90 グレイ仲人になる
前半、グレイと公爵の密談
後半、ライとミリエッタ会話
今日、グレイは夫人の屋敷に訪れた。いつもの如く先ぶれもない。突撃だ。なぜなら公爵が来ているからだ。
「おい猫、なんか文句がありそうだな」
「べつに、何だかんだと言い訳して、ここに通ってるのはなぜ?」
「こ、声が大きい」
「のらくらしないで、行動を起こせ」
「そんなこと言っても、、」
グレイは公爵の妻にミリエッタが順当だと思っている。身分的には格違いがあるが、工房の仕事で王家との取引がある。高位貴族との取引や付き合いもある。どこかに養子に入れば十分婚姻は出来る。後妻ならそのままでも十分かもしれない。
今回の高熱病に対して、本来は公爵夫人が手腕を振るうところを、夫人が担った。それも表に出ず裏から速やかに行った。公爵が気が付かないことを流れるように補っていった。
ライが出来る事は限られてる。公爵は高い所から全体を見られるが細かいことは分からない。執事さえ、高熱病対策は夫人に助言を求める。肝心の公爵が妻たちのことで夫人に相談に乗ってもらっている。情けない。
公爵は仕事はできる。グレイも認める。ただ家族や夫婦という内向きが全然なっていない。オズだって、いくら家庭教師が欲しいと言っても、ぽいぽい与える年齢ではない。今は体を鍛えるべきだ。
オズは公爵と同じで、魔力量が高い。魔力を外には出せないだろう。父親と同じ身体強化を身に付けなければならない。魔力量に負ける体では身体強化を使いこなせない。
目先に囚われてはいけない。そこを補うものが必要になる。夫の言いなりでなく公爵という立場を持っていても、渡り合える妻が必要だ。夫人なら大丈夫だ。
「俺はお前が仕事が出来る男だとは認めている」
「本当か?いつも小言しか言わないじゃないか」
「仕方ないだろう。小言を言われる訳がある」
「たしかに」
「ここで捕まえないと、夫人が他所の誰かに攫われるぞ」
「えっ、」
「よく考えろ。お前の立場で一生一人でいることなど出来ない。それは分かるだろう」
「・・・・」
「オズを蔑ろにせず、赤子も見てくれる女などいないぞ。娶りたいやつがいるのか?」
公爵はちらりとライと話している夫人を見る。そのまま項垂れる。
「お前は結婚して欲しいと言われても、自分から結婚したいと思ったことがないのか?情けない奴だな」
「猫に言われたくない」
「俺はライに契約を持ち掛けたぞ」
「???」
「ライのとこに赤い大輪のバラを届けるやつがいる。意味は分からないが、1本ずつ増やして持ってくる。きっとこれは好きだという告白だ。しっかり調べて、行動に移せ。あと、オズもそうだが夫人はライが大好きだ。仕事も好きだ。好きなものは取り上げるな。嫌われるぞ」
公爵は立て続けに離婚したばかりで、色々なうわさが走り回っている。公爵はそんなことは気にしていない。オズを助けてもらい、オズの呪いが解かれたこと、それだけで十分だった。そこに女の赤子が加わった。
女の子など育てたことがない。母親はこの子を放棄した。オズを放棄したように。我が家の青い髪に青い瞳。いずれは俺と同じ紺碧の瞳になる。魔力量も多いだろう。我が家で守るべき子供だ。
乳母も侍女も良くやってくれている。それでも泣き止まないときがある。ミリエッタさんに抱いてもらうと数日は落ち着いて寝てくれる。それ以来、赤子にかこつけて、屋敷を訪問している。
赤子だけでなく俺も気持ちが落ち着く。ただお茶をして、話をする。彼女は赤子をあやしている。その姿を見ているだけで仕事への意欲がわく。
それだけではない、今回の高熱病についても俺が気が付かない援助を、どんどんしていく。俺の言葉に反論があれば筋道立てて論破する。今まで女性は感情的なものと思っていた。猫の言う通りこんな女性は、誰かに取られる前に貰ってしまおう。
いや、婚約をしてもらおう。貴族の結婚は1年先になる。俺より先に猫に言われては困る。赤いバラの意味を調べて、次回、公爵は一人で来る決意をした。
・・・・・・☆・・・・・
グレイと公爵はミリエッタ叔母様の屋敷の居間で言い合いをしている。ライの耳には内容は聞こえない。
ライは高熱病が完全終息したのでお世話になったミリエッタ叔母様にお礼に来ている。久しぶりなので、先触れを出した。叔母様の承諾を貰って、今屋敷にいる。それなのに公爵がいる。
叔母様の腕には、女の子の赤ちゃんがいる。オズの妹らしい。肝心のオズは、家庭教師の勉強があって今日は来ていない。ストーンさんの回復とともにオズは、公爵邸に戻った。危険は排除したらしい。赤ちゃんは叔母様の腕の中ですやすや寝ている。叔母様の後ろには乳母と侍女が控えている。
「可愛いですね。公爵様は急な御用ですか?お邪魔ならこの次にしますが」
「いいのよ。勝手に来たのよ。時々オズやこの子を連れてくるけど、お茶を飲んで帰るだけなの。オズがライに会いたがっていたわ」
「オズに会いたいです。半年過ぎたから大きくなったでしょうね」
「お話が出来るようになって、知識欲?が凄いみたいで、家庭教師を自分から求めたらしいわ。ライが熱病の治療に参加してるのも刺激になったみたい」
オズは母親がいなくなっても変わりないようで安心した。親とは産んでくれたから親ではあるけど、産んだだけでは親ではないのかもしれない。
ダイアナのように両親や兄妹に大切にされている人もいれば、孤児院の子供たちのように親の都合で捨てられる子もいる。
オズの母親は、声が出ないだけでオズを見捨てたけど、公爵は声が出なくてもオズを大切にしている。ライの頭の中で親子の関係がぐるぐる回る。
「ライちゃん、眉間に皺が寄ってるわよ。人それぞれ親子の関係は違うのよ。可愛いからと言って、甘やかされたスカーレットのようでは、だめなのはわかるわよね。だからと言って、厳しければ良いものでもない。
親子の関係は双方が作っていくものなの。そして、親も子もみんな同じ人間ではないから、考え方も、感じ方も違う。正解なんてないと思うの」
「親になるって大変ですね」
「そうね、大変だけどそんなに考えても、上手くいかないわ。ライちゃん、赤ちゃんを抱っこしてみて」
ミリエッタ叔母様から手渡された赤ちゃんは、ぐずることなくライの腕の中で寝ている。あたたかく優しい匂いがする。3歳のオズとは違う。ぷにゅぷにゅしたほほにライのほほを重ねる。
「可愛いでしょ。この子の未来が明るければいいと思えたら、それでいいの。親も、子供と一緒に育つのよ」
ミリエッタ叔母様の言葉をかみしめながら、赤ちゃんの顔を見る。親になる前に結婚が必要なことに気が付いた。ライは結婚など考えられない。ここで考えることを止めた。
オズはミケを連れて、時々来るらしい。護衛騎士は元気になったようで、安心した。ミケの転移連絡でオズが肉パンを食べたいと伝えてきた。ミケは転移にもだいぶ慣れたようだ。
明日にでも沢山作って、グレイに運んでもらおう。ストーンさん用に大きな肉パンも作ろうとライは思った。
グレイと公爵は、眉間に皺をよせ話し合っている。よほど難しい話のようだ。今回の熱病のことかもしれない。
「あっ、ミリエッタ叔母様、目的を忘れるとこでした。グレイに聞きました。治療用のお屋敷に食料や洗濯、掃除などお手伝いいただき、ありがとうございました。治療の方ばかり目が行って、ミリエッタ叔母様のご援助に気が付きませんでした」
「いいのよ。ライたちのお陰で東の公爵領が守られたの。ライの師匠のお陰ね。薬師の技術だけでなく、言葉も書物も大切にしなさい。師匠の代わりはいない。出会えることが奇跡みたいなものね」
「わたしもそう思いました。今回は師匠の日誌から始まりましたから」
ライは簡単に元薬師ギルド長や各ギルドとのことを説明した。誰一人欠けても今回の結果を導き出せなかったと思った。
「ライ、一度抱きしめてもいいかしら?」
そういいながら後ろの乳母に赤ちゃんを預け、ミリエッタ叔母様はライを優しく抱きしめた。とても温かく優しい匂いがした。ライの耳元で声がした。
「貴女が無事ならそれでいいわ。元気に戻ってきてくれてありがとう」
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