9 バーに行こう
家に帰ってテレビを何気なく見た。
最近あまり見てなかったから新鮮な気持ちだった。
そのテレビのあるコマーシャルに目が止まった。
それは、化粧品のコマーシャルだったんだけど、そこに写っている起用俳優に見覚えがある気がした。
白い肌、柔らかな髪、甘さのある目元に赤い形のいい唇・・・
ん?んんん?
最近会った気がする。
間接照明の光に浮いた美しい人形のような顔。
あ!!!!
あの時の!確か名前は、優。
あの時の口の悪い青年にそっくりだ!
まさか・・・・
まさかと思ってあのバーに行くことにした。
まだ、そこまで遅くないしあの店は徒歩圏内だ。
例の店のカードを見ながらあの店「doubt」に行くとカウンターの中に及川さんと奥のカウンタースツールにあの黒づくめ。
店内にはジャズが流れてて落ち着いた雰囲気だ。
しかも、今日の客はまだこの黒づくめだけらしい。
「いらっしゃいませ」
笑顔で及川さんが迎えてくれる。
「こんばんわ。」
ちらっと青年がこちらをむく。
こないだは対局の席に座ったけど、今日はその青年の近くに座る。
「なににしますか?」
「こないだと同じヤツでお願いします。」
「かしこまりました。」
注文を及川さんにしたあとあの青年を盗み見た。
全開と同じように間接照明に照らされた顔はとても綺麗だった。
そして、さっきまでCMで見た顔とそっくり。
「・・・・なんだよ。」
「え?あの・・・」
「人の顔じっとみやがって。」
「ばれてました?不快だった?ごめんなさい。」
「いや、そこまでシュンとしなくても。というか、おまえソレやめた方がいいぞ。男が勘違いする。」
???
「ふふふ。」
「笑うな。悟司。」
「はい、どうぞ。」
目の前にこないだと同じ紫のカクテル。
「ありがとうございます。」
一口、飲むとこないだと変わらない、いや、こないだよりしょっぱくないおいしいカクテルだった。
「おいしいです。」
「ありがとうございます。」
及川さんがほほ笑んでくれると嬉しい気持ちになる。
「で、あんたは一体俺になんかあるわけ?」
「えっと。あの。さっきTVであなたそっくりな人を見て。それで、たしかめたくなって。」
「「・・・・・・・・・・」」
「ブッ!!アハハハハ!!」
「おい、クソバーテン。笑うな。」
この静かなバーには似つかない大声で笑いだした及川さん。
それにいらだつ優君。
「え?ええ?」
「おまえ、俺のこと知らないの?」
「え・・・・こないだお会いした以外は・・・・特に。」
「アハハハ!まさか優のこと知らない子がいたとは!」
「くっそ・・・」
「え?え?どういうことですか?」
目尻に涙をためながら及川さんが説明してくれた。
「こいつはね。今話題のYUなんですよ。こないだヒットした恋愛映画あったでしょう。それで騒がれた俳優いたでしょう。」
「あ!そういえば!だから、どっかで見た気がしたんだ!」
「口が悪くてわからなかったんでしょう。」
「うっせぇ。」
「メディア用のおまえ猫被りすぎてわかんねぇもん。俺でも。はぁー笑った。」
たしかに、私がちらっとだけど見たメディアでの彼はその外見に合った春の日差しのような柔らかい物腰で礼儀正しく紳士的な青年だった気がする。
黒づくめなふくじゃなくて綺麗めのカジュアルで。いつもニコニコしてるような芸能人。
まさか、口が悪くて黒づくめでバーの片隅でお酒を飲んでる印象なんてなかった。
「俺は胸糞悪い。」
「あの、ごめんなさい。」
「謝んな。もっとムカつく。」
「気にしなくていいですよ。朝子さん。」
「は・・・はぁ。」
「朝子さん最近どうですか?」
「まぁ、毎日仕事してます。あ、今日このバ―の近くに越してきたんですよ。」
「それはそれは。ぜひお呼ばれされたいです。」
「おい、エロバーテン。何言ってんだ。」
「ぜひ。及川さんも優さんもいらしてください。」
「はぁ?あんたもなに言ってんの?警戒心なさすぎ。」
「・・・す、すみません。」
「なぁ、すぐ謝んの辞めたら?うざい。」
「こら、優。ダメだろ」
「いえ、いいんです。私もよくないなぁって思うんです。直します。」
「朝子さん、優の言うことなんか8割くらい流してやっていいんですよ。」
「おい。聞こえてるぞ。悟司。」
ちらほらお客さんも来てて楽しくおしゃべりしてたら9時だったのがいつの間にか0時を回っていた。
「あ、そろそろ帰らないと。」
「優、送ってやれ。」
「はぁ?!なんで俺が!こいつより俺のリスクの方が高いだろ!パパラッチに撮られたらどうすんだよ!」
「大丈夫だ。今のおまえは黒づくめの変質者に見えても人気俳優YUには見えない。彼女の夜道の方がアブナイ。」
「ひでぇ。」
「あの、いいんで。大丈夫です。ホント10分くらいなんで。」
「そうはいきません。私がいけたらいいんですけど。優、店番してくれるか?」
「わかったよ。行きゃぁーいんだろ。行けば!」
「ホントに、いいんですよ!」
「うるせぇ、とっとと外出やがれ。」
「あの、なんか喧嘩売られてるみたいなんですけど・・・」
「まぁ照れてるだけなんで大丈夫です。」
ふふふ。と言って笑う及川さん。
「聞こえてるぞ。おっさん。」
「優、送り狼になっちゃだめだぞ!」
「なんねぇよ!!」
帰り道なんとなく気まずい。
数歩先を歩く優さん
住所を最初に言ったらどうやら知ってるらしかった。
「・・・・・・」
「・・・・・・」
下ばかり見てたけど、あっという優さんの声に顔をあげる。
「星が今日は見えるぞ。」
「え?」
彼の上を見上げてるのに釣られて顔をあげて空を見上げると
たしかに微かに星が見える。
東京だとあまりみることのできない星空。
「あんたさー、ものすごい星空見たことある?」
「・・・・・ないです。」
「俺さ、北海道に前行った時一面満天の星空を見たんだ。まるで星が降ってくるみたいな。東京もさホントは全て取っ払ってなにもかもなくなったら同じように見えるかなって思うんだけどどう思う?」
「見てみたいね。その星空。」
「だよなぁー。見てぇよな。でも、この排気ガスでくすんだ星空もいつか懐かしいと思える日がくるなら悪くないと思う。」
「うん。そう・・・だね。」
なんで星の話になったのかはわからない。
なんだか切なそうにそういうの横顔胸が締め付けられた。
しばらく立ち止まって見上げていたけどそれをやめてまた歩き出す。
「とっとと帰るか。」
「うん!」
でも、さっきより沈黙は辛くなかったし、少しだけ近くで歩いた。