第二五話
明けましておめでとうございます。今回は天魔の最終回の予定でしたが、収まり切らなくなったので二つに分けて投稿する事にしました。
第二五話
「草薙」の対空射撃は防空艦だけあって恐ろしいまでに正確で容赦の無いものだった。最初は敵編隊の周辺で炸裂していた砲弾が、射撃を続け敵編隊への射撃諸元が修正されるに従ってその炸裂の閃光は編隊至近から内部へと食い込む形で移行し、やがてその対空弾の散開径に敵爆撃機を捉えた。
密集した編隊を組んでいたB-17の内、外縁部に位置していた一機が発動機から煙を出して高度を下げ始めた、それと前後して中央部を飛んでいた一機が右主翼の付け根から圧し折られる形で翼を失い一気に錐揉み状態で落下していった。
このような事態になると「密集隊形のままでは危険で有る」と判断するのは当然の帰結である、その結果として彼らは「草薙」からの対空射撃を避けるために密集した編隊を散開せざるを得なくなる。
これはある意味、我々守備側にとって任務の遂行が成ったことを意味していた。
何故彼らは高度六〇〇〇メートルを密集隊形で進軍してきたのであろうか?
前日の米軍の攻撃は双発爆撃機が中心だった、彼らは中低高度で泊地上空へ進入したところ、待ち構えていた上空直衛隊により照準を邪魔された挙句、少なからぬ損害を受けていた。
故に彼らは迎撃機対策として日本軍機が苦手とする高高度からの爆撃を選択したのである。
しかしながら、ここで問題が出てくる。
戦闘に詳しい諸兄であればお気付きとは思うが、水平爆撃は高度が上がれば上がるほど威力は増すが同時に命中精度は反比例する結果となっている。
それは照準機構と機体の操縦装置を連動させて精密爆撃が可能である筈のノルデン爆撃照準器を使ってもその状況に大きな変化は無い。
結局それは大戦末期から戦後に成って誘導爆弾が開発されることで漸く解決した問題でも有った。
であるならどうすれば良いのか?
それは、密集隊形で限られた範囲の中に大量に爆弾を投下して損害を与えれば良いのだ、幸い今回の目標の多くは装甲など碌に持たない民間徴用の商船である、そうであれば至近弾でも充分な損害を与える事が可能なのである。
その結果として攻撃方法に選択されたのが、高高度から密集隊形で爆撃を行うといったプランであった。またこの密集隊形には相互に援護射撃がしやすく、その点に置いても有効である判断された結果でもあった。
しかし、彼らはここで編隊を散開させる判断をせざるを得ない状況に追い込まれた、その結果、爆撃の効果は大きく減じられる結果となる。
加えて、散開した爆撃機各機は友軍機からの充分な援護射撃は期待出来ない訳で、ここに我々上空直衛隊の出番がやって来る訳である。
「草薙」の砲撃を避けて編隊が散開する、それが合図であった。
小隊長の小橋中尉は我々の編隊を散開した後に七機ほどの集団と成って飛んでいるB-17の上空に導いていた。
「倉本、右の三機を頼む。
檜山、俺たちは左だ、ついて来い。」
そう言うや否や、機体を切り返して降下を始めた。私も中尉に追随して降下を始める。こうした時、新しく採用された二機分隊の構成は連携がしやすかった、私は分隊長である小橋中尉が降下すればそれに倣って降下し、中尉が撃てばその目標と成る対象を同じように撃つのだ。全て中尉任せの楽な仕事といえる。
但し、私には中尉にない仕事が有る、降下の時、攻撃の時、周囲、特に後方を警戒して敵の攻撃に備えなければ成らないのだ。
よく言われることだが❝攻撃のチャンスは敵にもチャンスの時❞とされ、あまりに攻撃にのみ集中していると思わぬところから攻撃を受ける可能性が高いと常々教えられてきた。
であるから私は単純に急降下するのではなく、時折、敵機が収められている照準器の反射鏡から目を離して、右左、上下、そして後方へと視線を走らせて敵機が雲間に潜み攻撃のチャンスを伺っていないかを確かめるのだ。
それは偏に、小橋中尉に攻撃に集中してもらうためであった、もっとも、この中尉に至っては私のそんな役割が必要であるかは疑問のあるところではあった。何しろ毎度、私は碌に射撃する事も無く敵機は落ちていってしまう、そんな腕の持ち主で有ったのだから。
そうは言っても達人であっても背後を守る存在は必要であり、中尉も私の役割に不満を口や態度に出すこともなかったので一応役に立っている考えることにしていた。
直上から接近する我々に気付いた敵機の銃座が応戦を初めてくる、しかし、それらの防御射撃の火線は何時もの見慣れたものに比べると酷く少なく思えた、いや、少ないだけではない、不意を突かれ恐慌状態に陥っているのか、その射撃は相互の援護もなく、正確さを欠き、無闇やたらと銃弾をバラ撒いているだけに見えた。
急降下の最中、突然前触れも無く小橋中尉の乗機が射撃を開始した、機首の二門に加えて、主翼内二門と翼下の増設分二門も同時である。
曳光弾が示す銃弾の飛翔経路は見事と言う他無い正確さで敵機の主翼と胴体の交わる付近を痛打し、そこにあったもの全てを粉砕した。
あっという間の一機の戦果であった。機体中央を大口径の銃弾で撃ち抜かれた敵機は〈空の要塞〉の名にそぐわぬ脆さで空中に飛散した。
当然私も中尉に追従する形で射撃を加えたが射撃を開始して直ぐ目標とする対象が無くなってしまい結果として残骸を避けるように降下してその攻撃は終了した。
私は周囲を警戒しながら上昇に転じる中尉の機体に続いて乗機を上昇させ、新たな獲物を求めた。
再び七〇〇〇メートル辺りまで上昇すると、一呼吸置いて中尉は攻撃を開始した。
その攻撃を終え、更に一機を撃墜数に加えると中尉は翼を振り風防越しに前方を指差したて位置の交代を命じてきた。
今度は私に先に攻撃せよというのだ。
私が中尉に随伴したままの戦闘では撃墜数を伸ばせない事を知っての申し出だった、この点でもこの人は稀有な存在で有ったと思う。
私はすばやく敬礼して謝意を表して前に出、眼下を見下ろし、目標と成る敵機を探した。
現在、B-17の編隊は通り過ぎ、後続のB-24の編隊が足元に差し掛かっていた。
どうやらこの時、敵爆撃隊はショートランド泊地爆撃に際して編隊を二群に分けて侵入してきた様であった。
つまり敵は前衛となるB-17で構成された第一群と、それに続くB-24からなる第二群の二段構えで泊地上空に進入して来たのだ。
おそらく敵は前衛を防御力の高いB-17で敵(つまり我々)の攻撃に耐えながら反撃を行うことで上方直衛隊の戦力を殺ぎ、次に進入してくる防御力は低いが大量の爆弾を搭載できるB-24によって徹底的に叩くつもりであったのであろう。
しかしながら防空艦の「草薙」が居たことで、遠方の、しかも高高度を飛行していたのにも拘らず狙い撃ちされたことでその目論見は崩れる結果となっていた。
実際に後続のB-24の編隊も「草薙」から攻撃を恐れて既に散開して泊地上空へ進入しており、密雲を利用して恐る恐る接近している様子であった。
私はその中で、編隊から突出していた二機に目標を定め、攻撃を開始した。
私は一度〈蒼電〉を背面飛行に入れて彼我の位置を確認すると、スロットルを思いっ切り押し込み出力を全開にして、操縦桿を引いて一気に降下を始めた。
所謂、背面逆落としの姿勢で急降下に入った我が愛機〈蒼電〉は瞬く間に効果速度800km/hを超えて敵爆撃機に肉薄してゆく。
当然であるが後方へ回った小橋中尉は既に私に続く形で周囲を警戒しながら降下を始めている。
降下しながら素早く対象の機体を照準器の反射板の中に写し込む、と同時にスロットルレバーの頭に付けられた発射選択ノッチが機首の十二、七ミリと主翼の二〇ミリ両機銃計四門同時発射の位置に有ることを確認して発射把柄に指をかけた。
狙いを付けられた機体は当然だが編隊を組む僚機の銃座からも防御火器の火線が向けられる、それをすばやくフットバーの左右を踏んで機体を横滑りさせ避けて更に肉薄する。
照準機の反射板の中の目標が大きくはみ出るまで接近しスロットルレバーに取り付けられた機銃の発射把柄を握り込んだ。
機首の二門の十二、七ミリと主翼内の二〇ミリの二門の機銃が同時に火を吹き、曳光弾が敵機の左主翼の付け根付近に吸い込まれるように着弾するのが見て取れた。
「ダメだったか!」
そう叫びながら、その機体の至近を敵の機銃の火線を避けながら急降下して見返した。
いや、行けた。敵機は左主翼を付け根付近から失っており、やがて重力に抗せず海面に向かって落下を始めた。
この戦闘時の敵機の様子を戦後であるが知る機会が有った。
戦後に公開された当時の交信記録に該当するものが有りその和訳が雑誌に掲載されていたのである。
『何だ!何処から撃ってくるんだ?』
『見ろ、ヤツだ、ヤツが居る!』
『ヤツ?』
『メールシュトーム、メールシュトームだ!』
『怪物だ!散開しろ、殺られるぞ!』
『馬鹿野郎!勝手に位置を変えるな、ぶつかるぞ!』
『メーデー!メーデー!』
『やられた、高度を維持できない、爆弾を捨てろ!』
『上空に敵機!』
『クソッ!今度はサンディー(蒼電のコードネーム)だ。』
『ワイバーンだ、ワイバーンが出た!』
『もうお終いだ!』
『神よ。』
戦後に公開された米軍側資料によれば、この日ショートランド泊地に飛来したのは、オーストラリア北部の基地に展開していた米第五航空軍に所属するB-17とB-24の混成団計三六機であった。
彼らはテ号作戦発動に伴って苦境に陥っていたガダルカナル島上陸軍を支援する為に、ショートランド泊地に集結していた我が軍の上陸戦力を叩いて可能なら上陸作戦を断念させる事、最低でも上陸作戦を遅延させる事を目的にしていたとされている。
その後も戦闘は続き、再び中尉が先頭になって更に二度の攻撃を行い、中尉は二機を撃墜、私は確実な撃墜を一機と撃破が一機とスコアーを伸ばす事ができた。
やがて周りを見回すと、既に敵機の姿は消えていた、全て爆弾を投下、若しくは投棄して泊地上空から離脱したか、或いは撃墜されたか。
ともかく一時的にしろ戦闘は終結、いや一休みといったところであろう。
中尉の機体に追従して周回飛行に入ると、倉本上飛曹と田内上飛の第二分隊二機が合流してきた、気が付くと四番機の田内機が左に並んで飛んでいた、どうしたのかと見ると操縦席の田内上飛の白い歯と右手の指を二本立てているのが風防越しに見えた、どうやら獲物にありつけ二機撃墜した様子だった。
出発前に故郷からの手紙に酷く落ち込んでいた様子だったので心配していたが要らぬ心配であった様だった。私も同じように二機撃墜と二本指を立てて見せると嬉しそうに頷いて定位置へ戻って行った。
その様子に私も頷いて再び機体の操縦と周囲への警戒に集中した。
このまま敵の来襲が無ければ基地に帰って身体を休ませることが出来ると、淡い期待を抱いたのだが、その期待を打ち破る一報が空中電話の受聴機に響いた。
「我アオイ、我アオイ。
北東より侵入する敵機発見。」
「気を付けろ、こいつら早い、零式じゃ追いつけん!」
新たに発見された敵に接触を試みた零式艦戦隊より悲鳴にも近い警報が発せられた。
警報の方角に視線を向けると、二十機あまりの機体が低空を島影を縫うようにして泊地に侵入してくるのが見えた。
比較的小型の双発機であった、スマートな胴体に翼の発動機も液冷らしく尖ったシルエットのナセルが特徴的であったが、何よりも特筆するべきはその速度であった。
おそらく爆撃が目的であろうから爆撃機で違いないであろう、その機体は最大速度540km/hで追いすがる零式艦戦三二型乙Ⅱを軽々と振り切る韋駄天ぶりを披露していたのだ。
「確かにありゃ早い、600km/hは出ているな。」
「中尉、感心している場合ではないですよ、迎撃に向かわないと。」
感心してそんな事を口走る小橋中尉に私はそう進言したが中尉の答えは意外なものであった。
「まあ待て、今行くと危ないぞ。」
「えっ?あれは。」
気がつくと、例の「草薙」がいつの間にか敵機と輸送船団の間に居た。あたかも襲い来る狼から大事な羊を守る為に立ちはだかる牧羊犬の様に。
「それよりも檜山、気付いたか?」
「何にですか?」
「あいつら、アメさんじゃないぞ。」
小橋中尉からの突然の問い掛けに私は思案を廻らす。
「アメさん・・・・・、米軍で無いとすれば。
英国軍ですか?」
「ご名答。蛇の目印が見えたからな。」
「英軍となれば、あれは噂の・・・。」
「そうだ、〈蚊〉式だ。」
それが来襲した敵機の正体だった。
私達搭乗員が〈蚊〉式と呼ぶ英国軍の機体、正式名称デ・ハビランドDH.98モスキート。
英国空軍自慢の快速偵察・爆撃機である、この機体の特徴は自己防御用の武装を持たずその速度と優れた操縦性を武器としていた。当時英国空軍最速の戦闘機であるスピットファイアーの最高速度が五九〇km/hであったのに対してモスキートの最高速度は六五〇km/hに達していたのだ。
この高速の秘密は発動機の一五〇〇馬力を誇るローリスロイス・マリーンエンジンと全木造製の機体にあった。
最大の特徴とも言うべき全木造製の機体は、当時においても既に時代遅れと思われたが、木造製の機体は戦略物資である軽金属の使用を最小限とし、町工場でも製造が容易な構造も有って量産に適していた。さらに木造製の機体は軽量で意外なことに被弾に強く表面を滑らかに製造することで高速を発揮することも容易であった。
後は副産物的な効果であったが、金属の使用範囲が少ないモスキートは電探にも補足されにくく現在のステルスの先駆けとも言うべき機体と成っていた。
その英国自慢の軌跡の木造爆撃機〈モスキート〉の前に大日本帝国海軍の誇る防空装甲巡洋艦「草薙」が立ちはだかった。
(余談であるが自国の誇る爆撃機に〈蚊〉と名付ける神経はどうにか成らないものであろうか、その他にも戦車や爆撃機にファイア・フライと言った名称があるがこれは日本語に訳すと〈蛍〉となる、何か〈白菊〉以上に儚い気がするのだが読者諸兄はどう思うであろうか?後に英国面なる言葉を聞いたがこれもその一部なのかも知れない。)
年明け完結を目指してきましたが、後一話伸びてしまいました。でもその分は内容を濃くしてお送りします・・・、成っていますか?
毎回お付き合い頂きありがとうございます、後もう少しです。
では誤字脱字が有りましたら、一報下さい。感想もおまちしています。




