再起編(二)講堂
地下鉄東西線早稲田駅の出入口から四分ほど歩き、キャンパス外に建てられている校舎を通り抜け、右方向を見上げると壮大な時計台が聳え立っている。講堂を兼ね備えたこの時計台とはじめて邂逅したのは、達也が受験浪人していた時のことであった。予備校の帰りに途中下車し、息抜きにちょっと見学でもしてみようと思い立ち寄ったのである。かつて同じこの場所で、青いスタジアム・ジャンパーを着て、受験参考書がぎっしりと詰まった鞄を肩にかけた純真無垢な青年は、この時計台を凝然と眺めていた。その青年が、時計台の前に立ったちょうどその時、夜八時を知らせる鐘が鳴ったのを聞いて、まるで自分を招いているかのような感覚を覚えたことが、この大学を受験するきっかけとなった。
―この時計台を、どれほど見てきたことか―
達也は卒業後もたびたびこの場所を訪れていた。発端は、上司のパワハラによって会社を退職した時のことだった。時計台は、全てを包みこむかのように重厚で粛然とそこに聳え立っている。この前ここを訪れたのは、母親を連れ荒葛江に引っ越して介護をはじめた時であった。
―あれから八年も経っているのか、早いものだ―
青年の幻影をすりぬけるように時計台の前の正門に足を踏み入れて、キャンパス内に入り図書館へと向かった。ほとんどの校舎は新しく建て替えられて、キャンパスの雰囲気は達也が在籍していた頃とは見違えるほど変わっていた。狭い、うるさい、汚い、と言われていたキャンパスが、いつの間にか小奇麗で閑静なキャンパスに様変わりしていたのである。
大学図書館の閲覧室は、パソコンが使用できるエリアと使用できないエリアにわかれている。パソコンが使用できるエリアは、ノートパソコンの端末を叩いている学生で混雑していたが、使用できないエリアは、公務員試験や司法試験の資格取得に励む学生がぽつぽつと座っているだけであった。
今の学生がノートパソコンを使用して勉強していることに初めて気づき、ちょっとしたジェネレーションギャップを感じながら達也は閲覧室のなかに入って行った。
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