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惜別編(五)追惜

 母親の葬式は至って簡素かんそなものであった。こんな簡素な葬式は今まで経験したことがなかった。斎場に着いた時、いくつかの部屋で葬式が行われていた。何々家葬式場と墨汁で書かれた白い紙が、それぞれの部屋の入口付近に貼ってある。中山家の部屋はどこなのかと思いながら案内人の後をついて行くと、それらの部屋を通り過ぎて火葬炉の前にたどり着いた。ここで葬式が行われるのだろうと達也は直感した。案の定、母の遺体は火葬炉の前に置かれ、遺体に花を添えたあとすぐに坊さんがやって来て読経をはじめた。本来、お経は葬式に組み込まれていなかったのだが、達也がお経くらい唱えてもらいたいと頼み、五万円うわのせして組み込んでもらった。それが母親にしてあげられる精一杯のことであった。


 参列者は、母方のいとこの京子さんとその息子さんだけで、中山家の本家とはすでに縁を切っていたので連絡すらしていなかった。


 火葬炉から母の遺骨が出て来ると、ひとり一つずつ骨を骨壺こつつぼに入れ、担当者が慣れた手つきで金属を取り除いた後、遺骨の入った骨壺を渡された。葬式はそれで終わりだった。


 京子さん達とはそこで別れ、骨壺を持ってタクシーを拾い、かつて母を介護していた部屋に遺骨を運んだ。達也は遺骨を前にしてひとりぽつんと座っていた。線香に火をともし、ひとすじの煙がたちのぼり、部屋中に広がっては消えていく。おごそかな線香のかおりに包まれながら、母親が救急車で運ばれて行った日のことを思い出していた。


 けたたましいサイレンの音ともに救急車が到着し、三名の救急隊員が部屋にあがりこんで来た。静寂せいじゃく喧騒けんそうへと変わり、ひとりの救急隊員が瞬時に母親の血圧、酸素濃度を測定しはじめる。隊長らしき者が主治医と医学用語でやりとりしているのを聞きながら、達也はただ茫然ぼうぜんと立ちつくしていた。


―あっという間だった。救急搬送してからもうすでに二年も経っている。ただ部屋を出てまた部屋に帰って来ただけなのに、母さんの体がこんな小さな箱のなかに入ってしまった―


 母親が使用していた介護用のベッドは、レンタル業者がすでに引き取りに来てなかったが、ベッドが置いてあった畳の部分は、引っ越して来た時のまま青々としている。達也は、その青々とした畳の上に仰向けに寝て母親のぬくもりを感じようとした。


―母さんはいつも天井を眺めていた。何を話しかけても、天井のある一点に視線を向けていた―


 達也も仰向けに寝ながら天井を眺めた。


―天井を覆っている木の木目を眺めながら、母さんは何を思っていたのだろう―


 達也は母親のことについて、英子伯母さんから聞いていた話を思い出していた。英子伯母さんが言うことには、若い頃母親は兄弟五人と一緒に富山から上京した。他の兄弟達は母親が中学しか出ていなかったため、一緒に上京することを反対していたが、反対を押しきって強引に東京に出て来たらしい。


―東京になんか出て来ないで富山にずっといればよかったんだ。富山で親兄弟達と一緒に、静穏せいおんとした海の町で暮らしていれば、違った人生が送れただろう―

読んでいただきありがとうございます。

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