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煉獄の斎場  作者: 長野 智
13/14

閉幕

 フォーランドから抜け出してきたリナリアたちの連絡を受け取ったゴドフリーは、フィールドボス討伐クエストだのと理由をつけてシクシエーレから離れ、救出計画のため根城にしていた場所からイコマへとやってきていた。


 イコマは山岳地帯に建設された一大都市だ。貴族の集まる政治都市として、また山岳神殿を始めとする宗教都市として、山中の街とは思えぬほど都市開発と繁栄を享受してきた。それは弱い大地人に押し付けられた歪みの基に成り立っている。その中に法義族が加わっても知らん顔という訳だ。


 そんなことも今日きりだと、ゴドフリーは思った。法義族はウェストランデの人々が言う労役夫ですらない。彼らがイコマでなにか仕事することは無い。もちろん、〈Plant Hwyaden〉が喧伝するような研究活動への協力をしているわけでもない。


 彼らはただ研究資源にされているだけだ。その意味では労役夫以下の存在にまで貶められている。残酷なことじゃないか? ランデの横暴から逃れたと思ったら、冒険者はそれ以下の扱いをしてくるなんて。


 「行くで、お前ら。気付かれんな」


 ゴドフリーが関西弁で言った。ゴドフリー以下、11名の冒険者がうなずく。彼らは貧民区に築かれたイコマ秘密研究所を見下ろす木立に潜んでいた。計画通り、レイドを終え法義族を連れ出したリナリアから連絡を受け取ったゴドフリーたちは、すぐさまイコマへ急行、こうして潜入の準備をしていたというわけだった。


 とはいっても、全員が研究所に忍び込むわけではない。何人かはバックアップのためにここに残り、辺りを警戒することになっている。連れ出した法義族を運ぶ馬車は奥の方に隠されていた。フィールドオブジェクトのように、半ば公然と留め置かれている。


 研究所での救出作戦は単純なものだ。地上施設に住んでいる者たちは簡単だ。彼らはゴドフリーたちが移送してきた法義族で、イコマまでの道中で説得と勧誘は済んでいる。


 問題は地下で囚われている者たちで、彼らは実験に使われるために意識を失った状態で閉じ込められている。単なるカモフラージュとしての役割しかない地上部分とは違って研究所には常に人が張り付いているため、そいつらもどうにか無力化しなければならない。


 人数は分かっている――が、実際に中でどうしているかは未知数だ。研究に没頭していることに期待して、異変を外に漏らされる前に制圧する。失敗すれば――力技だ。大急ぎで東へ逃げるくらいしか選択肢がない。


 「けっ、悩んでも仕方ないがの」


 そう言いつつ、ゴドフリーは敷地を堂々と歩いて研究棟へ近づいてゆく。これまでの調査で、地上にいる冒険者たちは夜中になると途端に警備がおざなりになると分かっていた。


 何人か冒険者が送られているものの、夜番を毎回同じ奴に押し付けて大半の連中は遊び呆けているか、酔い潰れている。ゲーム時代は単なるソロプレイヤーだったゼルデュスには、地位を得た今でさえ都合の良い手下が居ないのだった。


 「どうせ、研究所を荒らされんのが腹立ったんやろうが……こんな奴らじゃぁの」


 侮蔑するようにして、寝息を立てている"見張り"を眺めた。当初は真面目に歩哨に立っていたコイツらも、誰も自分たちの仕事ぶりなど興味が無いと察してからは、こんな仕事の馬鹿らしさにようやく気付いたらしい。どれだけ手を抜けるものか、その限界まで挑戦しているらしかった。


 きっと誰から何を警備しとるんかも分かっとらんに違いない、とゴドフリーは決めつけた。こんな調子では、大地人ですら盗みに入れる。


 「ワイらには丁度ええがの。……お前らは大部屋におる奴らを運んどれ。ワイらは、このまま地下や」


 ぞんざいに指示を出して仲間が駆けていくのを少しばかり見送ったあと、残ったメンバーたちに頷いて歩みを再開した。研究棟は目と鼻の先だった。


 相変わらずやる気の無いカモフラージュや、と使用感のないガラクタ置きと化した部屋を尻目に、それだけはホコリの積もっていない廊下を歩く。


 職員室に入り、ロッカーに偽装されたアームレバーを操作して階段を呼ぶ。騒々しい音が部屋中に響いたが、さっきの連中が聞きつけることはないだろう。地下はどうか、ゴドフリーには分からないが――気が付かないか、気に留めないことを期待するしかない。


 「こっからが本番やぞ……慎重に行け」


 そう背後に声を掛けると、ゴドフリーはウィンドウを操作して脚部の装備を変えた。戦闘用のサバトンから、消音性に優れた探索用ブーツへ。全員が装備を変えたのを確認してから、ゴドフリーは階段に足を進めた。


 ゴドフリーたちは無言で階段を足早に降りていく。ほとんどポーズだけだったとはいえ警備が置かれていた地上と違って、地下の方には見張りもいない。入り口が隠蔽されていることで十分、ということだったのだろうが、カズ彦の強制立入の後も状況が変わっていないのは大した自信だと思っていた。


 何事も起こることがないまま、ゴドフリーたちはパスワードロックの扉前までやってきた。リナリアから聞いた前回のパスワードを打ち込んでみる。エラーを告げる電子音と表示。さすがにそこまで手抜きではないか、と薄く笑ったゴドフリーは、仲間の顔を見回すと背中に背負った戦鎚を構えた。


 振り上げた戦鎚から繰り出される〈アーマークラッシュ〉の一撃が、スライド式で取っ手のない一枚板の鋼鉄扉をまるで飴細工のようにひしゃげさせながら強引に破った。金属がこすれあう不快な高音とハンマーが激突した轟音を立ててゴドフリーはわずかに身体を緊張させたが、予想していた警報が鳴り出すことはなかった。


 「拍子抜けやな……よっ」


 ハンマーを持った方とは反対の手でひしゃげた鉄板をレールから引きはがす。扉から覗く一直線の廊下は左右がガラス張りで、通るところを見られればさすがに気づかれる。どれだけ研究オタクの間抜けでも、さっきの騒音には気づいただろう――廊下には注目しているはずだ。


 「いくぞ。廊下のガラスをたたき割って、下で遊んどる奴等をふん縛る!」


 掛け声と同時に武器を構えたゴドフリーたちが一気に廊下へ飛び出し、お互いの邪魔にならないよう注意しながら振りかぶった。そして、眼下を見下ろした時になって、ふっと気づいた。


 天井に付けられた照明から一身に光を浴びている廊下とは違って、研究室は暗闇そのものだ。せいぜい廊下からこぼれる光で僅かに照らされているにすぎない。


 そして、紛れもなく異常な事態だった。ゴドフリーの知る限り、ゼルデュスのシンパがここを放ってどこかに行くはずがなかった。奴らにとって、実験が一番の遊びだったはずだ。そうと認めるのはたいへん忌々しいことだったが。だが、そうとしか思えない。ゴドフリーは半ば呆然と呟いた。


 「なんじゃこりゃ……誰も、おらんのか?」


 その言葉に廊下が波を打ったように静まり返った。そうだというのに、なんの音も聞こえてこない。怪しげな機械の駆動音も、忙しない研究者の足音や衣擦れも、苦しげに呻く法儀族の声も、何もかも。


 「くっ……おい、お前らはこの先を見て来い! 法儀族が檻に居らんか確認せえ! 他のやつは下の様子を見に行け……急げ!」


 ゴドフリーが仲間を指し、指示を飛ばす。彼らのうち二人が廊下を進んで奥の扉へ進み、他の三人が鏡面を叩き割って暗い研究室まで飛び降りた。


 ゴドフリーは廊下で待機している。別にサボっているとか偉そうにしているというわけではない。この異常事態、先ずは自分が捜索に加わるよりも現状を把握することが先決だった。


 (誰も出んやと?)


 そう思って地上を任せた仲間に次々と念話を掛けていったのだが――まったく誰にも繋がらない。おかしな話だった。冒険者をこの世から消すことができない現状、口封じには多大な労力が掛かる。殺さず生け捕り、それも相手が味方に通報する前にだ。人間と桁違いの膂力を持つ冒険者専用の拘束具もいる。


 つまり、あらかじめゴドフリーたちの襲撃を知っていた連中がいる。


 スーッと背骨に冷気が流れるのを感じた。無人の研究所を見たときから感じていた、自分たちは罠にかけられたのだという事実が、脳裏にハッキリと浮かび上がっている。


 計画は失敗――ゴドフリーはそう考えた。今すぐ研究所を探させている仲間を呼び戻し、引き上げなければならない――できうれば、地上で制圧された筈の仲間も助けねば。


 「でも、時間切れーッスよ、ゴドぉ?」


 ゴドフリーは凍りついた。降りてきた秘密階段ではなく、廊下の奥から響いてきた声。蹴り開けられた扉から徐々に浮かび上がる獣の耳と外にはねた長い赤毛。異形の大剣〈暴食竜の顎グラトニー・ジャウ〉を肩に担ぎ、からかうような笑みを浮かべた朱鳥がそこに立っていた。


 「お前……なんのつもりや! フォーランドにおったはずやろ!?」


 「いやッスねぇ、ゴド。仲間が騒ぎを起こしたっていうんなら、駆け付けないわけないじゃないッスか」


 眉間にしわを寄せて詰問するゴドフリーに対し、朱鳥はなんでもなさそうに手をひらひらとさせながらそう答えるだけだ。


 「お前一体どこから……!」


 「裏口から入ってきたッス!」


 あっちッス、と言って開いたままの扉の向こうを指を指した。裏口とやらが何処にあるかは分からなかったが、暗い床の上に捜索へ出した仲間が二人、拘束具をつけられて倒れているのが見えた。


 なおも警戒を続けるゴドフリーに、朱鳥が片手を腰において呆れたように言った。


 「そもそも、あーっしらに感謝するべきなんスよ、ゴド?」


 「なんやと?」


 「前から、ゴドたちが何かしてたのはあたしらも気づいてたッス。当然じゃないッスか? それに、オスカーはミナミの連中にバレないよう情報を揉み潰したりしてたらしいッスよ?」


 「んなっ……」


 ゴドフリーは絶句した。知らぬ間に敵から塩を送られて今日を迎えたことの衝撃は大きかった。


 「ゴドが連れてきた中にもいるッスよ。ずっと気づかれてたことを知って、あたしらに協力してくれた仲間が」


 朱鳥が言った。どうやって地上班を制圧したのかと思ったが、背中からとは。


 ゴドフリーは信頼していたはずの仲間が変心したことについて腹を立てた一方で、屈するのも無理からぬことだと半ば諦めるような思いでいた。


 ある日突然、敵と思っていた人物に呼ばれたかと思うと秘密の計画について言い当てられ、更には保護までされていたと。そんな状況でまともに活動を続けられるはずがない。


 「そこまで分かっとって、なんで泳がせた……なにが」


 「決まってるじゃないスか」


 朱鳥が大きなため息を吐いて答える。


 「大事になったらゴドたちは処分されちゃうッス……ミナミの奴らに! そんなことはさせないッス」


 種鳥は指を立ててゴドフリーに問いかけた。


 「このままぜーんぶ忘れてシクシエーレに帰るか、それとも大ギルドミナミを抜けて東に行くか、ッス。……それ以外の選択は、力ずくで潰すッスよ」


 底冷えするような声で朱鳥が念押しした。担いでいた〈暴食竜の顎グラトニー・ジャウ〉を降ろし、じりじりとにじり寄ってくる。


 「ゴド、時間は多くないッス。すぐに決められないんなら……あたしが決めてやるッスよ」

 

 視界がどんどんと狭まるような錯覚。こめかみから汗がつーっと流れていくのを感じた。





 空から陽の光が遠のき、星が散らばり出した頃。トクシマを出てヤマト本土へとたどり着いたリナリア達はイコマ近郊に広がる森林ゾーン、その中の一角に降りてしばらく経とうとしていた。


 (クソッ、なんででねぇんだゴドフリー!)


 焦るリナリアをよそに、呼び出しが長時間続いたため念話が自動で切れた。あらかじめ待ち合わせに決めていたこのソーンに、ゴドフリーはまだ来ていない。それどころかゴドフリーと一緒にいるはずの同志たちすら誰も来ていない。何度コールしても同じだった。念話が届いていないはずがないために、考えられるとしたら二つだ。


 (返事してられないほど忙しいか、返事できないような悪い状況ってことだ)


 どちらにせよ、あまり良い状況ではなさそうだ。増援を出して様子を見る――場合によっては助ける――必要があるだろう。


 だが、フォーランドから連れ出した法儀族のこともある。リナリアはテオドールに向かって言った。


 「テオ、おめぇは法義族を連れて、先に東へ行け」


 「リナリア、それは……!」


 「ゴドフリーの方で問題が起きたんだ。俺はその様子を見に行く」


 「僕も行くよ。人数が多い方が良い」


 「ダメに決まってんだろ、なぁ? 法義族を守ってくのに2、3人じゃ心もとねぇ」


 「彼らはフォーランドのモンスターと戦ってきた! 普通の大地人じゃないよ」


 「こっちにだってフォーランド並みのモンスターはいるし、敵はモンスターだけじゃねぇ。分かんだろ? それにな、あいつらは一回きりだ。どんなことがあるかしれねぇ」


 リナリアが言い聞かせるように言った。その言葉に反論するのは難しい。だが、今のテオドールには法義族よりゴドフリーの方が心配だった。そう思ってなおも反論を続けようとするテオドールを遮るように、リナリアが口を開いた。


 「いいな、テオ? 別にお前に楽な仕事を任せるわけじゃねぇんだ……ゴドフリーが応答不能ってことは、俺らにも追手がくるかもしんねぇ」


 「……分かったよ」


 テオドールはあきらめたように首を振ると、くるりと踵を返して法義族のもとへと歩いて行った。


 「さぁ、みんな。僕たちは一足先に東へ向かうよ」


 「……いいのですか、テオドール様?」


 「気にしないで。ともかく、ここを抜けていった先にランデの息がかかってない街がある。ひとまずはそこへ――」


 「い、いえ、行き先の話ではなくて……あの、空にいる"アレ"って」


 「えっ?」


 おずおずと背後の夜空を指差すザグレブに、テオドールが声を出して振り返った。木立に遮られるようにして広がる夜空、その中に星の無い黒いシミのような箇所があることに気付いた。大きさを増すその影から、何かが勢い良く飛び出したことも。


 「リナリア、後ろだ!」


 テオドールの警告の叫び。リナリアは半ば本能的に振り向きながら、背負っていた〈ニブルヘイム〉を抜き放った。


 その瞬間、肩口にまで届く鈍い衝撃が響き、硬質の手応えを感じながら〈ニブルヘイム〉の刃が滑る。襲撃者の纏う黒い外套を〈ニブルヘイム〉で剥ぎ取り視界が塞がれたところで、脇腹の方から衝撃を加えられて人身事故のように横へ吹っ飛ばされた。


 「ぐああぁあぁっ!?」


 「リナリアっ!」


 間を置かずテオドールが目の前の襲撃者へ立ち向かおうとして、その背後で動く気配がする。その正体を確かめる前に、猛烈な勢いで体に飛びついてきた胸甲のような拘束具が両腕ごと飲み込んでがっちりと前で留まった。


 「な……!? なんだ、これはっ」


 突然の衝撃に足がつんのめり、そのまま受け身も取れずに地面に倒れ伏す。後から続いて二回、同じように倒れる音が聞こえた。テオドールは上体をくねらせて自分の背後を見やった。


 そこには今の今まで味方であったはずの冒険者たちが、どこかきまり悪げにしてテオドールたちを見下ろしていた。どうやら彼らが、テオドールの背後を襲ったようだった。周囲ではザグレブたちが信じられないような、悍ましいものを見るような目つきで、その三人を見ていた。


 「対冒険者用の発射型拘束具だよ。カズ彦に遊び場へ入り込まれたのがよっぽど腹立ったんだろうね。ゼルデュスが造ったんだ」


 正面から打ち込んでも斬り払われるけれど、と観察するように襲撃者がつぶやき、さらに続ける。


 「今回は上手くいったみたいだね?」


 「オスカー……!」


 身体に張り付いていた黒い外套を放りながら、リナリアが忌々し気にその名前を呼んだ。オスカーは両手に大盾を構えた決戦装備のままで、すぐそばにミニオン・ランクの翼竜を従えていた。リナリアはオスカーをここまで連れてきたらしいそのモンスターの正体に察しがついた。


 「そいつ……ハルトマンか。〈幻獣憑依ソウル・ポゼッション〉で」


 「そういうこと」


 肯定するように翼竜も吠え声をあげた。オスカーはハルトマンの前に立ってリナリアたちから遮りつつ、口を開けた。


 「イコマに行くつもりなんだろうけれど……やめた方が良い。行っても無駄だから」


 「なんだとてめぇ……!」


 「イコマに法義族はいない。ゼルデュスが別の場所に研究所を構えたんだ。法義族はそっちに移送されている」


 歯を軋らせながら、闘志を奮い立たせるようにリナリアがオスカーを睨んだ。


 「だったら、おめぇをぶん殴って、そいつを教えてもらうぜ」


 リナリアが戦斧を構える。それを合図に第二分隊の面々がリーダーにならって武器を取り出した。オスカーは苦い顔をしながら首を振ってこたえた。


 「それも無駄だよ」


 「はっ、なんだ? どうなっても教えらんねぇってか? ミナミの連中にそこまで義理立てする必要があんのかよ!」


 「場所、知らないんだ。研究所へは新しいゼルデュスの手下が連れて行く。〈ルナティック〉は蚊帳の外だったから、教えられることはなんにもない」


 「だから諦めろって? 馬鹿言うなよ! なぁおい、だったらゴドフリーは! ゴドはどこに行ったのか、教えろオスカー! 残りの法義族は、後で俺達が探し出す!」


 「わかんないか?」


 じれったそうにオスカーがそう言った。リナリアは苛立ちから唸るようにしてオスカーに尋ね返した。


 「もう前とは違うんだ。ザル警備のイコマとは違って、今度の研究所は本気だ。二度とカズ彦の査察が来ないように固めてあるし、それはカズ彦以外の奴にも同じ。見つけても手は出せないし、失敗すれば慈悲は無い」


 「お前……」


 「知ってる? インティクスの噂、気に入らない跳ねっ返りを地下に閉じ込めて幽閉してるって。僕は、それが本当だと、思ってるよ。ところで、いま朱鳥から連絡が来た。ゴドフリーは、シクシエーレに戻るって。今なら選べるよ、リナリア」


 早口で、まくしたてるようにオスカーが喋った。内心ではオスカーも焦っているのかもな、とリナリアは他人事のようにそう思った。そうしてリナリアは顔を俯かせると、くっくとこらえきれないように笑いだした。さすがにオスカーが怪訝な表情を浮かべている。リナリアは言った。


 「いやぁ、な。何を選ぶってんだ、オスカー?」


 「……ぜんぶ無かったことにしてシクシエーレに帰るか、このまま〈Plant Hwyaden〉を抜けて東に行くか。それ以外は、インティクスに目を付けられるだろうね。当然、僕はそんなこと受け入れられない」


 「脅しか? ハッ! ……法義族は何かを選んだことがあったかよ? 俺がどうしようが、お前は法義族の扱いを変えねぇ。なら俺も、態度を変えねぇ。おめぇは法義族をどうするつもりだってんだ? 言ってみろ」


 オスカーは諦観したように目を閉じると、鼻で息をつき、ゆっくりと目を開いた。目を夜空の方に向けて、まるで台本を読むように声に出した。


 「ゼルデュスの下に送る。予定通りに。他に行く場所は無い」


 「そうかよ……なら」


 瞬間、リナリアの姿が掻き消えた。瞬きの間に、オスカーの真後ろで斧を振りかぶる。暗殺者のスキル《ガストステップ》だ。冒険者の動体視力でも追随できない速度で動いたはずだが、オスカーは動きを読んだように大盾を合わせて斬撃を防いだ。顔を向けることなく、腕だけ後ろに動かして戦斧とつばぜり合いを行い、金属質の擦過音を鳴り響かせて斧を払った。弾き飛ばされたリナリアが地面との摩擦で衝撃を受け止める間に、オスカーはリナリアと向き直った。


 それ以上動かないオスカーに対してリナリアが跳躍し――今度は《アクセルファング》を起動させる。縦横無尽に目にもとまらぬ速度で斬撃と離脱を繰り返し、防御の隙を探す。だがオスカーはほとんどその場から動かず、スキルの補助を頼りつつ攻撃をやり過ごしている。


 そして最後の一撃と思ったとき、攻撃を見破られたのか、鎧の関節と腕を使って斧の刃と柄を挟み込まれ、リナリアの動きに致命的な隙ができた。オスカーがもう片方の腕を背に引き絞る予備動作の後に、武器を極められていたリナリアの体に《衝角突撃ラムアタック》が直撃した。そのはずみで拘束が緩み、そのまま木の幹に叩き付けられる。


 「リナ! これが最後! 今すぐ! 武器を納めて、シクシエーレに戻るんだ!」


 「お前は、本当は知ってる……」


 「うん?」


 まだ何かあるのか、といった調子でオスカーが漏らした。よろめきながら、幹に手をついてリナリアが立ち上がる。


 「ゼルデュスの新しい研究所が、どこにあんのか……」


 「あぁ……。あぁ」


 オスカーは意味合いの異なる声を漏らして、リナリアへの返事にする。リナリアはにぃっとして、オスカーを見た。


 「なら、それがわかるまでは、お前を倒すわけにゃいかねぇな」


 リナリアが片手を上げる。それを合図に、第二分隊のメンバーが三人、テオドールたちの方へ駆け出した。裏切った立場の三人も、たまらず彼らに剣を抜いてつばぜり合いを始めた。残る二人は、リナリアとともにオスカーと、近くを飛んでいるハルトマンへ狙いを定めている。


 ここで決着をつける気か、とオスカーが大盾を構えて足を踏み出した瞬間、リナリアが叫んだ。


 「いまだお前ら! 先にこっから離れろ! 後からすぐに行く!」


 「はぁっ!?」


 オスカーが思わず二の足を踏んで法義族の方を振り返る。彼らは脱兎のごとく、木立の闇に消えつつあった。オスカーは一瞬歯を食いしばって、大声で叫んだ。


 「追え、ハルト!! 死にかけになっても良い、手加減せずに足止めして来い!!」


 「馬鹿野郎、そんなこと許すわけねぇだろう、が!」


 リナリアが大木を蹴り飛ばし、オスカーの間近で〈ニブルヘイム〉を振るう。その間に弓へと持ち替えた第二分隊の二人がハルトマンの憑依した飛竜へとがむしゃらに矢を放った。メインウェポンでもない攻撃とはいえ冒険者二人、単体では冒険者の半分ほどしかステータスのないミニオン・ランクのモンスターにはよけ続けることも、耐え続けることもできなかった。


 幾度かの矢を食らい、飛竜が忌々しげな声を上げるとその体が光に包まれた。光と同じ場所から、飛竜ではなく杖を持った男の冒険者が、厳しい顔をして地面に降り立った。


 「くっ、ハルト……」


 「飛竜はもうHP切れです、リーダー! 〈キャスリング〉しないとリーダーがやられるでしょぉ!?」


 とがめるような声音のオスカーに、ハルトマンが口をとがらせる。反論できずに黙るオスカーへ、リナリアが言った。


 「さあ、諦めろオスカー! 裏切りもんが、俺の分隊相手にどこまで保つと思う!?」


 オスカーはさらに表情を険しくした。そして、リナリアは自分の優位を確信した。このままオスカーを封殺するのも無理じゃない。


 趨勢は決まったと、この場の誰もがそう感じていた。オスカーたちも、リナリアたちも。


 そして樹々の暗闇から一部始終を覗ていた者もまた、そう感じた。その成り行きは彼個人にとってはそう悪くないとも思ったが、彼の雇い主にとっては違う。それだけはハッキリしていた。


 腰に差した刀へ手をかけた。そういえば、と彼は今更ながらに思った。冒険者相手に斬るのはこの世界ではこれが初めてだな、と場違いな感想を抱いた。新しく与えられた力を振るうこともそうだ。


 だが、死なせるわけにはいかない。彼は、彼らをミナミの神殿送りにはさせないつもりだった。それが彼に許されうる雇い主への抵抗であり、唯一示せる友情の証だったからだ。

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