。
たっぷり時間をかけて垂らした。
成功の合図を送ると、妖精たちは一斉に散っていった。
*
夜明け前。
王は女王のもとへ行き、花のベッドに腰かけた。
それを合図に鳥が朝を告げる歌を歌い、太陽が野原に金色のカーペットを広げ、風が雲を払い、花々が甘い香りを放った。
王は一際美しい薔薇を摘み、
「起きて、チテー。お日様が顔を出したよ。」
と女王の頬にそっと手を当てた。
女王は目を閉じたまま顔を顰める。
王はため息をついた。
「まったく。私があなたを思って寝むれない夜を過ごしているというのに、あなたときたら。
あぁ知っているとも。
あなたは一切の花びらと少しの棘からできていて、私はあなたへの愛でできている。」
女王は目を開け、その瞳に王を映し、差し出された薔薇を受け取った。
王は女王にキスをする。
「チテー、ねぇお願いだ。私だけを求めてくれ。」
「えぇオビロ。私の愛は永遠にあなたのものよ。
あなたの愛も永遠に私のものだわ。
だって私たちの愛は真実の愛なのだから。」
妖精たちが拍手喝采を送る。
王様女王様ばんざい!
これで妖精の国に平穏が訪れる。
丘のふもとにいるメルトも、ぱちぱちと拍手を送った。
よかったね、王様。
小人が思いっきりメルトの腕を引っ張った。
「おい、今のうちに逃げるぞ。」
「おわっ!?」
小人の力が思いのほか強い。
「あ、ルル!」
後ろ向きに引っ張られながら、ルルに手を伸ばした。
その目に、丘の上で薔薇の蔓が一斉に立ち上がり、縒り合わさって三匹の大蛇のようになっていく光景が映った。
何だあれは!?
「逃げるなんて駄目よ。美味しくなるまで待つつもりだったけど、逃げるのなら仕方がないわ。
オビロ、仲良く半分こしましょ。」
女王が王に提案し、王はいい考えだと頷いた。
大蛇は鞭のようにしなり、反動をつけると、一直線に丘を下りて二人と一匹を追った。
「うわぁぁ!」
チッ、と小人が舌打ちした。
蔓がすごい速さで追ってくる。
振り返れば遅くなるのに、振り返らずにはいられない。
迫りくる気配を感じて振り返ると、ルルが大蛇に飛びかかった。
ルルは大きくなったけれど、大蛇の方がずっと大きい。
ルルが弾き飛ばされた。
「駄目だ、ルル!」
ルルを追っていた蔓は、弾き飛ばされたルルについていけず、そのままメルトを追う蔓にぶつかった。
メルトを追う蔓が押されて、小人を追う蔓にぶつかった。
ん?これはもしかしていけるかも?
そう思ったが、敵はすぐに体勢を立て直した。
やっぱりダメ!
ルルが体勢を立て直し、また大蛇に向かっていく。
「ルル、やめろ!」
メルトの体がルルの方へ動いた。
その途端、小人はメルトの腕をぐんと引っ張り、その脇腹に手を回した。
「放せ!」
「くそ、暴れるな!」
「だってルルが!」
「煩いわ!」
小人の手刀がメルトの首に落ち、意識が飛んだ。
*
目を覚ますと、ベッドに寝かされており、そっくりな顔が七つ、メルトを見下ろしていた。
またおかしなところに来たみたい。
「!? ルル、ルルは?」
ガバッと起き上がる。
ルルはベッドの下から顔を出し、ぴょんとベッドの上に飛び乗った。
メルトは思いっきりその首に抱きついた。
よかった。ルルがどうにかなっていなくて。
ルルもメルトに顔を擦りつける。
ベッドがミシミシッと悲鳴を上げた。
ルルは、メルトを背中に乗せられるくらい大きくなっていた。
傍から見たら、肉食獣に襲われているように見えなくもない。
その様子を見て、小人たちのおしゃべりが始まった。
「優しい子だね。」
「それに可愛い。」
「うん、可愛い。」
それから質問攻撃が始まった。
名前は?
どこから来たの?
どうして妖精の国にいたの?
これからどうするの?
行く当ては?
忘れていたことを思い出した。
「僕は……」
言いかけて、口を噤んだ。
その様子を見て、小人は言った。
「この家の家事を完璧にやってくれるなら、この家に置いてあげる。」
メルトは、少しは家事ができたので、その条件を吞むことにした。
*
メルトと七人の小人の生活を支える家事を、本気でやるとこんな感じになった。
朝、みんなより早く起きて朝食を作る。
メルトの作る料理は、フルドラがくれた堅パンで作る“食べても無くならないパン粥”と、干し肉と野草のスープが固定で、その他はその時々で作れるものを頑張る。
朝食を終えると小人たちは仕事を始める。
小人たちの仕事は刀鍛冶で、離れ家が鍛冶場になっていた。
一方メルトは井戸端で皿洗いと洗濯をして、風呂水を張るために井戸水を汲み、昼食を作って仕事場に小人を呼びに行く。
鍛冶場を覗くと、
高温の鋼を二人で交互に金槌で叩いているところが見られたりする。
ずっと見ていたいが、そういうわけにはいかない。
鍛冶場の隣の炭焼窯の前で、調理とお風呂を沸かすための薪を割って持ち帰り、皿洗いと家の掃除をして夜ご飯を作る。
一日が終わる頃には、倒れ込みそうなほど疲れていた。
歌いながら箒がけをしたり、窓辺を訪れる鳥たちと戯れるとかは、全くのフィクションだ。
*
ある日、小人たちは作った刀剣や包丁類を町へ売りに行くことにした。
十日ほど家を空けるという。
「いいかいメルト、留守の間に悪い魔女が来るかもしれない。
怪しい人は決して家に入れてはいけないよ。」
小人が真顔で言った。
メルトは、そんな小さい子じゃないんだけどなと思いながら了解した。
「今、自分は大丈夫って思ったろう?でもね、悪い奴は口が上手いんだよ。」
あっ、と小人は言い忘れたように続けた。
「林檎はまだ時季じゃないからね。
林檎を持っていたら、きっと悪い魔女だ。」
小人たちは念押しすると、ちゃんと戸締りするよう言って出かけて行った。
*
掃除は九日目にすればいいし、食事は自分とルルの分だけだし、何食かまとめて作ってもいい。
洗濯物も少ない。
久しぶりにゆっくり時間が流れた。
一人分のお茶を淹れて飲みながら、何をしようか考えた。
近くの川で川遊び、昼寝、散歩、山菜探し……
意外と思いつかない。
時間があるのはいけない。
これからどうしようとか考えてしまうから。
浮かない顔でコップの中を見つめた。
*
九日目。
掃除を終えて一服していると、トントンと扉を叩く音がした。
メルトは、小人たちが予定より早く帰ってきたのかと思い、急いでドアを開けに行った。
「もう戻ってきたの?」
そう言いながら閂に手を掛けた。
「メルティ、そこにいるのね?」
女の人の声が返ってきた。
悪い魔女、来た!
メルティと七人の小人。




