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煉獄の斎場  作者: 長野 智
14/14

幕間

 早朝の冷たい空気に包まれ、地平線から顔を出したばかりの陽射しを浴びながら、それだけは夜の面影を引きずるような黒いギルド制服を来てオスカーはインティクスの執務室に立っていた。座る許可は下りない。そもそもこの部屋に来客をもてなす類の調度品は置かれていない――わざわざここへ、部屋の主より上位の者が来訪することなどありえないからだった。


 オスカーの隣で周囲から逃避するように目を閉じて腕を組んでいるカズ彦も、その様子をにやにやと眺めているゼルデュスも、そのことに文句をつけないのでこれからも変わることはないだろう。


 部屋は至って静かなものだった。もちろん異常事態だ。少なくともオスカーはそう考えていたのだが、他の同室者がどう思っているのかは読み取れなかった。それに、呼びつけたインティクスは誰も居ないかのように書類にペンを走らせているままだ。


 オスカーとしては少なくとも人が四人も同じ部屋に向かい合って沈黙が流れれば、互いに顔を見合わせるくらいには居心地の悪さを感じる常識があると同室者を信じていたので、ここまでなんのリアクションも取らないといい加減くたびれてくる。


 ともすれば永遠にここで突っ立っている羽目になるのではないか、そう思ったオスカーは溜息を堪えて、この場における第一声を発した。


 「マーム、貴女へフォーランドの一件で報告に上がったのですが、今日は書類だけ提出してこのまま帰ったほうがよろしいでしょうか?」


 沈黙。インティクスが手を止め、先程まで執務机とペン先に挟まれて執拗に嬲られていた書類から注意を放し、ほとんど顔の位置を変えずにオスカーを睨めつけた。


 オスカーは努めて死んだ魚のような無表情でもってそれを受け止めた。下手に表情を出して不興を買うと面倒だし、上下関係を抜きにしてもインティクスのような陰険な女ゲーマーに睨まれるのは普通に怖い。そんな人物と睨み合いをしてもこちらに勝ち目はないのだ。


 そうしてインティクスの目元が更に険しくなり、部屋の温度が急降下したような錯覚を抱いても、オスカーはぼんやりとインティクスの方を見ていた。やがてひときわ眉間のシワに力が入ったかと思うと、白けたようにインティクスが椅子に背を持たれ、羽根ペンをペン立てに戻した。


 きっと僕の顔を眺め飽きたんだろう、とようやくのことで差し込んできた日の光の暖かさを感じつつ頭の中でまとめてきたセリフを口に出した。


 「フォーランドで……トクシマで発見した法義族は、昨日までに問題なくサー・ゼルデュスの研究所に移送しました。トクシマの大地人には、以前から申していた通りに、援軍請願のために島を発ったということにしています」


 「私の差し向けたカズ彦が、お前の跳ねっ返りどもを蹴散らしたおかげでね。それにしても、随分と手加減したことじゃない、カズ彦? 私の手下を神殿に立たせていたのに、手ぶらで帰ってきたんだから」


 「……ふん。去るもの拒まず、なのだろう。〈Plant Hwyaden〉の中に居てもなんの益にもならんから追い払っただけだ」


 嫌みったらしく指摘したインティクスに、カズ彦が吐き捨てるように答えた。その表情を見たゼルデュスが口角を吊り上げながら冗談めいた口調で声を上げた。


 「随分と優しいな、カズ彦! おかげで新しい研究所が狙われないよう、一層警備に気を付けなくてはならなくなった。どうしてくれるんだ?」


 「そこまで言うなら、〈壬生狼〉が研究所を守ってやるが?」


 「はっ、誰がお前らなんぞに任せるか! そんなことをすれば、明日にでも研究所が無茶苦茶になる」


 「心外だな。必ず守ってやるとも」


 「お前が興味あるのはNPCだけだろう。いいから、絶対に邪魔をしてくるな」


 互いに顔を正面に向けたまま、ゼルデュスとカズ彦が皮肉の応酬を交わした。それでいて二人ともそよ風を浴びているような態度のままでいる。内心ではそれほど心穏やかでは居られないだろうに、とオスカーは思った。


 ゼルデュスの新研究所はいまだにオスカーもどこにあるか知らない。インティクスからテコ入れがあったのか、付けられた冒険者も今までの数合わせとはちがう。


 ゼルデュスの手下に法儀族を引き渡した時に会った連中の装備はそれなりにハイグレードなものだった。オスカー自身は彼らをレイドで見かけたことは無いが、あるいは彼らもレイダーなのかもしれない。


 カズ彦は何とかその所在を突き止めようとしている様だが、芳しくはないらしい。


 占領してしばらく経つサイキョウはナカス攻めに参加する冒険者たちの保養地と成りつつあるが、最近はそこで騒ぎを起こす連中が増えているという話は有名になっている。


 〈壬生狼〉のメンバーも大半はそこへ送り込んでいるのだろう。研究所の捜索に費やす人員はないということだ。シクシエーレにいた〈壬生狼〉も、大半はサイキョウに行ってしまったし、間違いない。


 カズ彦にしても、そうした鬱憤をいくらか晴らす以上の目的は無いようだった。インティクスがつまらなそうに鼻を鳴らすと、二人は鳴りを潜めたように口を閉じて、部屋の主の方を見やった。


 「それで? カズ彦が逃がしてあげたお友達の皆さんは、今どこにいるのかしら? まさか知らないというわけではないでしょうね?」


 「お前からは〈ルナティック〉の反乱分子から法儀族を取り返してこいと言われただけだ。復活地点を更新するために全員でキヨスに向かっているようだが、そのあとは知らん」


 「あっそう。……まぁ、良いわ。仲間と分裂して、目的も達成し損ね、縁のあったカズ彦に、返り討ちにされておめおめと逃げ帰ったんだもの。普通の精神なら纏まっていられるはずがないわ。気にする必要も無いわね」


 インティクスはカズ彦をなじるように言いながら、馬鹿にしたように口元を歪めた。オスカーはインティクスの背後に取り付けたれた窓からブラインド越しに差し込む光に意識を向けていた。


 あの時オスカーたちを圧倒しようとしていたリナリアたちは、カズ彦の参戦によっていとも簡単に形勢逆転され、追い詰められていた。尋常の冒険者ではありえない破壊力の攻撃。近接特化のレイド用パーティの攻撃を食らってもやすやすと受け流す異様な剣技。


 一人、また一人と倒れていくリナリアたちを尻目に、オスカーたちは森へ逃げ散っていた法義族を追跡し、夜が明けるまで時間をかけてその全員を捕らえたのだ。再び元の場所へ戻った時、もはやそこにカズ彦やリナリアたちの姿は無かった。


 そこにいたのは全く別種の集団だった。オスカーの見たことがない冒険者とともに法義族を連れ去っていったゼルデュスは、今はつまらなさそうに口を尖らせてインティクスに噛みついていた。


 「気にする必要はない? 研究所を狙う奴らが野放しにされたんだぞ! 私の配下を増やす話はどうなる」


 「今のままでどうにかしなさい、ゼルデュス。もう十分な手駒は与えたはずよ」


 それよりも、とインティクスは断ち切るようにそう口にしてから続けた。


 「ゼルデュス、お前はあの装置の改良を早くなさい。出力を上げるたびに呻き声をあげるようなガラクタに用は無いわ」


 「おや、インティクス。もしかして君は彼らの絶叫が怖いのかい? それはなんとも――」


 「都市間ゲートの地下に置くのよ、ゼルデュス。あの声量で喚かれたらたまったものじゃないわ」


 「分かった、済まない。私が悪かった」


 冷たさと鋭さを増す暗色の視線にさらされて、インティクスをからかおうとしたゼルデュスがたまらず両手で宥めながら詫びを繰り返した。


 こんな危険人物をからかおうとするとは大概イカれてるな、とは思ったが、好奇心混じりでオスカーはゼルデュスへ助け舟を出した。


 「サー・ゼルデュス、"電源"はもう稼働しているのですか? その、装置の不備を直せば実働状態に?」


 「うん? ああ、いや、んん! 失礼、まあ概ねその通りだ。試運転は、インティクスも見聞している」


 「俺は知らなかったがな」


 「だが、そこで問題となった不備は、いささか根の深い問題だ」


 ゼルデュスはカズ彦の声など無かったかのように続けた。意識して話に没入するようにしながらゼルデュスは言った。


 「どれだけ意識を奪っても大声を上げる。どれほど隔壁を厚くしても音が漏れる。正直参ったとも。あれではせっかくの作品が台無しだからな」


 「作品だと……!」


 「ふん。兎も角、研究が多少なり遅れはしたが――しかし最早それも問題ではない! ジェレド・ガンが解決策を寄越してきたからな」


 「解決策……ですか。ジェレド・ガン? ミラルレイクの賢者が?」


 「そのとおり! "電源"の次は"炉心"だ! マナを凝縮し、"炉心"として安定させエネルギー源とする。これなら小型化も捗るはずだ!」


 「……それもまた法義族を使って?」


 「無論そうだ! まだ奴等の持つ高いマナとの親和性には利用価値がある! その謎を解明せねばな」


 ずいぶんと気分が乗ってきたのか、ゼルデュスは両腕を空に突き出すようにしながら語り続けていた。その陰でカズ彦が侮蔑するように短く声を出した。オスカーも内心ではその様子を見て呆れるような思いだったが、言葉はまた別のことを訪ねていた。


 「しかし、その法義族はいったいどこから調達するのですか? サー・ゼルデュス、ナインテイルにはほとんど獣人系しか居ませんし、ウェストランデには――もはや簡単に連れてこれるような者は残ってませんよ」


 「ふん、わかっているじゃないか。そう、まだウェストランデには法義族がいる」


 「……多少なりと地位をもった大地人ばかりですが? 宮廷魔術師、学者、一級市民……表立って連れ出すわけにはいかないのでは」


 「オスカー、私達には表立ってできない事を代わりに裏でやってくれる男が居るじゃないか! なぁ?」


 ゼルデュスは挑発するようにカズ彦へ目を向けて言った。カズ彦の口元が苛立ちで歪み、腕を組む手に力が入る。カズ彦は横目で睨みながら言い返した。


 「……俺は実験で法儀族を死なせないと約束したから多少とも認めてやっただけだ。今までに送り込んだ人数を覚えてないのか? なぜ次から次へと――!」


 「おっと、勘違いするなよ、カズ彦。こんなに大勢を要求するのは、お前のせいでもあるんだぞ?」


 「なに?」


 「簡単な事だ。実験体には負荷がかかる。死なせたくないなら、休ませなければならない。だが研究は日々継続されなければ、そして拡大させなければならない!」


 そこまで言ってゼルデュスは言葉を区切り、どこか自信たっぷりに、にやついた顔でカズ彦へ顔を向けた。カズ彦は明らかに嫌そうな色を浮かべている。


 「故に実験体はローテーションを組んで運用しているのだ。頭数が要るのもそのせいだ。別にお前が法儀族を連れてこないと言うなら私は構わないが、ローテは速めるしかないな。消耗も速くなるだろう。彼らには残念だが――」


 「黙れ。もう十分だ」


 「ふん。なら、せいぜいお勤めに励んでくれ。彼らの負担が軽くなるようにな!」


 勝ち誇ったようにゼルデュスが言った。お勤め。法義族の回収は、カズ彦の役目になるということか。それなら、シクシエーレ支部、いや〈ルナティック〉はこれからどうするというんだ? 単に汚れ仕事を押し付けることができたと、喜ぶべきなのだろうか?


 かすかな動揺に包まれているオスカーに、相変わらずの冷めた態度でインティクスが話した。


 「〈ルナティック〉は、法義族回収から外す。かわりにフォーランドのバックアップをなさい」


 「はい」


 「お前、勝手に連れ帰った負け犬連中も、そこに送り込んでるわね。いいかしら。近いうちにフォーランドへ部隊を送るわ。指示はすでに出してある。〈ルナティック〉はそいつらのやること以外の、細々とした面倒をすべて受け持ちなさい」


 「……分かりました、ええ。お任せください」


 オスカーは渋々、といった色を浮かべながら頷いた。いったい送り込まれる部隊とやらが何をするかは定かでないが、〈ルナティック〉の仕事は想像がつく。トクシマの街にその部隊から課せられる無理難題を押し付けたり、頻発するであろう面倒事を処理する役回りになるのだろう。憂鬱だ。


 だが、そこまで酷いことにはならないだろうとも思っている。なにせトクシマは規模が小さいし、素性はともかく人手も来る。


 空いた穴を埋めながら立て直す余裕はある――そう楽観的に考えていた時、インティクスがつまらなそうに言った。


 「それから、ナカルナードへの増援を送ることが決まったわ」


 「はい?」


 「ビッグブリッジ突破に手こずってるアイツに、〈ルナティック〉と〈リリエンタール〉からレイドを送る。支部を任されている中でレイドギルドなのはその2つだけよ」


 「要するに、すぐに動かせる手駒は君たちしかいないという訳だ。安心したまえ! 私が作ったアイテムを持ったパーティを付けてやる。テストを兼ねたものだ、遠慮なく連れて行ってくれ、頼む」


 「はっ、はぁ? いや、人を寄越してくれるなら結構なことですが……テストですか? 新アイテム?」


 妙に鬼気迫るというか、必死な様子のゼルデュスに面食らいながらオスカーはたずねた。内心、こいつ法儀族の実験以外にも何かやってんのか、とあきれていたが。


 「そうだ。〈北風の移動神殿〉という、いわば移動リスポーン地点だ。効果範囲内にいれば死んでも移動神殿から復活できる。その代わり念話が使えなくなるがな」


 「おお。それは、すごく便利そうですが……え? 自分で使われないんですか?」


 素直な感嘆を漏らしたオスカーが、至極当然とも言える疑問を口にした。あれだけ手下についてとやかく言っていたゼルデュスが、手元から遠ざけるには勿体ないようにも見えるが。


 それを聞かれたゼルデュスは苦虫をかみ潰したような顔をしていた。まだ飲み込めないオスカーはその様子をキョトンとした様子で見ていた。


 「言っただろう、テストだ。私に付けられた奴らを送るから、取り扱いも問題ない」


 だんだんとイライラしてきた様子のゼルデュスが内心を抑え込むようにしながらそう言った。手下増やして欲しいんじゃなかったのか、とは喉元まででかかったが、どう考えても怒らせそうなので黙っていた。


 「ともかく! 向こうに連れて行って役立ててくれ! いいな」


 半ば強引に話を終わらせて、ゼルデュスは承諾を迫った。オスカーは何処か嫌な予感を覚えつつも首を縦に振るしかなかった。


 「分かりました。その"実験部隊"と共に、ナインテイルに向かいます――いつからですか?」


 質問の後半はインティクスへと向けたものだった。執務室の主は、ただ一言答えた。


 「今すぐに、準備なさい」


 それで言いたいことは無くなったらしかった。オスカーは、ではすぐに、とだけ答えると、白々しく腰を折って踵を返し、部屋から出ていった。呼び止める者は誰もいなかった。

連載を続けるって凄く体力つかいますね。

読んでくれる人が居てとても嬉しかったです。

もうあと一作品やりたいという気持ちはあるので、投稿した時はまた覗いてみてください。

ここまでお読み頂きありがとうございました。

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