第十五話
テ一号作戦前編です。
第十五話
昭和十七年(一九四二年)十二月二三日開始されたテ号作戦は大きく海軍のみで実施するテ一号作戦と陸軍と協力して行うテ二号作戦に別れていた。
更にテ一号作戦は、基地航空隊によって行われる前半の航空戦と戦艦を含む主力部隊とそれを支援する空母機動部隊によって行われる後半の海戦に分けることが出来た。
航空殲滅戦の二日となる二四日夕刻、これまでの戦果を確認していたテ号作戦司令部は一応の成果が認められたとして翌日より次の段階へ移行することが決定、ラバウルで待機していた試製〈彗星〉艦爆隊のブインへの前進とラバウル基地の陸攻隊の出撃準備が命じられた。
同日夜半、テ一号作戦の後半戦の主役である戦艦三隻と装甲巡洋艦一隻から成る第一挺身隊とそれを支援する第二航空戦隊の空母三隻を基幹とする支援艦隊が停泊地であったトラック環礁を出港して対潜警戒を行いつつ南下を開始した。
日付が替り二五日の夜明け前、この日攻撃に参加する搭乗員は基地司令からの訓示を受け順次機上の人と成り、力強い発動機の爆音とともに太陽が頭を見せ始めた東の空目指し飛び立って行った。
第一次の攻撃隊が発進を完了させると、ラバウルから届いた二一型がブインへ着陸、滑走路脇の掩体壕で使用して容量の減った落下式増槽タンクを満タンの物に付け替え、更にここからガダルカナル島へ向かう熟練の搭乗員が輸送を担当した若手の搭乗員に労いの言葉を掛けて操縦を引き継いだ。
この日も出撃の零式艦戦は総数で七二機となった。そして、出撃を見送る私は知らなかったがラバウルを発進した爆装の一式陸攻隊が既にブイン周辺を通過、第二次の零式艦戦隊の援護の元ガダルカナル島へ向かっていた。
そして、殿と成るのは新参の試製〈彗星〉隊だった。アツタ発動機独特の甲高い爆音を残しながら東の空へ消えていった艦爆隊は途中で二次攻撃隊に合流する予定だった。
二五日、故郷ではクリスマスのこの日、ガダルカナル島とその周辺に配置された米陸海軍の将兵は三日目になる日本軍の襲撃をクリスマスプレゼントとして受け取とることとなった。
米陸軍はガダルカナル島ヘンダーソン飛行場周辺に警戒用二基と射撃用一基のレーダーを設置して日本軍の空襲に備えていた。加えて空襲の為の飛行経路周辺にコースト・ウォッチャーや現地人スカウトを配置して来襲以前にその動きを捉え効率的に敵の攻撃に対応してきた。
この日も、夜が明けて暫らくして警戒用レーダーが西の方角から近づく機影を捉えた。それに加えてコースト・ウォッチャーの監視情報から接近中の機影を確認していた。
「J(日本軍機)群を視認、高度4000m機数凡そ40、東に向かう、機影は単発機。」
その報告を基にヘンダーソン飛行場の陸軍航空司令部は邀撃部隊へ稼動機全機の発進を命令、ヘンダーソン飛行場の二つの滑走路には周囲の掩体壕で待機していた戦闘機各機を引き出され搭乗員がそれに乗り込んでいった。
各機暖機運転を済ませると指示に従って離陸を開始、日本軍機の来襲を待ち構えた。
アメリカ軍はこの日の邀撃に向かわせたのは、P-40を中心にP-39と合わせて二五機の陸軍機であった、それに寡兵ながら海兵隊のF4Fが十機がそれに加わっていた。
計三五機、それがこの日の米軍ガダルカナル島航空司令部が発進しえる邀撃機の全てであった。
連日の日本軍による攻撃は邀撃に当る航空機を著しく消耗させ、さしもの物量を誇る米軍も損失分の補充が間に合わず当初六十機以上が邀撃任務に当たっていたが一時的にここまで稼働機が減っていた。
更に悪いことに邀撃戦主力のP-40やP-39(エアラコブラ)は零式艦戦に対しては明らかに劣勢であった。
だがそうであっても希望はあった、数は少ないが航空司令部の邀撃戦指揮官の手元には海兵隊に所属するF4Fが有った。
海軍の主力戦闘機であるグラマンF4Fワイルド・キャットは陸軍のP-40やP-39に比べて明らかに頼りになる存在であった。先のミッドウェー海戦や南太平洋海戦でも多くの日本軍機を屠っており、この両海戦での大量の消耗が無かったらこのソロモンでも日本機に対抗する有力な戦力になる筈だった。
しかし、今は十機が手元に残された全てである、今すべきことはこの貴重な戦力を如何に効率よくう使って敵を退けるかであった。
従って航空司令部の邀撃戦指揮官は、レーダーによる観測結果と監視所目視情報を基にF4F隊に対して高度4000m付近を進軍してくる日本軍機に対して、雲を利用して背後に回りこみ奇襲を掛けるよう誘導した。
「しめた。」
古谷由起夫少尉の口から思わずそんな言葉が漏れ出した。彼の目は風防越しに下方を飛ぶ敵機の動きを追っている。
こちらの存在に気が付いていないのか、断雲を縫うように攻撃隊に後方側面に回り込もうとしていた敵の動きは酷く無防備で危険な背後を無造作に曝けているように見えた。彼はその動きを上空から見てほくそ笑み一度その一群から目を離して周囲を見回し敵機が居ないことを確認した、万が一ではあるが下の編隊が囮という可能性も捨て切れなかったからだ、そして周囲に敵が存在しないのを確認し自らの勝利を確信した後に語っている。
彼は素早く翼を揺らして後続の部下たちに『攻撃開始』の合図を送り、機体下にぶら下げていた落下式増槽タンクを投棄した。一度大きく息を吸い込み吐くとゆっくりと右旋回して敵編隊の上空にあった雲を利用して背後上方へ編隊を誘導した。
彼は後方を振り返って指揮下の小隊機が後続しているのを確認して一気に降下に入った。
彼らの搭乗していたのは零式艦戦二二型乙Ⅱだった、零式艦戦各型の中でも特に降下速度の高い同機は一撃離脱に向いた機体でも有った。これまでの二一型の発動機の出力上げ更に制限速度が低くて急降下とロール機動に難点がある二一型の欠点を是正するため主翼は両端で50cmづつ短くなり桁の構造も見直される同時に長銃身の二号銃を搭載する為に主翼の外皮もこれまでの物より厚手のものに変えられたことでこれまでの二一型の降下制限速度の620km/hから666km/hと大幅に改善されていた(但しF4Fの降下速度は更に優速であった)。
F4Fの搭乗員たちは前方の味方編隊に気を取られていたのか、こちらが発砲するまで気が付いていなかったと、後にこの時の様子を古谷少尉は語っている。
結果的にこの緒戦で敵機は四機が撃墜された、おそらく何によって自らが撃墜されたかも彼らは知らなかったであろうと古谷氏は語っている。
彼は敵の先頭を飛ぶおそらく編隊長機を一撃で葬り、そのまま急降下で残りの敵機を振り切った後上昇、再度の攻撃と続けたと記録には記している。
彼は格闘戦を好む日本の搭乗員には珍しく一撃離脱による戦闘スタイルを好んでいた、そう考えると古谷少尉と二二型乙Ⅱは相性の良い機体だといえた。
その後、戦闘は乱戦となった、そしてその戦いは日本にとって有利に進行した。後に目にした当時の米軍の報告書には、日本軍機の搭乗員が錬度の高い熟練者ばかりでそれに加えて数的にも優勢であり機敏な機動で数が少なく連携の取れない我軍(アメリカ軍)の邀撃機を翻弄し空中戦での主導権を奪い終始圧倒したと記している。
米軍頼みのレーダーによる管制であるが、当時の物は分解能が低く更に敵味方識別装置も無いことから乱戦になると識別不能となり管制できなくなる点が指摘されており、このことが目標の編隊上空に居た古谷小隊の攻撃を察知できなり原因となっていた。
やがて日本側の攻撃隊が上空をさり空戦が収束したがそれは一時的なものだった、生き残った邀撃機が補給に降りてきたが、一息つく間もなく日本軍の第二次攻撃隊がヘンダーソン飛行場上空に姿を表した。先の邀撃戦で数を大幅に減らされながらもアメリカ軍の邀撃機搭乗員は日本軍に果敢に立ち向かったが今回来襲した零式艦戦は旧式機ながら熟練の搭乗員が操縦しているらしく必死に立ち向かうアメリカ軍機を玩ぶように翻弄して行った。
米軍搭乗員達は気が付かない間に、敵機によって基地上空から釣り出されて行き、それに変わる日本軍編隊が基地上空に現れたとき地上の指揮官達は邀撃隊に至急基地上空に戻るよう命じることと対空砲の射撃準備すように命じる以外に出来ることは無かった。
基地上空へ新入した敵機は地上からの観測によれば一二機、但し識別表にもない新型機らしい、と聞いて邀撃指揮官は基地周辺の対空砲に射程に入り次第、射撃を開始するように命じた。
敵機は基地上空で二機づつの援護の編隊に別れると急降下を始めた。
最初に狙われたのは基地周辺に置かれた対空警戒用レーダーの二基であった、激しい対空砲火をもろともせず突っ込んでき四機の日本軍機は素早くレーダーアンテナと地上設備を吹き飛ばすと瞬く間に姿を消した、これまで急降下爆撃機としては旧式の九九艦爆としか砲火を交えたことのない米軍の対空砲要員は〈彗星〉の速度について行けずその火線が〈彗星〉を捉えることは無かった。
一瞬にして目を奪われた米軍の基地守備隊に対して容赦ない攻撃が更に加えられる。
次に攻撃目標とされたのは発電施設であった、此れは当初日本軍が設置したものを占領後に米軍が拡充した設備でここには二五番(250kg)通常爆弾(対艦用に使用される貫通力の高い爆弾)四発が投じられ内二発が発電設備を直撃、至近弾の他の二発とともに発電機とその関連設備を基部から徹底的に破壊した。
残る四機は基地周辺の対空陣地へ投弾して去って行った、〈彗星〉隊の内損害を受けたのは対空機関砲の直撃を受けて撃墜された一機のみ。
然しながら日本軍の攻撃は此れで終わりでは無かった。
謎の急降下爆撃機(つまり試製〈彗星〉のこと)が去って暫くすると基地上空に久しぶりに一式陸上攻撃機が姿を表した。基地上空に高度四〇〇〇mを密集編隊で進入した一式陸攻九機は基地上空で次々と機内の爆弾槽に抱えてきた八〇〇kg爆弾を投下していった。
投下されたのは、八〇〇kg陸用爆弾、制式には八〇番陸用爆弾で真珠湾攻撃などで有名な九九式八〇番五号が鍛鋼製の一体成型の弾頭なのに対し陸用爆弾は鋳鋼の弾頭と鋼の本体を溶接して組み立てる構造になっている、このため九九式ほどの貫通力はないものの三〇〇〇mの高度から投下で四〇センチの鉄筋コンクリートを貫通する破壊力は有しておりミッドウェー島攻撃以来陸上目標への攻撃に使われている破壊力が強い代物だった。
その爆弾が向かった先は新旧二箇所の飛行場の滑走路だった、本来逃げ回る艦船へ命中させるように訓練してきた一式陸攻の爆撃手にとって四〇〇〇mの高度であっても動かぬ地上の目標に命中させることは難しくはあっても困難ではなかった。
二箇所の飛行場の二本の滑走路は両端と中央、さらに二本が交差する箇所に巨大なクレーターが穿たれ、素人が見ても直ぐに修復可能な状態では無いことは一目で解る、そんな状況であった。
それはガダルカナル島ヘンダーソン飛行場が少なくとも翌日までは使用できないことを、更に基地周辺の米陸海軍は航空機の援護を受けられない事を意味していた。
そして、米陸海軍将兵にとっての悪夢は未だ始まったばかりであった。
現在夏休み(九連休中)のため筆が思ったより進みます、でも・・・中々完結出来ません。後最低四話は続きます。
今回もお読み頂きありがとうございました。何時もの如く誤字脱字が有りましたら感想の方で結構ですのでお知らせください。
8/15一式陸攻の水平爆撃の爆撃高度が間違っていたので訂正しました、また投下した爆弾も九九式徹甲爆弾から陸用爆弾へ変更しました。




