第二六話
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第二六話
防空艦である「草薙」大小各種の対空火器が搭載されていた、その中で最初に火蓋を切ったのは65口径九八式10センチ連装高角砲であった、通称長十センチ砲とも呼ばれるこの砲の特徴は長さ6、5メートルにもなるその砲身とその長砲身故の射程の長さにあった。
「草薙」最大の射程と威力を誇るのは勿論主砲の15、5センチ砲であったが同砲は今回は使用されない、比較的近距離に入り込まれてしまって追尾に無理が有ったことと、同砲の発射時の衝撃波を避ける為に甲板上の乗員が退避する必要が有り、その為に中小口径対空火器の使用が一時的に不可能に成ることを避けるための判断であった。
この時「草薙」は敵に向けていた右舷に搭載されていた四基八門の長十センチ砲全門を最大発射速度毎分二〇発で連射し続けたと言われているが、相手が初見の高速機ということも有って有効な弾幕を張るのに時間が掛かり、有効弾を与える前に弾幕をすり抜けられてしまっている。
それでも肉薄する二〇機あまりの敵機の内、三機が長十センチ砲弾の餌食となっている。
続いて射撃を始めたのは連装・四連装合わせて四〇門が搭載されて居る仮称四〇ミリ機銃であった、この機銃も右舷へ指向出来る二〇門が目標を捉えて彼我の距離が四〇〇〇メートル切った当たりから撃ち始めている。
皮肉な話なのだが「草薙」に搭載されている仮称四〇ミリ機銃の正体はボフォース社の40ミリ機関砲L60で元々は英国海軍の物であった。
同砲は英国海軍が英国東洋艦隊の戦艦プリンス・オブ・ウェールズやレパルスの対空能力強化のためにシンガポールへ持ち込んだ機材でシンガポール占領後に日本海軍が接収、「草薙」の対空能力強化のために第一次改装の際にこれまでの九六式二五ミリ機銃と換装された物であった。
これに加えて二〇〇〇メートルを切ると更に新たな攻撃が加えられた、これは我々戦闘機乗りにもお馴染みの二〇ミリ機銃であった、九六式二五ミリ機銃の仮称四〇ミリ機銃への換装に伴い九三式十三ミリ機銃も二〇ミリ機銃へと換装され、正式名称九九式二〇ミリ機銃の二号銃を基本に艦載型に改造したこの機銃は、単装・連装・四連装と多様な組み合わせで艦上の至るところに設置され、本艦の最終防衛線を形成していた。
特に四連装は銃座の左右に単装の九九式二〇ミリ二号機銃を上下に二門を搭載っしておりドイツのFLAK38対空四連に似た形式をしていた。
「草薙」が張り巡らせた濃密な対空機銃の網は、長十センチ砲の弾幕を潜り抜けてきた英国軍のモスキートを容赦なく捉えた。
後に読んだ書物によると、英国軍の搭乗員は米軍より日本軍には長射程の機関砲が存在しないとの戦闘情報の提供を受けており、この時も高角砲の弾幕を抜けた後には間近の機銃弾の弾幕まで有効な対抗手段が無いとの判断の基、弾幕通過後に散開して「草薙」の周辺をすり抜けようとしたと言う事だった。
その彼らの機体には本来は英軍が使用するはずであった機銃から打ち出された四〇ミリ銃弾が殺到した。彼らは「草薙」が自分達が無いと思っていた大口径で長射程の機銃を装備していた事に気がついたがその時は既に手遅れであった。
先ず最初に、編隊の先頭を飛ぶ指揮官機と思われる機体はコックピット周辺に四〇ミリ機銃弾を受けた後に海面に叩き付けられれ四散した。
後続する機体にも四〇ミリ弾と二〇ミリ弾が撃ち込まれ、数機がそれに絡め取られて海中に消える。
予想外の犠牲に慄きながらも「草薙」の防空火力の網をすり抜けた英軍機は本来の目標である日本軍の上陸船団に向かい、上空で待ち構えていた零式艦戦隊の阻止線を強行突破して爆弾を投下、その高速を利して泊地外へ逃走して入った。
役半数が撃墜される損害を受けながら、二隻の輸送船に直撃弾を与えて行く当たりは流石にジョンブル(英国)魂の意地と言ったところだろうか。
今回の英軍機の襲来も然程の損害を受けずに撃退する事ができ、ホッとしたのもつかの間、新たなる脅威の来襲が「草薙」より知らされた。
「我タチバナ、我タチバナ。電探に感在り。
方位南南西、距離・高度・数不明。」
素早く指示された方向を捜す。
居た。数は然程多くはない、高度も三〇〇〇メートといったところ。
容易い敵だと私は判断した。
私はそれを編隊長の小橋中尉へ告げる。
高度は五〇〇〇まで上昇、との指示が有り私は既に上昇を始めた小橋中尉の乗機に続いて上昇を始めた。
と、その時、妙な感触を得た。
何か、見られているよう、嫌、狙われている感触だ、これは殺気?
私は混乱した頭を鎮めながら周囲へ視線を走らせる、と視界の片隅、敵編隊の只中で炸裂する「草薙」の砲弾が見えた。
今回も先ほどのような事態の進展を期待したが、残念ながら敵は一枚上らしく一時的に散開しても直ぐに元の密集隊形に戻る、動きの良い双発爆撃機で乗員も手練の様だ、「これは手強いなと」判断を改めて敵への攻撃に備えた。
やがて敵上方へ占位した我々の出番が来る。
小橋中尉の機体が素早く翼を振って攻撃開始の合図をしてくる、それに答えて私も翼を振って合図をする。
しかし、先程からの殺気を含んだ視線が気になる、周囲を見回しても敵影は無いが・・・。
中尉の乗機が降下を始める、私も遅れないように効果を始める。前後するが既に倉本・田内の第二飛行分隊二機は、我々から離れて別の空域で邀撃戦を始めている。
降下を始めると、気になっていた殺気が一気に膨れ上がった。
私は思わず後ろを振り向いた。
居た!
雲間から湧き出るように、姿を表した機影が我々に襲い掛かって来たのだ。
「後方に敵戦闘機!」
私は、空中電話に叫ぶと同時に警告の意味の射撃を一連射前方へ放った。
「メザシだ、気を付けろ!」
「クソ、頭を押さえられたぞ!」
空中電話に、複数の音声が入り交じる、皆が混乱して恐慌状態だ。
「頭を上げるな(上昇するな)、喰われるぞ!
一気に降下するんだ!」
冷静な中尉の声に我を取り戻した私は素早く中尉を追って降下速度を上げた。
「ダメだ、後ろに付かれ・・。」
その声を最後に田内上飛の声が途切れた。
「畜生!田内が喰われた!」
「田内?」
普段の人を食った様な物言いの倉本上等飛行曹長とは思えない上ずった声が受聴機に響き、私の気の抜けた様な声がそれに続いた。
先程まで共に戦っていた僚友の命が消えた。
二機の撃墜スコアを嬉しそうに報告した若者は、故郷からの手紙に涙していた若者だった。
でも今の私には彼の死を悼む余裕は無かった。
私の背後にも死神は足音高く迫っていたのだ、時折私と中尉の機体へ向かって12、7ミリブローニング機関銃から打ち出された銃弾の曳光弾が過すめてゆく、いや既に十発近い命中弾もあったが幸い致命箇所には命中していなかった。
しかし、海面が間近に近づいてきていた、ここで引き起こしは必須事項だ、でなければ我々は海面に激突して散華となってしまう。
後方のメザシ、米陸軍のP-38ライトニングは、米ロッキード社が爆撃機邀撃用に開発した単座双発機で、外見上の特徴は単座のコクピットを主翼中央に設け発動機を収めたナセルから後方へ伸びる双胴のブーム(機体)の後方へ尾翼を着けるという一風変わった機体構造であった。
特質すべき性能は、その足の長さ(航続距離の長さ)と高高度戦闘能力であった。
その事実だけを見ると、先に記した欧米列強の各国が一時期開発に血道を上げたドイツのbf110や我が国の十三試双発陸戦のような双発護衛戦闘機の一機に見える(第十話参照)、しかしその開発目的は正反対と言って良い戦闘機であった。
P-38は前述通り、本来自国(米国)へ侵入する敵爆撃機に対する邀撃任務を主任務として当時、新進気鋭の設計者であったクラレンス・ケリー・ジョンソ(後にP-80やU-2、F104、SR−71を設計した米国を代表する設計者となる。)によって開発された戦闘機であった、しかしながら先に記した通りの航続距離の長さと搭載量の多さにより自身が侵攻する任務を帯びた長距離偵察や爆撃機の援護、大戦途中からは戦闘爆撃機として対地任務に活用されることになる、名機と呼んで良い機体であった。
我々日本側の搭乗員は、翼に二本のブームと操縦席が付く姿がメザシの様に見えることからメザシと呼んでいたが高高度からの急降下を使用した一撃離脱に手を焼かされていた。
これまでのところ、欧州戦線とソ連への供与が優先されていた為に太平洋方面へ配備される数は多くなく、緒戦の戦場であったフィリピン以外では相見える機会の少ない機体であり、私もこれまで実物と手合わせすることはなかった。
敵機はその頑丈な機体を利用したダイブ攻撃で私達を葬ろうと雲間から躍り出たが、こちらの〈蒼電〉もまた日本機離れした急降下能力を持っていた。
我々に攻撃を仕掛けてきたのは二機のP-38であった。
彼らは時折牽制の射撃をしつつ同じように降下をしていたが、こちらが降下を止めないのを見て恐れたのか途中で翼を翻して去っていった。
私はその様子を振り返りながら見て、胸を撫で下ろした。
実は海面近くでの引き起こしを考えると言うほどに余裕が有ったわけでは無いのだ、特に小橋中尉は深刻であった。
勿論、中尉に問題が有ったわけでは無い、問題なのはその乗機方であった、前述通り中尉の乗機は我々が乗る二二型の武装強化型であった、その目標は主に米軍の四発重爆撃機である、その為に既に搭載されている九九式二〇ミリ機銃の2号銃を更に二門を追加搭載していた、当然だが武装を追加すれば重量はそれだけ増す結果と成る、端的に数字で表すと九九式二〇ミリ二号機銃二門の合計重量は六〇kgを超える、更にこれに装着する一〇〇発入りの弾倉は装填済みの重量で四〇kg、これが二個となると機材重量だけで一四〇kgを超える、これにこの武装を収めるゴンドラと装着場所への補強や取り付け金具などを含めば二〇〇kgを超える重量の増加と成るわけである、その為に機動性の低下は著しい、特に低空で動きの悪さは小橋中尉ほどの達人級の腕を持ってしても目に見える形で現れていた、加えて急降下時には引き起こし後の沈み込みも大きいわけで私の機体よりも相当早く引き起こさないと海面に激突することに成る可能性が有った。
そんな機体である、余り無理が出来ないのが現実であった。
実際、敵機が追撃を諦めたのを確認した時は、正直ホッとしたのは事実であった。
だから私はこの僅かな隙を突かれることとなったのである。
敵機が去り、海面が間近と成ったところで、小橋中尉は引き起こしに掛かった、これまで見慣れた素早い動きではないが、それでも中尉の機体は海面近くで頭を上げて暫く水平飛行した後、上昇に転じて高度を上げていった。
私も中尉の機体に追従する形で機首を上げ、中尉の機体よりもやや上方で水平から上昇にさせていった。
その刹那、私達の頭上から雨のような銃弾が降り注いだ。
上方を見上げると、そこには先程退散したはずの二機のP-38が居て機首を真っ赤に染めて我々に銃撃を加えていた。
今考えればその瞬間は、まさに無防備に背中を晒した時であり、敵であるP-38の搭乗員はこの時を待っていたのだ。
そして、私はこの時、敵の攻撃が中尉へ集中していることに気付いた。
それはある意味当然なことであろうだ。
中尉の機体は対爆撃機専用の武装強化型であり、生かしておけばこの先にも友軍の爆撃機の大きな脅威と成る、しかも、現在の状況下では動きが鈍く容易に撃ち落とす事が可能であると見られたのだ。
中尉は自分へ降り注ぐ敵の機銃弾を、巧みに機体を横滑りさせて避けていた、だがそうした回避機動は敵に間合いを詰めさせる要因にもなる。
まるでなぶり殺しにでもするように、敵機は間合いを詰めてきた、二基の液冷エンジンを収めたナセル下面のラジエターインテーク、そこに描かれたサメの歯を模した図案がこの時妙に納得が行くものに思えた。
だが、私は小隊長たる小橋中尉を、敵に撃墜スコアとして献上するつもりは無かった。
いや、私の意思より身体が先に反応していたのかも知れない。
私は素早くスロットルを開き、フットバーを蹴って機体を横滑りに入らせたいた。
それは自分には予期していたはずの衝撃であった、機体の至るところが穴だらけと成り操縦席の風防も枠ごと吹き飛んでいった、カウルが捲れて銃弾を受けた発動機からオイルが吹き出す。翼にも機銃弾が次々突き刺さり、超ジュラルミンで出来た外皮を削ぎ取り内部に収められていた主輪を海面に叩き落としてゆく。
それは操縦席内部も同様であった、直撃した銃弾とそれが引き起こした破片の嵐は容赦なく私の身体を切り裂いた。
激痛に遠のく意識、出血と火災で発生した煙で悪くなる視界の向こうで火に包まれる敵機の姿を見たのを最後に私の意識は途切れた。
私が意識を取り戻したのは、トラック諸島夏島の軍病院の病床の上であった。
時間は夕刻であったと記憶している、意識が戻り自由に動けない身体でどうにかして起き上がろうと足掻いていたところ、それに気付いた当番兵が医師や看護兵を呼んでくれたのだ。
私は最初、医師の説明が全く頭に入らなかった。
それでも、医師は呆れることもなく丁寧に説明してくれた、後に聞いたのだが被弾等をしてそのショックで記憶が曖昧になったり、外部の情報や状況を受け入れられなく成ることは珍しくはないとのことで、この医師はなれていたようであった。
やがて気持ちが落ちつて来ると、医師の言葉が耳に入り始めた。
それによると、私はショートランド泊地上空の空中戦で被弾し、海面に不時着水したのだと言う、被弾の際に重傷を負い、出血も酷かった事から機体から救い出され泊地内に停泊していた病院船に運び込まれ応急手当を受けたものの容易成らざる容態であったため一足早く陸軍の病院船でトラック諸島の夏島まで運ばれ、軍病院に収容されたと言う話だった。
ここで私は一つ聞きたいことが有った。
「中尉は、小橋中尉はご無事ですか。」
その一つだけであった。
「君の言う小橋中尉とは、二〇四空ブイン派遣隊、〈蒼電〉第一小隊、小隊長の小橋信久中尉のことだね。」
医師はそう確認を取るようにユックリと私に問い掛けた。私はその慎重な確認が中尉の安否に対する否定的な答えの前兆に思えて私は俯いて唇を噛んで頷き答えを待った。
実際には私の言動がまだ不安定だったので内容をしっかりと確認していただけであったが。
「安心したまえ、小橋中尉は君が身体を張って守ったおかげで彼は無事だ。
彼も暫くここに居るからその内に会いに来るだろう。
随分と君のことを心配していたようだからね。」
そう聞いて、私の目からは涙がこぼれた。
それは安堵の涙であった。
「良かったです・・・。」
意識が戻った翌日、小橋中尉は私の病床まで見舞いに来てくれた。
被弾の際に左目を負傷していた私は左目を包帯で巻かれて視界が閉ざされていた状態であったが中尉の姿はハッキリと見ることが出来た。
小橋中尉も頭に包帯を巻いた姿であったが元気そうであった。中尉は私がベッドの上に身体を起こして居るのを見ると嬉しそうに歩み寄ってきた。
「小橋中尉。」
「元気そうだな、安心した。」
そう笑みを浮かべてベット脇に立つ中尉に対して私は頭を下げた。
「スミマセン。」
「・・・・。」
「大事な機体を壊してしまってスミマセンでした。」
「この、馬鹿野郎が!
何を謝るかと思ったら。」
病院であるからそれほど大きな声では無かった、しかし、その言葉はハッキリと私に聞こえ私の心に染み込んでいった。
「まったく、無茶をしやがって・・。」
「出発前にした、約束ですから。」
「約束?」
「もし敵の戦闘機が出てきたら私が盾に成って守りますって。」
「馬鹿野郎、お前が俺の盾に成ってどうする。
お前は・・・。」
そこまで言って、中尉は口をつぐんだ、そして、もう一度笑みを浮かべ右手の拳を掲げて言った。
「お前の怪我が治ったら、拳骨だな。」
「それ、遠慮します。」
私がそう戯けて言うと中尉は軽く拳骨を私の額にあてて言った。
「お前に助けて貰った命だ、大事に使わせてもらうとする。」
私のベットの脇の椅子の腰を降ろした中尉は、あの日のその後を話してくれた。
中尉の話によると、私は中尉を庇って被弾した後、中尉を仕留め損なって前に飛び出た敵機、恐らく編隊長機と思われる機体を分解寸前の機体で撃墜、その後力尽きた用に海面に降下していったが、その様に損傷した機体で見本の様な見事な不時着水を見せて海面に降りたという。
私自身、正気の状態で着水の経験は無く、無意識の状態でそんな離れ業をやってのけたことに驚いた。
その後、周辺に居た艦艇からカッターが降ろされ私を収容に向かったが、すでに空中で散々穴だらけにされた機体は、海軍機特有の浮力材が装備されていても効果はなく着水後間もなく沈み始め私を海中から引き上げるのに苦労したとの話だった。
その後は、一度海軍の病院船へ運び込まれて怪我の具合の確認と応急処置がされたが、銃弾の直撃は免れたものの、左上腕の骨折とおそらく被弾した衝撃で飛び散ったと思われる破片が航空眼鏡を突き抜け、目蓋の上から左眼球に刺さっていたことからその除去と処置に時間が掛かり、その後も発熱等予断できない容態であったため、一足先にトラックへ向かう陸軍の病院船に移乗させて夏島の軍病院へ移送されて本格的は処置が行われ今日に至っていたらしかった。
「中尉の怪我の具合は如何ですか?」
「俺か?俺のはちょっとした切り傷程度さ、三針ほど縫ったが経過は良好だと言われた。」
中尉の怪我の程度が軽くて安堵したが、そうすると中尉が夏島に居る理由が解らなかった。そんな疑問が顔に出ていたのだろう、中尉は私達の小隊の現状を説明してくれた。
「先日の戦闘で我第一小隊は実質解隊となった。」
「倉本上飛層は?」
「あいつは無事だ、怪我もしとらん。」
あいつは強運だと言った後、表情を曇らせた。
「田内上飛は戦死した。」
「・・・・。」
「若くて操縦技術は未熟だったが、素直な奴だった・・・。」
交信中に途切れた声、やはりあれは田内上飛だったのだ。
「それにお前も大怪我、俺も乗機を大破させてしまった。」
今飛べるのは倉本だけだと言って寂しそうに笑った。後に知ったのだが、小橋中尉はその天才的な操縦技量を持つ反面、その技量故に部下が付いていけず部隊でも浮いた存在であったと言う、飛行隊長の小福田大尉も認めるその技量が彼を孤独にしていたと言うのだ。
そして恥ずかしながら私はその中尉に付いて行ける数少ない部下であったらしい。
「乗員と機体の手配が住むまで、第一小隊は実質的に稼働出来ん。」
その為の手続きに夏島に来ていたと言うことであった。
「お前は、取り敢えず内地送り・・・、。
じっくりと傷を治してくれ。」
私の左目の傷は破片を取り除いたものの視神経を傷めたのか未だに視力が戻っていなかった、医師の見立てに拠れば時間とともに回復すると言われ、その診断から内地送還は決められており、既に二〇四空司令部にもこの移動の辞令は発令されていた。
翌日、小橋中尉はラバウルへ戻っていった、私はその一週間後に横須賀へ帰還する防空装甲巡洋艦「草薙」に便乗する形で帰途に付くことと成った。
私は、小橋中尉がラバウルへと帰還する旨を伝えに現れた時、一つの疑問を口にしてみた。
それは、「テ号作戦は成功したのですか?」の問いであった。
私のその質問に対して中尉は複雑な表情を浮かべて答えてくれた。
「作戦は成功だ。」
「ではガダルカナル島は取り戻せたのですね。」
私には作戦が成功であるならかの島は我らの手に有るはずだと結論づけた。
しかし、中尉がその後に続けた言葉は予想外のものだった。
「いや、テ号作戦は最初からガダルカナル島から撤退する為の作戦だった。」
「撤退?逃げたのですか?逃げるための作戦にあれだけの兵力を使ったのですか?」
私にとってそれは意外以外のものではなかった。
「単に逃げた訳では無いぞ、あの島を当面基地として使えないようにした。
飛行場周辺は大小の穴だらけだそうだ。」
「でも自分にはそれはどのように言っても逃げたことに変わりがないと思いますが。」
当時の自分はその身近な犠牲もあって、逃げる決定を受け入れることが出来なかったと思う。しかし、駄々を捏ねるような私の言い分に中尉は苦笑を浮かべながらも丁寧にその意義を説明してくれた。
「逃げたのが許せんというなら、それは俺も同感と言うしか無いな、皆が身体を張ってやった作戦が実は撤退作戦でした、というのは確かに嬉しくない。
それでもな考えてみろ、この作戦で傷病兵を含めた三万人の将兵を島から救い出すことが出来た。
三万だぞ、この将兵の多くはすぐにも戦うことが出来る経験者だ。
逆に彼らが失われていたらどうする?
そうしたら三万の兵を新たに徴兵しなければ成らんだろ?しかもそいつらの多くは戦闘の経験のない素人だ、直ぐには役には立たん。
それでもってその素人は国内で戦闘機や銃弾を作ってくれていた人間かも知れない、それが居なくなったら誰が作るって話に成る。
考えたら薄ら寒くなる話だな。」
そこまで語って、中尉は声を落として私の耳元で小声で言った。
「戦いは未だ続く、いや、激しさを増すと言った方がいいか。
今と成っては勝つことは難しい、だが・・・、
負けない戦争は出来る、今回の戦力の再編はその布石だと思う。」
そして、今度は耳元から離れて元の口調に戻した。
「だから、お前も怪我を治してお前の戦争をしろ、簡単に諦めるな、死ぬんじゃないぞ。」
中尉はそう言ってラバウルへと戻って行った。
天魔はこれで一応完結ですが、もう一話エピローグを予定しています、これは話が出来た時から計画していたものです。
あと少しお付き合い下さい、見直すと結構の量の誤字脱字が有ります、気がついたら直していますが未だ有りましたら感想などでお知らせ下さい。
感想も大歓迎です。




